怪異と仲良くなったんだけどどう?

ピエンデルバルド

第1話遭遇

 怪異。

 人々の中で都市伝説として語られるそれは、全て人間のイメージ、つまりこの怪異はこんなのだ、という所謂偏見からどのような怪異かが設定される。

 口裂け女は、文字通り口が裂けていてコートを着て、鋏を持っている。

 メリーさんは、突然電話をかけてくる女の子の人形。

 等々、これ等は皆、人間が思いついた存在である。いや、実際に存在はしていないと言っているわけではない。ただ、怪異を生み出したのは人間であることを伝えたいのだ。人間の恐れるもの、逆に望むものが具現化したものが怪異。勿論、一人二人が信じるだけでは、そう簡単には生まれない。稀にあっても、ないと言った方が良いほどの数だろう。大抵の怪異は、多くの人間が信じることによって存在を得る。

 そうして生まれた、怪異たちには、一つ、存在しているために必要な条件がある。

 それは、人間の信じたとおりのことをし、常に自分の存在を証明し続けなければならないことだ。そうしなければ、存在が消えはしないものの、非活性化してしまい、動くことができなくなる。怪異はそうならないため、今日も明日も人を襲う。

 とまぁ、ここまで僕の自論を述べてきたけど、どうして僕がそんなことを考えているのかというと、最近、本当に出たという話を聞いたからだ。

 先週、路上で口を刃物で切り裂かれた男性が発見されたというのだ。人通りの少ない道だったため、すぐには見つからず、やっと発見されたときにはすでに死んでいたという。ちなみに死因は出血多量ではなく心臓麻痺。病弱だったのが仇となった。

 まぁこれでどんな噂が立つかは容易に想像できる。

 口裂け女。

 先述したように、口が裂けていて、コートを着て鋏を持っている女性。

 まぁこれは僕の偏見であるため、実際はどんな姿をしているかはしらない。でも、怪異は人の偏見によって、形というか姿を得る(と僕は考える)。だとすると、実際にそういう姿なのかもしれない。

 もちろん、警察はそんな都市伝説を信じるわけなく、真剣に殺人事件として捜査を進めている。

 殺された人は、大手会社で課長を勤めていたことから、金銭目当てかと思われたが、何も盗まれておらず、その人が何か恨みを買って、それで殺されたのだろう、と警察は睨んでいるらしい。

 もちろんニュースでもそのことは報道され、町中どころか国全体に広まったことだろう。その中で、これを口裂け女の仕業だと考えた人はどれほどいただろうか。

  しかし、叫ぶなり暴れるなりすれば、もしかしたら誰かに助けてもらえたかもしれないのに、なぜみんなそうしないのだろう。近隣住民の人達はそのような声は聞いていないらしい。

 さて、そんなことが僕に起こることはないだろうと楽観視しまくっている僕は、いつものように家を出てコンビニに行くのだが、どういうわけか、今日のコンビニはやたらと空いていた。いつも四人ぐらいはいるのに、今日は店員さんしかいなかった。

 まぁ、もしかしたら殺人犯がこの町のどこかにいるかもしれないと思ったら外出は控えるだろう。

 そう。その殺人事件はこの町で起こったのだ。しかも、僕の家の近所で。

 その事件現場から百メートルちょっとしか離れていないこのコンビニで、普通に買い物をするのは無理だというのだろう。でも、基本楽観視の姿勢を崩さない僕は、今日もそのコンビニで買い物をする。

「あ、豚骨ラーメン売り切れてるじゃん」

 僕がコンビニでいつも買うもの。それは、豚骨カップラーメンである。大好物だ。勿論、ちゃんとしたお店のラーメンのほうがおいしいのだが、高い。だったら一個二百円程度で買えるカップラーメンのほうがはるかにお得だから、いつもこれである。いや、毎日三食ラーメンというわけじゃない。一日一食だけだ。あとは自分で簡単な料理を作る。

 のだが、今日はその豚骨カップラーメンが売り切れていたのである。

「まじか……まぁいいか。他にもおいしそうなのあるし」

 そう言って、選んだのは、醤油ラーメン。実は、今までこれを食べたことがない。だから今日は初挑戦である。それを買ってコンビニを出る。

 繰り返し言うが、僕は基本楽観視する姿勢を崩さない。良くないと言われたこともあるし、実際自覚もしてはいるが気にはしていなかった。

 それが今日は災いしたのだろう。僕は何と見てしまった。

 いつものように歩いていると、人が二人立っているのが見えた。見えたのだが、少し違和感を覚え、よく見てみると、それは、殺人現場でしかなかった。

 茶色のコートを着た長い髪の女性が左側の腕に抱えるように持っていたのは大学生ぐらいの女性で、口元が大きく切り開かれて、今なお痙攣している。その人を抱えている腕の反対、右手には、大きな裁ち鋏が握られていた。

 それを見て、真っ先に浮かんだのは、口裂け女だった。その光景は、都市伝説の口裂け女そのまんまだった。

 本来、ここで「私、綺麗?」と聞かれるわけだが、今、その口裂け女はこちらに気づいておらず、僕に背を向けている。なら、逃げ切れるか?

