第2話 女神の謀略

 気づけば彼は森の中にいた。

 湿った空気が首筋を撫でて、青葉が天蓋となり彼に影を落としていた。


「お、おぉ」


 思わず声が漏れ出るほどの、素晴らしい解放感だった。


 夢ではない大地を踏みしめる感覚。

 夢ではない肺腑に満たされた森の空気。

 夢ではないこの、幻想的でもなんでもない森林の風景が、田島祐樹にとって途轍もない気持ちを生み出すのだ。


 ふと彼はしゃがみ込み、足元の緑に手を触れた。


「なんだろう、この草」


 幼い頃から図鑑の紙面や電子の海で散々見てきたどの植物とも違う、異形の群生した雑草。


「……凄いな、こんな森の中で育つことができるなんて」


 規模が大きな樹木の密集する森林の中では、上空で葉が広がり、地中で根が広がり、まるで雑草は栄養を受け取れない。


 この植物を発表すれば、たんまりと賞だのテレビ出演だのが転がり込んでくるだろう。


 だが、そんなことは絶対にないと田島は確信していた。


「本当に、異世界に」


 見上げれば、見渡せば、彼を祝福するように至る所に見たことのない植物が生えている。


「……ん?」


 視界の端に奇妙なものが映った。

 薄い青色の、ねばねばした物体が木陰より覗いているではないか。


 思い当たる節はただ一つ。


「スライムって奴か!」


 成程これは運がいい。

 丁度【常識殺しチート】の具合も確かめてみたかった。


 内容は何というか、肌でわかる。スマートフォンのフリップのように、コンピュータのクリックのように。

 元から染みついていたような動作に合わせて、神経のように自身の延長として捉える。


「動……け!」


 神より賜った力、その圧倒的な暴虐を今。


 樹木が蠢いた。地草がのたうち回った。苔が暴れた。

 一瞬のうちにそれらが起こり、田島の一部となった大地と緑がスライムと思しき塊を吹き飛ばした。





 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「直近の斥候観察部隊、全通信ロスト!」

「第二魔砲小隊下がらせます、損害軽微ですが負傷者あり」

「目標依然として顕在、粘体スライム型無人魔機ドローン予備機、いつでもいけます」

「救護班を回せ!欺瞞を徹底しろ!なんとしてでも奴を叩き潰し、背後の命を護るのが我々の使命だ!」


 仮設司令部は瞬く間に混乱と怒号に呑まれていった。

 何しろ、検出された神素エーテル平均値と、当該目標に見られる特徴が全く一致しないのだ。


 前線の斥候部隊がよこした分類カテゴリー4フォーという観測結果はいわば「攻略が楽な部類」の【常識殺しチート】を示す。


 にも関わらず、今の攻撃とその魔法に付随する現象は最高指揮官であるアルダ・アレリオの経験によれば。


「最低でも分類カテゴリー6シックスはくだらないはずだろう…!」


 機材のトラブルか?

 いや、周囲の斥候部隊の機器が全て同じ結果を出したため、そうとは考えられない。


 では斥候部隊は洗脳されたのか?

 いや、物質操作系と精神干渉系は同時に存在できないため、考えられない。


 つまる所は。


「計ったな、狂える神フォルトラム…!」


 転移転生者を送り出す元凶の策謀に違いない。

 何せ、こちらには分類カテゴリー4フォー対策の装備しかないのだ。


 前例がない、女神の欺瞞。


 とは言えだ。

 出し抜かれたとておめおめと引き下がる魔王政府ガバメント軍部ではない。


「地点bベータをキルゾーンに設定、全魔砲小隊を移動させろ」


常識殺しチート】をもつ転移転生者に対抗する手段を用意する。画策の果てに勝利が見えるのなら、我が身さえも差し出す。

 そういう覚悟がこちらにはあるのだ。


 彼らが神の使徒であるならば、こちらもまた、神の使徒である


「魔王様、どうか御加護を」


 古臭い前時代的な忠誠ではなく、信仰である。

 我々は魔王の加護がある限り、命を守る為戦えるのだ。


「目標、動きます!」

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魔王軍戦略部転生転移対策課第八大隊 ”テンハチ” イトセ @Itose5963

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