【コラム】予約をする、計画を立てることが嫌いな人の話
タチマチP
大人になって、予約や計画が嫌いになった
こんな独り言を呟きたく思い、カクヨムに投稿することにした。
大人になって、遊びに対する予約や計画を立てることが、
私はとても嫌いになった。
小さな頃は、学校という空間の中で、時間割に沿い授業が進められていく。
子供たちはその決められた場で、最低でも9年間(小学校、中学校の義務教育)に委ね拘束されることになる。
一概に言えないが、大体の人は中学校よりも先まで進学するだろうと想定されるので、さらに3〜7年間(高校、大学 OR 専門学校など)に進むことになるだろう。とはいえ、大学ともあれば、単位さえ怠らなければ自由に時間調整ができるという意味では高校までに比べ圧倒的に楽になる。
しかし、就職をすればまた元通り。
決まった時間に仕事を始め、毎日の時間が拘束される。
そんな感じで大体の人の時間というのはなんとなく決まるものだ。
ここまでがいわゆるプロローグ。
ここからがいわゆる本編。
あくまで私の個人的な感想にしかならないが、私は予約や計画を立てることがとても嫌いで、旅行ですらホテルの予約を立てることが嫌いだ。シーズン中に値上げられたホテル代の金額を見ると、漫画喫茶に泊まればいいかとお金は出せるだろうに、予約を回避しようとする。
特に料理屋の予約をするなんて、正直言ってごめんである。
ふらっと立ち寄って、なんとなく今頼めるものがあればそれで良い。
こんなに予約や計画が嫌いなのは、自身の性格が非常に変わりやすいというところなのではと考えている。
例えば1週間前に、週末は海に行きたいと考えていても、3日前には山に登りたくなったと思うかもしれない。当日にドライブに行きたくなったと考えるかもしれない。
予約をすると、たとえ他のことがしたくなったとしても、その気持ちを折って予約最優先で行動をしなくてはいけない。まるで仕事のような自由の無さだ。
もちろん、予約通りにサービスを受けて楽しかったというハッピーエンドの結果もあったが、どうにも気分の変わりやすさは偏屈で、不確定に他のことに目がいってしまうことが多々あるのが現実だ。
学校の旅行などでは、予め何時にどこへ行く、という計画が立てられるものだが、あれは効率よく場所を回るためであり、学生がどこかにいってしまわないようにするための統制のために制約が立てられたものと言えるだろう。
利己的に動けるようになる高校生以降などに自由行動を許可され制限が緩和されるのは、そのためだろう。
予約を取ることが当たり前であり、確定されるものであるというのは十分結構なシステムだと思うし、それを否定するつもりもない。少なくとも、私のような人がその予約というものを使わなければ、誰にも迷惑がかかることはまずあり得ない。だけど、予約を強要されるような事態には、正直いって疲弊する。
とはいえ、これでも私は仕事の中では15分単位で細かく人と会う約束をすることが多い。
会議をしたりすることはきっちりこなすし、それを苦と思うことはない。
それはあくまで仕事であって、自由の時間である休日ではないからだ。
道を歩いて肉を食いたかったら肉を食う、魚が食いたかったら魚を食う。
でも予約をすると、肉を食いたくないのに魚を食わなきゃいけない場合がある。
私は数時間後の私が何を食べたいかなんて、私自身でもわからない。
分からないからこそ、何を食べようか、なんて考えている時間が実は好きだったりする。自由であるからこそ臨機応変に、その時の対処を考えるのが楽しい。
私は予約をしなくてはいけないサービスに無縁の生き方をしているため、おそらく予約独特の恩恵を受けることが出来ていないのだろう。
だけど、そんな生き方をしているおかげで、私は今日も、なんとなく入ってみたい路地裏を散歩することができる。
明日、私はどこにいるのだろうか。
分からない。
それはきっと、明日、その時の私が決めることになるだろう。
終わり
【コラム】予約をする、計画を立てることが嫌いな人の話 タチマチP @String-like
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます