琴美の正体
7月10日・島根県某所
「行け!エゼルベルト!哀れな者達を葬れ!」
「草薙の剣」
~数時間前~
「統太君、手伝いお願いしますよ?」
統太は早朝4時半に起こされた。
前の日は朝から食欲が戻り、一日中、口の中に食べ物を入れている。そう思われるぐらいに口が動いていた。
食欲旺盛と言っても、ある程度でお腹が満たさられるが、統太は自分でも驚くほどに居の中に食材を入れる事が出来、初めは温かい目で見ていた琴美も次第に引きはじめた。
奏多は自分の分のおかずが目の前で奪われ、自分の聖域にまで悪魔の手を伸ばし侵食して来る統太にキレ散らかした。
「お前!それは俺が楽しみに残していたヤツだぞ!盗むんじゃねーよ!」
「えっ?嫌いだから残していると思っていたよ!」
「ふざけるな!返せ!俺のおかずだぞ!」
「朝からアンタ達は煩いんだよ!奏多もおかずぐらいでガタガタ言うじゃないよ!」
「でも久田さん!」
「言い訳するんじゃないよ!こっちは朝からあのバカ(琴美)に起こされてイラついてんだよ!」
久田は気持ちよく寝て居る時に、琴美からの鬼電に起こされていた。
~少し前~
「姫?ウチに新しく来た住人が朝から大変なんだ!急いで来てくれ!姫の力が必要なんだ!」
そんな事を朝から電話で言われ、状況が分からない久田は急いだ、寝巻のクマのTシャツにスエットのズボン。
人前に出るには憚られる格好だが、急を要する事態、そう思っ久田はベットから飛び出し、洗面台で顔を洗い、歯を磨いて、腰まである長髪を一つ結びにすると玄関に置いてある愛車のカギを握り車庫に向かった。
ダッジチャージャー66年式、黒く輝き光沢のあるボディ。乗り込みキーを回すとⅤ8のエンジン音が車庫内に轟、久田を低くドロドロとした音が頭を冴えさせ、目を覚ます様に言っている様な。不思議な感覚になった。
アクセルを吹かし、久田は愛車のハンドルを撫でながら語り掛ける。
「朝から急でごめんね?ご機嫌だと嬉しいな?・・・うん、ありがとう。」
そして、統太が朝から食欲モンスターと化けた相手をさせられていた。
「琴美!お前自分で飯ぐらい作れよ!」
「いや~僕も頑張ったんだけど凄い食欲じゃん?もう無理だった」
ボサボサの頭を掻きながら笑て誤魔化す琴美、その笑った顔に久田はイラつき、一升瓶を琴美の顔に投げつけた。
瓶は琴美の顔に直撃し琴美は後ろに倒れた。鼻血が綺麗な放物線を描いていた。
「お前は昔からアタシに頼れば済むと思っているのが気に入らないんだよ!」
「えっ!だって俺は・・・」
「言い訳をするな!」
久田からお灸をすえられ、琴美は目に涙を浮かべながら懸命に涙を垂らさない様に耐えていた。
その日、統太は休憩を挟んだりしたが結局一日中、食べ物を食べ続けていた。
そんな体に負担を与えた次の日の早朝に、統太はたたき起こされた。
「統太くん、手伝いお願いしますよ?」
目のあかない統太は、眠そうにコックリ、コックリっと頭が動き、琴美の存在すらも夢の中だと思い込んでいる。
「眠い、夢?何言ってんの?分からない・・・」
