虜囚勇者~魔王軍に捕まった俺の運命~

水武九朗

第1話

「っつ、あぁ頭痛てぇ」


 頭痛で目が覚めた。どうやら昨日の酒が残っているようだった。手で頭を抑えようとしたが、手首が固定されているように動かない。周りもまだ仄暗かったが、どうも今いる場所がいつもの宿屋じゃない。


「ちょっと待てよ、確か昨日は酒場で……」


 そうだ、昨晩は確かなじみの飲み屋飲んでた俺に絡んできた女がいたな。



 □□□□



「おに~さん。勇者なんだって?やだ、すっごーい!ねぇねぇ一緒に飲もうよ」


「ぁあ?あぁ俺の事か。俺なんてまだまだだよ。せめて魔王軍の幹部くらいは倒さないと、勇者だなんて」


「ま~たまた~。この前町に攻め込んできた魔王軍を撃退てくれたんだって?すごいじゃん。お礼にほら、一緒に飲も?」


 上目遣いでこっちを見てくる所でちゃんと顔を見たが、やっべ、めっちゃ美人じゃん。胸のボリュームは慎ましいようだが、それを置いておいても良い位の美人だった。


「もちろん、お嬢さんみたいな美人なら大歓迎だよ、じゃぁ、かんぱ~い」


 俺はエールが入ったグラスを差し出すと、相手もグラスを合わせてお互い一息に飲み干す。


「ぱっは~、いや~勇者様はさすがに良い飲みプリだね~」


「お嬢さんも思い切りが良いね~。しっかし本当美人だね~、もしかして噂に聞くエルフとか?」


 ん、まだそんなに飲んでない筈なのに、だんだん地面が斜めになって……


「ふふっ、お休み勇者様」



 昨晩の記憶は、ここで途切れていた。



 □□□□



 昨日の記憶通りなら、なじみの飲み屋の女将が眠った俺を奥で寝かせてくれてるんだろうか?


 それにしては、両手が動かせないのも気になるが、この部屋の暗さ加減もどうなんだろう。そこで自分の体を動かそうとしたが、どうも体が動かせない。両手首だけでなく全身が固定されているようだ。昨日の酒のせいか、今も脳が揺れている。


「まさか、寝ている所を盗賊団にでも捕まったのか?」


 考えたくはないが、飲み屋の女将に売られた可能性が頭をよぎる。


 すると、扉が開き明かりと共にローブで顔を隠した何者かが部屋に入ってきた。ランプで室内が照らされる。


 俺は手足を広げた状態で拘束されて、天井から吊り下げされていた。


 そんな自部の姿が明るみになっても、酒のせいか、現実事に感じられなかった。思考がふわふわしている。


「お目覚めのようだね、勇者様。昨日のお酒は美味しかったね~、と言う事で攫っちゃいました~、ははっ」


 ローブから顔を出したのは、昨日飲み屋で絡んできた美人だった。


「あれ、君は……、ん?一体何が……」


「あっれ~、まだ魔法薬が効いてるのかな?はいはい、これ飲んで~、解毒ポーション。はい、あーん」


 と動けない俺の口に、瓶の液体を飲ませるが、口に力が入らずにこぼしてしまう。


「も~、ちゃんと飲みましょうね~。しょうがないなぁ」


 と自分で瓶の中身を口に含むと、そのまま口移しで俺に中身を飲ませてきた。


 クチビル柔らか!!柔らかクチビル!!


