234.謝罪合戦
「…………ねっむ」
ふわぁ……。
そんな大きな欠伸とともに教室にある自らの席へ腰を下ろす。
もう少し待てば予鈴が鳴る教室。ザッと辺りを見渡せば大半のクラスメイト達が揃っている。
仲のいいメンバーで談笑する者、まだ休みボケから抜け出せていないのか早速机に突っ伏している者、課題を今になって急いでこなしている者など十人十色の時を過ごしている。
様々な色を見せてくれるクラスメイトたちだが、その多くは教室の入口に固まっていた。
まさしく人だかり。何かを中心にしたかのように徐々に徐々に動いていくさまは、まさに千万無量。中心に立つのは言うまでも無い。若葉だ
新しい学年となって今日で2日。まだクラスメイト達は入学してきた若葉に興味津々らしく、クラス外からも人が集まってあれやこれやと語りかける声が上がっていた。
チラリと人混みの隙間から見えるのは、そんな友人たちに嫌な顔一つ見せず対応する若葉。きっと階下に居る灯火も同じ事になっているのだろう。
どんな時でも人を喜ばせることを忘れない彼女たちの心意気にエールを送りつつ、人だかりができる直前で早々に離脱した俺は家から持ってきたマグボトルの蓋を、キュポンと心地の良い音とともに開けてみせる。
「――――芦刈……君」
「………ん?」
蓋が開いたそれを口に持っていこうとゆっくり持ち上げようとした途端、聞こえてきた俺を呼ぶ声に思わず手を止め顔を上げる。
声がした方向はちょうど真横の辺り。誰が呼んだのかとその姿を視界に捉えると、昨日から我が学校の仲間入りを果たした葵さんが少し視線を逸しつつこちらを見下ろしていた。
「葵……さん!?」
呼びかけてきた人物が何者かを認識するのと同時に、反射的に自らの身体を抱いて身構えてしまう。
思い出されるのは昨日のこと。突然腹部にジュースが飛んできた記憶。あれのせいでまた突然なにか飛んでくるのではないか。
警戒するように彼女の姿をじっと見るもその手には何も握られていない。しばらくの静寂の後に動いたその手は空を切り、自らの腕を抱いてそっと目を伏せる。
「………そんなに怖がらなくったって、いいじゃない」
まさにバツの悪そうに、口から飛び出してきたのはそんな寂しそうな声だった。
昨日はあのまま喧嘩別れのようにお互い帰ってしまったが、一晩経って心変わりがあったのだろう。その言葉に彼女も気にしていたのかと慌てて抱いていた構えを解く。
「ご、ごめん!」
「いえ、もとはといえば私が思い切り投げつけたのが悪いしね……。昨日はごめんなさい。勢いとはいえ悪いことしてしまったわ」
「それは……その……」
なにを言えばいいのか。
正直昨日のことは怖がりこそしたものの恨みや怒りは一切ない。
むしろ俺の優柔不断さが招いたことだから妥当とさえ思っていた。
だからこうして真摯に謝られると逆にこう……戸惑ってしまう。
これがゲームを介したやり取りならまだ上手い返しが思いついただろう。しかし実際に面と向かって謝られると茶化そうにも茶化せないしふんぞり返ることさえできない。
何もいい返事さえ見つけられない中、俺は助けを求めるように辺りを見渡し……そして見つけたそれを――――
「の、飲む…………?」
「えっ……?」
言い訳をするのであれば昨日明け方まで起きていてまだ脳が起きていないからだろう。不意に謝罪されて困りに困った俺は、気づけば手に持っていたマグボトルを彼女に差し出していた。
自分でも脈絡のない唐突過ぎる行動だと思う。差し出された彼女もどうしていいのか困惑するような目をしている。
「えっと、これは……ジュースぶつけた仕返しに私のことを毒殺しようって、こと?」
「なんでそうなる!?」
「いえだって、飲み物には飲み物で返す……的な?」
「違う!違うから! ちゃんとした理由はあるから!」
物理を毒殺で返すって物騒な世界に生きてるな!そこまで海外はやばいのか!?