 と、ここで、また僕の悪い癖が出てしまい、どうせ逃げ切れると考えた僕は、足音を立てないように引き返し、走り出す。勿論足音を出来るだけ小さくするために小走りで。

 口裂け女は途轍もなく足が速いというが、それすらも、まぁ行けると考えるのが僕である。そこで、一度も振り返らず、ある程度走ったところで立ち止まり、振り返ろうとしたところで突然肩に手を置かれ、心臓がとび出るほど驚いた。いや実際には出てないけど。

 驚いた勢いで振り返ると、そこには口裂け女ではなく――

「……何だ、愁斗かよ。脅かすなよなぁ」

 中学の時の友人が立っていた。

「わりぃわりぃ、どうした?朝のランニングか?」

「ちげぇよ。ラーメン買ってきた帰り。そういうお前こそどうしたんだよ」

 愁斗はそうだったとでもいう風に手を打つと、ポケットからスマホを取り出した。

「これだよこれ。見てくれよ」

そう言って突き出されたスマホの画面を見ると、そこには写真が映っていて、その写真には、バイクに乗って走っている人が映っているのだが、その運転している人の首から上がなかった。

 ぱっと思いついたのは首無しライダーというものだったが、あえて、口には出さなかった。

「何だこれ?CGか?」

「いや、そうじゃねぇんだよ。何たって、俺自身が撮影したものだぜ?」

 そう言われると、反論できない。

 こいつは、何よりも嘘が嫌いな人間だ。一度、自分を騙して金をとった奴を半殺しとまではいわなくても、半々殺しぐらいにはしたことがある。

 まぁそれぐらい嘘が嫌いなのだ。

「ふーん、これどこで撮ったんだ?」

「ほら、あっちにでっかいモールがあるだろ?イオンモール。その奥にある三号線を走ってたんだ」

 これまた近所だ。ここから一キロもない。

「うーむ、だったら僕も話すけどさ、さっき口裂け女見た」

 そう言うと、愁斗は驚いたような顔をした。

「マジで?」

「マジマジ。あれは絶対そうだった。だからってそこには行かないぞ。まだいるかもしれないからな」

 しかし愁斗はにやりと笑うと、左というか僕が来た方向を見た。悪い予感がする。

 こいつは面白そうなことを見つけると、それが多少危険なことであっても実行しようとする。今までも何度もそれに付き合わされてきた。

 今回もそうなりそうだと感じた僕は、慌てて、

「行くかっ」

 そう言った。

 僕としては、行くもんかと言ったつもりだったのだが、愁斗はそうではなく、行こうか、と言ったと判断したらしく、嬉しそうに頷いている。

 日本語って難しい。

「違う。そこには行かない」

「なーに言ってんだよっほら行くぞ!」

 そう言って愁斗は僕を無理やり引っ張って先程口裂け女がいた場所へ向けて歩き出した。

 なんてことだ。

 そうして、辿り着いた時には、そこに口裂け女はいなかった。ただ、口を咲かれた女性だけが倒れていた。

 それを見た愁斗は僕を放し、女性の所へ駆け寄った。

「おい!大丈夫ですか!?……息はまだしてる。気を失ってるだけだ。でもこのままじゃやばい。早く病院に連れてかないと!」

 そう言って女性を担ぎ上げる。

 愁斗はこういうとき、やたらと頼りになる。すぐに現状を見極め、どうするべきかを考え、すぐに行動に移す。その行動力の凄さは、学校でも評判だった。

「おい!一応病院に電話しといてくれ!」

「お、おう、分かった」

 こういう状況では、彼に従った方がいい。慌てて病院へ電話する。

 愁斗が駆け出したのを追いかけながら電話をかけ必要事項を伝える。

 こういう時、楽観視なんかしてなくね?と言われるかもしれないが、全然そんなことはない。なんたって、今、僕は電話を掛けただけで後は全部愁斗に任せている。それに、どうせ、大丈夫だと思っている。僕一人だった場合は、もう少し慌てたかもしれないが、今は愁斗がいる。すぐに病院について、この人も助かる。そう信じて疑っていない。

 と言っても、すぐに病院がつくのは間違いない。何たってここから病院まではたったの百メートルしかない。

 ホント、この町は便利だ。一定の範囲に必要なものが揃っている。だから僕もここまで怠惰にすごせるわけだが。そしてこういった緊急事態にも、ちょっと行ったところに交番も病院も消防署もある。

 だから、すでに、僕たちは病院の目の前に着いていた。入口に、男の人が何人かいて、脇にタンカーを置いている。愁斗がその人達の所へ行くのでそれについていく。

「すいません!さっき電話したものですが!」

「あっあなたですね、これに乗せてください!」

「うっ、これはひどいな。早く処置しないと!」

「君たちも身元確認のためにちょっとついて来て」

「はい!」

 タンカーに乗せた女性を運んでいくのについていく。

 にしても、ただラーメンを買いに行っただけなのに、こんなことになるなんて。ホント、何が起こるか分からない。

 あの時見た光景が脳裏によみがえる。

 あれは確かに口裂け女だった。いや、もしかしたら、口裂け女の格好をしたただの殺人鬼かもしれないけど。仮に、あれが本当に口裂け女だとしたら、ニュースであったあの事件もそういうことになる。あの人は誰かに恨まれたわけでもなく、ただ単に、偶然、口裂け女に遭遇してしまったから殺された――口を裂かれた。あの女性もそう。偶然遭遇してしまったからこうなった。

 僕ごときが世界を語るのは実におこがましいが、僕としては、難しいことを考えることこそが、人間の特権だと思っている。だから堂々と語る。考えることは動物にもできるが、難しいことは無理だろう。もしかしたら意外とそうでもなかったりするのかもしれないけど、まぁ、人間と言葉が通じないしね。あ、でも犬はそこそこ理解してるっぽい?じゃぁ犬凄いな。

