お野菜の樹

「単刀直入に言おう。俺たちはベジタブル王国を滅ぼすつもりだ」

 食堂からグリーンセンターの事務所に移動した男は、椅子に座るなりそう告げた。

「滅ぼすって、なんでまた……」

「俺たちは子供や大人から嫌われた不人気の野菜たちだ。ししとう、ケール、セロリ、春菊、そして俺がリーダーの芽キャベツ。今日はいないが唐辛子と茄子もいる」

「芽キャベツって別に嫌われ者じゃないだろ」

「俺はアメリカで子供からの支持が極端に低い。甘みがある日本の芽キャベツと違って向こうでは苦いからな」

 芽キャベツは過去を思い出して下唇を噛んだ。

「どう頑張っても格差はなくならない。それならいっそのこと、野菜を消滅させてしまえと考えた」


 一気に話が飛躍したことでゴーヤの緊張が緩む。しかし芽キャベツの表情は本気そのもので、真剣な眼差しが向けられる。

「野菜が死んだらどうなるか知ってるな」

「肉体は滅びて魂はに還る」

「その通り。死んだトマトも今頃はお野菜の樹で新たな生命が誕生しているはずだ」

「まさか……」

「気付いたようだな。目的はお野菜の樹を燃やすこと。そうすれば新たな野菜が誕生しなくなり俺たちの子孫が悲しむこともない」

「だ、だめっすよ。野菜がなくなったら人間が困るじゃないですか」

「なるほど。トマトを殺すことには抵抗がなくても人間たちが苦しむのは耐えられないと」

「それは……」

 ピーマンは返答に困った。

「今すぐ立ち去れ。お互い何も見なかった、これでいいな?」


「待てよ。俺はあんたたちに手を貸すぜ。元々嫌われ者だからな、これ以上評価が落ちようが関係ない」


「ゴーヤは覚悟を決めたようだが、お前はどうする?」

 ピーマンは悩みに悩んだ末、

「俺、今日のことは誰にも言わないっす」

 ゴーヤに向かって深々と頭を下げると、静かに去って行った。


「ピーマン……」

「あいつ本当に放っておいて大丈夫か? 万が一ここの事がバレたら──」

「あいつはそんな奴じゃねぇ!」

 ゴーヤの力強い言葉に芽キャベツはやれやれと肩をすくめる。

「分かった、信じてやるよ。それとお前にはこれを渡しておこう」

「拳銃……あんた警官か?」

「お前も案外意地が悪いんだな。芽キャベツが警官になれた前例はない」


 それはベジタブル王国の闇の部分でもある。嫌いな野菜ランキング上位者は、どんなに優れていようと花形の職業に就くことはない。

「差別を止めるよう訴えてきたが主張が認められることはなかった。最下層の俺たちに与えられるのは汚れ仕事だけ。上級野菜の起こした犯罪に巻き込まれても警察はろくに捜査してくれない。残念だがこれがまかり通っているのが今のベジタブル王国だ」

「だから私たちは革命を起こすことを決意したの」

 その考えに賛同したゴーヤは強い信念で拳銃を受け取った。


「これは自作の銃だ。構造自体は至ってシンプルだから作ることは難しくない。銃弾に使用する火薬は極力抑えてあるから、粗末な自作銃でも壊れることはないだろう」

 ゴーヤは渡された銃をしげしげと眺める。

「それだと威嚇いかく程度にしかならなくないか?」

「安心しろ。中には非農耕地用除草剤を混ぜてある。普通の鉛玉を喰らうよりも俺たち野菜にとっちゃ致命傷だ」

 非農耕地用除草剤を野菜に直接使用することはベジタブル王国一番の重罪だ。

「お前とセロリの学生組には俺たちのバックアップをしてもらう」

 ゴーヤの掌にじっとりと汗が滲む。

「主導部隊が倒れたらお前たちに引き継いでもらうことになる。計画をしっかり頭に叩き込んでくれ」

「ま、待ってくれ。だいぶ駆け足で話が進んでないか?」

「もちろん。俺たち革命軍がお野菜の樹を襲撃するのは日曜──つまり2日後だ」

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