第2話怪異
翌朝、両腕の重さで目が覚めた。
寝起きで想い頭を動かし、右腕を見ると、そこには、子どものように僕の腕をつかみ、寝息を立てている口裂け女。左腕を見ると、そこにはまんま子どもでしかない、同じく寝息を立てているメリーさんが僕の腕をつかんでいた。
「……………なんだこれ」
僕が動いた振動で目を覚ました二人が、きょろきょろと周りを見渡す。
その後二人がとった行動は、全く別のものだった。
口裂け女は、顔を真っ赤にして飛び上がり、僕から一気に距離を取った。対して、メリーさんは再び眠りに落ちた。
「……一応、おはよう」
「お、おおおおおおはようっ」
物凄くてんぱっている。まさか、無意識でここまで来たのか。それにしても、口裂け女の寝顔は意外とあどけなく、裂けた口さえなければ最早ただの美少女でしかなくて、なんというか、凄く良かったです。
なんて、感想を述べている場合ではない。僕はそっとメリーさんの腕を引っぺがすと、口裂け女の方を見る。
「どう、します?朝飯も食べていきますか?良ければ作りますよ」
「えぇっ、えと、何も言ってこないのか?いやっその方がいいのだが……えと、出来れば頼む」
「分かりました」
あくびを噛み殺しながら台所へ向かう。確か、冷蔵庫の中に味噌と卵があったはずだ。それで簡単なもんでも作ろう。
因みに、完成するまでメリーさんは起きなかった。
「「「いただきます(!!)」」」
朝飯を食べながら今日一日どう過ごすか考える。
学校は来週からだが、宿題も終わっているから特にすることがない。こういう日は、小説を読んで過ごすか、外をほっつき歩くかだが、さっき見た天気予報では晴れだったが、外に行っても特段することもない。
「お二人はどうしますか?帰ります?」
「あぁ、そうしたいのだが……」
「あのね、私たちのおうち無くなっちゃったの。元から勝手にいただけだから何も言えなくて……」
そうか、確かに、怪異に家を借りさせるなんてこと無理だろう。なんたって、戸籍も、身元を証明する人もいない。そして、はっきり言って収入なんてない。そんな状態では、勝手に住み着くしか方法はないのだろう。
「なるほど。では、家を好きに使っていただいて構いません。怪異といえど、さすがに宿なしでほっぽりだす訳にもいきませんし」
「い、いいのか?」
「はい。あ、でも一つ絶対に破ってはいけないルールがあります。いいですか?あなたたちは本来存在しないのです。僕は一人暮らしということになっていますから。なので、口裂け女さんは僕の従姉。メリーさんも、留学生ということにします。なので、もし、誰かに聞かれたらそう答えてください。それだけです」
「そ、それだけなのか?何か、他に要求とかあってもいいのだぞ?」
「いえ、別に必要ありませんよ。やりたくてやってるだけですから」
「やったね、おうちができた!!」
「そう、か……お世話になります」
「いえいえ」
こうして、怪異二人との共同生活が始まった。僕、開き直りすぎだろ。いくら、抵抗できないからって、いや、抵抗はできた。普通にさっきの時点で、僕の家を提供せずとも、家探しを手伝ってあげるだけでも良かったのだ。それなのに、僕と言ったら、怪異という存在にテンションが上がって家に住んでいいなんて。しかし、決して不本意などではない。考えても見ろ。怪異、人ならざるものが僕の家に住み込むんだ。それも、トップレベルで有名な怪異だ。そんなの、テンション上がるじゃないか。それを表に出すことはないが、僕は今にでも叫びだしたい気分だ。仲間に自慢したい。
とりあえず、本棚から適当に本を取る。
「あ、どうぞ、くつろいでください」
「それはいいが、その敬語はやめないか?」
「そうですか?……うん、分かった。これでいこう」
そして、その日は何もなく終わるものと思っていたのだが、予想外の事態が発生した。
悠斗が家に来たのだ。悠斗は僕に従妹なんていないことを知っているし、嘘をついてもバレたときが怖い。よって、嘘をつかずにまたその上で誤魔化すことにした。
「えっと、この人達は近所に住んでる人の……」
そうえば、名前どうすればいいんだ?口裂け女の名前はカシマレイコだとかいう説もあるけど確かではない。というか根も葉もない噂だ。どうしよう。メリーさんはそのままでも問題はないけど、口裂け女は無理だ。口裂け女、口裂け女、裂け女、酒女?さけおんなってのも当然おかしい。酒、酒ってしゅとも読めるな。しゅ、しゅ、あああ、混乱してきた。僕ってネーミングセンスないんだなぁ。ええと、しゅ、しゅ、しゅめ?酒女?あ、結構いい?
