第5話  二人でバスに乗る

あたし達が、バス停に着く頃、バスはまた音もなく入ってきた。ー

あたし達がバスに乗ると、やはり誰も乗っていなくて、バスの中は静まり返っていた。

でも、あたしは上機嫌だった。

だって、一人じゃないから。

あたし達は、一番後ろの席に並んで座った。

あたしは、次にどこに行くのか、楽しみで仕方なかった。

「お客様、本日は当バスをご利用頂き、誠にありがとうございます」あたしは、冗談でそんなことを言い出した。

どうして、こんなにすらすら出てくるのだろう。

あなたは、楽しそうに笑っている。

「当バスは、これより」と、ここまで言ってあたしは、この次にこのバスがどこに行くのか、知らないことに気付いた。

あたしは席を立つと、一番前の運転手さんのところへ歩いて行った。

「運転手さん、次はどこですか」あたしは、気軽に尋ねた。

「お客さん、もう終わりですよ。この旅も、もう終わりなんですよ」

「どういうこと?」そうあたしが言うと、運転手さんが暗い運転席から、こちらの方に振り向いた。

そして、その顔はあなた。

もう、大人のあなたの顔。

星陵で会ったあなたより。

銀杏であったあなたより。

若草で会ったあなたより。

ずっとずっと大人のあなたの顔。

そして、あたしも小学生ではない。

大人のあたし。

胸だって、お尻だって大きい。

あたし、何かの制服を着ている。

あたしは驚いて、あなたの座っているはずの一番後ろの席を見た。

いない、あなたがいない。

あたしは慌てて、あなたがいた一番後ろの席に戻る。

そこには、色褪せたガリ板で印刷した藁半紙の詩集だけが置いてあった。

もう、ボロボロになっている。

これは、小学生の頃クラスで作った詩集。

男の子は男の子同士、女の子は女の子同士で、二部づつ作って、一部を出席番号順に、男の子と女の子で交換すれば、男女一部づつがみんなの手に回ることになる。

これはあたしが作って、あなたと交換した。

詩集、左上に少し切れて、貼ったセロハンテープが色褪せて残っている。

あたしは、また急いで運転手さんの所に行った。

大人のあなたが、そこにいるはず。

でも、運転席には誰もいなかった。

そしてあたしは、意識がなくなってゆく。

なにかとても気持ちがいい、あたしは後ろに倒れる。

でも、なにか優しいものに支えられているように、ゆっくり後ろになってゆく。

そしてあたしは、何も分からなくなった。




彼が、そんな不思議な夢から覚めたのは、運命の日の次の朝だった。

彼女が、夢に出てくることは度々あったが、今日のはどこか違う。

つい最近、二十四になった彼にとって、会社に行くための早起きは、まだまだ辛いものがあった。

寝ぼけた目で、朝のニュースを眺めていると、彼女の会社の飛行機が墜落したというニュースをやっている。まさかと思いながら、そのままニュースを聞き流した。

そして、会社へと出勤して行ったのだ。

昼休みになって、彼が社員食堂に行くと、飛行機事故の続報をテレビがガンガンに流していた。

生存者なし、死亡確認の済んだ人から、写真入りで紹介されている。

定食を食べながら、ぼんやり耳には入ってくる程度に聞いていた彼は、強く後頭部を殴られたような感じがした。

乗務員の中に、彼女の名前があったのだ。

彼女が、客室乗務員をしていたことは、風の噂で知っていた。

最もそれすら、つい最近だったが。

ここ数年、彼女がどんな学校に入って、どんな会社に就職したのかまったく分からなかった。

彼が彼女のことを思い出そうとすれば、いつも高校生の彼女や、中学生、出会った頃の小学生の彼女の姿しか思い浮かばなかった。

それがやっと、友達から彼女が航空会社の客室乗務員になったことを知ったのは、それから間もなくだった。

テレビに映っている彼女の姿は、彼の記憶の中にある彼女の姿ではなく、大人の女性の姿だった。

そこにあるのは、彼の知っている昔の彼女ではなかった。

ある意味で彼は、昔の思い出の中に未だに留まって、彼女の歩いてきた痕跡に想いを寄せていたかもしれない。

そこは彼女にとって、通過点にしかなく、彼女はもっと充実した、素晴らしい生活を送っているのだろうということが分かっていながら、彼の『想い』は、あの星稜の丘や銀杏池や大塚古墳に留まっていたのかもしれない。


その日の夜、彼女のお通夜が行われた。

彼は、昔の知り合いということで、焼香だけさせてもらいに行った。

二十四、いや早生まれだから二十三のはずだ。

随分たくさんの人が、お通夜の席にいた。

特に彼と同じくらいの青年が、一番うなだれていた。

フィアンセだということを聞かされて、少なからずショックではあった。

同僚ということで、やはり同じくらいの女性の集団が、傍に座っていた。

いずれも、彼の全く知らない人達ばかりだった。


帰る道すがら、彼は考えた。

昨日の夢、不思議と彼女のフルートの音や、カレーの味を鮮明に覚えている。

そして、何か心につっかえていたものが、少し取れたような、そんな感じがした。

これで、やっと僕の思いは彼女から離れられる。

と彼は思った。

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『想い』  夜の海を行くバス 帆尊歩 @hosonayumu

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