負けられない戦いなんて、愚かなものだ

香久山 ゆみ

負けられない戦いなんて、愚かなものだ

 お。 

 とか言って、またショートヘアの女を目で追いかけてる。そんなアキオの腕をぎゅっとつねる。「いたた」とのたうちながらも、悪びれる風でもなく、「やっぱショートカットの女の子って、いいよなー」なんて言っている。

 ロングヘアで悪かったな。

 あたしは長い髪をこれ見よがしにかきあげて見せるが、アキオは気にも留めない。それどころか、

「カコも、髪切ればいいのに」

 だなんて!

 返事もしないあたしの横で、しつこく「絶対ショートも似合うのになー」とか、ゴリゴリ勧めてくる。

 この男、どんだけショートカットが好きなんだ。

 いや、めっちゃ好きなんだって、知っている。何人もいるこいつのガールフレンドたちが、皆そろってショートヘアであることを、あたしは知っている。アキオの女の中で、唯一あたしだけがロングヘアなんだってこと、あたしは知っている。

 だから、ぜったい切らない。

 アキオがショートヘアの女が好きだと知っているから、あたしは絶対にショートにはしない。それでもアキオの彼女でいることで、あたしが他の女たちとは違うってこと、あたしは特別なんだって、いちばん愛されてるんだって、その証だと信じてるから。

 だから、意地でも切らない。

 夏は暑いけど。冬は乾燥して大変だけど。風呂上りにドライヤーしても全然乾かないけど。でも、絶対に切らない。

「もったいないなー。切っちゃえばいいのに」

 そう言いながら、アキオがあたしの髪をさらりと撫でる。他の女にはない、あたしだけの長い髪を。

 負けるものか。

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