「……酒女(しゅめ)さんと、メリー。最近親しくなたんだ」
そういう僕のことを、悠斗は少し疑うような目で見てきたが、すぐに引っ込め、二人に頭を下げた。
「こいつ、感じ悪いけど、よろしくお願いします」
「お前はどこの立場で言ってるんだよ」
その後は、悠斗がゲームをして、それをメリーさんが応援している。口裂け女はそれを傍から見ている。
「なぁ、さっき私のことなんて呼んだんだ?」
「あー、口裂け女じゃ、変だから、口裂けでお酒って漢字に置き換えて、女をめって読んで酒女。やっぱり変かな?」
「い、いやっ、そうでもないと思うぞ!」
「そう、ならよかったよ」
さて、悠斗は騙せたし、親がこちらの家に来ることはないから、これで完璧だ。いや、完璧ではないな。近所に住んでる人と悠斗が同時に来たら、対応ができない。だが、今はそうならないことを祈るのみだ。
「なぁ、洋樹ーお前、いつからそんな美人と仲良くなってたんだー?俺にも教えてくれればよかったのによー」
「知り合ったのは昨日だからな」
「まじかよ」
さて、こいつが彼女の素顔を見たらどれだけ驚くんだろう。まぁ、こいつは基本いい奴だし、人の外見を悪く言うことなんてないだろうが、びっくりはするだろう。
「ふーん、できれば、マスク外した顔も見たいけど、風邪?」
「っまぁそんなところだ」
「そっか、お大事に」
にしてもこいつ、最初から溜口だな。相手はどう見ても年上ってことは分かるだろうに。こいつって、年上の人は敬うような奴じゃなかったっけ。
まさか、偽物なんてことは、ないだろうけど……いや、怪異が実在したんだから、そんなことがあってもおかしくはないのか?そんな怪異いたっけ。
まぁ、実害がなければいいけど、本人はどうなるんだろう。殺されるのか?そうだったら最悪だ。実害でてるし、仮にも僕の数少ない友人だ。そうなってほしくない。
まぁ、こいつがそうであるという確証はないけど。
「あ、そうだ、洋樹、この前助けた人いたろ。あの人がさ、昨日お礼しに来てくれたんだよ。縫いあと残ってたけど、ほっぺたもちゃんとくっついてたし、元気にやってるそうだ」
隣に座っていた酒女の肩が強張る。こいつ、とんでもないタイミングで言いやがって。知らないからしょうがないけど、なんともタイミングが悪い。
「そ、そうか、それは良かった」
そう言いながら、酒女をつれて、部屋を出る。
「……大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だ。ただ、突然来たから……それに、生きていたことが分かって、よかった。うん、大丈夫だ……」
「無理はしないで。いつでも、相談に乗るから」
「うん……」
部屋に戻ると、メリーさんが心配そうに見てきたが、酒女が頷いたのを見て、再びゲームを見るのに戻った。
それから、悠斗が帰ったのは二時間ほど過ぎてからだった。
怪異は常に自分の存在を証明し続けなければいけない。ということは前にも語ったが、彼らは決して望んでしていることではないことは、一目瞭然だろう。もちろん、自分から積極的にそうする奴はいるだろうが。
人間で例えれば、人間が食用として動物を殺すことと同じだ。しかし、それは別に生きていくことに絶対的に必要なことではない。肉がなくて野菜だけでも、一応生きていくことは可能だ。しかし、怪異は違い、肉を食うことが絶対的に必要なのだ。そうしないと、生きて行けない。仕方がないことだと片付けたくはないが、変えることもできない。
「そういえば、襲われた人ってどうして悲鳴とか上げないの?普通、襲われたら叫ぶと思うんだけど」
ずっと気になっていた疑問を酒女に聞いてみると、
「それは、所謂金縛りのようなものになるからだ。私にとっては、非常に邪魔な能力だ。何しろ、わざわざ傷つけなくても、存在が証明されればそれでいい。襲うだけで済むんだ」
「なるほど、襲われた側は十分認めてしまうよね。でも、その人も含めて他の人たちは殺人鬼とか、変質者として認識してしまうんじゃない?」
「それは大丈夫そうだ。犯行方法で、少なからず私の仕業だと語る人はいるようだからな」
なるほど。とすると、僕もそう考えた人だから、ある意味では手助けしているようなものなのか。それはよかった……のか?
「あまり、考えすぎてもよくないな」
そうして、その会話は終わり、することがなくなる。時刻は、午前十一時を指していた。
そういえば、もうすぐお盆だな。
「ねぇ、お盆って本当にご先祖様が帰ってくるの?」
「当然だ。ただ、あれは地獄行きとなった人間も戻ってくるから、俗にいうポルターガイストというものが多々起きる」
確かに、お盆って、そういう話をよく聞くなぁ怖い話とかでも。そういうことか。
あ、そういえば近々祭りがあるとか言ってたような。何の祭りだったかは忘れた。正直、どうでもいいことだけど。あれって確か……今日からじゃん。
「おし、祭り行くか。あれって七時からだからまだ時間あるけど、浴衣とか買いたいんじゃない?よければ、買ってあげるけど」
「えー!ホント!?やったー!!」
「ちょ、い、いいのか?浴衣なんてそんな安いものじゃないだろう?」
「いいよ別に。貯金あるし、それに、着たいんじゃないかなーて思って」
「それは、そうだが……」
尚も何か言おうとしている酒女を、メリーさんが無理やり立ち上がらせ――ようとしてできなかったから、酒女が普通に立った――何も言わずに酒女を説得した。そこらへん、付き合いが長いんだろうなーと思う。
そんな感じで、僕たちは服屋に来た。
といっても、僕はよく分からないので、二人や店員に選んでもらって、それをボクが審査員として、最終判断を下す、という流れだ。
貯金があると言うのは本当である。一人で使うにも、特に消費がない。だから貯め続けていたらかなりの金額になっていたのだ。それに、これには勿論意図がある。着たいだろうから。そんなの建前だ。本心は、
(口裂け女とかみたいな美人系怪異に浴衣を着せてみたい!!)
である。
想像では追い付かない。人の創造には限界があるのだ。だから、実物が近くにいる今を逃すわけにはいかない。何としても、着せてみせる。今日この日、僕の野望が達成せしめられる!!おっしゃぁああ!!
そして、彼女らの選んだ浴衣公開!試着室から出てくるのはどちらが先か!?
「えっと、着てみたはいいが……ちょっと、恥ずかしいんだが」
先に着替え終えたのは、今回の本命、口裂け女!恥じらっているのが高得点!
「大丈夫大丈夫。似合わないはずがないから!」
「そ、そうか?じゃぁ……」
カーテンを恐る恐ると言った風に開けて出てきた口裂け女というか酒女は、落ち着いた白色に、なんて名かは知らない赤い花が描かれた浴衣を着ていた。マスクを着けてはいるが、それでもなお美人だとわかる顔とあわせて、大和撫子とでもいうべき様相を呈している。
「な、なぁ、どうしてカメラを構えてるんだ……まさか、撮ってるのか!?」
「気にしないでー。ただの備品だから。必需品だから」
そんなことを言いながら、彼女が出てきた瞬間からカメラを連射している。
「き、着れないよー!」
隣の試着室からは、メリーさんが上手く着れなくて困惑している。
「あ、あぁ手伝うから……」
そう言って酒女が入っていく。その間、僕はメリーさんがいつ出てきてもいいようにカメラを構えておく。
「着れたー!」
数分後、メリーさんが元気よく出てきた。彼女は、一人では選べなかったので、酒女が選ぶのを手伝っている。
メリーさんが着ていたのは子供らしさを強調する、淡いピンク色の浴衣。髪飾りの花が、金髪に綺麗に調和して彼女のかわいらしさを際立たせる。
メリーさんは、僕の持つカメラに気づいても、恥ずかしそうにはせず、逆にポーズを決めている。いつまでもそのままでいてください!
