第三十二話:追放されたアランは追放した元パーティーメンバーを見返したい
突如アランの目の前に現れた男勝りな話し方をする女性はパーティーメンバーに裏切られて茫然自失とするアランに向かって確かにこう言った。
『ならば私が力を貸してあげよう』
無表情でこちらの様子を伺う女性…… 現時点では敵か味方か判断ができかねる上に表情からも何を考えているのか掴めない。であれば、アランは直接聞くしかないと判断した。
「力を貸してくれるというのは具体的には?」
「私が研究中の薬剤の被験者になって欲しいんだ。この薬剤は服用した者の力を増幅する効果がある」
(彼女の一挙手一投足を見てもまだ信用足り得るか分からない。要するに治験を行うための人材が欲しいという事なのだろうが…… 本当にそれだけなのか?)
てっきり巷で話題の「小説家にのっかろう」みたいな突然謎の力で無能から最強になって、おはようからおやすみまで無双できるみたいな能力が手に入るのかと思いきやそんな単純な話ではないらしい。
そんな虫のいい話がある訳もないとアランがため息をついたところ、初めて不思議そうな表情をした彼女から質問が来た。
「『小説家にのっかろう』とは何だ?」
アランは驚愕した。頭の中で考えていた内容なのにどうしてバレているんだ? まさか他人の思考をジャックする能力でもあるのかと脳みそをフル回転させて考えていたところ、何かを察した彼女がネタ晴らしをしてきた。
「いや、ぼそぼそ呟いていたから普通に聞こえてしまったんだが…… 内容から察するに物語の類かな?」
頭の中身を口走っていたアランは反省しながらも、内容について説明すると不思議と彼女は食いついてきた。
(へぇ、こっちの世界にも似たようなモノがあるんだな。知的生命体が発展して文明を根付かせるとすると大体似たような方向性になるんだな。もっと人のいる所に行ってみないとそれも判断できなそうだ)
「すまん、話がそれてしまったな。えっと、それを飲めば力の…… 増幅というがもう少し具体的に教えてもらえないか?」
「単純な話だよ。全体的な筋力、瞬発力、聴力、視力、嗅覚、思考力……そして魔力量の向上」
「随分と都合のいい薬のようだが、それだけの効果があるんだから当然デメリットもある訳だよな?」
「…………それを調べる為に被験者になって欲しいんだ」
(私がいた世界の人間には治験は実施済みで詳細な投薬データは既にある訳なんだが…… その結果を言えば協力なんてしてくれないだろうから黙っておくのが最善だな)
今の微妙な間はなんだったのだろうか…… アランはそれに不穏なものを感じてはいたが、それを確認する勇気がなかった。
もしそれを口にしてしまえば彼女はここから立ち去ってしまうと感じていた。そうすれば自分は何もなくなってしまう。彼女の持つ薬が唯一の希望なのだから。
「わかった。その前にここから早く出るとしよう。あまり女性の前でこんな事言いたくないんだが、俺は弱いからこの辺りに出現する魔物にも勝てないくらいなんだ」
「なんだ、そんな事か。私は君に話しかけるまで一人でこの辺を散策していたんだぞ。生体も把握し終わっている。
あ! やせいの ギガタイガー がとびだしてきた。
(デカい! 通常種よりも大型だ。もしかして、この辺のギガタイガーの主か!)
「気を付けてくれ、コイツは通常種よりも――」
アランが言い終る前に女性はアランの注意を言い終る前に女性が声を重ねてきた。
「先程いくつか同種の魔物を見かけたが、それよりも二回りほど大きいな。所謂ボス格って奴かな? ……だが、この個体も所詮
(マジで言ってんのか? 通常種ですらBランクパーティーで一匹ずつであればなんとか討伐できるくらいだってのに)
アランが今の発言に驚いた瞬間にギガタイガーは隙を見せたアランに襲い掛かる。
やせいの ギガタイガーの するどいツメ!
しかし アランには うまく 決まらなかった!!
謎の女性の カウンター!
アランにギガタイガーのツメが届くかと思ったその矢先、その間に割って入った女性のケリがギガタイガーの顔面にカウンターの様な形でねじ込まれた。
きゅうしょに あたった!
