第三十一話:ディック、Aランクに昇格しそうなパーティーの男にナンパされる

 ディックは彼らと関わる事を良しとしていなかったため、注視していたが…… まさか目が合い、自分に近づいてくるなんて思いもよらなかった。


 ディックは自分の後ろに隠れているシェリンダにミカの元に行くように促し、彼女もそれに従いミカの背後に隠れる事にした。

 

「ねぇねぇ、君めっちゃ可愛いね。もしかしてどこかの国のお姫様だったりしない?」


「いえ、ぼ…… 私は至って普通のどこにでもある村出身の平民ですよ」


「またまたあ、実はお忍びで平民名乗っちゃってる高貴な貴族のお嬢様だよね? その隠しきれないオーラ…… 僕には分かっちゃったかなあ」


「本当に只の村人ですから……」


「マジ? でもそんな可愛いと男たちがひっきりなしに近寄ってきて大変でしょ?」


「まさに今がその状態なんですが……」


 ペラペラとよくそんなにいろんな言葉が出てくるとある意味感心するディックだったが、そこにナタエルが加わってきて左右からステレオの様にディックに襲い来る口説き文句。

 

 そしてトーマがディックの様相を目の当たりにすると、呆けたかの様に動きが完全に止まってしまったのだ。

 

 数秒後に我に返ったかと思いきや、腕に掴んでいたデボラを振り切り、一目散にディックに近寄ってくる。

 

「ちょっ、トーマ?」


 最早デボラの声が届いていないトーマはロベールとナタエルにどけよと言わんばかりに割って入ってディックに話しかけてくる。

 

「お名前をお聞きしても? 可憐なお嬢さん」


「…………ヒルダ…… です」


「ヒルダ、俺達のパーティーに入らないか? Aランクパーティーだぜ。入りたいだろ?」


「先程の話が少し聞こえてきてましたが、まだ昇格してませんよね? それに私は別のパーティーに入ってますからお断りさせて頂きます」


「そこの娘達だろ? 多少芋くせぇ所はあるが、一緒に面倒見てやってもいいぜ。俺達と一緒に来ればランクアップなんてすぐだからよ」


 そんな様子をデボラは一歩引いたところから見ていたのだが、恋人のトーマどころかロベール、ナタエルも自分を差し置いてぽっと出の女に惚れこんでいる所が気に入らなかったらしく、親指を噛み忌々し気な目でディックを見ていた。

 

 口説きに来てるのか、侮辱してるのか、隅から隅まで気に入らない対応をしてくるトーマに対してもディックはなんとか穏便に済まさねばならないと思った矢先、トーマはディックの肩を抱き、自分の身体の方に寄せて来た。流石のディックもこれには不快感を示し、全身に鳥肌を立てながら「ヒィ」と身体を震わせていた。

 

 いつもであればどこぞのディックを見守り隊である四人が何かしら乱入してくるのだが、今回ばかりはその前に間に割って入るものが現れた。

 

 その名は『ミカ』

 

 度を越えた対応に割って入り、ディックの肩を抱いたトーマの腕を捩じ上げた。ミカのトーマに対する目はディックに喧嘩を売った輩を成敗する時のリシェルと全く同じ目をしていた。

 

「そこまでです。身の程を弁えぬ愚か者よ…… 貴方は神の愛し子たる御方の伴侶を穢した。その罪は万死に値します」


「……ぐっ…… なんだ、この芋女…… くそっ、なんて馬鹿力だ。全く外れねえ」

 

 ミカはリシェルと同じ目をしながら無表情で掴んだトーマの腕に力を入れていく。骨の軋む音がする度にトーマが悲鳴を上げてミカの手を外そうとするがビクともしない。

 

「ミカちゃん! ダメ! それ以上はダメ!」


 受付から響くミランダの声によりトーマから手を離したミカ。そのトーマの腕にはくっきりと…… ミカの手の形で腕が凹んでいたのだ。

 

 腕を抑えて蹲るトーマ。女……しかもシスター相手に力で捩じ伏せられた事を認められないトーマは男の意地と高ランクのプライドでミカに反撃をしてやろうと振り返るも、ミカの唐突な圧に反撃どころか声を発する事すら出来ない。

 

 ミランダが大声を出したせいか、周りがディック達に注目しだす。

 

 シスター相手にあっさりと敗北した上に反撃した所で勝てそうにない状況を周りにこれ以上喧伝させる訳にはいかないと考えたトーマは三人を連れてそそくさとギルドから立ち去っていく。

 

「ミカさん…… 貴方は一体……」


 ミカはこれ以上は秘密と言わんばかりに唇に指を当ててニッコリと微笑み一言だけ呟く。


「ヒルダ様、私は神の忠実な僕であり、リシェル様のただの後輩ですよ」

 

 

 

 

 冒険者ギルドを出て行った四人は人目から離れる様に近くの路地裏に逃げ込んでいった。

 

「クソッ、なんなんだ、あのとんでもねえ怪力女…… 危うく恥を掻くところだったぜ」


 ミカに圧倒的敗北している所を他の冒険者に見られていた為、間違いなくこれから恥を搔くのだが本人たちはそれに全く気付いていない。


「確かにアイツの力はヤバかったな。握られて凹んだ筋肉がまだ戻ってねえじゃん…… なんなのアイツ…… 魔物にでも育てられたか」


「怪力女さえどうにか出来ればなんとでもなりそうなもんだがな……」


「にしてもマジでいい女だったなあ……ヒルダちゃん。今まで見てきた女達の中でもあそこまで極上ものはいなかったぞ」


「『いい女だったなあ』じゃねえんだよ! 何アタシの目の前で堂々とナンパしてんだテメー、恋人の前ですることじゃねえだろうが」


「お前だって大概だろ? 俺が何も知らねえと思ってんのかよ、目を瞑ってやってんだからいいだろ」


 どっちもどっちの絶対長続きしないだろうカップルをよそに、うさん臭さナンバーワンである細目キャラのナタエルが子悪党特有の笑いをしている。

 

「ククク、作戦を思いついたよ。あの怪力女とヒルダちゃんを分断させる方法がね……」

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