氷雪の魔獣

統太は琴美に言われた、仕事の手伝いで同行していた。


海外から来た人をオモテナシするという、フワッとした事だけ聞かされ、ここに来ている。


海外からの客人は、夏にも関わらず、黒いコートを羽織り、ワイドリムなハットを被った男と対峙している。




「アレは何処にある?お前たち猿には勿体ない。我々協会が有効に活用してやるから渡せ」




緊張感の無い表情で、白い歯を見せるように笑顔で言う琴美。


「欲しかったら力ずくで持って行きなよ?」




男を挑発する様に言うと、男の笑い声が周囲から聞こえてきた。


「クックック、猿には自分の状況を理解する事も出来ないらしい、エゼルベルト!遊んでやれ!」




男がまた命じると、3本の氷柱が別々の角度から飛んで来た。氷柱は恐ろしく速く、霧によって空いた風穴が直ぐに戻ることもせず、筒のように男まで続いていた。




「さっき教会って言ってましたけど、どういう事なんですか?」


統太は飛んで来る氷柱を避け乍ながら琴美に問う。




「君は既に彼らと戦っているよ?横須賀の孤児院で戦った男、彼は協会の司祭だったんだけど、色々とヤバい研究を進めて、僕にも仕事の依頼は来ていたんだ、だけど君が倒したから仕事がキャンセルになったの!でそこの男は日本に隠されている。十八の「ある物」を探しに来ていて、それを妨害して暗殺する依頼が今回僕に来たわけ?」




琴美は統太が横須賀で戦った事も知っていた。


既に統太の事は調べ終わっている、そして今回、偶然にも自分達の住む街に統太が現れた。




「アンタがスサノオってのもまだ信じられないすね!」




「信じなくても良いよ?けど君は知っているはずだ、この世には自分の常識を凌駕する、そんな事が溢れている」


その言葉に統太は納得してしまう、今も氷柱に串刺しにされそうになっていたからだ。




「後で細かい事は説明してくださいね?神体通!」




統太は神体通を使い男を倒そうと構えた。だが、神体通が発動しない。異変に気が付いた。


自分の両手を見て変化していない事に言葉を失った。


今までは意図的に能力を抑え、神通力の使用を控えていた為に発動しない事に驚いた。




「君の神通力は今は使えないよ?」




突然の言葉に耳を疑った、力が使えない?目連との稽古の日々が、崩れていく。


統太にとって、辛い稽古の日々だったが、今では目連と過した証にも関わらず、その神通力が使えない。




「どうしてだよ!」


「それはね?神々が君を地上に落とす時にでも、使えない様にでもしたんだよ?きっとね?


でも安心して?僕が新たな力を教えるからさ」




「信じられるかよ」




「信じなくても良いよ、けど君には新しい力が必要だろ?」




「・・・・・・」




「それは・・・魂を武器に変える技。


魂を武器にするには、自分の内側の世界に入れないと始まらない、個人差があるけど技を習得するのに早くて一年、長いと百年以上の歳月を要する事もある」




真面目な顔で話す琴美の右手に変化が起き始めていた、統太は琴美から放たれる異常な殺気、皮膚を常に切り裂かれる様な痛みを感じた。


痛みに驚き自分の腕を見るが、傷の一つもない。殺気を放つ琴美に視線を移した。




「なっ!」




統太は息を吞んだ、いや。呑まざるを得ない。そんな光景が目に入って来た。


琴美は体に纏う様に緑色のオーラを放っている、そのオーラは風に靡なびく様に揺れている。


オーラの先端が統太に触れた、その瞬間に切られる様な痛みが走った。統太が感じていた痛みは琴美から放たれていたオーラ。それだった。




「今更なにをするつもりか知らないが、エゼルベルトの前では意味のない事だ!」




周囲から聞こえる男の声、だが統太はそんな事がどうでも良く感じられる程に衝撃を受けていた。


琴美から放たれているオーラが右手に集まり始め、徐々に成形され始めていくソレは統太が見た事があった。それは日本刀と呼ばれる物だが、目に映るソレを統太は知らない。テレビ、教科書、アニメ、漫画、映画、それらに出て来る日本刀とは異なり、湾刀、反りが無い。




だが剣のそれとも違う。片刃で直線的な刀は何処か怪しく、危うい雰囲気を放っている。


琴美はそれを握る、握った刀を横にはらうと周囲に立ち込めていた霧が消え去った。




5メートル程離れた所に男は立っていた、横には人ではない、人型の氷の様な者が立っている、男が魔術で召喚した召喚獣だった。片手にはハルバードを持ち、地面に突き立てている。その長さは優に2メートルを越えている。柄の先に付いている斧は大きく、反対側の鉤爪は「斬る」という行為を無視した形状をしており、「剥ぐ」行為に特化している、そして先端部は鋭利に尖り、突き殺す事のみに特化している。先端の長さは30から40センチ程に及ぶ。




「驚いた、あの霧を猿ごときに消されるとは思っていなかった。だが、霧を消した所で結末は変わらない。お前達、猿はエゼルベルトに敵わない」


男は右手を前に出して命じた。




「エゼルベルト!奴らを殺せ!」


人型の氷はエゼルベルトと呼ばれ、男の命令に従い統太と琴美に向かって来た。




「統太君、これが僕の武器・草薙の剣。そして始まりの日本刀!!」




琴美はエゼルベルトが振り下ろした、ハルバードをいとも簡単に受け止めた。


統太は瞬きをするのも忘れた。重たい筈の斬撃を簡単に止めてみせた、琴美から目が離せない。見逃す事がどれだけ惜しい事か分かっていたのだ。




「統太君、この刀は変だと思ったかな?」




「えっ!まぁ知っている日本刀とは違って、真っ直ぐですね」




「そう、反って無いんだ。反る事で切断能力は向上させた。それによって相手を確実に殺す、もしくは戦闘継続が不可能まで追い込めれば、自分が助かる。かつての戦いはそんな物だった。本来の草薙の剣は切れ味も普通、切断能力を上げた日本刀に比べれば劣るかもしれない、だけど僕のこの草薙の剣は切れ味も極上品、地面に落とせば刀身は土の中に全部刺さる、だけど、この子の本当の力は「斬る」じゃなくて「切る」のが得意なんだ?意味分かる?」




統太は意味が分からなかった、琴美が手にする刀は斬る武器であり、切るとの違いが理解出来なかった。仮に「斬る=切る」に違いがあるにしろ、相手を倒す事に違いなんて無いだろ?


