第12話 エピローグ

 目が覚めると、ふかふかのベッドの上におり見慣れない天井が広がっていた。


「……ん? ここは……」


 気絶する前、妖精の森フェアリー・フォレストで横たわっていたはずだ。なのに、なぜ私はベッドの上で寝ているのか?

 あたりをキョロキョロ見渡していると、ベッドを囲っていたカーテンが控えめに開かれ一人の男が入ってくる。


「おう。起きたか」

「アロ先輩……! ここ、どこなんですか?」

「保健室だ。助けに行ったらお前が倒れていたから、運んできた」


 そういわれると、気絶する前にアロ先輩の声が聞こえてきた気がする。あのまま倒れていたら失血で危なかっただろうし、先輩には感謝だ。

 アロ先輩はそのまま近くに立てかけてあった椅子を取り出すと、そのまま私の横に座ってくる。


「……まぁ、なんだ。すまなかったな」

「……? どうして謝るんですか?」


 いきなり謝れた意味が分からず、私は首を傾げた。


「俺はナズ先生から代理を頼まれていた立場なのに、お前たちを助けに行くことができなかったからな。そのせいで、お前やエレーネ、他のクラスメイトにもっと被害が出てしまった」


 どうやら今回の事件、全責任は代理を頼まれた自分にある、と先輩は思っているらしい。

 歓迎パーティーで元気に料理を食べていた先輩とは打って変わって頭を下げた先輩はひどく落ち込んでいるように見えた。

 かっこいい姿だけじゃないんだなぁと思って少しだけ笑ってしまった。


「頭を上げてください、先輩。浅層に風龍ウィンド・ドラゴンが出るなんて想像できませんよ。……そういえば、レネちゃんは大丈夫でしたか?」


 何とか魔法で吹き飛ばせたが、近距離で風龍の息吹ドラゴンブレスを食らってしまっていた。いくら直撃は免れたとは言え、レネちゃんの体もぼろぼろだったので心配だ。


「ああ、ユナと一緒に保健室に運んできた。何なら、この隣はエレーネだぞ」


 そういって先輩は少しだけカーテンを開ける。

 開けた隙間からは綺麗な寝相ですやすやと寝息を立てていたレネちゃんが見えた。

 

「よかった~……」


 かれこれ、レネちゃんとは十年以上の付き合いだ。長年一緒に過ごした親友が無事だと知れたのは安心した。

 安心した私を見て、先輩はできるだけ音を立てないようにカーテンを閉めた。


「それで、だ。お前も気付いていると思うが、今回の事件は絶対に裏がある」

「……そう、ですよね。浅層に、あんな魔物が出るなんて考えられません。……でも、誰が何のために」


 浅層に上位種の魔物が出るなんて前代未聞だ。自然に発生したとは考えづらい。だからこそ、意図的に起こったとして見る必要がある。そんなことはできれば考えたくないのだが。


「まだそこらへんは調査中だ。この件は俺とナズ先生が責任をもって調べる。だから、お前とエレーネは怪我を治せ」


 そういって先輩は立ち上がって帰ろうとする。


「え!? 私も手伝いますよ! ……って、痛!」


 帰ろうとする先輩を引き留めようとして立ち上がった時、全身に痛みが走る。

 風龍ウィンド・ドラゴンとの戦闘で負った傷が開いてしまったらしい。


「そう無理するな。……ほら、お前を心配してる奴もいるんだからな」

「え?」


 先輩が指さした保健室の入り口には、フィルナちゃんとララちゃんが立っていた。

 どうやら、お見舞いに来てくれたらしい。


「……分かりました。じゃあ、後で教えてくださいよ?」

「おう」


 出ていった先輩を見送ると、部屋にララちゃんとフィルナちゃんが入ってくる。

 そうして少し話した後、ララちゃんとフィルナちゃんも帰っていった。


 ▽


 数日後、無事に傷も治り私とレネちゃんはある程度動けるようになるまで回復した。

 そんな私とレネちゃんだが、今は訳あってナズ先生の研究室にいる。

 アロ先輩と一緒に、だが。


 お茶を出しに少しだけ離れていたナズ先生が戻ってくると、やっと話を聞ける体制になった。


「それで、ナズ先生と先輩。話って何ですか?」


 出された紅茶を綺麗な所作で嗜みながらレネちゃんが話を切り出す。


「ああ。今回の風龍ウィンド・ドラゴン襲撃について、ある程度情報が纏まったからお前らにも話しておこうと思ってな」

「! それで、どうだったんですか……?」

「今回の事件、黒幕は『カラミティ』だ。奴らは最近、ほとんど魔法主義の活動ができていない。そんな状況の打破と学園への牽制を兼ねて今回の事件に及んだんだと俺とナズ先生は読んでいる」