 まぁ話を戻すけど、世界って、きっと全てが決まっていたことではないんだろうと思う。この事件の被害者の二人も、別に、意図してこうなったわけじゃなくて、偶然、いつも通ってる道に口裂け女がいて、偶然その時にそこを通って、襲われた。ただそれだけ。

 病気になるのも、結局そうなるように導いたのは自分だったり、老化による免疫の低下だったりで、そこには人によって個人差がある。それは、別に世界が、この年になったら病気になる、とか、この日この場所を通ったら襲われる、とか、決めていたわけじゃなくて、ただ偶然、そこにいた。ただ、年をとって免疫が低下した。ただそれだけ。寿命というのは世界の何らかの因子が決めてるのではないか、と言う考え方もある。確かに、個人のちゃんとした寿命というのは決められているかもしれない。でも、だったら何故、個人差をつけたのか?何故、それが年齢一桁で終わることもあるようにしたのか?

 もし、事故で死ぬことすらも、寿命ならば、人間の寿命を決めている何らかの因子というのはかなり嫌な奴だ。ちゃんとした人生というのをまともに謳歌もさせずに殺す。もし、そうなのだとしたらこんな世界くそくらえじゃないか。そんなのあまりにも酷すぎる。

 だから、僕はそういう寿命を決める世界の何らかの因子がある、という考え方は嫌いだ。最初から、すべて決まっていたなんて、あまりにも、幼くして死んでいった子たちが可哀相だ。

「なぁ、洋樹ー」

「何だ?」

「大丈夫かな、あの人」

 僕がそんなことを考えている間も愁斗はずっとそわそわしていた。ずっとさっき運んできた人のことを心配している。

「大丈夫だよ。お前がすぐに対応したおかげですぐになんとかなる。昔にもあっただろ、こんな時。あんときも、お前が真っ先に動いて、その人も助かった」

「そうだけど、今回もそうなるとは限らないだろ?」

 僕が楽観視するのを止めないのに対し、愁斗は心配性である。

 高校受験の合格発表の時も、受かってるか受かってないか心配すぎて、ずっと上の空だったし、イライラしていた。サッカー部の大会の結果発表の時もそうだったし、好きな人に告白するときなんか、最早倒れる寸前だった。

「ホント、お前は気にしすぎなんだよ。もっと肩の力を抜けって。まだ失敗すると決まったわけじゃないだろ?」

「そうだけどよぉ、大体お前は気を抜きすぎなんだよ。こういう状況じゃ、もっと心配するだろ」

「心配はしてるよ」

 楽観視してはいるけどちゃんと心配している。

 それから三十分の間、愁斗はずっとそわそわし続け、僕は隣でじっとしていた。

 手術室の扉が開き、医者が出てきた瞬間愁斗は駆け寄って結果を聞いている。こいつは昔から変わってないなぁと思いながら、会話に耳を傾ける。

「どうでしたか!?た、助かりましたか!?」

「あぁ、切られた頬も何とか修復したし、本人の命にも支障はない。完全にくっつくまで時間がかかるから、しばらくは流動食しか食えないけどね」

 この医者、できる。

 なんて、それっぽく言ってみたり。

 相手が知りたいであろうことを的確に、短くまとめて伝えることには慣れてるんだろうなぁ。

「それは、良かったぁ」

「うむ。君たちの素早い行動のおかげで、助けることができた。特に、君は前にもこうして誰かを運び込んできたことがあったね」

「はい!」

 この町にある病院は幾つかあるが、僕たちが住んでいる場所から最も近いのがこの病院だから、愁斗もいつもこの病院を使っていて、いい加減顔を覚えられている。

 まぁ、どんな病院でも、必ずと言っていいほど一か月に一回は怪我人または病人を運んでくる人がいたら覚えるだろう。

 それは、同時にこの町では必ず一か月に一人はこういう危ない状況に陥っているということを意味するのだが、この時、僕はあまり気にもしていなかった。

 