「統太くん?立ったまま寝てないで行きますよ?ほら!顔洗ってきて!」
前の日は朝から久田が来ていた事もあり、夜は山地も含め、また3人は飲み明かしていた。そのゴミが机の上に散らかり、ソファーでは久田、和室には山地が寝ていた。
そんな転がっている屍を横目に統太は洗面所に向かった。
顔を洗い目の覚めた統太が琴美に聞いた。
「今日の手伝いってこんな早朝から何ですか?」
「そうなんだよ!先方の都合なんだけど、すぐに終わるし良いかな?って受けちゃった」
琴美は適当に準備をして、ラフな服装のままサンダルを履いて外に出た。
外に出るとまだ生き物も起きていなく、静かな市内を駅に向かい歩き出した、外に居る人はジョギングをしている人、出勤の早いサラリーマンの人達だけだ。そんなまだ寝ている人が多い時間に、統太は行き先も知らずについて歩いていた。
駅には役所からは一本道で行ける。琴美の営む駄菓子屋から駅までは15分程度歩けば着く、生活するのに一番良い環境だ。
役所は近く、駅からも遠くない。だから琴美は昔からここに住んで居る。
時間が早く朝涼み、気持ちのいい時間に統太は手伝いの仕事が楽しみに感じていた。
駅に向かうまでの道で幾つかの家の玄関先にアサガオの花が咲いていた、空と同じ様に碧く咲く花に統太は何かを感じながら歩いて行く。
駅に着き階段を上って改札に向かうと思っていたが、琴美はタクシー乗り場でタクシーを拾った。電車に乗って移動すると思っていた統太は驚いた。
「えっ!どこいくの!」
「え?市内にある寺ですよ?」
「え?」
「寺ですよ?でも山間なのでタクシーです?歩きでは行きたくないから?」
統太の時間が暫く止まった・・・・「お客さん、速く乗ってよ!」タクシーの運転手の声に統太は我に返り、慌ててタクシーに向かって走り出した。
「寺に行くんですか!?」
統太は琴美に迫った、予想をしていなかった、いや、仕事の手伝いで神社。
想像の斜め上を行く答えに、統太は手伝いの内容が思いつかなくなった。
「そうですよ?言いませんでしたっけ?」
琴美はとぼけた顔でやり過ごす、統太は軽く怒った表情になるが、既に乗ってしまったからには今更帰るとも言い出せず、外の景色を見て、気分転換をする事にした。
市街地から少し離れた山間の中を走り目的の寺に着いた、そこは人を寄せ付けない。
そんな不思議な空気、重苦しく、ただならない空気が漂っていた。
統太は前にも似た空気を感じた。そう盛岡での事を思い出していた。
早朝とはいえ、肌寒く、統太は自分が吐いている息が白くなっている事に驚いた。
寺に歩いて向かうが辺りの雑草には霜が降りている、夏の時期にはありえない現象が統太の目に映っていた。周囲は濃い霧に囲まれた、霧が酷く目視で確認出来る範囲が狭まるが2人は歩いた。寺に近づくにつれ気温が下がっていき、寒さに肩を震わせる統太を見た琴美はカバンに入れていた上着を渡した。
「これを着ると良いよ、これから海外から来た人のオモテナシだからね?」
こんな山の中に来ているのか!それにこの気温は可笑しいだろ!いくら何でも!