 『カラミティ』。私とレネちゃんを狙って刺客を送ってきた組織だったはずだ。

 先輩から聞いた話だと、『カラミティ』は魔法使いが最高で誇り高い種族だと謳う魔法主義を押していると聞いたがそれでもこんな実力主義に出てくるなんて思ってもいなかった。


「『カラミティ』……。いい記憶がありませんね」


 思わず苦い顔をしたレネちゃんが呟く。

 

「だろうな。私がここで先生をしているのは結構長いけれど、『カラミティ』の良い話なんてないぞ。悪い話しか聞かん」


 どうやらナズ先生によると、『カラミティ』は昔からこのような事件を度々起こしているらしい。


「でも、こんな動いていたら学園側は咎めないんですか?」

「あいつらは証拠を隠すのがうまいからな。俺らも特定するのに苦労した」

「それに、『カラミティ』を咎められないのはこの学園の信条も原因にあるのよ」

「あー……。そういうことですか」


 この学園の信条は『実力主義』。たとえそれが上級生でも、実力があれば成り上がれるのがここ魔境、ロザナタリアなのだ。

 それは『カラミティ』も例外ではなく、圧倒的な実力を誇っているからこそ許されているというわけだろう。


「それに、ロザナタリアは生徒の思想と自由はできるだけ縛りたくないっていうのが本音でね。だから、証拠がほとんどない『カラミティ』に処罰を与えることは難しいのよ」

「そんな理由が……」

 

 だからと言って危害を加える組織をほったらかしにするというのはどうかと思うが……。

 すると、あらかた話は終わったのかおもむろにナズ先生は立ち上がった。


「今回の事件はこんなところね。あなた達には本当に迷惑をかけたわ」


 ナズ先生は深く頭を下げた。

 授業中の明るいナズ先生とは全然違った様子で驚いてしまい、一瞬反応するのが遅れてしまった。


「お気になさらないでください。あくまで戦う判断をしたのは、私とユナちゃんですので」

「そうですよ先生! 戦うと決めたのは私達です! 先生とアロ先輩が悪いことではありません!」


 あの場にいて、全力で逃げて助けを求めるという選択もできただろう。だけど、私達はその判断を取らなかった。

 戦うと判断したのは私達自身だ。その判断が間違っていたとは思ってもいないし、謝られることでもない。


「……ありがとう。あと、『カラミティ』はこれから本格的に動くと思うわ。あなた達も気をつけなさい」

「はい。ナズ先生と先輩も、私達が協力できることがあったら協力するので。よろしくお願いします」

「分かった。ありがとな、二人とも」


 巻き込まれた私達はもう当事者だ。協力できることがあったら協力したい。

 そのことを伝えた後、別れの挨拶をして私達はナズ先生の研究室を退出した。


 ▽


「大分桜が散っちゃったねー。残念だよ」


 ナズ先生の話を聞いてから数日後。今日は授業もないので、入学式の日にこれなかった桜をレネちゃんと一緒に見に来たのだ。

 とは言っても、もう入学式から二週間ほど経ってしまっている。満開だった桜もほとんど散ってしまって、今では少ししか咲いていない。


「あら。私はこの桜でも全然満足よ?」


 少し多めに咲いている桜の木の下を取り、下から散っていく桜を眺める。


「……それにしても、またこの桜を見られてよかったよ」

「そうね。この二週間、いろいろなことに巻き込まれて大変だったわ。ユナに巻き込まれた風龍ウィンド・ドラゴンは死ぬかと思ったわよ」


 ぐっ……。痛いところを突かれてしまった。


「う……。それは悪いと思ってるけどぉ……・」

「冗談よ。ユナならするだろうなってわかってたから」


 あ、レネちゃんがめっちゃ天使のような顔をしてる。かわいい。


「……でも、めんどくさいことに巻き込まれっちゃったわね。『カラミティ』、もう関わりたくないわよ、私は」

「それでも、本格的に動き出すってナズ先生も言ってたし、また変な事件起こすと思うなぁ」


 『カラミティ』は、多分もっと大きな事件を起こすだろう。

 もちろん巻き込まれないのが一番理想だが、なんとなく無理だろう。協力するって言っちゃったし。


「さ、そろそろ戻りましょうか」

「んえ? もう行くの~? ……って、おいていかないでよー!!」


 寝落ちしそうになっていた私を起こしてレネちゃんは立ち上がる。

 私が立ち上がった時にはもうレネちゃんは少し遠くにあり、おいて行かれそうになっている。

 

 大変なことも多いけれど、なんだかんだ学園の生活は楽しい。

 だから、この平和な空間が壊れてしまうのならば、私は剣を取ることを選ぶだろう。

 ─だって、私は英雄を志してしまったのだから。

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魔法学園は闇が深い!~憧れていた学園だけど、どうやら陰謀が多いようです~ すうぃりーむ @suuli

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