 病院を出てから、愁斗は大きくため息をつくと、肩を落とした。

「どうしたんだよ、あの人は助かったんだろ?」

「いや、そうだけど、そういえば口裂け女見れなかったなぁと思ってな」

 あぁ、そういや、愁斗は口裂け女を見るためにあそこに行ったんだったな。結局どこにもいなくて、女性だけ倒れていた。そのことを、いま思い出したらしい。

「まぁいいだろ。遭遇しちゃったら、僕たちもあぁなってたかもしれないんだぜ?つかなってたよ」

「まぁそうだけどよ……」

 愁斗はまだ不満そうだ。だからと言って捜しに行ったりはしないけど。

 さっさと歩きだした僕にしぶしぶ愁斗がついてくる。まぁ、諦めが悪い所も、こいつのいい所かな?……いや、そうでもないな。いつだって諦めが必要なときもある。

「で、今日はお前どうすんだ?」

「あー、これから学校行かねぇと。ホントは 部活の朝練あったんだ」

「おい、それ大丈夫なのかよ」

「大丈夫だよ。事情話せば」

 らしいので、気にすることはない。まぁ、大丈夫でなくとも、そこまで気にしないのだが。まぁそれはそれ、これはこれ。

「そうかい。じゃぁ、俺は家に帰る。機会があればまたな」

「おう」

 こうして愁斗とは別々の道に分かれる。東第一高校に行く愁斗は東へ。家に帰る僕は西へ。ちなみに僕は、若上高校に通っている。

 中学を卒業して別々の学校へ通い始めた時点で、僕たちの人生は大きく離れていった。それを特別寂しいとは思わないが、やはり、少しつまらない気もする。

 まぁ、結果としてお互い、別の道になることを望んでいたわけだ。仕方のない話。

 それより、この町かなり便利だったのに、殺人事件なんて、物騒だなぁ。しかも、犯人は口裂け女のかっこうをした、人か本人。被害者は既に二人。もしかしたら見つかってないだけでもっといるのかも入れない。それに、愁斗の撮った写真、首無しライダー。どちらも、この町の中で起きたことだ。これは、明らかにおかしい。口裂け女は分からないが、首無しライダーはこの町で生まれた怪異じゃないはずだ。怪異は基本縄張り意識が強いと聞いたことがある。なのに、この町にはすでに二人の怪異がいる。明らかに異常なのだ。

 後になって思えば、この時点ですでにこの町は狂っていたのかもしれない。


 家に帰りついたときには、すでに一時を過ぎていた。

 朝から何も食っていない。さっさとカップラーメンを作って食べる。

 こういう時に、カップラーメンは便利だなぁと激しく思う。たったの三、四分でこんなに立派な食事が作れてしまう。これを開発した人は天才だな。きっと、その人も、こういう早く何か食べたいときにさっと作れるものが欲しかったのだろう。

「日々、感謝しておりますとも」

 これ、カップラーメン食べる度に言ってるなぁ。

 カップラーメンを食べ終えると同時に、電話が鳴った。

「はいはいはいはい」

 少し前から不思議に思っていたのだが、電話が鳴るとどうして通話してもないのにはいはい言ってしまうのだろう。僕だけか?

「はい、もしもし?」

『私、メリーさん。今、貴女の家に向かってるの』

「は?」

 聞き返したところで電話は切れた。

 今のなんだ?いや、言ってることは分かる。

 メリーさん。電話をかけてきて、居場所を知らせてくる。どんどん近づいて来て、最終的にはいつの間にか後ろに立っていて殺される、というやつだ。

 普通であれば、何かのいたずらだろうと思うだろうし、この時もまったく気にしていなかった。

 数分後、また電話がかかってきた。

『私、メリーさん。今、中央病院の前にいるの』

 それだけ言うと、やはり電話はすぐ切れた。

 やけに時間がかかったな。

 これ、いたずらだな。時間かかりすぎだし、中央病院、ここから近いとはいえ、二百は離れてる。そこより離れた所からスタートするのは普通に考えておかしい。

 でも、もし、もしこれが本物だったら?実際、この町ではすでに二人、いや、二体か?まぁいいや、二人の妖怪が現れた。メリーさんが本当にいてもおかしくない。

 もしこれが本物なら、僕は殺されてしまう。

 ……。

 ……………。

 まぁ大丈夫か。ホントに存在したとしても、これはどうせ偽物だろうし。殺されたりなんかしない。というか、まず電話に出なければいい話なのだ。

 ということで、また電話が鳴った時も、無視していた。……しかし、ずっとなり続ける電話に我慢できず、気付いたら電話を取っていた。

 駄目だなぁ。

「もしもし?」

『ずびっ私っめっメリーさん。今っ赤いポストの前、いるのっ』

 あれ?泣いてね?

 電話はすぐ切れる。それは変わらないのだが、なんか、声が明らかに泣いていた。震えてたし。これ、ホントにメリーさんか?いや、本物のメリーさんがちょっとの間電話を無視していたからと言って、泣いたりはしないだろう。いたずらか。……でも、いたずらするような奴が電話無視されて泣くか?ホントに何なんだこいつ。

 メリーさん。かつては普通の西洋人形。しかし、自分を買った人は決して大事には扱ってくれず、最終的に捨てられた。しかし、その人形の中には、持ち主に対する憎悪と怨念が溜まりに溜まっており、人形は意志を持つようになった。人形は、自分で家に帰り、その帰る間、持ち主に自分の居場所を知らせ続けた。そして、最終的にはその持ち主を殺してしまう。それで終わればよかったが、持ち主を殺したことで、怨念は呪いへと変化し、歯止めが利かなくなった。それからも、その人形は同じやり方で、関係のない人までも襲うようになった。そこに、人形の意志など最早ない。ただ、呪いに突き動かされているだけ。

 その人形の名が、メリーさんだった。

 確か、こんな話だったはずだ。たぶん。おそらく。

 うーん。やっぱりいたずらかな、これ。だって、呪いで動くやつが無視されて泣かねぇよなぁ。よし、まぁどうせ暇だし、そのいたずらに付き合ってやるか。

 そういうことで、次、電話が鳴った時も普通に出た。

「もしもーし」

『わ、私メリーさん。今、公衆電話の前にいるの』

 ……ちょっとうれしそう?

 うん。なんか、まるで子供みたいだな。まぉ、確かに子供の人形だろうけど。

 にしても、俺の電話番号どこで知ったのかなぁ。俺の電話番号知ってる人で、こんな小さな子供いないしなぁ。まず、小学生に知り合いなんていない。

 だとすると、適当にかけたら僕にヒットしたってことか?なんて不運だ。そんないたずらに付き合ってやる僕ってなかなか優しくね?