「んっぱ。これ飲んだらすぐに酩酊魔法薬の効果も消えるから安心してね~」


 クチビルの余韻が残っている中で、意識が段々とはっきりしてきた。ぼやけた意識は酒のせいじゃ無く何かの毒か魔法に寄るものか。

「まぁ、君の頭がはっきりするまでに今の状況を話しておこうか」


 女はローブを脱いで露出が多めな姿を見せた。


「君は囚われの身だ勇者様。そして、ここは魔王領のとある町だ。場所は隠させてもらうよ」


「なんだって!!っ痛っつ」


 大声を出すと頭痛がするが、頭は段々はっきりしてきた。


 しかし魔王領だって?!勇者なんて呼ばれて浮かれてた訳じゃないが、魔王軍に捕まるなんて何たる失態だ。


「勇者様は、飲み屋からお持ち帰りされてそのまま行方をくらました事になってると思うよ。もうベロベロになってる所を、ちゃんと飲み屋で見せつけておいたからね」


 なんてこった、普通に町の娘相手でも、次の日には町中に噂が広まってしまう。


「君がこの前町に攻めこんだ軍を退けたことで目を付けた人がいるのよ。早い内にご退場願おうか、ってね。それで今ここに来てもらってるワ、ケッ、てへ」


 あぁ畜生、可愛いなぁ本当に。この人魔王軍ってことは魔族なんだよなぁ。退治対象なのかもったいない、なんて事を思ってしまった。


「へぇ、魔王軍に狙われるなんて、俺も力を付けた証拠なのかね。まぁでも、これ位の拘束でどうにかなるかと思うなよ、ふんっ

 !!ふんぬぅ~~っっ、ってあれ?」


 思ったように力が入らない。

 普段なら石柱に埋め込まれても柱ごと壊せるはずが、こんな程度の拘束が解けないなんて。


「あっはっは、威勢イキが良いね~。でっ!もっ!残念だけど君が寝てる間に能力減衰とスキル封印のチョーカー付けといてあげたから。ぷぷ、それ似合ってるよ~」


「っつ、それなら!!エアスラッシャー!!」


 俺を吊り下げている天井に、空気の断層をぶつける魔法を放とうとした。しかし、部屋の中に少し風が吹いただけだった。


「くそ、魔法まで減衰されてるのか」


「その通りですよ~、こっちの説明を聞く前にはしゃいじゃって、お馬鹿さん。ツンツン」


「額を突くな、クソ」


 やっぱクソ可愛いなこの女は。


「まぁ、君のステータス的には魔法はオマケだよね。君の強さは身体能力から来る戦闘力。それをこれからじっくりと奪ってア・ゲ・ル・か・ら」


「何かをする気なら早い方が良いぞ魔王軍。俺のパーティに探知が得意な仲間がいる。昨日から俺が町にいないって気付いたらすぐに俺を見つける。あんまり時間は無いと思うぞ?!」


 捕らえられて指一本動かせない状態でも精一杯の虚勢を張る。たとえそれが信頼する仲間の助けを期待しただけのブラフだとしても。


「クックックッ、まずは君の勘違いを訂正しておくよ。まず、僕と君とが楽しくお酒を飲んでから3日経ってるんだよ。そして、君のパーティに探索スキル持ちがいるのも調べがついている。それは魔力パターンの痕跡を追うタイプだよね?君に付けてるチョーカーには、魔力パターンを改ざんする効果もある優れものでね。現に3日経った今でも、君の仲間はここにたどり着いてない。ここまでOK?」


 っく、こいつが本当の事を言っているかどうかは解かんないけど、もし本当だとしたら俺の痕跡を辿れないのか、それとも魔王軍の支配領域の奥深くまで連れてこられたのか、考えられるのは今のところこのどちらかで、そのどちらでもしばらく助けは来ない事になる。


 くそ、このチョーカーなんでこんなに高性能なんだ。手足が動かせなくて外せないのがもどかしい。

 もしかしたら、外せない呪いとかまで実はかかってたりするんだろうか。


 なんにしろ、このチョーカーを交渉で外させないと脱出は始まらなさそうだけど、ハードルが高そうだ。


「そういえば、自己紹介がまだだったよね」


 顎クイで顔を近付けてくる。


「僕は魔王軍幹部のインキュバス。一応幹部ってことになってるけど、気に入らない指示は普段は受けないんだけどね~」


 え、今インキュバスって言った?サキュバスじゃなく?!


「ちょっと待て。今お前なんて言った?!?」


「??一応幹部ってとこ?」


「違う、その前に言った事だ」


「あはぁ~、もしかして僕の事女の子、サキュバスだと思ってた~? 僕は男だよ。ってことは君は女の子にいじめられるのが好きだったのかな?かぁなぁ~?」


「グゥッ顔は綺麗なのに男だったなんて。捕まったのは失態だけど、可愛い女が相手なら囚われの身でも耐えられるかとも思ってたのに!!思ってたのに~!!!」


「やたら正直なご意見どうも。知ってる?僕らの種族は、好みの相手に気に入られるような外見になるんだよ?」


 嫌な予感がして、背筋が寒いものが走り、無意識に尻に力が入る。インキュバスが、男で、見た目は美少女ということは……?


「ぼくは~、女の子よりも男の人の方が好みなんだ~」


 当たってほしくなかった予感。そして差し迫った貞操への危機。俺の頬に添えられた指によって、さらなる恐怖が襲い掛かる。


「ちょ、ちょっと待て、いや待ってください!!俺はそっちの趣味は無い、いやありませんから」


 く、魔族相手でも無意識に敬語が出る。それでも、たとえどんな手段であってもこの危機を乗り越えれるならやむを得ない。そう、やむを得ないんだ。


「でも君、ちょっと好みからは外れてるんだよね~」


「もしかしてセーフか?好みの圏外ですか。そうですよね、好みじゃ無い相手に手を出さなくっても、幹部様なら相手は幾らでもいるでしょうし」


「いやぁ、君みたいな若いのじゃなくて、もっと成熟してないと。その熟したのをプニプニになるまで育てたのが良いんだけどね~。でも人間って熟成が早いから良いよね。君もあと30年位で体重が倍くらいになったら(性的に)食べごろかな?」


 こいつ枯れ専でデブ専か。度ノーマルな俺からするとちょっと考えられない趣味だ。しかし、倍の体重になると、それほど長生きできる気がしない。


「まぁ、魔王様からは勇者を使い物にならなくなるようにって命じられたから、脂肪ってデバフ、というか僕的にはバフ?を与えてあげるから。と、いうことで~、今みたいに運動できない状態で高カロリーなご飯をお腹いっぱい食べさせてあ、げ、る」


 俺を太らせて食べごろにする気か。


「僕の手にかかれば、君も揚げバターが似合う立派な男にしてやるぜ!!」


 頼むから誰か助けにきてくれ。


 俺が太ってしまう前に。


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