第3話 旅立ち

「いつか花屋をやりたいんだ。花の素晴らしさと美しさをみんなに伝えたいんだ。」


高めの身長、短めの髪に少し目つきが悪くて、その目つきの悪さを眼鏡で隠して仕事に向かう彼女はそういった。


そうだね。僕たちの夢だ。


そう返したのを覚えている。


彼女と出会ったのは今から20年前。

町の中心から少し離れた山の中で出会った。

紫色の花が咲き乱れるその花畑で彼女は寝ていた。

「何してるの?」

「寝てる。」


それが彼女との初めての会話だ。

僕は彼女を家に連れて帰った。家族はいないらしい。母親はとても驚いていたが、受け入れていた。

そこからはずっとそばに居た。


一緒に起きて、一緒に食べて、一緒に悩んで、一緒に喜び、一緒に泣いて、一緒に寝た。


私を忘れてね。


僕は目を覚ました。妻が置き手紙を残してから5日経った。妻はまだ帰ってこない。どこに行った痕跡もない。

僕はタバコを取り出し火をつけた。

煙を口に入れて飲むように肺に入れる。

ゆっくりと吐き出した煙は曇り模様の空に昇っていった。

何故何も言わなかったのか。何故忘れなくてはいけないのか。何故置き手紙を残したのか。何が悪かったのか。


考えがまとまらない。頭がぼーっとしてきて、いっそのこと妻を忘れてしまえばこの辛さもなくなるのではないか。辛いのは嫌だ。

胸が苦しい。


足に熱を感じて振り落とす。灰が服に落ちたのだ。僕は思考をやめて書庫に篭る。妻がいなくても仕事はあるのだ。


少し湿った本をめくる。


『神は戦後、世界を作り変えたらしい。崩壊した世界を色とりどりの花が咲き乱れる世界に変えた。』


『秩序を守るため、6人の使者が送られているのが観測されている。』


『25年周期で身元不明の少女が発見されている。』


『橙、赤、白、黄、ピンク、青の髪を持つことも観測されている。』


『観測されていない少女はいないと発表はされているが、その限りではないと私は思う。』


『神は遺跡を建造した。意図は不明だが1つの遺跡では棺桶らしきものが安置されていることがわかった。』


『サヴァティエッリ遺跡のみが今の所観測されている。』


『これは著者の想像ではあるが遺跡には使者の少女が安置されているのではないか。遺跡には重要な役割があるのではないかと考えている。』


「著者の名前はストレリチア・エアニグレ、か。」


僕はまたタバコに火をつけた。曇りのない青空に白い煙がモクモクと昇って行った。


僕は外に出た。何の手がかりも痕跡もないが、ただただ妻を求めて町を出る。

タバコが2箱入り、少し歩きづらい足を前に出して僕は旅に出た。


入り口に咲く紫色のアヤメが風で小さく揺れていた。





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タバコが消える時 ろくろ99 @kurokurosiro

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