第2話 置き手紙
約3000年前、この世界は一度滅んだらしい。
世界の創造主と言われる神たちの中で考えが食い違ったらしい。
同族同士の戦争は何百年も続き、世界には混沌が満ちて惑星としての生命活動が停止したという。
神たちはこのことを深く反省して終戦を迎えたと言われている。
今現在世界に戦争はなく、それぞれの国や都市には草木が溢れている。
また、各都市の中心には美しい花畑が反省した神から贈られたという。
「そして、戦争の爪痕を残すために各都市には遺跡が設けられ、戦争を語る壁画が残されているらしい、と。」
僕は筆を置き、分厚い本を閉じた。
来週末にある学会にて進捗報告を行うのだ。
壁には弧を描くように本棚が並んでいる。
並んでいる本は大抵神話や遺跡についての文献が多い。
考古学を修める者に必須のものである。
現在朝9時頃、陽は既に昇っていて晴れやかな空気が漂っている。濃く黒い影が部屋の床に満ちている。
僕は橙色のハンカチを取り出して、額に滲み出ている汗を拭った。
「おはよう。仕事終わったんだね。」
「とりあえず今日の分はね。」
「今日じゃなくて昨日でしょ?寝たら?お昼過ぎに起こすから。」
僕より頭一つ大きい妻がカップを2つ持って机に置いた。
僕はコーヒーを飲みながら返事をした。
妻とは10年以上も前からの付き合いであり、僕の生活や仕事の進め方などもよく知ってくれている。
「あひがとう。」
「どういたひまひて」
煙が2人の間を抜けて空に昇っていく。
息を吸って煙を飲み込み吐く。
この時が1番生きていると実感するのだ。
椅子に座り、庭に広がるオレンジ色の花を眺めながらコーヒーを飲み、煙を2人で味わう。
これが僕の、僕らの日常だった。
「おやすみ。」
「おやすみなさい。」
布団に潜り、僕は眠りにつく。
おそらく起きるのは妻が起こしてくれるので昼過ぎだろう。
変わらない日常を僕は過ごそうとした。
時刻は18時。
僕は目覚めた。朝とは打って変わって周りはもう暗い。
物音ひとつしない家の様子がとても心地よかった。
妻はこの時間から仕事に向かうのだ。
日常である。
暗くなると光の関係でオレンジ色に見えていた花たちは紫色に変わっていた。
元々昼と夜で色が違う花なのだ。
日常である。
僕は食事のために外に出た。
白く大きな通りを抜けていく。
人工的な光と天然の月明かりに照らされた道を抜けるとこじんまりとした料理屋がある。
中に入り、いつもの席に座る。
「ご注文は?」
「いつもの」
僕は鯵の開きを頼んだ。
いつも食べるいつもの光景だ。
日常である。
食事を終えて、家路につく。
人工的な光はもうない。天然の月明かりのみが僕の道を示していた。
ふと目線を落とすと道端に黄色い花が咲いていた。夜に見るにはとても珍しい花だった。
強く咲くその花はとても美しかった。
「ただいま」
返事がない。
非日常である。
「ただいま!!!!!」
おかえりの声はない。
非日常だ。
人のいない雰囲気を感じて家中を探すが、目当てのものは見つからない。
台所、寝室、お風呂、庭、書庫、地下室、テラス、ベランダ、客間、仏間、ロフト
どこにもなかった。
リビングに戻り椅子を引きポケットからタバコを取り出した。火をつけて煙を吸う。
息をゆっくり吐き出し、どうしようかと考えていると1つの便箋を机の上で見つけた。
『アスタへ
私は日常を愛しすぎた。あなたと過
ごすひとときが幸せすぎたみたい。
大丈夫私は遠いところでも元気に暮
らせるわ。楽しい時間をありがとう。
私を忘れてね。約束よ。
ネイラより』
便箋の隣には黄色いマリーゴールドが1本飾られていた。
手紙を読んでいる間にタバコはしけてしまったみたいだ。
もう1本タバコを取り出し、火をつけた。
煙を吸い、上に大きく息を吐いた。
もう一度煙を吸ったときにはもうタバコに火はついていなかった。
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