さて、二人ともどうやらそれが気に入ったようなので、レジへ行く。二人とも、脱いでまた着ると言うことが面倒なので、着たまま出る。後は、お祭りの会場へ向かうだけ。
祭り自体は地域ではそこそこ人気なので、街中を浴衣で歩く人もちらほらいるから、特別目立つことはない。
正直、同学年の奴とは会いたくない。絶対、変な噂が流れることになる。それはめんどくさい。だからと言って説明するのも同様にめんどくさい。なので、すれ違うだけでもしたくないのだが、今日は祭り。当然いるわけで。すれ違いもするわけで。さらに、酒女という圧倒的美人がいるわけで。そんな人と歩いてるってだけで十分目立つじゃないか!
「あれー?大島じゃん」
そう、こんな風に!
「……おう」
「来てたんだ。なんだよー来るなら言ってくれればいいのに。一応ラインも送ってたんだぜ?」
「そうなのか?悪いな、全く気付かなかった」
「ま、いいけど、一人か?……あれ?」
とうとう、酒女に気づかれてしまった。さすがに、近くで立ち止まってこちらを見ていれば、否が応でも何か関係のある人だと思われてしまう。それは彼も同様で。
「なになになに?え、こ、めっちゃ美人じゃね!?え?彼女さん!?」
「違う!」
「な!?」
彼の言葉に、僕は強く否定し、酒女は彼の言葉に驚いている。
「え?違うの?でも、だって……」
「いや、この人はね……」
「なななななななななななな」
僕がなんとか説明しようとしている隣で、酒女がなんかゲシュタルト崩壊的なことを起こしている。
「この人は、ご近所さん。祭りに行くはいいけど、何かあったら怖いからという理由で僕が、所謂護衛的な感じでついてきただけだよ」
「……ふーん、そうなのか。でも、あまり美人だからって調子に乗らない方がいいぜ?下手に手を出そうものなら、球蹴り飛ばされるぞ」
「何だ、経験済みか?」
「うん。この前海行ったときにな……」
「そうか」
まぁ、酒女の場合、球ではなく、口を裂かれるんだけどね。正直、そっちより怖いよ。
「まぁいいや。じゃぁ、特別な時間を邪魔しないよう俺はサッサと去るとするかね」
「ぬかせ。じゃ、またな」
「おう」
そして、人ごみに消えていく彼を見送った後、酒女に改めて向き直る。
「なななななななななななな」
「まだ復帰してなかったのかよ!」
「ななななな……っは!私は今まで何を!?」
ようやく復帰したようだ。
「何でも。ただ学校の友人に会っただけ。さて、せっかくの祭りだし何か買おうよ。何が欲しい?」
「わたあめ!!」
元気にメリーさんが答える。まぁ定番だね。
ちょうど近くにあったので、列に並んで待つ。その間、メリーさんはずっと目を輝かせてキョロキョロしていた。祭りに来るのは初めてらしい。
そういえば、二人は今までどこに住んでたんだろう。空き家に住みついていたとは聞いたけど、具体的な住所とか。まぁ知ったところで別に何でもないからどっちでもいいけど。
ようやく順番が来て、屋台のおじさんからわたあめを受け取ったメリーさんは大喜びである。もちろん、酒目にも買ってあげる。
それから、祭りでは定番の食べ物や屋台をまわった。りんご飴、たこ焼き、金魚すくい、射的、お化け屋敷……。
射的は、酒目が異様な才能を発揮し、金魚すくいではメリーさんが二匹とった。最後のお化け屋敷では、本物である二人が何故か本気で怖がっていた。いつかホラー映画とか見せてみたいな。
そして、気付けば時刻は九時を回っていた。
「もうそろそろ、花火が上がるんじゃないかな」
「はなび!!」
この祭りでは、一日の最後に花火を数十発撃ち上げる。去年までは、騒音でしかなかったが、こうして実際に見るとなると、少し、違う印象を受けるのかもしれない。
「あ、メリーさんが見えないかな。よし、肩車するか」
「かたぐるまー!!」
こう、一言一言に大声で反復してくるの、ホント子どもでしかないよなぁ。考えてみれば、怪異だろうと、元は被害者なんだよな。それを、人殺しだとかみたいに扱って、勝手に恐れて、勝手に縛る。仕方のないことでも、何かやるせない。
一発目が打ち上げられる。
……やっぱり。実物を見ると、これはただの騒音なんかじゃない。この一瞬のために、その身をを飾る。まるで、人間のような、怪異のような、二つの存在をつなぐ炎の花。
「綺麗だ……」
隣で酒目が感嘆したように声を出す。
僕の肩の上で、メリーさんもその目を限界まで見開いて、見ている。
続いて二発目、三発目……と打ち上がる。それを見ていてふと思った。思ってしまった。
(これ、傍から見たら家族じゃね?)
