二人からの求婚、どっちも選んでみた結果

加藤ゆたか

二人からの求婚、どっちも選んでみた結果

「マーガレット。離婚してくれ。」

「いいですよ。」

「こんなこと急に言われて、君も混乱しているだろうが……って、いいだって?」

「はい、離婚しましょう。ヨハン王子。」


 あっけに取られている王子の顔。金色の髪がだらしなくひたいれている。そんなに私の答えがショックだったか。私が泣いてすがるとでも思っていたのか。

 私は知っている。ヨハン王子が、宮中の歌姫ミーティアと既に出来ていて子供まで作っていることを。

 思えばまったく幸せな結婚ではなかった。なぜこんな男からの求婚に胸をおどらせて、悩み、あんなことまでしでかしてしまったのか。人生の汚点だとすら思う。しかし、この結婚が無ければ得られなかったものも確かにあった。それは——。


     ◇


 私、マーガレットは宮廷仕えの魔術師だった。女の身でここまで上り詰めるのは本当に苦労した。魔術書を読み、勉学に励む日々。おかげさまで私は魔術学校の首席の座を射止め、念願の魔術師となったのだった。

 何度も挫けそうになる時があった。でも、そのたびに励ましてくれたのは、幼なじみのジャックだった。ジャックは同じ町の大工の息子で、家が隣同士だったこともあり、幼いことからよく一緒に遊んでいた。ジャックとは、将来を誓い合った仲でもある。

 しかし、私は魔術師になるために忙しかったのと、ジャックが奥手だったこともあって、二人の仲はそれほど進展してはいなかった。私の宮廷の魔術師としての仕事が忙しくなると、いよいよジャックとは会えない日が多くなっていった。


「もうこのまま疎遠になっちゃうのかな……?」


 なんとなくジャックとの関係に終わりを感じていた私の前に現れたのがヨハン王子である。

 王子は私の魔術を素晴らしいと褒めてくれて、また私の手を取り、瞳を見つめて言った。


「マーガレット。あなたの瞳の輝きに吸い込まれそうだ。これも魔法なのかな?」

「まあ。」


 私はヨハン王子の目を見つめ返した。

 正直に言うと、

「何を言ってるんだこの男は。」

とも思ったが、その金色に輝く髪、同じく金色の睫毛にふち取られたヨハン王子の青い瞳に真っ直ぐ見つめられれば、頬を赤らめない者はいないだろう。

 私も例外に漏れず、心臓の鼓動は高鳴った。


「また、こちらに伺ってもよろしいですか? マーガレット。」

「はい。」


 伺っても何も、ここは宮廷魔術師の研究室。国の施設。王子の庭である。好きなだけ自由に来ればいい。あなたにはその権利がある。

 そう思ったがもちろん口には出さなかった。かくして、ヨハン王子は毎日足繁く研究室に顔を出した。そしてそれは信じられないことだが、この私が目的なのだった。

 そりゃあ私も、年頃の女子として身だしなみは忘れていなかったし、容姿に自信が無かったわけではない。だけれども、この数年間を魔術の勉強に注力してきたため、女としての選択は二の次にしてきたのだ。

 ヨハン王子はそんな私の凍りきった心を、少しずつ溶かしていった。やがて、私はヨハン王子の横で笑うことが多くなっていった。

 今ならわかる……。ヨハン王子は身分が低い女が好きなだけで、私が胸をときめかしたあれもこれも全て女を落とすための手口だった。そうやって、歌姫ミーティアも手中に収めたのだろう。

 話が横道よこみちに逸れたが、こうして私はヨハン王子の手のひらで踊る哀れな女に成り下がった。



 しかし、ひとつ私には気がかりなことがあった。幼なじみで将来を誓ったジャックのことである。疎遠になったと思っていたジャックだったが、ある日から急に私に会いに来るようになった。今思えば、ヨハン王子に褒められ浮かれて宮廷から帰ってくる私の様子を見て、何かを感じたのだと思う。