 なんて、自惚れはやめよう。ナルシストみたいだ。まぁ別にそういう人たちを否定はしないが、自分がなることはしない。

 さて、次はどこかな?着々と場所は近づいて来ている。まぁ、この調子だと、この家につくの三十分ぐらいかかりそうだけど。

 そして、再び電話が鳴る。

『私、メリーさん。今、今……どこ?ここぉ』

 そう言って電話は切れた。

「はぁ?」

 どこって、こっちが聞きたいんだけど。

 まさか、メリーさん(仮)、迷ってます?

 あーこれ、確定だわ。偽もんだ。メリーさん迷わねぇもん。

 なんか、完全に分かっちゃうとしらけちゃうなぁ。ほら、もしかしたら本物かもしれないって言うのがあったから面白かったのに。ま、いいけど。毒食らわば皿まで。最後まで付き合ってやりますか。

 それから、次の電話が鳴るまで二十分かかった。

「もしもしー?」

『……私、メリーさん。……ぐすっ今、中央病院にいるの。ぐすっ』

 戻った!?これ完全に迷ってるじゃん!

 こいつ、地元の人間じゃないな。となると、特定は無理か。めんどくさいなぁ。というか、自分の地元じゃないとこでいたずらとか、ある意味度胸あるな。

 これは、時間がかかりそうだなぁ。

 それから、結局メリーさんが家に着くまで、二時間かかった。そして、ついに――

「ひっ、ずびっわた、し、メリーさん、いまぁ、ひっあなた、のっうしろ、に、いるの」

「うわぁああああああ!?」

 いや、いつ入ってきたの!?つか、何でそんなに泣いてるの!?怖いよ!確かに電話でも泣いてたけど!

 しまった、おもいきり驚いてしまった。あんなに、落ち着いてたのに。つか、その泣いてるのが一番怖い。いきなり後ろから泣き声聞こえるんだよ?しかも人の。そりゃびっくりするよ。

「やっと、着いたぁうわぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 号泣だし。

 これ本当にメリーさんか?確かに恰好は西洋の格好だけど。都市伝説通りの格好だけど。でも、メリーさんて人形だろ?こんなにでかい人形だったの?

 そこで泣いているメリーさんは確かにちっさいが、それは人間としてのちっささで、サイズ的には百三十センチぐらいだ。百三十センチもある西洋人形なんてないだろう。

 とりあえず、泣き止んでもらわないと話も進まない。

「おい、メリーさん、いい加減泣きやめよ。着いたんだから。それとは別に、やるべきことを忘れてるだろ。ほら、あぁ、もうこんなに鼻水垂らして。ほらティッシュやるから鼻かめ。はい、ふんってして、ふんって」

 あ、これ母さんだ。僕の母さんのやり方だ。まさか、こんな所で母さんの手法が役立つなんて。

「あ、ありがと。えと、えと、あ、そうだ、あぁでも、うぅ」

 なんか、葛藤してらっしゃる。まぁ、この後どうしなければいけないか思い出したのだろうが、何を葛藤してるのだろう。

 にしても、これ人形か?見た感じまんま人だぞ。妖怪が、人の姿、または人の知る動物の姿をしている理由は人間は自分の知らないものは作れないから。皆、知っている姿になる。とか聞いたことがある。これもそうなのか?いや、その前に、メリーさんは人形だ。人間の十分知っている姿だ。だから姿は維持されるはず。人形の姿を想像していたのだが。

「うぅぅぅぅうぅ」

 まだ葛藤してる。一体何と戦っているのか。

 そしてしばらく悩んだ末、そのメリーさんはぶっ倒れた。

「お、おい!?」

 慌てて駆け寄ると、どうやら寝ただけのようだ。

 これ、というか、こいつ、本当にメリーさんなのか?でも、いきなり現れたし、玄関の鍵は閉めていた。どうやって入ったかが一切分からないが、こいつが本物のメリーさんなら、そのくらい、玄関の鍵の一つや二つ、簡単に超えられるだろう。とすると、やはりこいつは本物なのか。

 その後、メリーさんが起きたのは一時間後。

 おなかが鳴る音がして、そちらを見ると、そこにはソファに寝かしたメリーさんがいた。

「う、おなかすいた……」

 ……なんか、どんどん疑わしくなってきた。

「お前、本当にメリーさんなのか?」

「う?そうだよ」

 試しに聞いてみたら、案の定この答えが返ってきた。まぁ、違うとはこの状況で言わないだろうけど。

「ホントかなぁ」

「ホントだもん」

「うおわぁあぁ!?」

 突然後ろから声がして飛び上がる。

 振り向くと、そこには、いつの間にかメリーさんが立っていた。気付いたら後ろに立っている。それはメリーさんの醍醐味だが、疑っていた身としては、かなり驚いた。

「ふふっおどろいた~わーい」

 すぐにソファの方を見るが誰もいない。当然だ。そこにいた張本人は今僕の後ろに立っているんだから。

「お、お前、いつの間に?」

「私はメリーさん。気配を消すこと、電話を使わずに人の電話にかけたり、人の心、つまり精神に直接攻撃することができることができるの」

 あぁ、大体メリーさんのすることと言ったらそれだよねぇ。

「まぁいい。腹減ってんだろ?何か簡単なの作るから待ってろ」

「わーい!」

 なんか、僕の知るメリーさんじゃない。ただの子供じゃねぇか。でも、少なくとも、人間ではないことはさっきので分かったし、人間じゃないとしたら、見た目、さっきの電話や移動からして、メリーさんというのが適切だ。しかし、都市伝説と大きく違いすぎる。こんなに子供っぽくて、人殺せないだろ。

