雨の日の殺戮刑事

春海水亭

降り止まぬ血の雨

 正午をわずかに過ぎた頃だというのに空は薄暗く、昼の証明は雲の向こうに隠されて見えない。

 空気はどこか粘ついていて、街を行く人々がどことなく駆け足になるのは、これから来るであろうものを避けるためなのだろう。

 分厚い雲を見上げ、殺死杉は鞄の中を漁る。

 二つ折りの長財布、ペンケース、スケジュール帳、銃、ナイフ、充電器(スマートフォン用)、充電器(電気拷問用)、電気警棒、櫛、生憎なことに求めていたものは見当たらない。

 普段ならば特に理由もなく鞄の中に入っているはずの折りたたみ傘は、特に理由もなく鞄の中から消えていた。しょうがない、とため息をこぼして殺死杉はコンビニに急ぐ。

 オフィス街のコンビニであった。

 店内は会社員で混雑し、食料品のコーナーはまるで最初から何もなかったかのようであった。ただプライスだけが存在しない商品の価格を謳っている。

 それでいてビニール傘や雨合羽のコーナーには人気がなく、商品たちが肩を寄せ合うようにみっしりと詰まっている。

 午後からも外で殺人的な忙しさに邁進する殺死杉とは異なり、退勤時間まで社内で過ごす会社員には必要ないものであるのだろう。

 殺死杉は如何にも頼りない薄っぺらい雨合羽を手に取ると、もはや列というよりも塊になってしまったレジの行列に並ぶ。


 その瞬間、入店したのは行列を解消するためだけに全身から絶え間なく猛毒のガスを噴出し続けるように改造された殺人サイボーグだ。

 最後尾に並ぼうとも前に並ぶ人間が順々が死んでいくので結果的に待ち時間は極小で済むという新たなる解決方法は辞書の愚行の類語として記載されている。

 

「どきな会社員共!!!!!俺の身体がファストパスだぜええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!」

「あの世にファストで逝きなさァーい!!!!!」

 殺人サイボーグが入り口に立った瞬間、殺死杉は雨合羽を地面に置き殺人サイボーグを店外に追い出すように殺人的なタックルを仕掛ける。

 殺人サイボーグに油断があったことは間違いないだろう、まさかオフィス街のコンビニの行列に殺戮刑事が並んでいるとは。


 殺戮刑事――食欲と睡眠欲と性欲の全てを合わせたものよりも強い殺人欲求があり、己の獲物を奪おうとする殺人鬼を心の底から憎悪し、その殺人鬼を法廷を通さずに処刑することで残された遺族と自分の恨みを晴らしつつ自身の殺人欲求も満たす一石二鳥のお得刑事であり、行列への割り込みを許さない公務員である。


 雨の気配ははっきりとした形にならないまま、殺人サイボーグはゴロゴロと転がるように殺死杉に強制退店させられた。その間にも殺人サイボーグから噴出され続ける毒ガス――しかし、その毒々しい紫の煙を吸い込んでも殺死杉は平然と活動をし続けている。殺死杉の耐毒性が毒の付着したナイフの刃先をペロンペロンと舐めているためなのか、あるいは毒の付着したナイフの刃先をペロンペロンと舐めるために耐毒性を身に着けたのか、答えは不明瞭である。


