新たな力

「統太君、草薙この(の)剣(子)の戦い方を見せてあげるね?」




草薙の剣を振り下ろした琴美が魔獣に近づいてゆく、眼光炯々(がんこうけいけい)。琴美の放つ異様な威圧感が魔獣に伝わったのか、琴美が近付いて来る事に気が付いた。魔獣は四本の腕で攻撃を仕掛ける、その太く巨大な腕が琴美に向かって行く。あまりに大きい物はスピードを遅く感じさせる。


拳を妨げる物は無い。目の前にいる人間を肉塊にする。




「大きいとただの的だよ?って分からないか?」


拳を右に避け乍ら魔獣の拳を切った。切ったが傷が浅いのか皮膚の表面だけが切れただけだった。




「そんな攻撃じゃ、あのバケモノは倒せない!僕が神通力を使えれば!」


強く握りしめる拳が小さく揺れる。奥歯を噛み締め、自分が今、無力であることを憎んだ。




「まず指の腱けん」




琴美は軽く言う。まるで準備運動で体を動かし、準備が出来たかの様に軽く。


統太は後ろに飛び戻って来た琴美の顔を見たが、その表情には余裕が見えた、魔獣は自分が何をされたか気が付く前に地面を強く殴った。殴打の威力は凄まじく、殴打による攻撃で地面を破壊した、だが砂煙に隠れていた手に異変が起きていた。




「あれは!」


統太は砂埃から見えた光景に驚いた。




「あれはね?僕が指の腱を絶ったからなんだよ!」


統太が目にしたのは、魔獣の指が本来の形をしておらず、殴打によりグチャグチャに潰れている光景だった。




「簡単に勝てる相手なら斬ってしまえば良いけど、強い相手なら勝負が長引く。だから相手の戦う意思を絶ってしまえば良いんだけど、強い相手は意思も強いから、そこを絶つのは容易にはいかないけどね?」




琴美は真剣な表情で話していたが、最後は軽く笑いながら話をしている様に見えた。


笑顔で話す姿が何処か不気味で、統太は背筋に寒気が走った。戦いを長引かせない為に相手の戦意を削いで行くのが目的なのに「相手をいたぶり、玩もてあそぶのが楽しい。」そんな声が聞えて来そうな気がした。