 台所で焼き飯を作る。普段は七味をかなり入れるのだが、今は子供、もといメリーさんがいるから、後から入れることにする。

「あ、そういやさっきラーメン食ったばかりか。……まぁいいか」

 基本、僕はいくらでも食べられる。

 あー、何というか、もうメリーさんのことを考えて物事を進めてるなぁ。もう、諦めモードだ。

「メリーさん、どんくらい食べる?」

「いっぱい!!」

 ……そうですか。

 なんだか、妹みたいだなぁ。妹いないけど。でも、こんな感じなのではないだろうか。まぁ人によって違うだろうが。なんか、ずっと見てると、これが普通なようにも感じてくる。重症だな。もう全てがどうでもいいや。

「ほら、焼き飯。そこまで料理の腕は良くないからあまり期待するなよ?」

「はーい!」

 メリーさんは大きな返事をして、食べ始めようとする。

「あ、おい!いただきますって言ってねぇだろ。ほら、匙置け」

 うん。兄というより親だな。しかも父親じゃなくて母親の方が言いそうなことを言ってる。僕は男です。

 メリーさんは、首をかしげると、僕の見様見真似で手を合わせる。

「えと、いただき、ます?」

「そう。ほら食え食え。冷めないうちに」

 OKを出されたメリーさんは再び嬉しそうな顔をして食べだす。というか、皿を持ってなかった。そのせいでぼとぼとご飯が落ちる。

「あぁっほら、ちゃんと皿押さえろ!こうっこうやって持つのっ」

 メリーさんは頑張って何とか同じように持とうとするが、何故か持ち上げようとするので余計食いずらくなっていた。

「あぁ、バカ、僕は持ち上げてねえだろ。抑えるだけでいいんだよ」

「あ、そっか、こうっ」

「そう!それで食うんだよ」

 メリーさんはできるようになったことが嬉しいのか、にこにこしながら食べている。それを見ながらため息をつく。僕は何やってんだろう。自分を殺しに来た妖怪に飯振舞って、ちゃんとした飯の食い方教えて。

 もしかしたら、このやたら子どものようなのも実は演技で、僕のすきを窺っているだけなのかもしれない。だとすると、僕はそれにまんまと引っかかったということになる。

「なぁ、お前この後どうするんだ?」

「んっと、いったん帰る。失敗しちゃったから」

 そうだね。君にとってはかなり大きな失敗だね。迷子になるとはね。さらにその上空腹で倒れるなんて、メリーさんというか妖怪としてのプライドはめちゃくちゃだな。

「おいしー!」

 めちゃくちゃ、なのか?

 なんか、次来るときも同じミスしそうだなぁ、この調子じゃ。つか、できることなら来て欲しくないけど。次来るときは殺されそうだし。

 にしても、妖怪という存在は信じてはいたけど、まさか僕のところに来るなんてなぁ。そういうのとは一番縁遠いと思ってたのに。

 会えたら会えたで嬉しいけど、実際かなりテンション上がるけど、始めて出会う妖怪がメリーさんなんてなぁ。しかも、こんな子どもっぽいなんて予想だにしなかった。まぁその前に口裂け女は見てるけど、あれは、出会ったというより、見たって感じだからなぁ。別に自分が狙われたというわけじゃないし。

 まぁ、こんなメリーさんでも、妖怪であることに変わりはないのだし。実は結構強いのかもしれないし。ちょっとバカそうだけど。

 その後、結局三回お代わりした後、メリーさんは帰っていった。

「ごち、そうさまでした……?」

「はい、お粗末様。次は迷うなよ」

「……はい」

 最初の間がもうすでに未来を暗示しているな。

 というか、次来たら殺されるかもしれないのに、僕は何言ってるんだ?これでは、殺してくださいと言っているのと同じじゃないか。 

 そうして、去って行くメリーさんを見送ってから、俺はドアを閉めた。

「……今日は色々ありすぎたなぁ」

 口裂け女を見たり、瀕死の女の人を病院へ運んだり、メリーさんにご飯作ってやったり……。なんか、日常が非日常へ変化していってる気がする。

 明日は何も起こりませんように。


 翌日。

 普通に目覚めて、いつも通り朝飯を食って登校する。

 学校で授業を受けて、昼飯を食ってそして帰る。今日一日何もない。一度も妖怪になんか遭遇していない。戻ってきた日常万歳。くそう、無性に酒が飲みたいぜ。飲んだことないけど!

 なんて、浮かれていたら、電話が鳴った。何の疑いもなしに電話に出ると、少し間があった後、声が聞こえた。

『私、メリーさん。今あなたの所に向かってるの』

 ……………。

 ………………………は?

 油断していた。完全に油断していた。

 当然だ。あれで終わりなはずがない。一度、妖怪に目をつけられたんだ。逃げられるはずがない。分かっていたのに、必無意識のうちになかったことにして、それで油断してあっさりと電話に出てしまった。

 非日常と接触してしまったんだ。そこから日常に戻ることなんてできない。

 その場でしばらく放心していると、再び電話が鳴った。震えた手で画面を確認する。画面には、非通知と映っていた。切る。急いで電話を切る。しかし、また電話が鳴り始める。再び非通知。また切る。また鳴る。非通知。切る。何度繰り返したか。再びなった電話には、非通知ではなく、友人の名前が映っていた。

 慌てて電話に出る。友人の声を聞けば、少しは落ち着けるだろう。そう思った――が。

『私、メリーさん。今、学校の前にいるの』

 聞こえてきたのは、メリーさんの声だった。

 それに、確実に近づいて来ている。

 ……まてよ、これ本当にメリーさんか?

