第12話 久遠鈴奈、襲来

「ごちそうさま」


「お粗末さまでした。ふふっ、久遠君は本当に美味しそうに食べてくれるので作りがいがありますね」


「実際美味いからなぁ」


「ふふっ、ありがとうございます」


さて、じゃあ洗い物でもするか……と立ち上がる。と、その時にインターホンが鳴り響いた。それもロビーではない。玄関の方だ。画面を覗くと見知った顔。遊びに行く……とは言っていたが。


「お兄ちゃん!久しぶり〜!」


「おう鈴奈。久しぶり……ってやけに荷物多いな」


「えへへ〜♪ま、色々ね。とりあえず上がっていい?いいよね?」


とか言って、こっちが何か言う前に勝手に上がるのは久遠鈴奈(くおんすずな)。2つ下の妹である。呆れてしまいそうになるが、そういえば鈴奈はこういう奴だった。昔からそうなので何を言っても無駄だろう。


「お前、予定とか無いのかよ」


「何言ってるの!お兄ちゃんと過ごすのは大事な予定だよ!」


「友達もっと大事にしろよ……」


鈴奈は昔からこうだ。友達よりも俺を優先する。……悪い気はしないが兄としては不安になってしまう。よく思い返してみれば休日もいつも家にいた気がするが……本人曰く友達はちゃんといるとのこと。


「でさ〜お兄ちゃん。噂の柚季さんとの生活はどうなの〜?」


「どうって……別に普通だけど」


思い返しても朝起きて飯食って学校に行って帰ってきたら飯を食って風呂に入って寝るだけだ。振り返ってもこの1ヶ月は何も無い。

飯が豪華になったのと食事中の会話、それとお互い寝る前にリビングにいる時間が増えただけだ。ただ鈴奈は納得がいかないのか。呆れたような……いや、ゴミを見るような目でため息をつく。……妹にそんな顔されると悲しくなるからやめて。


「ひとつ屋根の下で男女が二人きりで何も無いとかある!?いや、ないね!」


実際悲しいほど何も無い。いや別に何かあって欲しいわけでもないけどさ。考えたところで何も出てこないので首を横に振るしかない。すると鈴奈がグイッと顔を近づけてくる。

……妹とはいえやめて欲しいものだ。びっくりしちゃうだろ。


「お兄ちゃんだってそういう展開は期待してるでしょ?」


「ないけど」


「嘘だ!」


「お前うるさいなほんと」


別に神室とどうなりたいとか思ってない。そりゃ仲が良いに越したことはないと思うが。俺達は学校じゃ他人同士だし関係を深めたいとも思ってない。この生活も関係も卒業と同時に終わるのだから。


鈴奈はむぅ……と何か言いたげな様子を見せたが一呼吸置いたかと思えば再びため息をつく。「ま、お兄ちゃんだし仕方ないかぁ〜」と1人だけ変に納得したように呟いてリビングへと入っていった。


「お、おかえりなさ……い?」


こちらを向いた神室がスマホを置いて固まる。状況が理解出来ていないような……まぁ、インターホンが鳴って出てきたと思えば、その帰りに知らん人間がいれば事前に説明があろうとそういう反応になるのかもしれない。


「えっと……」


「かっ……!」


「え?」


「可愛い〜っ!!!!」


と叫んだと思えば鈴奈が神室に抱きつく。困惑していた神室が更に困惑したような顔をする。……時折チラチラとこちらを見てくるのは助けを求めているのだろうか。


(けどなぁ……)


正直見てて面白い。神室も嫌がってる感じではないし放っといてもいいんじゃないかと思ってしまう。


「鈴奈、程々にな」


「助けてくれないんですか!?」


「……見てて面白いしな?」


「久遠くん!」


☆☆☆


満足したような表情を浮かべながらも神室に抱きついたまま離れない鈴奈となんだかんだ受け入れてしまっている神室。どうやら鈴奈は完全に神室に懐いてしまったらしい。


「あの……久遠さん」


「私もお兄ちゃんも久遠だよ?」


「……す、鈴奈さん」


どうやら神室は人の下の名前を呼ぶのに若干抵抗があるみたいだ。まあ、気持ちは分からんでもないが。逆に鈴奈がなぜここまで距離を詰めるのが早いのかを不思議に思ってしまう。兄妹のはずなんだがな。