 ヨハン王子から猛烈なアタックを受ける影で、私はジャックからも積極的なアピールを受けるようになる。


「このままでは、二人から求婚されることになるわ。どうしよう。」


 ヨハン王子は素敵だし王族。結婚すればゆくゆくは王妃。

 返って、ジャックは地位も金も無いが幼い頃から知っている気心の知れた間柄。私はジャックのはにかんだような笑顔が大好きだった。


「ああ、私が二人いればどちらとも結婚できるのに……。」


 そう呟いてからハッとした。そうだ、私が二人いればいいのだ。

 私は魔術書を開いた。……あった。分身の法。

 今や魔法でだいたいのことは何とかなるのである。魔術師になって本当によかった。

 私は魔法で自分を二人にすると、片方を宮廷に向かわせ、もう片方を家に置いた。

 しばらくして、宮廷の私はヨハン王子から求婚を受ける。


「マーガレット。結婚してくれ。」

「はい。ヨハン王子。よろこんで。」


 これで宮廷の私は幸せを手に入れた。

 そう思ったのに。

 結果は離婚。結婚生活、たったの二年。しかもヨハン王子の不倫が原因。

 それで、私が城を追い出されるって酷すぎないか?

 ああ、早くジャックのところに嫁いだ自分と合流して一人に戻らなければ。

 私は少なくない慰謝料を王子からふんだくると、さっさと城を出て故郷の町に向かった。


     ◇


 人生には転機がある。

 私にとってそれは二年前。

 あの時の私は恋に浮かれて頭がいかれていたと思う。

 どう考えても王子からの求婚を受けた方が幸せになれたに決まっている。

 それを魔術を使って二人に分かれて両方取ろうだなんて。

 おかげで金のない大工の幼なじみを選んだ私の方は今のありさまだ。

 夢だった宮廷魔術師の職も捨て、王子との幸せも譲り、選んだ生活は散々なものだった。

 もちろん最初は幸せだと思っていた。幼なじみのジャックは優しかったし、気楽な主婦をやるのも悪くないと思っていた。

 でも最初だけだった。

 ジャックは毎晩、酒を飲んで帰ってくるようになった。酒を飲んでいる時のジャックは家の中で暴れる。私にも手をあげた。

 最悪の結婚生活。

 やがてジャックは酒に溺れて手が震えるようになった。そんな状態で大工がやれるわけがない。ジャックの仕事は無くなった。

 いったい何が原因なの、とジャックを何度も問いただそうとしたが、ジャックは頑なに理由を言わなかった。結局、ジャックは私のことなど見てはいなかったのだ。ジャックと私は次第に会話が無くなっていった。

 ついに家の金が無くなると、ジャックは私に働きに出るように言った。私は魔術の知識を使って町の小さな魔法屋で働くことになった。私はそこで魔術に携わる仕事の楽しさを思い出した。次第に任せてもらえる仕事も増えて充実していった。

 だが家に帰れば酒浸りのジャックが待っている。ジャックは私に暴力を振るう。


「こんな生活はもうイヤだ。」


 私は王子と結婚したもう一人の自分を思い出していた。

 もうジャックのことは見捨てて、もう一人の自分と合流して一人に戻ろう。

 私は最後にジャックを殴りつけると、

「バーカ! もう離婚だ、くたばれクソ男!」

と叫んで家を飛び出した。


     ◇


「じゃあ、王子と離婚したの!?」

「ってことはジャックとは別れてきたってこと!?」


 元々は一人のマーガレットだった私たちは、お互いの境遇に驚きの声をあげたあと、笑い転げた。


「なんだ、私たち、男運無かったんだね。」

「どっちも最低男だったとはね。」


 宮廷から来た私が言う。


「どうする? 一人に戻る?」


 家を飛び出した私が言った。


「ううん。戻る意味無くなっちゃったよ。……それよりさ、二人で何か始めよっか。」


 宮廷の私が聞き返した。


「何かって?」

「私、魔法屋でちょっと働いたんだ。魔術で商売する方法、覚えたのよ。」

「あ、それなら私、王子からもらった離婚の慰謝料でたっぷりお金あるわ。」

「隣の町でさ、やらない? 魔法屋。」

「やろう、やろう。私たち二人でなら何でもできるよ。」


 私は宮廷の魔術師だった頃を思い出して胸が躍った。

 魔術があれば何でも出来る。私になら。

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