第4話

 アヴニール帝国の中央。その一等地の門となるように佇む立派な施設。

 ナディーの弟子、トイフェル・ローズウッドは、その規模に思わず息を呑んだ。


「ここが、アヴニールの国際魔法警備局の本部…なんだか、とても立派なところですね」

「当たり前でしょ。アヴニールは皇帝を戴く帝国、この世界でも有数の広大な国土を誇る国。当然魔法犯罪の数は多くなるから、それを取り締まる国際魔法警備局の本部はこれくらいの規模がないと捌けなくなるのは自明の理よ」

 

 買取屋サルウァトル組合の紋章が入った白いローブに身を包んだ師匠の顔は、あまりよく伺えない。

 低身長のナディーの顔は歳の割に大柄なトイフェルからあまり見えないことの方が多いのだけれども、こうして言葉を交わすときは少なくとも唇の動きくらいは見えていた。今は、白い布を被った歪な丸にしか見えない。

 そんな風に、バレたら怒られそうなことを考えつつ、トイフェルは彼女の話に相槌を打った。

 

「そういえば、貴方また背が伸びたんじゃない?」

「え?そうですか?」

「初めてローブを着て歩いてる割に、全くつまづいたりしてないからってだけなんだけどね。これ、視界が悪くなるから、慣れてないうちはたいていの人間が転けるわつまづくわで大変なの。その点、貴方はいつもと変わりがないように動くから」

 

 そうなのか。トイフェルは単純にそう思った。

 数日前、アンヘルから贈られてきた紺色のローブは、本格的な寸法を測ったわけでもないのに着丈もちょうど良く、程よく体を包まれている感覚が心地よい。ナディーの所有する白色のローブの隣に並ぶと良く映えて、選んでくれたアンヘルのセンスの良さが伺える。

 

「ナディーさんの周りの方の運動神経が鈍いだけではなく…?って痛!脛を蹴るだなんてひどくないですか!?」

「師匠に向かってシツレーな口叩くからでしょうが。大抵の人間がって言ってんのに、全くもう」

「それは…すみません」

「素直に謝ったから今回は許す。でも次はないと思いなさい」

「…はい」

 

 渋々とした返答だったけれど、ようやくにこっと笑った口元がようやく見えた。


「さ、そろそろ無駄話はやめにしないと。気を引き締めてねトイフェル、約束は破らないこと。あれさえ守れば、あなたにだけは危険は振りかからないんだから」

「…はい、ナディーさん。」


 “約束”をした時からチクリと引っかかる感情を無視して、トイフェルは返事を返した。


「失礼、見張りのお方」

「なんでしょうか。……買取屋サルウァトル買取屋サルウァトルが何の用だ」

「アンヘル・カルンヘラ警部補に用があるの。アポイントはとってあるわ。通らせて頂戴」

「……しばし待て」


 高圧的な男の態度に、思わず眉根が寄ってしまう。

 この施設の見張りを担当しているということは、この男も国際魔法警備局の一員であるはずだ。

 国際魔法警備局は買取屋サルウァトルと縁が深い集団であるはずなのに、そこに所属する男が一般人と同じように買取屋サルウァトルに忌避反応を示すだなんて。


買取屋サルウァトルはセーフティネットのひとつなのに…なんだかなぁ)

「……確認が取れた。カルンヘラ警部補は東棟の2階にいらっしゃる。1階の事務員に声を掛ければ繋がるはずだ」

「そう。ありがとう、手を煩わせてごめんなさいね」


 ひらりと手を振って、施設内に足を踏み入れたナディーに続く。

 後方から聞こえる嫌味ったらしい声は無視をした。


 


 

 コツコツと硬い音が響く。

 柔らかい光の差し込むアヴニール帝国の国際魔法警備局本部東棟は、外の喧騒を忘れさせるほど穏やかな空気が流れていた。


「あら、ナディーさんじゃない。こんにちは。今日は“お話し”で来たの?」

(…誰?)


