雪を知らない子供たち
惣山沙樹
雪を知らない子供たち
振り向くとそこには、沢山の写真立てが並んでいた。
「見てもいい?」
僕がそう聞くと、佳代が台所の方から声を張り上げた。
「いいよ!」
そうして僕は、佳代の家のリビングに置いてあった、数々の「家族写真」を眺めさせてもらった。彼女がまだ赤子の頃から始まり、高校の入学式に至るまでの、様々な写真だった。
「何かね、写真を飾っておくと、子供の自己肯定感が上がるんだってさ」
台所から、麦茶とポテトチップスを運んできた佳代は、それをリビングのローテーブルに一旦置くと、僕の左隣に立った。
「確かに、佳代の自己肯定感は高いよ」
「へへっ、そうかな?」
僕は一枚の写真立てを手に取った。佳代が横からそれを覗き込んできた。
「これ、何歳のときの?」
「うーん、三歳くらいじゃないかな?」
それは、佳代と大きな雪だるまの写真だった。三歳くらい、と彼女が称したように、確かにそのくらいの顔付きだ。そして、雪だるまは、幼い佳代と同じくらいの大きさだった。僕は言った。
「この頃はまだ、日本に雪って降ってたんだね」
「そうらしいね。あたしたちは記憶無いけどさ」
佳代は僕の左腕にきゅっとしがみついてきた。なので僕は、写真立てを置き、彼女の求めに応えた。彼女の唇は相変わらず柔らかかった。
今、この家には僕たち二人だけしかいない。ご両親は仕事で夜まで帰って来ない。高校生同士のカップルが、何をしようと咎める者は居ない。
そんなわけで、続いて二人でソファに座り、ポテトチップスを食べた。まだまだ時間に余裕がある。僕は先ほどの写真の話を続けることにした。
「僕も小さい頃は、スキーに連れて行ってもらったことがあるらしいんだ」
「へえ! 二枚の板で滑るやつだよね?」
「そう。残念ながら記憶は無いけど」
僕たちの世代のほとんどには、雪の記憶というものが無い。日本に雪が降らなくなってから、もう十年以上が経つ。急すぎる気候変動による影響は、社会経済にも及び、失業した人たちも数多くいたらしい。全ては大人たちから教わったことで、僕たちにその「実感」は無いのだが。
「雪って、どんな感触だったんだろうね?」
「佳代の肌くらいふわふわだったりして」
つんつん、と佳代の二の腕をつついてみた。
「もう、翔太ったら」
佳代も僕の二の腕をつついた。このまま時間が止まればいいのに。そう、思えるくらい、ふんわりとした優しい空間。
そして今日、僕は大きな決心をしていた。
「佳代の部屋……行っていいかな?」
「うん。いいよ……」
二階にある佳代の部屋に、僕は初めて入った。オレンジ色を基調とした、明るい色彩の寝具のあるベッドに、僕たちは隣り合って座った。
「クーラー、強めにきかせておいた方がいいかな……」
そう言いながら、佳代はリモコンを操作した。僕はズボンの後ろポケットに入れておいた避妊具を確認した。
「準備はできてるよ」
「あたしも、できてる」
僕は佳代の瞳を真っ直ぐに見た。彼女は逸らさなかった。それこそが、僕たちの決意の現れだと思った僕は、彼女にキスをした。
クーラーの送風が強くなってきた。僕たちはためらいがちに、互いの服を脱がせ合った。
初体験を終えた僕たちは、長い間、手を繋いで仰向けに寝転がっていた。
「暑いね、翔太」
「うん、暑い」
身体を重ねた後の、一番最初の会話がそれだった。それがおかしくて、僕はプッと吹き出した。
「もう少し、ムードのあること言った方が良かった?」
佳代がそう言ったので、僕は手を強く握り返した。
「ううん、これでいい。今日のこと、僕、一生忘れないと思う」
「あたしも」
「あの時は暑かったなって、何度も思い返すんだと思う」
「翔太……」
僕に覆い被さってきた佳代は、軽くキスをして、僕の汗ばんだ額を撫でてくれた。佳代に見下ろされながら、僕は言った。
「今年は雪、降るかな?」
「もしかしたら、降ったりしてね?」
「降ったらさ、一緒に雪だるま作ろうか」
「今のあたしの背くらい、大きいやつね?」
そんな会話をした後、僕たちは服を着て、またリビングに戻った。
それから、僕と佳代は、雪だるまを作れることを期待したが、結局「例年通り」雪は降らず、この冬の残暑は酷かった。
雪を知らない子供たち 惣山沙樹 @saki-souyama
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