瞬間、一気に体が熱くなるような気がした。
(いやいやいやいや!ないから!家族じゃないから!)
自分で考えておいて、自分が恥ずかしい。いや、別に嫌ってわけじゃ……って、僕は誰に言い訳してるんだ!?
「どうした、上のメリーがすごく揺れてるぞ」
「そーだよー、見えない!」
「あ、あぁごめん。何でもないよ」
いかん、落ち着かねば。
まぁ、僕はそこまで老けてないし、僕は普通に酒目の子供みたいな感じに映るだろう。何を勘違いしているんだ僕は。
空に赤い花火が咲いて、あたりが明るく照らされ、メリーさんが歓声を上げる。楽しめているようで何よりだ。今度は遊園地とかにも連れて行ってあげたいな。
あっという間に花火が終わり、三人で家に帰る。今日撮った写真を整理しないといけないから忙しい。
メリーさんは、帰ってきてからも、ずっと浴衣を着ている。どうやら、まだ夏祭りの余韻から抜け出せていないようだ。酒目は名残惜しそうに、丁寧に浴衣を脱いでたたんでいた。 うん、喜んでもらえているようで何よりだ。僕も今日撮った写真をPCのクラウドに保存しないといけないから、彼女たちを傍目にPCを起動する。
うん、どれも綺麗に撮れてる。
「ん、それはノートパソコンとかいうやつか?存在は知っていたが、ちゃんと見るのは初めてだ。お前も使うんだな」
「まぁ、そんなに使わないけどね。通販とかあまり使わないし、まぁスマホがあるからそれで十分だし」
もしかして、酒目もほしいのかな?だったら買うか。
「おい、電話だぞ」
酒目が渡してくれた電話には確かに電話がかかってきていた。マナーモードにしていたのを今思い出した。
「ありがと」
電話で少し話すと、早々に電話を切る。といっても些細な確認だけだったから短いだけで、もっと長い時もある。
「どうした?」
「いや、特に。美人怪異に尽くし隊のメンバーからの連絡」
「おい、なんだそれは」
「気にしなくていいよ。それに、多分紹介しない方がいい気がする。二人が怪異であることはばれないようにしたい。何があるかわからないからね」
「む、確かにそうかもな。納得した」
まぁ、アニメや漫画の影響もあるけどね。
さて、何とかごまかせたところで、夜食を作る。夜食といっても、お祭りで色々食べているので、そこまでちゃんとしたものではなく、ご飯とみそ汁。それと魚。
あれ、結構ちゃんとしたご飯だ。しかもこれ朝ごはんのラインナップだな。
「ちょっと作りすぎちゃった。少しもったいないことをしたね」
「おさかなー!」
「すまん、私はちょっと入りそうにもない」
「大丈夫だよ」
酒目は、花火大会で実は結構はしゃいでいた。屋台にある物をすべて網羅しようという勢いだった。当然、食べ物もたくさん食べたわけで。
「あ、魚は好きだ」
「そうかい、じゃぁ味噌汁をのけてご飯少しと魚だけでいいかな」
「うん」
昨日も思ったが、こうして何人かとご飯を囲んで食べるのは随分と久しぶりだ。家を出てからこういう家庭的な温もりからは遠ざかっていた。
一人で食べるご飯もまたいいけど、賑やかな食卓というのは、なおいい。
こういう平和なのがいいよなぁ。
「そういえば、洋樹は学校は大丈夫なのか?」
「あぁ、まだ大丈夫。実質あと一週間あるから」
「そうか」
ご飯を食べた後、テレビを見ているといい時間になってきたので、寝る準備をする。
まだ新しいベッドを買っていないので、またメリーさんはソファかと思ったが、酒目と寝るらしい。まぁ確かにソファよりはいいか。
そういうわけで、僕の家に怪異二人が来てから二日目の夜を迎えた。
夜、ふと目が覚めこっそり布団から抜け出す。
どうにも眠れそうになかったし、妙に暑かったので、ベランダにでて涼むことにしたのだが、ベランダでそこから見える景色を見ていると、突如として声が聞こえてきた。
「ぽぽぽ……ぽぽ」
こ、この声は……。
急いでベランダから身を乗り出して下を見る。
向かいにある道路を見ると、そこをゆっくりと歩いている人がいた。しかし、その人は異常に背が高く、夏にかぶるような白い大きな帽子を被っていた。
あの装い、あの声、あのでかさ!もしかしなくともあれは……。
「八尺様だ……」
呟いた瞬間、一瞬だけ目が合った気がした。
八尺様に魅入られた者は八尺様に攫われるという……。
これは、もしや八尺様までここにくるのか?