 急に声をかけられた。

 ミルクティーベージュのロングヘアを緩く巻いて、国際魔法警備局の紋章がワンポイントであしらわれたマントを羽織っているその女性は、アンヘルと同じバッチをつけていた。

 若く見えるが、どうやら彼女も警部補階級にいるらしかった。


「こんにちはマユリカさん。時間が合えばそうするつもりだけど、今日は一応アンヘルとの打ち合わせで来たの」


 はらりとローブのフードを脱いで、ナディーはそう返した。マユリカと呼ばれた目の前の女性は、驚いたように目を丸くする。


「へぇ、打ち合わせでわざわざ来るのは珍しいわよね」

「アンヘルがウチまで来る時間を作るのが大変そうだったから、私から来ることにしたのよ。こんな機会でないと引きこもってばっかりになるだけだし」

「そうなの。なんだかんだ言いつつ、あなたカルンヘラ警部補に優しいわよね」

「優しいわけじゃないわ。アンヘルが持ってくる仕事で予定を組み立てられないのが嫌なだけよ」

「ふふ、分かった、そう思っておくわね。ところで、後ろの子は噂のお弟子くんかしら」


 まさか自分に話題が移ると思っておらず、トイフェルは思わず身を固くした。

 ここに来る前、ナディーと交した“約束”があるから、どう答えていいのか分からない。当たり障りなく返そうにも、噂の、という枕詞に上手く引っ掛けることが出来ない。


(どうしよう、なんて答えればいい?おそらく、とか、そんな風?)

「噂がなんのことかは分からないけど、この子は確かに私の弟子よ。とても賢くていい子なの」


 トイフェルが慌てていることを察したのかどうか分からないけれど、ナディーは自分より大柄な弟子を庇うように立つ位置を変えた。


「ごめんねマユリカさん。この子はとっても賢くていい子だけど、すごく人見知りでもあるの。ソト仕事に連れてくるのももう少し後にするつもりだったんだけど、色々あって前倒しになってね。今日この子とお話するのは諦めてくれない?」

「…そっか。お話できないのは残念だけど、お師匠様がそう言うならしょうがないか。ナディーさん、お弟子くんの名前を聞くのもダメなの?」

「遠慮して欲しいかな」

「そっか、残念。今度会う時を楽しみにしておくわ。引き止めてごめんなさいね」


 それじゃあね、と。軽い音を立てて去っていったマユリカを見送って、トイフェルは無意識に詰めていた息を吐き出した。


「まさか、話を振られるなんて思いませんでした」

「マユリカさんは自分の興味を満たすことを目的として動く人だから。まさか会うとは思ってなかったけど…」

「マユリカさんは警部補なんですか」

「うん。マユリカ・シュトゥムル本部警部補。私やアンヘルの五つ上くらいだったかな」

「わぁ、案外年上の方だった」

「馬鹿。34歳は十分若いわよ」


 ナディーは先程脱いだフードを再び深く被り直して、再び廊下を歩き出した。


 緩やかな階段を登って2階にあがり、目的の部屋に向かう。向かう先は、アヴニール帝国の魔法犯罪の全てを取り締まる魔法犯罪対策課だ。

 国内の買取屋の取りまとめや魔力事故、魔法を使って凶事を起こす根無し草への対策を行う課で、国際魔法警備局の中でも一番目立つ部署である。


 国際魔法警備局へ所属を目指す者は1度は志すとまで言われる花形部署は、どうやら組織内でも待遇が良いらしい。


 日当たりの良い広い部屋に、ゆとりを持って設置されたデスクは、とても警備局の一部署には見えないからだ。


「ナディー、いらっしゃい。本部への御足労、心から感謝するよ」

「お疲れ様アンヘル。案外元気そうでよかったわ」

「ナディーがこっちに来てくれるから時間が出来て、やっと一区切りつけられたんだ。だから案外元気なのはナディーのおかげだよ」


 ツートーンのローブに気がついて、見慣れた姿が二人の近くに歩み寄る。

 記憶よりも幾分か痩せたような気もするアンヘルは、いつもと同じようにナディーと軽口を叩きあって、後ろに控えるトイフェルにも目を向けた。


「君もお疲れ様。初めてだから疲れたでしょ」

「いえ。師匠と一緒でしたから」

「そっか。…うん、そのローブ、よく似合ってる。選んだ甲斐があったよ」

「ちょっと、私の弟子をナンパしないでよ」

「あはは、ごめんごめん」

「ったくもう…で、ここで話すの?」

「まさか。会議室を押えてある、移動しようか」


 こっちだよ、と踵を返したアンヘルに続いて、先程歩いてきた廊下の先を歩く。

 コツコツ、カツカツと乾いた音が柔らかな光の中に響いて返ってくるのがなんだか新鮮で、どことなく落ち着かない。

 

(人もたくさんいるし……アンヘルさんは毎日こんなところで仕事してるんだなぁ。すごいや)

 

 そんなことを考えていれば、アンヘルが事前に押さえていたらしい会議室の扉を開けていた。五人も入ればいっぱいになってしまうだろうこじんまりとした会議室には、やはり外から差し込むやわらかい光が満ち溢れている。

 