 俺が知っているメリーさんは、ちょっと電話を無視しただけで半べそをかくような奴だ。しかし、このメリーさんは、何度も無視したにも関わらず、最初と声の調子は一切変わっていない。もしかして、偽物か?いや、それともあっちが偽物?それとも、あのメリーさんのキャラはやはり演技で、こちらを油断させるために近づいてきたのか?

 再び電話が鳴る。友人の名だが、きっとこれもメリーさんだ。でたらいけない。電話は鳴り続ける。たまに切れるが、すぐにかかってくる。定期的に、名前が変わるが、今はすべてが信用できない。

 道行く人が不審そうな目でこちらを見ながら去って行くが、今の俺にはそんなこといちいち気にしていられなかった。

 それにしても、こんなに取り乱したのは初めてだ。何故だろうか。少し前だったら、さっさといたずらと判断してどころか、そのいたずらに付き合ったりしただろう。昨日みたいに。しかし、人間としての本能が告げている。これはやばいと。

 気付けば走り出していた。

 鳴り続ける電話は無視して、とにかく早く家につきたい。いつもはあっという間の道のりが、やけに長く感じられた。

 家についても、気は休まらない。メリーさんは家の中にも一瞬で入るから。楽観視なんてしてられない。

「どーしたの?だいじょうぶ?」

 そう、こんな感じに。

 息を整えて顔を上げたその目の前にメリーさんの顔があった。

「うわあぁあぁあ!!??」

 この状況で驚くなという方が無理だろう。

 いきなり目の前に、さっきまで自分を脅しまくった奴が突然現れるんだ。驚くよ。そりゃ。

「あはははは、すごいおどろいてるねー。でも、最初何も言わなかったから、早くも慣れたのかと思ったよー」

「……その姿を見てだいぶ落ち着いたよ」

「なんで!?」

 それはそうだ。なんたって見た目はかわいらしい子どもなのだ。

 いや、ロリコンじゃねぇよ?つか見た目これでも僕よりもかなり年上だからね?

「ったく、ビビらせんなよ。昨日あんな感じだったから余計に怖かったぞ」

「いやぁ、それほどでも~あるけどーえへへへ。がんばったんだよ、こわいかんじ出すの」

 そう言って照れる姿は、ただの女の子でしかなくて、不覚にも、僕は見とれてしまった。ホント不覚にも。

 そもそも、僕に少女趣味はない。何度も言うけど。

 これじゃぁ、あんなにビビった僕がかっこ悪いじゃないか。しかもこんなこども相手なら尚更だ。

 ゆっくり深呼吸をして、心を落ち着かせると、メリーさんを抱え上げる。後は簡単。外に放り出すだけ。そしてドアを閉める。

「ちょっと!?なんでよー!!」

 もちろんあっさりと戻ってきてまた僕の後ろに立って怒っている。

「うん、分かっていたさ。もう僕は元に戻れないんだ。さよならぼくの日常」

「なになに、何をたそがれてるの?」

 もういいんだ、足掻くのは止めよう。もう、いっそのこと全てを受け入れてしまえば楽だ。そうしよう。うん。

 そういうことで、そのまま台所へ行き、メリーさんのためにスパゲティを作る。

「わ、スパゲティだー!」

 早くもメリーさんが気付き駆け寄ってくる。台所で走らないでください。

「お前、いつもどうやって過ごしてんだ?」

「んっとね、友達に作ってもらってるの」

 友達か。どうせその友達も怪異なんだろうな。

「……もしかして、口裂け女?」

「あ、知り合いなのー?」

 まじかよ。

 あの口裂け女と、このメリーさんが友達なんて、想像できないが、事実であるならば、それはかなり恐ろしいことだ。なんたって、日本の怪異の代表的存在の内の二人だ。もちろん、力も強い。そんな二人が、今、揃ってこの町にいる事、その二人が友人関係であること、最早、この町は終わりだと言っても過言ではない。相手は怪異。警察もかなわない。

「この前事件になってた。口裂け女の仕業だとしか思えないやつで、さらにこの前後ろ姿だけだけど見た」

「へぇー!それは災難だねー」

「お前も十分災難だろ」

「おかわりっ」

「……」

 無言でおかわりをついでやりながら、これからのことを考える。

 おそらく、この様子だと、こいつは定期的に僕の家に来る。それを追い払うことができないなら、受け入れるしかないが、周りへの説明が大変だ。定期的に、僕の家から子どもの声が聞こえるのだ。僕は近所の人達からは、一人暮らししている少々暗い男子高校生という感じで通している。その方が無駄に絡まれなくて済むからだ。

 それなのに、女の子の声が聞こえるなんて、怪しすぎる。僕が一人っ子であることも、何故かみんな知っているから、妹というごまかし方もできない。従妹で通すか?それなら知らないはずだ。しかし、それでごまかせても、問題は、メリーさん自身だ。あいつに隠し事なんてできそうにもない。

 考え込む僕の傍らで、スパゲティを平らげたメリーさんが、口回りを汚したまま寝転ぶ。

「あーもう、口を拭け。あと、食った直後に寝転ぶな健康に悪い」

「すぴー」

 寝やがった。

 なんて早さだ。寝転がって三十秒も経ってない。お前は青いロボットを連れた頭の悪い眼鏡君か。

 まったく、人の家でここまで堂々とよく寝れるな。口回りをハンカチで拭いてやりながら、改めて自分は何をしているのだろうと思う、確かに、逃げることはできないが、ここまで奉仕してやる義理もないはずなのに。だが、相手は怪異だ。高い高感度を保ち、出来るだけ自分は味方だと認識させる。そうすれば殺されることはない。

 その時、玄関を控えめにノックする音がした。

「はーい、今行きまーす」

 玄関に向かいドアを開けようとしたところでふと思いつく。もしや、ドアの向こう側に立っているのは、メリーさんの友人、もとい口裂け女では?