そう思ったからだった。




「いまいち違いが分からない・・・」


少し不貞腐れているのか?それとも前までの自分なら相手に出来た敵に、今は攻撃を避ける事しか出来ない自分が悔しいのか?だが統太の眼からは諦めた。そんな声が聞えて来ない、それどころかやる気に満ちている。




「エゼルベルトの攻撃を防いだ?ただの猿ではない様だな?褒めてやる何者だ?」


男は召喚獣である、エゼルベルトの攻撃を防いだ事に驚いたが、それだけだった。




「ありゃ?褒められた?ありがたい事ですね!僕は市内で駄菓子屋を営んでいる琴美言います。ただの通行人です」


「通行人?ほう?通行人に私のエゼルベルトは止められたのか?私はイギリス協会、Shamariシャマリ所属、第四席次ウィルソン・ロバーツです。この国にはある物を探しに来ているんですよ?」


紳士的な話し方をする男。だが、その眼は冷たく人を見る様な目では無く、自分より劣る者や罪を犯した者を見る様な蔑んだ眼をしている。




「イギリス?なぜこんな辺鄙へんぴな国に探し物を?」


琴美は草薙の剣を握ったまま顎に手を当てる様にして考える仕草をする。




「フフフ、惚けるな猿がぁ!貴様ら下等な人間が隠している事は分かっているのだ!何も言わず素直に差し出せ!」


ウィルソンは激高し怒鳴り散らした、目は血走った状態になり、額は血管を浮かび上がらせている。




「統太君「切る」ということが何かを見せてあげます!」


琴美は草薙の剣を構えた、エゼルベルトも琴美の動きに合わせる様にハルバードを片手で構えた。


冷たい風が統太の頬を撫でる様に吹いて行く。




「行け!エゼルベルト!哀れな者達を葬れ!」




「絶て草薙の剣」




統太が見ていた琴美の動きは速かった。正確には見えていなかった、統太が瞬まばたきをした一瞬で琴美は攻撃を終え、エゼルベルトの背後に回っていた。


背後に回った琴美を追う様に立っていた場所から砂埃が舞った、瞬刻の時の中で相手を屠った琴美には余裕が見えた。




「どうしたエゼルベルト!立ってその猿を殺せ!」




「無理っすね?その召喚獣とアンタの契約を切った」




「何を言う!そんな事が出来る訳がない!」




「それが出来るのよ?この草薙の剣はね?」




「統太君。これが草薙の剣の能力・死の絶断だよ。絶も断も「途切れさせる」ことが目的、それは死を齎す。召喚獣だろうが関係ない、絶てる物は全てを絶つ。」




琴美の言葉を聞いた統太は凄いと思うよりも、恐怖心の方が勝ってしまった。生き物の生き死にを決める事が出来る圧倒的「力」高天原に居る神でも手に余る力。




「すっ・・・凄いですね」


額から一粒の汗がゆっくりと垂れる。統太の体は恐怖心から汗が引いてしまった。




「お、お、俺の、俺のエゼルベルトが・・・ならコイツを使ってやる。コイツに俺も殺されるだろうが、こんな猿共に負けるぐらいなら道連れにしてやる。フフフ、フフ。ハハハハハ」




統太と琴美が話をしている間に、ウィルソンが地面に術式を書き上げた。異変に気が付いた二人がウィルソンに目をやると、ウィルソンが立っている真下の地面が割れ始めた。割れ目から蒼い光が差した。ウィルソンは甲高い声で笑っているが、光に照らされてから瞬く間に巨大な氷塊に全身が覆われた。


直後に足元から大きな鳴き声が聞こえてきた、大きな鳴き声で地表が振動するほどだった。




「次は何なんですか!」




「ごめん!セカンドプランは予想してなかった!ヤバい時は頑張って!」




「頑張ってじゃないですよ!って何か出て来ましたよ!」




割れた地面から出て来たのは、得体の知れないモノの腕だった。白い体毛で覆われた腕はウィルソンの体よりも太く、肘から先しか見えていない状態だが、その腕もウィルソンの身長よりも長い、肘までの長さは軽く見ても2メートルは越えていた。唸りを上げながら現れたソレは怪物であった。




全身が白い体毛で覆われていた。太く長い腕は四本あり、額には角の様な物が生えている。ソレが地上に立ち上がると、大きさに驚いた。体長は8メートル弱あり、足のサイズだけでも2メートル以上あった。


ソレが現れてから氷雨が降って来た。周囲の気温も一気に下がり始め、辺りの草木が凍り始め、樹氷原が一気に広がって行った。




「マジでこれヤバいだろ!」


統太は割れ目から噴き出る冷気によって辺り一帯が凍り始めている状況に苦笑いを見せていた。そして、これらを引き起こした「魔物」が雄たけびを上げた。




「グオォォォォ」


氷雨が統太の体に打ち付けられる。体中に当たる氷雨、凍っている草はその衝撃により砕かれた。




「統太君、草薙この(の)剣(子)の戦い方を見せてあげるね」

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