人の夢と書く儚さを
玉うさぎ
零帖、 桜よりも藤
喧騒を避けるように
今宵は、秋雅は右大臣が催した桜の宴に招かれていた。右大臣家の邸宅に咲く桜の花は毎年見事なものでその度にひらかれる宴は毎年の恒例行事となっていた。
桜がひらひらと夜空を舞う。夜闇を覆い尽くさんばかりに散るさまは実に絢爛で儚さを孕む。風流を好む殿上人は我こそは
『……和歌を詠むのは嫌いじゃないんだけどね』
嫌いでもないし、自他ともに認めるくらいに苦手でもない。
「…………おや、」
気がつかなかったが、先に先客がいたようである。欄干から小さな手を伸ばしている。
「――――こんばんは」
「………っあ、こんばん、は」
子供がパッと秋雅の方へ視線を向けた。
たどたどしく口を開くその子供は、歳は五つ六つぐらいだろうか。顔の左右で結ったみずら結びの髪は珍しい明るい茶髪。白い肌に薄紅の唇。薄水色の狩衣を纏っている。
「……えっと、宮さま…ですか…?……あ、あの、ごめんなさい……僕、失礼、を、」
「あぁいいよ、堅苦しいのは好きじゃないから。それに、式部卿宮でちゃんとあってるよ」
慌てるその子を手で制する。
「君は、確か右大臣の…」
「……あ、えっと、右大臣家が次男、月です」
「あぁそうだった。
右大臣家の次男は確か元服前だったと秋雅は記憶していた。
「いいのかい?こんなところにいて。君は、右大臣の次子だろう?宴が苦手なのかい?」
秋雅は首を傾げる。主催者の次男なのだ。父の傍にいるべきでは無いのか。
「…ぁ、えっと、ごめん、なさい、」
「あぁ違うんだ…!怒ってるんじゃないよ、」
眉を下げて涙目になった月君の目尻をそっと袖で拭う。
「私はただ不思議に思っただけなんだ。お説教をしたいんじゃない」
「ほんと、に…?」
「あぁ、本当だとも」
「それとも桜は、嫌いかな……?」
秋雅は月君の頭に乗った桜の花びらを指先で摘んでそう尋ねる。
「……ぼく、その、桜の花より、藤の花とかが好き、です。…木犀の花も好き」
―――おや、珍しい。と秋雅は穏やかに微笑み返す。
都人は桜をこよなく愛する。春の日に絢爛な花を咲かせ儚げに散るそのさまを風流と雅と詠う。しかしこの幼子は藤の花が良いという。初夏に品の良い薫りを放つ薄紫の花。決して絢爛さはないけれどたおやかな美しさをもつ。
「奇遇だね。私も桜より藤や橘が好きなんだ」
「…宮さま…も?」
「―――うん」
秋雅が頷くと、月君は嬉しそうに笑った。
――――凛世八年、月君元服。名を
――――――凛世十一年、藤原千早、近衛府少将に任官。
―――――――――凛世十二年、今上帝より『
人の夢と書く儚さを 玉うさぎ @yukitoa
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