 念のためにチェーンをかけて、からドアを開く。そこに立っていたのは、案の定マスクをつけた女の人だった。

「あー、口裂け女さん。メリーさんは寝てるんですが、どうします?」

「え、えっえと……」

 何故か驚いているようだ。何を驚いているのだろう。正体がバレていることか?しかし、それはさすがに誰だって分かるだろう。見た目は都市伝説通りなんだから。そうでもないかな?これで違ったら凄い失礼だ。ハサミで切り刻まれても仕方がないぐらいには。

「あ、ずっと外に立ってるのはしんどいかもしれないですね。中に入ります?」

「えぇ?いや、わた、私は、メリーを迎えに来ただけだから……」

 メリーさんに引き続き、何だか、この人もなんか、都市伝説とちょっとずれてるなぁ。さっきからどもってるし。視線をあちらこちらへと彷徨わせている。

「どうされました?」

 試しに聞いてみると、口裂け女はさらに目を泳がせ、やがて意を決したように背筋を伸ばすと――未だ目は泳いでいるが――口を開いた。

「私が、怖く、ないのか?口裂け女、だぞ?」

「あー、そうですね。一昨日の僕だったらかなりビビっていたでしょうね。今はもう、メリーさんでなんか吹っ切れました」

「あぁ……そんなに早く慣れるもんなのか?」

 口裂け女はおずおずとした感じで聞いてくる。

「さぁどうなんでしょうね。よく分かりません。それより、メリーさんが起きるまで待っててください。さ、中に入って。あ、やっぱ怖いんで鋏取り出すのやめてくださいね」

「あ、うん」

 チェーンを外して、口裂け女を中に引き入れる。

 そう、いくら怪異でも、見た目は人間と変わらない。意識さえしなければ、怖くもなんともないのだ。

 正直、もうなんかどうにでもなれって感じ。

「あ、適当に座ってて下さい。お茶入れるんで」

「……口裂け女にお茶を出すなんて、聞いたことないぞ。メリーに飯を作ってあげるのも。いくらなんでも、おかしい」

「そう警戒しないでください。僕は少しでも生き残る可能性を上げているだけですから」

「な、なるほど……まぁいい。一応、友達が世話になったからな。ありがとう」

「いえいえ」

 机にお茶を置いて、僕も少し離れたところに座る。

「こっちも、なんだか驚いてますよ。最近、事件を起こしている割には丁寧な人だ」

「そ、それは――」

 口裂け女が少し泣きそうな顔になる。

「私たちは常に存在を証明し続けないといけないんだ」

「本来、存在してはいけないものだから、ですか」

「そうだ。でも、本当はそんなことしたくないんだ。でも、生きるために、しかたがない。結果、私の中にはもう一人私がいるかんじなんだ」

 なるほど、それで、都市伝説での口裂け女と本物の口裂け女は大分印象が違うのか。

「怪異というのもなかなか大変なんですね。なんて、僕には到底理解できない領域でしょうけど」

「そうだな……」

「でも、僕は理解しようとする姿勢は崩したくないですよ。だから、あなた達を非難するつもりなんて毛頭ない。どころか、喜んで受け入れます」

「――っ……それも、生存確率を上げるための策略か?」

「いえ、これはただの僕の考えです」

「……そうか」

 口裂け女は、俯いて何やら考え事をしているようだ。

 その間、暇な僕はメリーさんにスパゲティをあげた皿を台所へ持っていく。

 メリーさんは未だ起きる様子はない。もし明日まで寝ているとすればかなり気まずいこととなる。まず、メリーさんはソファーに寝かせるが、もしも口裂け女も居座るとすれば、ソ彼女をベッドに寝かせるべきだろう。床に布団を敷いて寝るのは、まぁ別にいいけど。

「あの、お前、名は何というんだ?」

「あ、僕ですか?僕は大島洋樹です」

「そうか、洋樹というのか」

 何だか嬉しそうである。何かよく分からないが、まぁ、何かいいことがあったのならよかった。

 時計を見ると、午後八時だった。

「もう遅いですし、メリーさんは起きなさそうだし、今日は泊っていてください。口裂け女さんはベッドで、メリーさんはソファに寝かせます」

「お前は?」

「僕は布団があるのでそれで寝ます」

 相手が怪異だろうと何だろうと、仮にも女性である人?を雑魚寝なんてさせるわけにもいかない。そこは、生存云々ではなく、男として、または紳士として。

「そうか……なら遠慮なく寝させてもらおう」

「うむ、くるしゅうない」

 僕の些細なボケはあっさりスルーされた。

 電気を消して、部屋は一気に静かになる。遠くから聞こえる車の音が、眠りを促進させ、僕の意識がゆっくりと遠のこうとしたところで、腹部に強い衝撃がぶつかった。

「ぐふっ」

 何事かと下を見ると、メリーさんの腕が、見事なまでに僕の腹に直撃していた。なんて寝相の悪さだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る