やせいの ギガタイガーは たおれた!
ギガタイガーは十メートル程吹っ飛び、微動だにしない。
「いくら専門が研究職だと言っても、研究材料探索の為に方々を駆け回る事もあるし、自己防衛くらいは出来ないとね」
アランは乾いた笑いしか出なかった。ここまでの差を見せつけられると嫉妬なんて気持ちは微塵もなく、寧ろこれ程の人物が提供してくれる薬であれば想像以上の効果があるかもしれないとかなり期待していた。
「早い所こんな辛気臭い所から出ようか」
女性が護衛の様な形になり、トーマ達にボコボコにされた以外は特に傷を負う事もなく、あっさりと外にまで出る事が出来た。
洞窟から出た途端に女性は懐から錠剤の入ったケースを取り出しアランにそれを渡す。
「さて、私はここまでだ。これから先は君が自分の力で何とかするしかない。という訳で先程話をしていた錠剤を渡しておくよ。注意せねばならないのは一度に摂取していいのは一錠までだ。効果が出るのは摂取してから胃に溶けるとすぐ全身に広がるから割と即効性はあると思う。効果は半日程だけど、切れるまでに追加で服用は禁止とする事…… これを破るようであれば君の身体の無事は保証しかねる」
「わ、わかった。とりあえず今一錠なら飲んでも平気って事でいいんだよな?」
「勿論だとも。君のこれからに祝福あれ」
女性はアランに背中を向けて立ち去ろうとする所をアランが止める。
「待ってくれ…… アンタの名前を教えてくれないか? 恩人の名前すら知らないなんて流石に……な……」
「私の名前は『エリー』だ。まあ、覚えても覚えなくても構わないよ。先程も言ったと思うが、私は結果さえ手に入ればそれでいいんだ。故にこれはイーブンな取引だから君がそこまで恩を感じる必要もないという事さ……ではな」
(さてと、私もそろそろこの世界に来た
エリーはポケットから木彫りの彫像の様な物を取り出すと、握りしめて軽く祈りを捧げる。
再びそれをポケットにしまうと、すぐにアランの前から立ち去ってしまった。
「はは、すごいな。もう見えなくなってしまった…… さて、俺もそろそろ行くか…… あ、そういえば結果はどうやって報告すればいいんだ? どこかで再会出来る事もあるんだろうか……」
アランは貰ったケースから錠剤を一つ取り出し、口に入れる。
しばらくすると、全身に何かぞわぞわしたものが広がっていく。
(気持ちが悪い…… 吐き気があるが、我慢しないと……)
数分間我慢すると、先程まであったはずの吐き気は収まるものの、お腹付近に違和感は残っていた。
だが妙に頭がすっきりしていると感じたアランは耳を澄ますと、遠い空を飛んでいる鳥の鳴き声を聞き取れている事がハッキリわかったし、視界に収める事も出来た。
身体能力の方はどうかと試しに勢いをつけて走ってみた…… 今までとは比べ物にならない程の速度で走ってる。
これなら彼らにも対抗できるかもしれないと思ったアランは嬉しさのあまり、そのまま走って帰路に着くことにした。
だが浮かれていたのも束の間……
家に着くと人のいる気配が無い。
数週間前までは幼馴染と妹がいつも出迎えてくれていたのに、今ではそれを全く感じさせない。
それがロベール、ナタエルが言っていた事の信憑性を高めている事に他ならない。
もう誰も出迎えてくれない、無人の家に喪失感を感じたままアランは家の中に入り、少し埃が増え始めた部屋の中を軽く掃除してからベッドに横たわる。
簡単に眠れるはずもないのに…… 寂しさ、悔しさ、悲しさ、彼女等の悩みを感じてやれなかった自分への憤り、それを逆手にとって心に漬け込み奪っていった彼らへの怒り、色々な感情を抱えたまま目を閉じる。
今は無理にでも寝て明日…… ギルドに顔を出さないと。
勇者パーティーから追放された魔法戦士ディックは何も知らない~追放した勇者パーティが裏で守り続けてくれていたことを僕は知らない~ うにたん @uniuni797
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