いやいや待てよ。八尺様が酒目やメリーさんと同じような感じならいいが、もし、本当に危険なやつだったら?そうだとすれば、今度こそ危険だ。
「……そこは神頼みか。塩でもふっとこ」
中に入ろうとしたとき、再びあの声が聞こえてきた。
「ぽぽ……ぽぽぽぽ」
も、戻ってきた……!!
やっぱりさっきこっちに気づいてたんだ。これは、確実に僕を狙ってくる。まったく、短期間で色んな怪異に会いすぎだろ。世界初かもしれない。
どうしよう。このまま家にいたら確実に二人を巻き込んでしまう。一旦家を出て離れるか。そこで、八尺様がついてくるかどうかを見て判断すればいいか。
そうと決まれば話は早い。さっさと出る準備をしてできる限り音をたてないようにして外に出る。
さて、ちょっと離れたところにある公園にでも行こうか。そこまで行って僕の所に来たら僕を狙っているのは確実だからね。何とか丸く収める方法を探せばいい。
公演は僕の住んでいるアパートから十分ほど歩いたところにあり、遊具がやや多いため、近所の小学生たちの遊び場となっている。
近くにあった自販機で温かい飲み物を買って、公園内のベンチに座る。ここで、しばらくの間時間を潰そう。
というか考えてみれば八尺様が狙うのは小さな子供だ。ぼくはもう子供といえる年ではない。もしかしたら僕の勘違いかもしれない。
それから十分ほどが経過しただろうか。
そろそろ帰ろうかと思っていたころ、公園に入ってくる人影があった。言わずもがな八尺様である。
「ぽぽぽぽ」
八尺様は僕を認識すると、こちらに方向を定めて歩調を変えずに歩いてくる。
僕は、とりあえず様子を見ようとベンチに座ったまま彼女がある程度近づくまで待つ。
「ぽ、ぽぽぽぽ」
何か言っているようだが、よく分からない。何せ「ぽ」しか言わないから。でも何かを伝えようとしているようだから、彼女をよく見ながらもう一度彼女の言っていることを聞く。
「ぽぽぽぽ(何してるの?)」
あれ?なんか、分かった気がする。いや、分からないけど、とりあえず適当に答えよう。
「別に、暇だからぼーっとしてただけだよ」
「ぽぽ、ぽぽぽぽ!(しゃべってること分かる!)」
これは……もしかして?