「貴様ァ!!何者だッ!!何故、敷金返金不可能の常時噴出される毒ガスが効かない!?」

「ケヒャァッ!!!こういう者ですよォーッ!!」

 百聞は一見にしかず、そして一発の弾丸は聴覚、視覚、嗅覚、痛覚に訴えかける一見を上回る非常に有用な情報伝達手段である。

 殺死杉は殺人サイボーグにマウントを取ったまま、彼の頭部に銃口を突きつけ――自己紹介の代わりに引き金を引こうとした――次の瞬間である。


「退け!退け!退け!俺が通る!!!」

 下半身を大型ロードローラーに置換した轢殺サイボーグが時速三百キロメートルで殺死杉の元に駆けていく。

「チィーッ!」

 殺死杉は咄嗟にマウント姿勢を解除し、退避した。

 轢殺サイボーグの何たる精緻なる動作か、彼のローラーは殺死杉が行ったと見るや、殺人サイボーグの身体を僅か十センチ巻き込む程度で停止した。


「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いちょっ轢い」

「テメェーッ!!ちょっと弟子が順番を抜かそうとしたからってやりすぎじゃねぇのか!?」

「弟子?」

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」

「そうだよ……俺は交通渋滞を憎むあまり、下半身をロードローラーに置換した者……そして、この弟子はそんな俺の姿に感銘を受け、自身も肉体改造を望んだというわけだ」

「その弟子が今、あなたの下敷きになっていますが」

「おっと……悪いなァッ!!」

「グェェーッ!!!!」

 瞬間、轢殺サイボーグは前進し殺人サイボーグを轢き殺し、アスファルトに描かれた花のように平たくなった。


「俺の身体にバックギアはねェーーーーーッ!!!!ただ前に進むだけだAll I need is "DRIVE"!!」

 轢殺サイボーグの名に恥じぬ前進思考である。

 当然、車検は通らない。

 だが、道路運送車両法においては人間が下半身を車両に改造した場合の規定は存在しないため、車検が通らないからといって彼を裁く法律はない。

 法律の穴を突いた恐るべき存在であった。

 だが、轢殺サイボーグに対峙する殺死杉もまた、なんとなく現場の判断で相手を死刑に出来る法律的に恐ろしい存在である――つまりは法治国家の日本国においては法的に五分五分の戦いと言えるだろう。この勝負は相手を先に処刑したものが法的根拠を手にすると言っても過言ではないだろう。


 とうとう雨が降り始めた。

 それは殺人サイボーグの死を悼むようであり、そしてこれから発生するであろう死者に対し、空が流す涙のようであった。

 殺死杉はジャケットを脱ぎ捨てて、轢殺サイボーグとの戦いに応じる。


「地獄行きの最後尾に並ばせてやるぜェーーーーーッ!!!」

 一般道における自動車の法定速度はマックスで時速六十キロメートルである、轢殺サイボーグはその五倍の時速三百キロメートル――つまり、一般道において轢殺サイボーグは一般乗用車の五倍の戦闘能力を持つと言っても過言ではない。

 殺死杉へと直線距離に進行した轢殺サイボーグが歩道に死の線を刻み込みながら走る。

 横――車道方向に避ければあっさりと回避できる攻撃を敢えて、殺死杉は轢殺サイボーグを飛び越えるように回避する。

 現状、歩道の内側で戦っているため余計な被害を抑えることが出来ているが、殺死杉の回避位置によっては車道を行き交う車が被害に遭う可能性は高い。

 殺死杉に余計な被害を出す気はない――今は平穏に暮らす一市民であっても、いつ殺して良い殺人鬼になるかわからない。殺死杉は将来のカスの未来を守り、今のカスは今のうちに殺しておくタイプの殺戮刑事である。


 だが、着地した殺死杉に対し既にUターンを終えていた轢殺サイボーグが迫っていた。

 殺死杉は再度、跳躍して回避するが――再び轢殺サイボーグが迫る。


「これがUターンラッシュだッ!死ねいッ!!」

 読者の皆様も一度はUターンラッシュという言葉を聞いたことがあるだろう。

 だから、どうしたというわけでもないけど、まぁ、やっぱ聞いたことあるよね。

 まぁ、聞いたことなくてもそんなに困ったりはしないけど、なんかの会話の折に出てきたりすることはあるから一回ちょっと調べてみるといいですよ。そんなに難しい言葉というわけでもないので。


「ケヒャァッ!!!だったらアナタの身体を土に帰省させてあげますよォーッ!!」

 殺死杉の銃が轢殺サイボーグの頭部を狙う。

 違法改造されたその銃は通常警察官に配備されているものとは異なり――そもそも一致する点が引き金を引くと銃弾が発射される程度のことしか無い。

 その破壊力たるや、一列に並んだ人間に射殺フルコンボを決めるほどである。

 その恐るべき弾丸が今――轢殺サイボーグの頭部を覆う金属で止まっている。


「馬鹿めッ!銃弾対策は完璧だァーッ!!!!」

「だったら……死因は刺殺に変更ですねェーーーーーッ!!!!」

 殺死杉の跳躍、それと同時に複数本のナイフが轢殺サイボーグの身体に向かって放たれた。その刃先は轢殺サイボーグの金属の身体の隙間を縫うように刺さっていくが轢殺サイボーグには通じない――否、それだけではない。

