ベジタブル革命
決行の日、ゴーヤとセロリは国営のベジタブル農園に足を運んでいた。
古今東西全ての野菜が育てられているそこはベジタブル王国が誇る観光地で、休日にはたくさんの人が訪れる。
さらに一年に一度のお野菜の樹一般公開日ということもあり、普段とは違う賑わいを見せていた。
「去年の一般公開日には500人が訪れたみたい。総人口の半分以上って考えると凄いことね」
セロリが変装用の伊達眼鏡をクイッと押し上げる。
スレンダーなセロリと野暮ったいゴーヤではまさに美女と野獣だったが、不人気野菜の組み合わせなので誰も注目していない。
「ゴーヤ君」
「な、なんだ?」
「挙動不審すぎ。眼光鋭すぎ、お尻のポケット触り過ぎ」
ポケットには芽キャベツから託された拳銃を忍ばせてある。
「私たちはあくまでバックアップなんだから。普通のカップルを装っていればいいの」
「カップル!?」
生涯無縁かと思われていたシチュエーションに余計な緊張が生まれてしまう。
ゴーヤの浮ついた気持ちを掻き消すように『ボンッ』という爆発音がしたかと思うと、ベジタブル農園中央のお野菜の樹から黒煙が上がった。
幾つもの折り重なった悲鳴が野菜畑一帯に響き渡る。
警告音が来場客の不安を増長させ、穏やかな日曜日は一瞬にして姿を変えた。
武装兵が人の波に逆らってお野菜の樹に向かう。警察、消防車、救急車のトリオも秒で駆け付け物々しい空気が漂う。
「さすが小さい国だけあって到着が早いね」
「人口が少ない分、敵の数も数えるほどだ。これなら武装兵を倒すことも不可能じゃない。芽キャベツの奴、ガチで国を変えるぞ!」
一分前までの緊張が嘘のようにゴーヤは興奮を隠しきれない。
「でも妙ね。襲撃は12時ちょうどの予定だったのに……」
野菜畑に設置された時計は11時40分を指している。
顔を見合わせた二人は同時にうなずくと、バックアップの命令を無視してお野菜の樹に急いだ。
近づくにつれて黒煙が大きくなっていく。火元であるお野菜の樹の根本に消防車が放水作業を行う中、ゴーヤは怪しい人だかりを発見した。
植え込みの隙間から顔を覗かせると、そこには両手を後頭部で組んで跪く革命軍の姿があった。
柔らかい野菜なら破裂していたであろう赤黒く腫れた顔で、芽キャベツは武装兵を睨みつけている。
その周りに転がる全身から水分が抜けて干乾びた死体は、革命軍が非農耕地用除草剤の弾丸を発砲した証。
「よくもやってくれたなぁ!!」
警棒が振り下ろされると鈍い音と共に芽キャベツが倒れ込む。
「おら、立てぇ!! このまま殴り殺してやる。可哀そうになぁ! お前のせいで来世の芽キャベツも辛い目に遭うぞ!」
我慢の限界に達したセロリが拳銃に手を伸ばす。
(待てッ! この人数差じゃ一人殺った所でどうにもならない!)