「まぁ、なんとなく。正確かは分からないけど」
「ぽぽぽぽ!ぽぽぽ、ぽぽぽぽ!(初めて!初めてちゃんと、会話できた!)」
えらく喜んでらっしゃる。
これは、うん。なんか、すごいね。やっぱり彼女も酒目達と同じ感じっぽい。出会う怪異は皆こんな感じだ。ここまで警戒してただけに拍子抜けって感じ。
「ぽぽ!ぽぽぽ!?(君!名前は!?)」
「えぇ?名前?僕は大島洋樹って言います」
いや、ちょっと待て?何で僕は普通に会話してるんだ?何で言ってることがわかるんだ?おかしい。最初は何を言っているのか分からなかったはずだ。
酒目とか、メリーさんに会ってから、なんだか、感覚がずれてるような気がする。
確かに、美人怪異は大歓迎だ。だけど、あんな妄想と実際に会うのとじゃ全く違う。下手をすれば、命に関わるのだから。今ここにいるのだって、かなり最悪の場合も考慮してのことだ。それなのに、今はこうして普通に話している。
どうやら、僕は完全に非日常の中にどっぷりとつかってしまっているらしい。
彼女たちは決して危険な存在ではない。少なくとも僕にとっては。だから、彼女たちから離れようとは考えない。しかし、口裂け女もメリーさんも八尺様も。皆存在を証明するために人を襲い続けなければならない。それを止めることは僕にはできない。僕はただの人間だ。もし、目の前で彼女たちが人を襲っていても、それを止めるすべはない。
だから、これ以上怪異と親しくして、余計な責任を負うことになるのは、正直言って怖い。僕に、彼女たちを救うことはできない。
「ぽぽ、ぽぽぽ?(悩んでる、どうしたの?)」
八尺様が顔を覗き込んでくるが、あまりにも身長が高すぎて、座っている僕に対し座っていない彼女はまるで赤ちゃんと視線を合わせるためにかがんだ大人みたいになっている。
「……別に。そろそろ僕は帰るよ」
立ち上がって公園を出る。このまま何もなかったことにできないかと思ったが、案の定八尺様はついてきた。ニコニコしているのがなかなかギャップ萌えである。
「ついてきて、どうするつもり?」
「ぽぽぽ、ぽぽ(話せる人、君以外いないから)」
だから、僕についてくるというのか。まったく、僕も甘いもんだ。さっき真剣に考えていたのに、今では、彼女がついてくるのを否定しようという気すら起こらない。
「お好きにどうぞ」
さて、酒目たちになんて説明しよう。
翌朝になって目を覚ますと、珍しくメリーさんも早起きしていた。どういう風の吹き回しだろう。酒目とメリーさんが揃って見ているのは、本来僕が寝ていた場所に寝ている異様にでかい女性だ。いわずもがな八尺様である。
「おはよう。事情は彼女が起きてから話すよ。先に朝食を作ろう」
二人、特に酒目は八尺様を警戒しているようだ。できるだけ早く起きてほしいな。珍しく部屋中になんとも言えない空気が漂っている。
朝食を作っていると、酒目が手伝いに来てくれたのでできたものの配膳をしてもらう。
結局、ちょうどいいのかよくないのか、八尺様はご飯が出揃ってから目を覚ました。時間は八時過ぎである。
「……それで、彼女は誰なんだ?」
「うん、名前は八尺様っていうんだけどね、夜中に遭遇したんだ。二人は寝てたけど、僕だけが起きて、彼女を見つけて念のため離れたところに行ったんだけど、なんかついてきた」
僕のかいつまんだ解説を聞いても、酒目は納得しないようだった。
「しかし、大丈夫なのか?こいつが危険な怪異だったらどうする」
「まぁ、それもあるけどね……。ストーリーもストーリーだし。だけどさ、僕って簡単に情が移ってしまうようでね……彼女も怪異。家なんてないようだし、一回会った後、そのまま外に置いていくなんてできなくてね」
「それは、分かるが。万が一ということもあるだろう。例えばそれもお前を騙す一環だったとか……」
「ぽぽぽ、ぽぽぽぽぽ(大丈夫、騙したりなんかしてないよ)」
八尺様が真顔で反論する。
「どうだかな」
「えー、でも信じようよー」
どうやら、二人は普通に彼女の言っていることがわかるらしい。そこは、怪異同士のつながりだろうか。
「まぁ、様子見としようじゃないか。彼女が白か黒か」
「お前は甘すぎる。まぁいい、お前がそう言うならそうしよう」
酒目は観念したように肩をすくめると、朝食を再開した。