 ナディーが窓に一番近く扉から一番遠い席を陣取り、その向かいにアンヘルが座る。トイフェルはナディーの横に座ることにした。

 

異空間・凛リルツィル・ティーシャ

「!」

「空間転移魔法…どういうつもり、アンヘル。貴方の仲間に聞かれてまずい話でもするの?」

 

 ボソリとアンヘルが唱えた呪文の後、体がふわりと浮いた様な気がして、トイフェルは身を預ける椅子の肘置きにしがみついた。トイフェルの横にいるナディーは特に驚いた様子を見せなかったけれど、何か思うところがあるのかジトリと据わった目を学生時代の同期に向けでいた。

 

「ダグル・ララを生かして仲間にしたいだなんて、今同僚に聞かれると困るんだ。魔法犯罪対策課に所属してる人はみんな、根無し草ダグルを残らず抹殺するべきだと考えているから」

「……貴方のそういう言種を聞く度に、なんで貴方が魔法犯罪対策課に在籍できているのか疑問になるわ。」

「魔法犯罪を撲滅する理念がないわけではないからね。ワタシはただ、対ダグルにおいて長年続く膠着状態を変えたいと思っていて、そのためにダグル・ララを利用したい。それだけだよ」

「そう言えば、なんかそんなこと言ってたわね」

 

 魔法で次々にお茶や菓子を用意しつつそう話すアンヘルに、ナディーはローブを脱ぎつつ言葉を返した。

 

「で、この間からダグル・ララはどうなってるの。できれば早く話がしたいんだけど」

「口が硬いのは相変わらずだけど、買取屋サルウァトルの話題には少し食いついてたよ。関わった事はないけど名前は聞いたことのある職業だから気になるって言ってた」

「関わったことはないってことは、ダグル・ララは近年他国で起きてる買取屋サルウァトル襲撃事件に関与したことはないってことか。資料や貴方の話から考えるに襲う相手への下調べは綿密にやるタイプっぽいし、信憑性は高そうね」

「ナディーさんに興味を示したということは、“お話し”が破綻する確率もだいぶ下がったと考えてもいいのでしょうか」

「いいと思うよ。“お話し”の途中で彼女の機嫌が変わらなければ、だけど」

「……待って。ねぇアンヘル、ダグル・ララにはしょっちゅう情緒の変動が見られるの?」

 

 特に前置きもなく始められた【打ち合わせ】のなかで、引っかかることがあったのだろう。会話の流れを止めたナディーは、メモを取っていた手を止めて向かいに座るアンヘルをじっと見た。

 

「まぁ…数えたことはないから断言ができないけど、笑っていたのに急に不機嫌になったり、その逆のことが起きることは良く目にするなとは思うよ」

「態度の急変は、取り調べをするたびに起こっていると受け止めてもいいのかしら」

「構わない。」

「そう…だとすると、やっぱり今日のうちに一度話しておきたいわ。ただ暴れるより、よっぽど曲者よ。遅くなり過ぎれば、貴方の計画も失敗に終わるわ」

「というと、」

「うまく言えないけど…彼女が引き起こす状況によっては、貴方は今の地位から追放されることになるかもしれない。今の状況を変えようと動く貴方を、権力をもつ組織から追い出すことができれば、あの子自身がこの世をさる結果になったとしてもダグルにはむしろ益になる」

「!」

「なんでもっと早く気がつけなかったんだろう…時間がないわ、転移を解いて!」

 

  


 

 国際盗賊組織ダグル、アヴニール帝国では根無し草と呼ばれる凶悪組織の構成員の少女が収容されているのは、アンヘルを訪ねた東棟に隣接する北棟の最上階の一室だった。

 東棟の柔らかい雰囲気はどこへやら。肌にまとわりついてくるような、ピリピリと張り詰めた冷たい空気に覆われていて、思わずブルリと体が震える。しっかりとした生地のローブを纏っているというのに、ここまで寒気を感じるのは異常と言えるのかもしれない。

 

「カルンヘラ警部補、買取屋サルウァトルエスペランサ師、買取屋サルウァトル見習い殿、お疲れ様です!」

「突然すまないね。君は部屋に入らず、ここで待機していてくれないか」

「はっ!」

「ありがとう。いくよ、二人とも」

「えぇ。見張りお疲れ様、無理を言ってごめんなさいね」

(僕、ここだと見習い殿って呼ばれるんだ…)

 

 愛想を振りまく師の後ろで見張りの男に会釈をして通り過ぎる。心なしか緊張していたように感じだけれど、気のせいだろうか。

 