「……なんか悪いな。うちの妹が」


「い、いえ……その、嫌では、ないので……」


「マジで迷惑だったら殴っていいから」


「……ふふっ、仲良しさんなんですね」


「そーだよ!私とお兄ちゃんは仲良しなんだよ!ね?お兄ちゃん?」


「……いいなぁ」


ふふっと笑って、そんなことを神室が呟く。恐らくそれは本心なのだろう。……そういや、以前に神室は一人っ子と言っていた。躊躇いながらも鈴奈の頭を撫でる神室の顔がどこか楽しそうに見える。


「……ま、歳の近い妹がいるのも面倒だぞ。色々と」


「さすがに酷くない?」


「……けどまぁ、いると楽しいのは事実だけど」


「お兄ちゃん大好き!」


「お前本当にうるさいな」


こういうところだ。どうにも俺にこういったセリフを言わせたいらしい。ガキっぽいところがあるというか……いや、これでも学校じゃ頼れる存在なんだとか。信じられないけども。


「でさ、お兄ちゃん。私、今日泊まってもいい?」


「……まさか、その荷物」


「そ、色々持ってきたの。GWだし。家いても暇だし」


「いや、まぁ……なんとなく想像はついてたけどさぁ」


せめて事前に言え、とは思う。家族だからまだしも、これが友人同士とあらば簡単にはいかないだろう。幸い布団も用意してあるので泊まること自体は問題無い。そもそも一人暮らし(の予定だった)を始めた時から鈴奈が来るのは予想ができていたし。


「神室もいいか?なんかこっちで勝手に進めてるけど」


「私は構いませんよ。そもそも異議を唱えられる立場ではありませんから」


「え、お兄ちゃん柚季さんに普段何させてるの」


軽く引いたような表情の鈴奈は無視するとして神室も納得の様子。別に異議や文句くらいいくらでも言ってもらって構わないのだが。

どうもまだ遠慮している様子がある。この生活も始まって1ヶ月だ。心が休まっているとはとても思えない。……そういう環境を作ってやれない俺が悪いといえば、まぁその通りなわけだけども。


「ただ、夜ご飯はどうしますか?仕込みは既に終わっているのですが……2人分なんです」


「あー、まぁ……そりゃそうだよな」


鈴奈が何かしら予告しておけば3人分用意する、というのも出来たのだろうが、それすらも無ければ用意など出来るわけがない。


「ふっふっふ……そんな時の私だよ、お兄ちゃん」


「お、そうか。神室、俺スーパーとか行った方がいいか?」


「お兄ちゃん、せめて話を聞く姿勢は見せて欲しいかな」


「……で、どうする気だよ」


「なんと、ここに1万円があります」


そう言って鈴奈は財布からドヤ顔で1万円を取り出す。絶対お前の金じゃないだろと言いたいが、それを言ったら俺だけ除け者にされそうな気がしたのでやめておく。

聞くと、父さんから「これで美味しいものでも食べなさい」ということらしい。とてもありがたいことだ。ただただ鈴奈に甘いだけな気もするが。


「というわけで、このお金で焼肉行こー!」


「焼肉……」


「あれ?嫌だった?」


「いえ、そういうわけではないのですが……その、恥ずかしながら1度も行ったことがないので……」


「……マジ?」


「はい。地元にそのようなお店もありませんでしたし……あまり外食をしてこなかったので」


神室の実家が田舎だというのは何度か聞いてきたが、山や田んぼが景色の多くを占める……なんて、そんな誰もが想像するような田舎なのかもしれない。前に車が無いと生きていけないとか言ってたし。


「行くか?」


「はい、行きたいです。……いいですか?」


「なんでそんな『私もいいのかな……』みたいな感じで聞くんだ」


「だって……その、貴重な兄妹の時間を私が邪魔していいのかな、と」


「好きに邪魔してくれ。飽きたから」


「お兄ちゃん?ビンタするよ?」


「やめてね?」


……まぁ、鈴奈が産まれてから3月までの間はずっと一緒にいたわけだし今更なんとも思わない。そりゃまあ久々に……と言っても1ヶ月程度だが。そのくらい会ってないと随分懐かしい気持ちにもなる。

そんな妹との時間も大事ではあるが……まぁ、神室と今こういった生活をしている以上はこれから関係も長くなるだろう。10年会ってなかったとはいえ、親戚である以上、縁はそう簡単に切れない。


「……本当に、好きに邪魔してくれていいから。そんで鈴奈と仲良くしてやってくれ」


「うんうん。私も柚季さんと仲良くなりたい!」


「では、ぜひ……ご一緒させていただきたい、です」

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従妹と同じ屋根の下で暮らすことになりました フジワラ @fujiwaraaaaaaaaaaaa

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