最終話

早朝4時。


寝室の東側にある窓から曙光しょこうが差してきた。

僕は和馬と寄り添うように眠っていた。スマートフォンのアラームが鳴ると、その音に反応して2人とも目が覚めた。


「まだ寝てていいぞ」

「早いな。仕事?」

「ああ。大阪で収録がある。ひとまず家に帰るよ」

「気をつけて行ってこいよ」

「ありがとう。また連絡するから」


彼は衣服に着替えてすぐさま家を出た。寝ぼけ眼の僕は再び横になり眠りについた。


午前8時半。身体に睡眠薬が少し残っている分か、起き上がってからも眠気が取れないまま、洗面台で顔を洗った。


タオルで顔を拭き鏡に写る自分の姿を見た。


目の下にくまが出ているので、やつれた表情が自身でも分かるくらいだ。昨夜の和馬の泣き顔を見て同じくらい悲しい気持ちになった。


僕はこれから彼の力になる人間になりたいと考えているが、臆病な性格が前提にあり、その立ち込めているもやを追い払いたいくらい苛立ちが腹の底に潜んでいるのだ。


落胆した彼の姿を見て、奪いたいという邪心は通用しないと身体に滲み出てきていた。


そうだ、全てを手に入れたところで何になるのだろうか。僕が幸福でも彼がそうでなければ何の意味にもならない。

ここまで来て彼と向かい合ってまともに話したこともほとんどないくらいなのだ。

あと一歩で自滅させる道へと踏み入れる寸前になるところだった。


1人冷静になって考えていると、見えなかった事を理解できるようになってきた。自分を素直に受け止めてあげよう。


その日夕方、和馬からスマートフォンにメールが来て仕事が早く終わったから、マンションに直行すると伝えてきた。


3時間後、彼が自宅に到着した。出迎えると笑顔で僕を見てくれた。


「収録、上手くいったよ。近いうちにテレビで放送されるから、見て欲しいんだ。」


彼は手に持っていた手提げ袋から赤ワインを取り出して乾杯をしたいと言ってきた。


「お前に、大事なものを見せてあげる」


そう言うと、バッグから色違いの2つの御守りを取り出し、袋の中からある物をつまみ上げた。


「手を貸して」


白濁した平たい欠片のようなものを僕の掌に乗せた。僕は血の気が引くほど顔色が変わった。


「これ、何?」

「凛の破片だ」

「破片?」

「遺骨だ」

「どうして御守りの中に?」

「墓に納める前の日に骨壺を開けて取り出した。いつでも一緒にいたいから。」


「じゃあもう一つの小さい御守りの中は…?」「陸だ」


「どうしてここまでしたんだ?」

「全て、吐き出してくれたらお前も気がつくはずだ」

「また…何を言っているか、わからない」

「もう一度聞く。2人が亡くなった日の午前11時、この部屋の仕事場で原稿を打っていただろう?その時、誰かから電話がかかってきて何かを話していたか?」


「仲間の奴が連絡来る前に出版社の担当者と打ち合わせする日取りを決めていた。」


「その電話が終わった直後、もう1人第三者から電話がかかってこなかったか?」


一気にフラッシュバックした。

そうだった。担当者との電話を終えた後に、非通知着信が鳴って出たんだった。


「どちら様ですか?」

「筧さんに用があって連絡した。あんたの仲間の後藤っていうやつ、よく飲みに付き合っているだろう?」

「そうだ。なぜ、彼の名を?」

「俺のダチだ。そいつから聞いたんだ。出雲和馬と筧さん、あんた方が付き合っていることを。…よくもまぁ、あの配信で堂々と公表したなぁ。そっちさ、親とか知っているのか?」

「いや、まだ何も話していない」

「だったら、俺から話してやろうか?」

「赤の他人の貴方に両親と面識なんてあるわけないだろう?」

「あのリクルート会社の代表、あんたの親父さんだよな?…俺さ、元部下だったんだよ。でも、折り合い悪くて、遂にはリストラされてさ。くくっ。この際だから、あの頑固親父、殺してやろうかと思ってな。」