(でも、このままじゃみんなが──)
ゴーヤは悩んだ。
そんな苦悩を察知したのか、満身創痍の芽キャベツと目が合った。
思わず声が出そうになるのをグッと口を噤んで我慢する。
「唐辛子! 茄子! 俺たちを裏切ったこと一生後悔させてやるからな!」
残り少ない力を振り絞って芽キャベツが叫んだ。
「誰が喋っていいと言った!」
芽キャベツへ容赦ない制裁が加えられる。周りの革命軍が泣いて許しを請うても攻撃の手は緩まない。
(唐辛子と茄子が裏切った……)
セロリは訳も分からず立ち尽くす。
一方のゴーヤはあの叫びが自分たちに向けたメッセージだと理解していた。
(逃げるぞセロリ。ここで俺たちが捕まったら革命は完全に失敗する)
(で、でも……)
一刻も早くこの場から立ち去りたかったゴーヤは強引にセロリの手を引いた。
混乱に乗じて逃げようとする最中、応援に駆け付けた武装兵が二人の顔を指差した。
「反逆者リストに載っていたゴーヤだ!」
「隣にはセロリもいるぞ!」
気付かれた瞬間、考えるよりも早く腕は拳銃に伸びていた。
静かな発砲音がすると、弾丸を受けた武装兵の体が急激にしぼんでいく。
「走れ!」
ゴーヤは力強くセロリの背中を叩いた。
それを受けてセロリも別の武装兵に拳銃を撃ち込み、グッと涙を堪えて走り出す。
革命の炎を途絶えさせないために必死に逃げた。
無我夢中で走り続ける二人。
武装兵が後方から放った鉛玉がセロリの貫通した。
「──ッ!!!」
ゴーヤが振り返る前に「逃げてっ!」とセロリが叫ぶ。
「くっそぉぉぉぉっっぅ!!!!!」
大地を踏みしめる足に力を籠める。
セロリの金切り声がゴーヤをさらに加速させた。
ベジタブル農園には包囲網が敷かれ、次第に逃げる場所が無くなっていく。
ゴーヤは激しく肩を上下させながら木の幹に背中を預けて束の間の休憩を挿む。
その間にも追っ手は迫っているが、足が棒のようになっていて言うことを聞かない。
「芽キャベツ、セロリ……悪い」
追っ手よりも早くゴーヤは腕を掴まれた。
「こっちっす!」
「ピーマン!?」
現れたのはあの日、背中を向けて去った親友。
「誘いを断ってからも気分がスッキリしなくて、気分転換に散歩してたらセロリと一緒に歩くゴーヤさんを発見して尾行させてもらったっす」
「今すぐ逃げろ。お前まで巻き込まれるぞ」
「水臭いっすよ。オレとゴーヤさんの仲じゃないっすか」
「ったく、それなら最初から誘いを断るなよ」
「それは言いっこなしっす!」
立っているのがやっとのゴーヤは素直にピーマンの肩を借りた。
二人が逃げ込んだ野菜資料館は珍しい野菜の歴史を学べることで人気を博しているが、今は外の騒動で人の気配がない。
「ここで少し休むっす」
ゴーヤを引っ張ってきたことでピーマンの額には玉の汗が浮かんでいた。
「ピーマン、ここまで来たなら一つ頼まれてくれるか?」
誰にも見せたことのない真剣な表情。
「この革命はお前が引き継いでくれ」
「な、何言ってるっすか。ゴーヤさんらしくないっすよ」
「ここから逃げ切るのは現実的に考えて不可能だ。それにお前は敵に顔が割れてない」
食い下がろうとするピーマンの肩をゴーヤは強引に掴んだ。
「唐辛子と茄子の裏切りで革命軍の計画は失敗に終わった。俺も反逆者として同じ末路を辿る。問題は新たに生まれてくる嫌われ者の野菜たちの子孫だ。先祖の行いとはいえ必ず不当な扱いを受ける。それを助けてやれるのはお前だけだ」
「オレ一人で……」
「お前ならできる。そして俺たちの子孫と一緒に革命を起こすんだ!」
「……わかりました。ゴーヤさんに頼らなくても平気だって証明してやるっす」
野菜資料館の入口が騒がしくなってきた。
「ここがバレるのも時間の問題だな」
「ヤバいっす。逃げ道が塞がれたっすよ」
「策はある」
ゴーヤは肩を掴んでいた手をそのままピーマンの首に回してヘッドロックを決め、こめかみに拳銃を突きつけた。
「い、いたぞ!!」
追っ手はピーマンのことを人質だと勘違いしている。
「来るな! それ以上近づいたらこいつを撃つぞ!」
「無駄な抵抗は止めろ! ここから逃げ切れるとでも思っているのか!」
「嫌われ者の力舐めるんじゃねぇーよ!」
大声で煽り続けるゴーヤは気付かれないようにヘッドロックを緩めた。
(頼んだぞ、ピーマン)
ゴーヤの囁きを受けて、ピーマンはヘッドロックから抜け出した。
「撃てぇ!」
号令と共に無数の銃弾がゴーヤに撃ち込まれる。制裁の意味を込めた執拗な攻撃によってゴーヤは即死した。
涙を流すピーマンに救助隊が駆け寄ってくる。
「怖かっただろう、もう平気だぞ」
「君! 怪我はないか!?」
ピーマンは何も答えなかった。
溢れる涙を袖で拭い、滲んだ視界を鮮明にする。
今日という日を忘れないよう、無残なゴーヤの死体を目に焼き付けた。
ベジタブル革命 二条颯太 @super_pokoteng
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