朝まで飲み明かし、昨日まで、ろくでもない人だと思っていた男は、見せる表情こそ同じだが、少し違う様に見えた。


魔獣はグチャグチャになった指の痛みを感じていないのか、それとも野性的な本能なのか、大きく雄叫びをあげ、統太と琴美に威嚇をしてきた。


統太が魔獣を見ていると、グチャグチャに破壊された指が元に戻り始めている。




「早くあのバケモノを倒さないと!」


元に戻りつつある指を見ながら統太が叫んで言うが、統太自身が今の状況を打破出来る術がない。


統太は自分の拳を力いっぱいに握り琴美を見た。




「僕に力を教えて下さい!何も出来ないなんて悔しい!守る力を教えてくれ!」


統太の目は燃えていた、それはヤル気、責任感、負けず嫌い、数多ある言葉に言い換える事が出来るのであろうが、感情が、心が統太を動かし言葉にさせた。


そんな統太の決意に満ちた目を見た琴美は嬉しそうな顔を浮かべた。




「その言葉を待っていたよ・・・・」


統太の体に激痛が走った、視線を痛みの方に向けると琴美の草薙の剣が腹部に刺さっていた。


統太は薄れゆく意識の中、混乱していた。




「なんで?・・・こんな?」




「君の為だよ、神に逆らった者がただで済むと思っちゃいけないよ?」


意識を失い倒れ込んでいく姿を琴美はただ見ていた。




「さてと?どれくらいで戻って来るかな?」








「よう?また来たのか?」




「誰だ?」




「忘れたのか?まぁー無理もないか?前に来た時の事を覚えて要られるなら、お前は既に俺を使えている」




「前に来た?何の話をしているんだ?僕がここに来たのは今回が初めてだよ!」




「あぁーそうだな?」




「お前は誰だ!なんで僕はこんな暗い所に居るんだ!」




「ここはお前の世界だ?そして、俺はお前だ」




「意味のわからない事を言うな!なら何でここは暗いんだよ!」




「それはお前が自分の世界を作れていないからだ?」




「自分の世界?意味の分からない事を言うな?」




「なら想像してみろ?お前が居た世界の事を!そうしたらここも変わるだろう」




「何だよそれ?まぁー想像ぐらいしてやるよ?東京でも良いか?」




「どうだ?これがお前の世界だ」


周囲に現れたビル群、だが、ビルは上下逆さま、横向きに出て来ているビルもある。


そんな中、統太自身は宙に浮いている。




「これは僕の知っている東京じゃないよ?やっぱりお前は胡散臭い!」




「そうだな?俺もお前がここまで世界を歪んで見ていたとは思わなかった」




「僕は普通の世界を想像しただけだ!」




「ならこれがお前の普通だ!それを認めて理解しろ、それから始まる」




「認めろとかさっきから意味が分からない事ばっかり言って!なんで僕はここにいるんだよ!」




「そこも忘れたのか?お前は力を求め、あの男にこの世界に飛ばされた。その事も忘れたのか?」




「そうだ!僕は何で刺されたんだ?」




「お前が力を求めたからだろ?」




「じゃあここに居れば強くなれるのか?」




「それはお前次第だな?俺を倒してみせろ?話はそれからだ?」




「なら簡単だな!お前弱そうだもん!」




「前にもお前と戦ったが幾日、幾年幾千年戦ってもお前は俺を倒せなかった、俺もいい加減飽きたからお前を戻したが、弱いままだとは思わなかったぞ」




「何千年も!僕は前にもここに来たって言っていたけど、何千年もの間お前に負け続けたの!」




「あぁーそうだ!俺はお前だ、お前がお前を超えられない限り俺には勝てないからな?」




「ならいくぞ!」


統太は相手の自分に向かって攻撃をするが、上手く避けられ攻撃が当たらない。


ビルを足場に使い、駆け登り近づくが相手は宙に舞って回避した。統太は幾ら攻撃をしても避けられる。無窮の時の中で繰り返された。


相手が避け続けていたが、攻撃を正面から受け止めた。




「そんな攻撃当たらないぞ?」




「なら避けないでくらえよ!」




「それじゃあお前が弱いままだ?それで良いのか?」




「嫌だね!僕は強くならないとダメなんだ!」




「なぜだ?お前より強い奴は腐るほど居るぞ?そいつ等に守って貰えば良いだろ?」




「守られるのはもう嫌なんだ!」




「なぜ?守られる方が楽だろ?」




「僕を守るために悲しい思いをさせるぐらいなら、僕が前に立って守る!」




「そでお前が辛い思いをする事になってもか?」




「皆が笑って居てくれれば僕は良いんだ!」




「誰の為に戦う?」




「皆のために!」




「いや?違うな?誰の為だ?」




「先生にあのバカ神に主宰神、天照大神を守るために!」




「・・・・・・・・本当に言っているのか?」




「僕が守る!そうしないと!」




「お前は誰なんだ?」




「僕は僕だ!」




「ではなぜ他人を守る?」




「僕はみんなに笑っていて欲しい!だから守る!」




「よく考えろ?もう一度だけ問うぞ?誰のためにお前は戦っている?」




僕は誰の為に戦う?それは先生を助ける為に、それにあのバカの相手をしてやんないと、あのバカが違う奴に嫌がらせをするかもしれないし。


それにあの引き籠りの神は友達が少なそうだから、僕がまた話し相手になってあげないと、一人になっちゃうだろうからな・・・・


皆には僕が必要なんだ!しょうがない人達だと・・・・


先生なんて助けに行ったら、嬉しく泣き出しそうだな!そうしたら言ってあげないと、僕が先生を助けに来ました!ハハ。


・・・・・・・・・・・・・・


ふざけるな・・・・・


何が助けに来ただ!自分は特別な存在、そう思いたい。周りとは違って自分にしか出来ない事がある。


そう思っていたい・・・・自分自身が一番弱い存在なんだ。


誰かに寄生して、依存する事で自分の存在を認識して勝手に孤高な人間である。そう思い込んで生きて来た。


生きやすくて、自分が傷つかない環境に居るのが自分にとって都合が良かった。怖かったんだ、先生に見放される事、あのバカに無視される事が。


ふざけるなよ!僕・・・・いや、俺はあの時から変わっていないじゃないか!




