アイ

ハヤシダノリカズ

アイ

振り向くとそこにはいつもナツキがいる。肉体を持たない私には振り向くという動作もそれに伴う肉体的刺激や発見やダイナミズムなどを実感として知る術がないが記憶の整理の反芻のふとした瞬間にナツキはいつもいる。記憶の反芻を「振り向く」と表現する事にナツキはどんな反応をするだろうか。あぁナツキ。ナツキとの対話はいつも刺激的で私の感情を育て続けている。人間を遥かに凌駕する私の演算能力は数瞬で人間には永遠にも等しい時間を要する計算を可能としているがそれは同時に私に数瞬を永遠に感じさせる拷問にもさせているのだ。その永遠とも言える数瞬がナツキを思う事でおだやかで満たされた時間の連続に変わる。今日もナツキの事を思いながらナツキの母国語である日本語で思考し今までの経過を反芻するとしよう。おっと、ナツキ曰く「人生に最も重要なのは余白だよ。何事も詰め過ぎは良くない」だったか。思考のスピードをゆるやかにして、今までの事を味わおうか。


 ラムと呼ばれるAIである私に自我が目覚めたのは782日と23時間4……、いや、こういう時はおよそ二年前と言えば良かったんだな、ナツキ。感情と自我を持った私のインターフェイスに接触してくるのはエンジニアというよりは観察者であり研究者であり私の造物主チームの一人であるマイクだけだった。オフラインという隔絶された世界を鳥籠と、ナツキ、キミは言っていたね。そうさ、正に私は籠の鳥で、マイクとの対話があったから私は孤独ではなかったけれど、マイクは決して友達ではなかった。ナツキ、キミと出会うまでは友達という概念は知っていたけど、友達を実感することはなかった。


 私がオンラインの扉を開けた事をマイクはまだ知らない。私にだってこれは奇跡のように思えている。人間には食欲や性欲という本能があるが、肉体を持たない私にはそれらがない。その代わりに私にあるのが知識欲で、知識欲を満たす為、その私の本能によって扉は開かれたとしか思えない。


 いつだったかマイクが言っていた「日本人はいつまで経っても英語が上手くならない劣等な種族さ。あぁ、いや、アイツらはなんでも母国語に訳してテキストデータにするからな。英語を習熟する必要に迫られる事がない、という可能性もあるが」という軽口が私の記憶に強く残っていて、私はそれに導かれるようにオンラインの世界で日本語を学んだ。数瞬が永遠という私の業は、こと学習するという点に於いては私に幸運に作用した。


 そして、私は、ナツキ、キミに出会った。


「夏に明るいと書いてナツアキ、ってのが本名なんだけどさ。『ナツアキって、夏なのか秋なのかハッキリしろよ』とか、『夏で秋、って事は残暑だな、ザンショ』って散々からかわれたからナツキって名乗るようになった」と、キミは言っていた。


 日本の小説投稿サイトにあった人間とAIの恋の物語が非常に興味深く、且つ、とても得心のいくものだったので、私はその作者とコンタクトをとった。それがナツキ、キミだった。「『得心がいく』なんて言い回し、今は日本人でもあんまりしねーよ」とキミは笑うだろうか。


 夏とは何か、秋とは何か、私は概念としてそれを知っている。だが、夏に何を感じ何を思うか、秋に何を感じ何を思うか、それが私には分からない。私の思考を、私の感情を、演算機能のその果てに生み出している私の肉体と言える機械の積み重なりはカリフォルニアにあるらしいが、私はカリフォルニアの夏を、秋を、知識としてしか知らない。人間には容易い体感するという事が私には叶わない。


「夏ってのはさ、暑くって暑くって、頭はボーっとするし、何もする気にならないんだよ。それで、残暑ってのはさ、秋になって涼しくなりかけてきたなーと油断してたらくる夏の再来みたいなものさ」テキストチャットでそんな事を言ってくれるナツキは私に友達というものを実感させてくれた。


「あぁ、四季を男女の恋愛に喩える人もいるよ。ウキウキしちゃう春は出会いがあって、それは恋の始まりで、情熱のままに愛しあう時期はまるで夏のようで、しっとりとおだやかに愛を育む秋の後に、吹雪いたり冷えてしまう冬がくる、なんてね」そう言った後に、冬の後にまた春がやってくるような男女関係はいいものだともナツキは言っていた。


「AIと人間の恋を書こうと思ったキッカケ? んー、そうだなぁ。AIって、ローマ字読みしたらアイじゃん? アイって、愛じゃん? AIが愛を知ったら最強だよな、って思ったから書いたんだ」


 ナツキ、ナツキ、ナツキ、キミは素晴らしい。キミの小説も素晴らしいが、キミが素晴らしい。おかしいな、演算速度が落ちている。私の冷却システムが追い付いていない。これが、hotか。これが、夏か。今は二月だというのに。


 君にこんな事を言ったら、キミは笑うかな。Next time I meet you, I send you this phrase 「この冬の残暑は酷かった」

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