しかし、彼女までここに住むとなると少々狭い気がする。引っ越そうか。金銭的に問題はないけど、問題はどうやって家族に説明するかだよなぁ。ここに入った時も、一人だったらこの程度の広さが丁度いいって言ってしまったし。彼女達の存在は当分教える気はないし。
となると、あちらからすれば、理由もないのに突然引っ越したことになる。彼女ができたなんて嘘はたやすく見破られるだろうし、家が故障したと言っても、直せばいいと業者を呼ばれる。いっそ、心霊現象が起こったとでも言っておこうか。
まぁ、それは実際に引っ越した時に考えよう。いつだっていいんだし。
「じゃぁ、僕はちょっと買い出しに行ってくるので。何かほしいものがあれば言ってくれれば買ってくるよ」
「む、確かに必需品はいるな。歯ブラシとか下着とか……いや、それは自分で買う。私がいるのはそれぐらいだ」
「おかし!」
「ぽぽぽ(アイス!)」
「おっけー。それじゃ待ってて」
そういえば、皆ずっと同じ服だからな。今度一緒にそういう店に行くか。ファッションショーでもしたらいいかもしれない。八尺様に合う服なんてあるのかな。
買い出しから帰ってくると、室内からは何やら談笑する声がする。仲良くなれたようで何よりだ。
「ただいまー」
「おかえりー!!」
真っ先に反応して突進してきたのはメリーさんだった。闘牛のように頭を突き出して突進してくるのを特に防御もせずに受けるが、正直言って痛くない。実に微笑ましい感じだ。
「ぽぽぽ!(おかえり!)」
しかし、八尺様の突進は普通に防御した。身長差というのは恐ろしい。
「……酒目も来る?」
「い、いや、やめておく」
「そうかー、いつでもいいからね」
「いや、今はというわけでは……」
酒目はソファーに座ってこちらを見て笑っているだけのようだ。うーむ、これでは完全に親子の構図ではないか。
「ん、えっと買ってきたやつ。まぁ日用品だね。歯ブラシ、お皿、箸、等々」
「お、ありがとう。なんだか悪いな。至れり尽くせりで……」
「いやいや、僕が好きでやってることだよ」
そして、ちゃんとカップラーメンも買ってきてある。四つ。昼は大体カップラーメン。うーん、健康にはよくないと思う。
時刻はまだ午前十一時半。
カップラーメンを作る準備をしながら、さっそくさっき思いついたことを話す。
「というわけで、ファッションショーを開催します」
「何がというわけでなのか分からないし、経緯もわからない」
酒目の鋭いツッコミを手で制しながら、ちゃんと事情を話す。僕だって突然すぎることは分かってたし、そもそもそのツッコミをさせるためにさっきみたいな言い方をしたのだから。
「三人とも、怪異としてのアイデンティティとかあるかもしれないけど、もし、酒目や、メリーさんに八尺様が他の服を着たら、かわ……また別の印象になると思うんだよ。ちょっとそれが気になってね」
「ぽ?(服?)」
「いや、まて。さっきまた色々買ってきたばかりだろう……洋樹がどれだけ持っているかは分からんが、いいかげん金が底を尽きるぞ」
突然のことに思わず持ち上げようとしたコップを取り落としてしまう。
おぉ、これが名前呼びか……!街中で初めて名前呼びして照れたりしていちゃついているのを見たときは理解できなかったものだが、今理解した。
「おい、危ないな。い、いきなり危ないだろう」
いやはや、この程度で動揺していてはいかん。にしても怪異と一緒に住んでるっていうだけで相当やばいのに、名前で呼ばれるなんて……。
「……えっと、うん。おーけーおーけー。それで、金銭的問題は気にする必要はないよ。まだまだ全然あるからね。それに、最初に費用がかかるのは致し方がない」
こういう時貯金していて本当に良かったと思う。
「……後で後悔してもしらんぞ」
……まぁ、彼女らのファッションショーは滞りなく行われたのだがそれらすべてを描写するとキリがないためあえて省略するが、とりあえずカメラのデータ容量は一杯になってしまったことだけは添えておく。
これによって一通りの必要アイテムは揃った。あとは引っ越すだけだ。それなりに予算もあるしこれもまぁ問題ない。
うん、楽しいなぁ。
ホントに。
怪異と仲良くなったんだけどどう? ピエンデルバルド @ichigomilk200
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