「ダグル・ララ担当のアンヘル・カルンヘラだ。入室するぞ。…って、フリアー警視!?」

「待っていたよ、カルンヘラ警部補。エスペランサ師もね。まさかエスペランサ師のお弟子くんもくるとは思ってなかったけれど」

「初めまして、マクイレン・フリアー警視。お会いできて光栄です」

「えっと…?」

 

 どうしよう、怒涛の展開に全くついていくことができない。

 

 ローブの下で目を白黒させるトイフェルをおいて、アンヘルとナディー、そしてマクイレン・フリアーと呼ばれた警視階級だという男は話を進めていく。

 

「カルンヘラ警部補、当日の面会申請は規定違反ギリギリですよ」

「フリアー警視、カルンヘラ警部補に処罰は与えないでください。私が突発的にお願いしたことですから」

「えぇ、聞いていますよ。ですから規定違反“ギリギリ”だと言ったんです。まぁ、本来なら違反に数えても良いところではあるのですがね」

「お気遣い、痛み入ります」

「次はないと思っていてくださいね」

「肝に銘じておきますわ」

 

 柔らかそうな物腰のわりにちくちくと刺さる言葉が痛い。どうして普通に話せているのか、師匠ながら全くわからなかった。


 なるべく気配を消そうと努力することを決めたトイフェルは、奥に自分と同じくらいか、少し年下かくらいの少女がちんまりと座っているのをみとめた。

 

 ハニーブロンドのショートボブに、支給品であろう白色のシンプルな服を纏った少女は、現在進行形で舌戦を繰り広げる大人たちを無感情に見つめている。

 

(あの子が、ダグル・ララ…僕と同じくらいの子が、国際的な犯罪組織の一員として動いてるなんて、信じられないな)

 

 ダグル・ララはしばらくナディーたちを見つめているだけだったけれど、自分を見つめる視線に気がついたのだろう。つい、とトイフェルの方に視線を動かし、ほんの少しだけ、驚いたように目を見開いた。

 そして、ナディーたちとトイフェルを交互に見比べる。瞬き一つのうちに、やけに芝居がかった動作で足を組んで頬杖をついた。

 

「ねぇ、おじさんたち。あたしの部屋で騒がないでよ。とってもうるさい。紺色のお兄さんを見習って」

「えっ、お兄さん…?」

 

 この部屋に紺色を纏うのはトイフェルしかいないけれど、その呼び方はあまりにも違和感が強かった。

 子供らしくないというか、無理に大人の真似をしてるように感じるというか。

 

 直前までマクイレンと舌戦を繰り広げていたナディーも、そんなダグル・ララの様子に違和感を覚えたのか、まだ何か言いたそうなマクイレンを片手で制してダグル・ララの正面に近づいた

 

「うるさくしてしまってごめんなさい、ダグル・ララ」

「ダグル・ララって呼ばないで。呼ぶならせめて、ララ・ダグルにして。ダグルは御父様から借りている名前だから、その呼び方はおかしくて嫌いなんだ」

「そうなの。なら、ララって呼んでも大丈夫かしら?」

「…それなら、まぁ。許せなくはない」

 

 流石というべきか、少し不機嫌になりかけたダグル・ララ、もといララを得意の話術で丸め込んだナディーは、本格的に彼女と話すために備え付けの椅子に腰を落ち着けた。

 

「改めて自己紹介をさせてもらうわね。私はナディー・エスペランサ。この国で買取屋サルウァトルをやっている女よ。今日は、貴女と“お話し”がしたくて、少し無理を通してもらったの」

「サルウァトル…カルンヘラが言ってた、就くのが難しいって噂の、生命の禁忌に触れられる人?嘘、全然見えない。だってあなた、あたしと同じくらいじゃない」

「良く言われるわ。でも私、一応貴女の担当者のカルンヘラ警部補とは高等教育学校の同期で、貴女よりずっとずっと年上なのよ。」

「ナディーは嘘が上手だね。カルンヘラと同期だとしたら、20代の後半でしょう?紺色のお兄さんですらそんなにいってなさそうなのに」

 

 ちらり、と、ララはトイフェルに視線を戻した。視界の端でフードを脱ぐようにナディーがジェスチャーをしているのを確認して、トイフェルは深く被っていたフードを取り払った。

 

「紺色のお兄さんはね、私の一番弟子なのよ。多分ララと同じくらいか、少し年上くらいじゃないかな。ララ、貴女は今何歳?」

「14だけど」

「ほとんど同い年ね。あの子は15歳になったから」

「……それが本当だとしたら、師弟揃って見た目サバよみしすぎじゃない?」

(僕が老けて見えるってことなのかな、それは…)