「誰だ?」
霧で見えないが、先の方から男の声がした。統太は目を凝らすが何も見えない、この霧でケガをした人が、自分達の足音に先に気が付いて声を出したのか?そんな事を思い、琴美を置いて少し先に駆け出して行こうとした時、琴美に肩を抑えられ止められた。
「何を!」
「危ないよ?聞こえないのかい?」
統太は琴美の聞こえないのか、という言葉に周りに耳を澄ました。すると何やら小声で何かを言っているのが聞えて来た。
「我らが神に刃を向け、世界を恐怖に落とさんとする者達に罰を、力を貸したまえ!エゼルベルト!」
男が詠唱を唱え終わると、統太に向かって氷柱が飛んで来た。
霧の中を飛んで来た氷柱は霧に風穴作り、男の姿を一瞬だけ見せた。黒いコートを羽織り、ワイドリムなハットを被っていた。
統太は男の姿に目を奪われていたが、目の前には氷柱が迫って来ていた。
「危ないって言ったじゃないか?」
琴美が統太の服の首根っこを掴み引っ張った、統太は自分の目の前を氷柱が通り過ぎて行き、霧で見えなくなったが、木が倒れる騒々しい音が轟いた。
統太は木が倒れた方を見て、冷や汗をかき、危うく死にかける。
「今の何ですか?」
統太は琴美に聞いてみた、琴美は笑顔で統太の質問に答える。
「今のは魔術です!そしてお手伝いはあの男を倒すことなんですよ!」
琴美が言っている意味が漠然とし過ぎ、統太は状況を把握できないでいた
「何だよそれ!聞いて無いし!」
「言いましたよ?海外から来る人をオモテナシするって?嘘言いました?」
「オモテナシで倒すってありえないだろ!それに僕は!」
「君の事は知っていますよ・・・だから僕は君を助けた。」
「なっ!」
「僕の本当の名前は「スサノオ」君もよく知っているツクヨミの弟だよ?」
琴美、いやスサノオという人物は統太も良く知っていた。高天原に居た時に暇な時間に読んでいた書物に記載されていた。粗暴が悪く荒れ狂っていたという人物。
困った高天原は追放という手段に出た。高天原随一の問題児だったと言われている。
「えっ!元祖・ヤンキーがアンタだったの!」
「違いますよ?上に居た時は暇な時間が多かったので、姫と山地と3人で追放チキンレースをしていたら3人揃って追放されたってだけですよ!」
「バカじゃん・・・ヤバっ」
統太は琴美に向かって初めて軽蔑の眼差しを向けた。
「でも僕は楽しかったですよ?江戸が終わるまではお供え物が貰えましたし!」
「じゃあ、八岐大蛇って?クシナダヒメって?」
「え?今もウチで酔いつぶれてるんじゃないかな?」
「マジすか!え!じゃあ八岐大蛇を倒した伝説って?」
「あぁ!それは人間界で生きて行く為に、3人でちょっと芝居を打ったんですよ!そのお陰で江戸が終わるまではタダ飯、タダ酒が毎日続いたんで楽だったんですよ!近代は生きにくいよ!労働なんて糞喰らえって感じだったんだよ?でも駄菓子屋は成功だったね!
労働意欲が低くてもどうにか生活は出来ていますからね?ありがたいよね?」
二人が話しているとまた霧の中から声が聞えて来た。
濃霧で視界が限られる中、男の声は四方八方から聞こえてくる、統太は耳を澄まし周囲の些細な音にも注意を払い、男からの攻撃に備えた。
「お前達が例の物を守っている奴らというわけか?俺も本部には舐められたもんだな?こんな雑魚の相手をさせられるとは、まぁ良い、仕事を早く終わらせる!エゼルベルト奴らを倒せ!」
男が命じると何か音がした、微かだが統太の耳に確かに聞こえた音が止むと次の瞬間、濃霧の中から氷柱がまた飛んで来た。
飛んで来た氷柱を今度は余裕を持って避ける事が出来た、その様子を見ていた琴美は驚いた表情を見せた。
「凄いっすね!もう何処から飛んで来るか分かったの!」
「気を付けていないと聞き逃すぐらい小さな音がしたんです、たぶん、氷柱を作る時に出た音だと思うんです!」
従容しょうよう不迫ふはく・・・琴美に説明する統太は落ち着いていた、視界の無い状況に居るにも関わらず。
「やっぱり君は器に選ばれるだけの素質を持っているんだね!これから楽しめそうだ!」
琴美の言葉に視線を向ける統太、鋭い眼光が自分に向けられている事に気が付いた琴美は笑みがこぼれた、小さな体から放たれる威圧的なプレッシャーは重く、そして黒い物だった。
「ソレはいつぶりだろうね?」
小さな声で琴美が嬉しそうに言った。
「アレ、は何処にある?お前たち猿には勿体ない。我々協会が有効に活用してやるから渡せ」
「欲しかったら力ずくで持って行きなよ?」
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