どんな思考の飛躍をしたのか、毒殺という言葉に目を見開いて慌てて否定する。
そんな物騒なことなんてするつもりはない!むしろ差し出したのはちゃんと理由があるのだと何度か深呼吸して今一度彼女と向き直る。
「昨日の……ジュースについては何も気にしてないよ」
「………本当? ならそのボトルは?」
「これは、えっと、謝罪よりも葵さんの様子が気になって」
「……?」
なんのことだろうと彼女は今一度首を傾げる。
そんな彼女にコトンと机の上に置いたのは蓋の空いたマグボトル。置いた途端、ボトルからは芳醇なコーヒーの香りが辺り一帯に広がっていく。
「これはコーヒーかしら?くれるの?」
「うん。もしかしたら葵さん、全然眠れてなかったのかなって。目元のクマ、すごいから」
「っ――――!!」
俺が目元にできた隈を指摘すると彼女はバッと慌てたように手をやる。
きっと化粧で隠しているのだろう。傍目からではわからないはず。しかし正面向いて話すとすぐに分かるくらいには酷い隈だった。
「そんなに私……酷い?」
「いやまぁ………その……うん。だから珈琲飲んで授業に備えたら?」
環境が変わったからかもしれない。それとももしかしたら先程謝った件を気にしていたからかもしれない。
理由はわからないが、彼女も随分と夜ふかしをしたのだろう。俺も似たようなものでだからこそ珈琲を持ってきたのだが、俺はイザとなれば授業中でも寝れるから問題ない。一方で転校してすぐの居眠りは印象悪いだろう。
「そう……。えぇ、その通りよ。昨日は趣味に時間を割きすぎて眠るのを忘れてね。正直今も眠くてたまらなかったわ。頂いても?」
「もちろん。どうぞ」
よかった。悪い意味での夜ふかしではないみたいだ。
しかし趣味で眠れないのはよくわかる。俺も日常的にそうなっているから。今度その趣味についても話せるようになることを期待しよう。
「ありがと。……貴方、案外悪い人じゃないのね。見直したわ。あの子たちを股にかけてるのは許せないけど」
「それは……よろこんでいいのかな?」
「半々よ。許せないけど理解はしてあげる。それじゃあ改めて、いただきま―――――カハッ!!」
「葵さん!?」
まるで軽口を言うように小さな微笑みを浮かべながらカップを持ち上げる葵さん。
そのままこちらに軽く掲げるようにして傾けた、その時だった。
彼女がコーヒーを口につけた途端、まさに毒殺されたかのように吐血…………もとい吹き出しかけた。
幸い吹き出す寸前で留まったものの、そのせいもあってか何度も咳き込む彼女へと俺は慌てて寄っていく。
「あ……貴方……これ、本当に毒殺する気で渡したんじゃないでしょうね……?」
「そんなことないよ!むしろ俺が飲むつもりだったんだから!」
「でもこれは人の飲むものじゃ…………いくらブラックにしても苦すぎない!?」
「それは………………」
彼女の迫真の問いかけに俺はそっと視線を外す。
確かに。確かに今回は苦目に淹れた。元々俺は酸味なんて邪道、深煎りの苦味特化派なのだ。普段から苦いのを飲んでいることに加え、更に夜ふかし用に苦くしたのだから慣れてない者が飲んだらこうもなろう。
つまり吹き出しかけたのは明らかに俺のせいである。そんな俺の様子に感づいたらしい彼女は一つため息を吐く。
「はぁ……。コーヒー、有り難いけど飲めそうにないわ。気持ちだけ受け取っておくわね」
「……いいの?」
「飲めないのだから仕方ないじゃない。それにさっきの一口で十分目も覚めたわ。残りは貴方が飲んで頂戴」
「そういうなら、仕方なく……」
「えぇ、お願いするわ…………ぁ……………」
カップを返してもらった俺は一息に傾けて流し込む。
うん、苦いけど眠い朝にはちょうどいい。一気に飲み干して向き直ると、葵さんの顔はたった10秒足らずで白い肌に紅が塗られたかの如く真っ赤になってしまっていた。
「それ……私が口につけたばかり………」
「え……?あぁ!ご、ごめん!つい!!」
プルプルと震える指で指し示したカップ。そういえばこれはさっき彼女が口を付けたものだとようやく俺も気がついた。
普段アパートで若葉らと食事をともにする際、そういったことは向こうからグイグイ来るものだから全然気にしなくなってしまっていた。だからこそ今回の間接的なこれもほぼ無意識で言われてようやく気がついた。
これは間接キス。彼女は若葉たちじゃない。嫌悪感を抱かれても仕方ない。
「い、いえ。私が促したのも悪かったわ……」
「それでも……ごめん」
「気にしないで……悪かったわね……」
ともに目をあわせずに繰り広げられる謝罪合戦。
謝罪から始まり謝罪が続く俺たちの朝は、朝礼にやってきた先生に呼ばれるまで続くのであった。
ネトゲの相棒を男だと思って結婚したら、リアルは大人気アイドルだった件 春野 安芸 @haruno_aki
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