一角と千角 1・外伝

ましさかはぶ子

柊豆太郎





「金剛じいちゃん、どうして俺の父ちゃんと母ちゃんは死んだんだよ!」


豆太郎が号泣しながら金剛の体を叩いた。


豆太郎は10歳だ。

彼の両親は先日鬼との戦いで死んでしまった。


葬式の最中豆太郎は一言も物を言わず、

ただ下を向いて口を一文字に結んでいるだけだった。


だがすべてが終わりケアハウス一寸法師に戻った途端、

豆太郎はボロボロと涙を流しながら金剛に言ったのだ。


金剛はそれには答えられず、ただ無言で立ち竦むだけだった。


ケアハウスの他の老人も出て来て豆太郎を囲むが、

彼らも何も言えなかった。


金剛はしばらく豆太郎に体を預けて少し収まってから、

無言で豆太郎を抱き上げた。


そして強く彼を抱く。

豆太郎は金剛の首に手を回してまた泣いた。


今はそれしか出来なかったのだ。


それから豆太郎は部屋に閉じこもって出て来なくなった。

毎日部屋でゲームをしている。


豆太郎の両親はこの一寸法師で住み込みで働いていた。


彼の家系は鬼を払う家系だ。

この一寸法師には他にも法術師など色々といる。

だからみな家族のようなものだ。


両親を亡くした豆太郎は当然のようにこの一寸法師で暮らすだろう。

だがやはり親でなければ出来ない何かはある。


学校にも行かず部屋に閉じこもっている豆太郎に

ハウスの老人たちもそれなりに声掛けはしたが、

なかなかその心に響く事は出来なかった。


「豆ちゃん、大丈夫だろうかね。」


一人の老人が金剛に言った。


「ああ、どうするかな。

豆の親もいつも心構えは話していたがな、

実際起きてしまうとどうにも納得出来んのだろうな。」


豆太郎の同級生もしばらくは毎日迎えに来たが、

今では来なくなってしまった。

豆太郎に食事を持って行っても無言で食べるだけだ。


10歳の子どもにはあまりにも重すぎる現実なのだ。


三か月ほど経った頃か。


他のケアハウス一寸法師から

『豆太郎君にぜひ。』と連絡が来た。


しばらくして一寸法師にやって来たのは

むくむくとした真っ白な子犬だ。


「しかも二匹か。」

「ああ、神獣が二匹も別の所で生まれたらしい。

だからぜひ豆太郎にあげてくれと。」


その神獣はオスとメスだった。

金剛は何かしら不思議な気持ちがした。

豆太郎とは何か深い縁があるのかもしれないと。


「豆よ、ちょっと来い。」


金剛は彼の部屋に入った。


薄暗い部屋で豆太郎はテレビゲームをしていた。

それは彼が父や母と遊んでいたゲームだ。

彼はそれを延々と遊んでいたのだ。


豆太郎は何も言わず立った。

金剛は彼の背に手を回して外へと導いた。


一寸法師の庭はいつも美しく整えられて、

芝もきれいな緑色をしていた。


そこに白い子犬が二匹走り回っている。


豆太郎の目が大きく見開かれる。

金剛は豆太郎を見下ろした。


少しずつ彼の体に力が戻って来るのが分かった。

顔色が明るくなり、

豆太郎が金剛を見上げた時はその瞳に光があった。


「じいちゃん、あの犬どうしたの。」


久し振りの豆太郎の声だ。

金剛はぐっと来る。


「よその一寸法師でな神獣が生まれたんだよ。

二匹も。

それを豆太郎君にとみんなが贈ってくれた。」

「俺に?」


犬が金剛に気が付き、こちらに寄って来る。


「お前の犬だ、名前を付けろ。」


豆太郎が腰を下ろすと犬が彼に飛びついた。

勢いで豆太郎が後ろに倒れる。

それに構わず犬はその上に乗り顔を激しく舐め出した。


「おい、止めろよ、わはは、くすぐったいよ!」


笑う豆太郎の声に他の老人も出て来て彼を見る。


「じいちゃん、この犬俺が飼っても良いの?」

「良いぞ、でもちゃんと世話をするんだぞ。」

「分かった!」


以前の元気な豆太郎の声だ。


「じゃあ、男が桃介で女がピーチだ!」


それは多分自分が持っているゲームから付けたのだろう。

家族で楽しく遊んでいたゲームだ。


「桃介、ピーチ、桃介、ピーチ、」


彼は前に座った子犬を順番に指さしながら遊びだした。

子犬は嬉しそうに豆太郎を見ている。


翌日、朝食を済ませた後、


「じいちゃん、俺学校に行く。」


と豆太郎が言い出した。


「おっ、行けるのか。」

「行くよ、ずっと休んでいたし。」

「持って行くものとかどうするんだ、分かるのか。」

「昨日友達に電話した。」


すると外から豆太郎を呼ぶ声がする。

彼の友達が迎えに来てくれたのだろう。


「学校までついて行こうか。」


金剛が心配そうに言う。

だが、


「大丈夫だよ、じいちゃん。」


ランドセルを背負い豆太郎がにっこりと笑った。

金剛が彼を見送る。

何人かの友達が門の所で待っていた。


豆太郎が彼らに桃介とピーチを指さして何か話している。


「じいちゃん、夕方の散歩、友達とするからな!」


彼らは手を振ると元気に学校に向かった。

金剛は慌てて学校に電話をかけ、担任に連絡をする。

担任もほっとした声をしていた。


金剛は庭を見る。

子犬が走り回り遊んでいる。


しばらく遊んで寝て、餌を食べてまた遊んで……。


命の塊のような存在だ。

その一人に豆太郎もいる。


辛く悲しい経験をした彼がやっとその闇を抜けたのだ。

自らの力で。


自分はただ見ていただけだ。


彼は心から安堵した。

そして晩御飯は彼が好きな物にしようと思った。


沢山食べろ、沢山遊べ、沢山寝ろ。

負けるな、負けるな、豆太郎。


単純かもしれない。

でもそれが生きる事だと金剛は思う。


「金剛さん、良かったな。」


老人が声をかける。


「ああ、良かった。」


それは豆太郎を見守っていた皆の気持ちだった。


















「今日さ、散歩終わったらゲームしねぇ?」

「いいよ、何するの。

お前んとこおやつ出るから良いよな。」

「桃電とかしようぜ。」

「おまえさ、犬の名前、それから付けただろ。」

「ピーチもそうだろ。」

「ピーチってすぐクッパに捕まるよな。」

「だからオスの名前はマリオの方が良かったんじゃね?」

「だって日本犬だからさ、マリオだと外国人だし。」

「ピーチも英語だぞ。」

「……あ、そうか。」

「なんだよ、豆太郎。」


とみんなは笑う。

豆太郎には久し振りの学校だが問題は全くなさそうだった。










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一角と千角 1・外伝 ましさかはぶ子 @soranamu

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