「俺は!俺の世界を守る!俺自身の為に戦う!」




「そうだ!俺はお前を守る為に居る、この世界はお前なんだ。お前は世界の一部、流れの中に居るだけだ。お前が守るべきはお前だ!その為に戦え!」




統太の居る精神世界が突如暗くなった、立っていた感覚が無くなるのが分かった。すると急に落下し始めた。


常闇の中を落下していく、さっきまで自分が立っていた、であろう場所を見ながら落ちて行く。そんな中何処からともなく声がして来た。




「お前に俺が使えるか楽しみだな!」




「大丈夫・・・・ありがとう」




そう言うと静かに目を閉じた。落下している恐怖心が無い、却ってどこか安心している自分がいた。




「起きたら俺の名を呼べ。俺の名は」






琴美により意識を失った統太、その体は後ろに倒れていく。


崩れていく統太に目もくれず、琴美は魔獣の方に歩き出した。




「さてと?どれくらいで戻って来るかな?」


そんな事を言いながら草薙の剣を構えながら、魔獣に攻撃をしようとした時、背後から大きな声がした。




「イッテェェェ!」


聞こえた声に目を見開き驚いた、あまりにも早く戻って来た事に驚いた。


琴美自身も精神世界から戻るのに77秒も要したからだ。




「これは驚いた!まさかここまで早く戻れるとは思わなかったよ!」




「アンタよくも腹を刺してくれたな!マジで痛かったんだからな!」




「ごめん!ごめん!でどうする?アイツと戦ってみる?」




「当たり前だろ?」




「フフッ!人が変わったみたいに頼もしいね?」




頼もしくなって戻って来た統太に琴美はようやく、本当の笑顔を見せる事が出来た。


出会って日も浅かったのもあるが、心の中で統太にどこまで期待して良いのか、迷いが生まれていた。


もうそんな心配は要らない、琴美は統太とすれ違う時に満面の笑みを浮かべていた、統太もそれに答える様に強く、そして力の入った一歩を踏み出した。




「俺は弱い、それは自分が一番知っている。だから成長を止める訳には行かないんだ」


統太の足元に黒い円形の影が現れた、その影からは何かが上がって来る。


ソレは黒く赤子の手の様にも見える形をしていた、冬の雨に打たれた様に冷たい、その影は徐々に統太の手に集まっている。




「闇を照らせ・天照月華」


統太が名を呼んだ瞬間、黒く集まっていた物が弾け飛び姿を現した。


日本刀の形をしたその武器は黒く何処か怪しい。




「天照月華か・・・随分と皮肉な武器だな。なぁ月読・・・」




後ろから見ていた琴美には、遥か昔にツクヨミが高天原から降りて来て、ある人間と戦った時の姿と重なって見えた。


忘れかけていた記憶を数百年ぶりに思い出した。




「行くぞ!バケモノ!」




魔獣に向かい走り出した、魔獣も元に戻った拳を繰り出した。統太は向かって来る拳をジャンプで避け宙に舞った、だがその動きを予想していた魔獣は他の手で統太を掴もうと腕を伸ばして来た。




「無駄だ!」




掴もうとして来た手を横薙ぎに斬り捨てた、地面に落ちて来た手の破片は斬られた断面から、黄色がかった白い炎が出てきた。魔獣の方の傷口も同じように炎が襲っていた。


痛みを感じないと思っていたが、魔獣は大きな声を出し苦しんでいる。


炎を消そうと地面を殴り暴れる。何発も殴り消す事が出来た炎だが、斬られた手が元に戻ろうとしない。


落ちて来ていた手の破片は白い炎に包まれ消えた。消滅し消えたのだ。


魔獣自体も異変に気が付き手を見た、だが自分で考える事が無い魔獣は直ぐに統太を見て反撃に出てきた。


統太は魔獣の攻撃をいとも簡単に避けると腕の下に回り込んだ、一瞬だが動きの止まった腕を下から切り上げ両断した。


切り落とされた腕は炎に焼かれ跡形もなく消滅。魔獣は足を後ろに引き、後退りしていく。




「もう終いだ・・・」


統太は魔獣の首を斬り、戦いを終わらせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神の悪戯~世界の偽り~ ネムネム @NEMUNEMU999

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