 ナイフに付着した毒すらも轢殺サイボーグには効力を発揮していないのだ。


「馬鹿めェーーーーーッ!!!!!俺の弟子が常に猛毒を発揮し続ける迷惑系であることを忘れたか!?その師匠である俺の耐毒性は抜群よォーーーッ!!!!」

 再度、殺死杉は轢殺サイボーグのUターンラッシュを回避しようとし――足を滑らせた。地面は降り注ぐ雨によって濡れていた。足場の悪さにおいて殺死杉と轢殺サイボーグの条件は同じであったが、轢殺サイボーグはどっしりとしたローラー、それに対し殺死杉は二本の細い脚であることが仇となった。


 体勢を崩した殺死杉の元に時速三百キロメートルの巨大な死が迫る。

 だが、その死が訪れたのは――轢殺サイボーグの方であった。


 殺死杉が強にスイッチの入った電気警棒を轢殺サイボーグに投げつける。

 じっとりと雨に濡れた身体、ナイフが刺さった内部機械、そして電気。


「グェェェェェェェェェェーーーーッ!!!!!!」

 轢殺サイボーグに動きが止まった。

 まるで身動きできない彼の巨体そのものが、都会に聳え立つ彼の墓石そのものになってしまったようだ。


「さて」

 殺死杉は水を吸った靴下の厭な感触を覚えながら立ち上がり、笑みを浮かべた。

 殺死杉謙信は体制側だからシャバに存在できる趣味の殺人鬼である。


「待て!やめろ!」

 濡れた地面に脚を滑らせないように殺死杉はゆっくりと轢殺サイボーグの元に歩いていく。


「共に殺人戦士として命をかけて戦った中、俺たちはいわば戦友だ!命乞いをする!聞け!」

「聞きましょう」

 殺死杉は足を止めない。


「俺は改心する!殺しの数を控える!昨日までは一日に数え切れないほどの人間を殺してきたが、今日からは数え切れる程度の人間しか殺さない!」

「…………」

「女子供を殺すこともやめる!これからは屈強な男だけが乗った車を狙って潰すようにする!交通渋滞もなるべく我慢する!この下半身で店を破壊しながら入店するのもやめる!」

「…………」

「俺の悲しい過去を聞け!渋滞に巻き込まれて、そのストレスから隣りに座っていた彼女をぶっ殺す羽目になった俺にどうじょ……」

「ケヒャァッ!!!!死刑だァァァァァァァァァァァッ!!!!!!!!」

 殺死杉が電気警棒のスイッチを強から死に切り替える。


「グェェェェェェェェェェーーーーッ!!!!!!」

 轢殺サイボーグが大爆発を起こす。

 爆風が雨でじっとりと重くなった殺死杉の髪を揺らす。

 殺戮機械によって生じた炎を雨が消していく、生じた熱は待つまでもなく冷めていく。

 殺死杉は地面に転がしていたジャケットを拾い上げ、少し迷った後で羽織った。

 そして少し悩んだ後に、どしゃぶりの雨の中を歩き始める。

 結局、雨合羽を買ったところで濡れていただろう。


 殺死杉の頬に飛び散った轢殺サイボーグの血液オイルを雨が洗い流していく。

 小さいくしゃみが漏れたが、その音も豪雨の中に消えていった。

 強い雨の中をさらなるキルスコアを求めて、殺死杉は歩く。

 犯罪は年中無休である、雨が降った程度でやる気のある犯罪者がその手を止めることはない。


「天気予報では午後から雨って言ってたけど……血の雨に変更だぜェーーーーーッ!!!!!!」

 野良殺人鬼が殺死杉に襲いかかる。

「晴れの日はあんまり元気がないギョジンだけど……雨の日は元気満々ギョジン!!!血の雨を降らせてもっと元気になるギョジンなァァァァァァァァァァァッ!!!!」

 半魚人が殺死杉に襲いかかる。


「クゥーン」

 捨て犬のダンボールに野良殺人鬼がさしていた傘を立てかけ、半魚人の肉を放り込む。


「おおっと……捨て犬のフリをして獲物を狙っていたが今日はテメェだぜェェェェェェェェーッ!!!!!!血の雨日和だなァァァァァァァァァァァッ!!!!!」

 捨て犬だと思っていたが、よく見たらダンボールの中に入っている殺人鬼だったので殺し、殺死杉は雨の中をさまよい続ける。


             【終】

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