 

 なんだかとても複雑だ。大人っぽく見られるのはいつもならとても嬉しいことなのに、ほとんど同い年の少女に言われてしまうとなんだか悲しくなってしまう。

 

「まぁ、ナディーたちがサバを読んでようが読んでなかろうが、あたしには関係ないけど。だって、サルウァトルのナディーが来たってことは、あたし、寿命抜かれるんでしょ?」

「貴女の寿命はまだ抜かないわ。というか、今はまだ貴女の処遇を決めかねている段階だから、何も出来ないの」

「何それ、どういう意味?」

「私にも詳しく聞かせてもらえないかな、エスペランサ師」

「えぇ。構いませんよ。でも、その前にもう少しだけ、ララと話をさせてください。……できれば、二人きりで」

 

 


 ナディーから入っていいと言われるまで、ララがいる部屋に入ってはならない。一見無謀なお願いだったけれど、マクイレンは素直にこれを受け入れた。

 

「上官である私に黙ってことを進めていた件については、後日面談をさせてもらいますよ、カルンヘラ警部補。よろしいですね?」

「はい。道理を通さず、申し訳ございません、フリアー警視」 

「謝罪は、面談の時にきかせてもらうから、今は気にしなくてもいいよ。ところで、エスペランサ師のお弟子くん」

 

 相変わらず、急に話を振られて、トイフェルはピシリと固まった。

 “約束”のこともあるし、どう返答していいかわからない。

 顔見知りのアンヘルに助けを求めるような視線を向ければ、彼は大丈夫だというように、一つ頷きを返してくれた。

 声が詰まりつつも返答を返したトイフェルに、ほんの少しだけ優しい顔を見せたマクイレンは、しかし次の瞬間にはその顔を隠して、トイフェルに向けて質問を投げかけた。

 

「君は、いつからエスペランサ師に師事しているのかな。買取屋サルウァトルの弟子になるには、それなりに手順を踏まなければならないのだけど、君は、そういう面倒なことはしていないのだろう?」

「えっと、それは…」

 

 半人前の、世間知らずなトイフェルが答えて良いのか分かりかねる質問だった。再度言葉に詰まったトイフェルを、マクイレンは逃さないとでも言いたげな視線でじっと見ている。

 

「フリアー警視。この子の事は、以前報告書でお伝えしたはずです。彼は見た目こそ大人だけれど、実年齢はまだまだ子供。この子が買取屋サルウァトルの見習いになった経緯については、ダグル・ララと話をつけ終わったナディー本人に聞いてください。彼だけでは、フリアー警視が満足する解答を返すことはできないでしょうから」

「随分、このお弟子くんを庇うものだね。何か、彼に思い入れでもあるのかな?」

 

 嫌味も含んだマクイレンの言葉に臆する事なく、アンヘルもまたニヒルな笑みを浮かべて言った。

 

「それはもちろん。何せ、ワタシは彼がナディーのところにきた初期の頃から知っています。親戚の子供のような、そんな感覚です。そんな子が上官にイジメられそうになっているのなら、庇ってやるのが大人の務め。違いますか?」

「…ふっ、ハハハハハハ!いや、いうようになりましたねぇ。いいでしょう、直接聞くのはやめておきます。よい大人が近くにいて、貴方も恵まれていますね」

「あ、ハハハ、ありがとうございます…?」

 

「お待たせしました…って、何この空気」


きぃ、と部屋から出てきたナディーは、三人の間に漂う異様な空気を瞬時に察して、微妙な顔になる。

この空気を作った張本人であるマクイレンは、特に気にすることなく言葉を返した。


「おや、もう終わられたのですか、随分早かったですねぇ、エスペランサ師」

「えぇ、まぁ。話すことは事前に纏めていましたから。それよりなんですか、私の弟子が随分落ち込んでいるようですけど」

「あぁ、いえ。少し難しい質問をしてしまいましてね。ダグル・ララの件が落ち着いたら、エスペランサ師に直接お伺いさせていただきます」

「なんだか含みのある言い方なことで……まぁいいですけど」


はぁ、とひとつ大きなため息をついたナディーは、部屋の中に残るララに一声かけて、完全に廊下へと出てくる。


「話がまとまりました。フリアー警視、ダグル・ララの身柄は、私、ナディー・エスペランサに預からせてください」

「……一体、何がどうして、そんなに飛躍したのかな。詳しく聞かせてもらえるかな」

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あなたの寿命、買い取ります 日向簪ーひなたさんー @hinataSan3

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