「馬鹿な事を言うな。父には絶対に手をつけるな。」

「じゃあどうすれば俺の腹の虫が治まるんだ?あぁ?!散々追い詰められて、最後はむさぼるように捨てられた身になったんだぞ?お前、何にも知らないんだな。だから金持ちの御曹司は何も出来ない腰巾着なんだよ!」

「貴方に、言われたくない。とりあえず改めて会って話をしたい。そうしてくれないか?」


「あんたには用はない。…なぁ、出雲和馬の妻と息子、消したくないか?」


「どうしてだ?」

「だってあんたには必要ないだろう、和馬がいれば全てを手に入れられるんだぜ?」

「そんな事、やっている場合か…」

「さっさと決めろ。親父さんにあんたがバイセクシャルと伝えて殺めるか、和馬の家族を殺めるか…どっちが良い?」


僕は冷静でいられずにはいられなかった。

迷わず凛と陸を選んだのだった。


「…和馬の家族にしてくれ」

「了承。これから言う場所に来い。300万用意してくれたら、それで帳消しにしてやる。良いな?!」


伝えられた場所は、父の会社の近くのビルだった。あの嵐のような強風が舞う中、僕は金を握りしめてその場所に行き、相手の顔を合わせて、やってくれと頼みだしたのだった。


その男は想像以上に悪の身なりをしていた。用意した金を渡して、すぐさま家に戻り切らした息を宥めるように整えていたんだった。

その後に、仲間からきた電話に出て、凛と陸が殺された話を聞きそのまま放っておけと伝えたんだった。


なぜ記憶から消されていたのかが分からない。


「…そうか、それで今回の事態になったのか。記憶がないなんて、よくも綺麗事言えるものだな」

「和馬。俺は、お前と一緒になりたくてどうしたらいいか凄く悩んだんだ。でも、それと殺せと頼んだ事は別だ。自分の身分を父さんに知られたら、縁を切られるかと毎日怯えているんだよ。お前だって親御さんにしられたら、どう説明するんだ?」

「俺は正直にお前と付き合っている事を言うよ。なぜそこまで怯えて生きてなきゃならないんだ?もっと堂々としていても良いだろう?俺たち…何のためにこうしているんだ?」

「和馬…本当にごめんなさい。でも俺の両親にはまだ言わないでくれ。頼む、もう少し時間が欲しいんだ」


足の震えが止まらずその場にひざまずいて、彼の脚に掴まりながら、言い訳を吐いていった。


両親に知られたら真っ先に縁を切られる。そうなると、今の生活ができなくなってしまう。僕は必死で彼に向かって土下座をした。和馬はしゃがみ込み僕に向かって告げてきた。


「真翔、顔をあげて」


ゆっくりと彼の顔を見合わせて僕らはお互いに不気味に微笑んだ。和馬は僕の耳元に片手で何かを持ちながらそばに近づけた。


「この音をよく聞いて」


目線を彼の手に合わせると、握りしめた拳から遺骨の欠片が散々に崩れる音が耳に入ってきて、砂のように床に零れ落ちていった。


「この音を、一生覚えておけ。…これ、陸のだ。お前も握り潰せ」


彼から陸の遺骨の欠片を手渡しされて、手のひらを閉じて思い切り握り潰した。


「これで、みんな一緒だ。お前は俺の1番の相棒だ」

「ずっと、一緒?本当に?」

「そうだ。お前の為に、これでなかったことにしてやる。だから、これからは俺の言う事を素直に聞け」

「和馬…ずっと、一緒だよ」


僕らは改めて愛を誓った。お互いに見つめ合いキスを交わして魔道へと辿って行く事を決めた。


魂を震わせるほどこんなにも人を愛したことなどない。今宵は2人でどう祝杯していこうか。


一生離さない。

やはり、彼は…僕のものだ。

この瞬間から、僕は彼についていくと決意した。


茨の道はこうして始まっていった。



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