意味の意味

「お母さん・・・」




統太が寝言で発した言葉にどんな思いが込められているのか?


それは誰にも分からない。




母を思い流した涙は誰かに話をして、簡単に解決するような単純な話でも無く。


大きく空いた心の穴は、手を当てるが何も無い。なのに痛む。


泣きたいのに涙が出ない。




涙で枕が少し濡れている。自分の心が何処にあるのか分からない。


自分を咎人と憎み、呪った。生というモノに興味を無くし、死を懇願するようになった。


流れて来るニュースでは毎日人が死に、自分の様に哀れな目を向けられる者が生きる。


なら、自分はなぜ生きている。死を受け入れる事が出来ていない。それが答えだった。




生に興味を無くしたが、死を受け入れる事も出来ない。怖い。


人から憎まれる事が怖い。


人の目が怖い。


人の言葉が怖い。


けど・・・・自分は人と居ると安心できる。




先生と居ると楽しい。


先生は何処に居るのですか?僕は・・・


それにあのツクヨミ(クソ神)は?


僕は・・・・


僕はこれからどうすれば・・・・先生




生とは当たり前に生きていられる事が幸せ、人を恨み、憎しみ、嫉妬して、妬む。


生を実感できる至福の瞬間だ。




目を開けると暗く、夜半過ぎになっていた。


窓から入る街頭の明かりが室内を微かに照らしている、不思議な事に昼間に起きた時は体中が痛かったが、今は痛みを感じない。




動かす事もままならなかった腕も動かす事が出来る、それに気が付いた統太は力の入らない体に鞭を打ち、動き出した。


腕の力を使い体を起こした、座った状態になり初めて自分の両腕を見た。


包帯を巻かれた腕は痛々しい、何度か指を動かし、痛みが無いのを確認すると強く握った。




「なんで痛くないんだ?それより先生を助けないと」




床に手を付き姿勢を変え、膝をついて立ち上がる、足に力が入らず倒れそうになるが耐えた。


知らない部屋で知らない街並み、混乱するかと思っていたが、統太自身が驚くほどに冷静。


ゆっくりと足を前に出し、襖まで来た、襖を開けると左側に階段があるの、下から明かりがさしている。


壁に手を付きながら歩くが、思った以上に体力が無くなっており、既に息を少々荒く吐きながら進んでいた。




階段を一段ずつゆっくりと慎重に降りる、するとビール片手にテレビを見て笑っている琴美と目が合った。


だがその直後に、程よく散らかっている光景がまず目に入った。


和風な作りの対面キッチン作りのリビング、キッチンのカウンター上には夥しい数の酒瓶が並んでいる、端にはぬいぐるみに酒瓶を抱かせて置いている、




「おっ!動ける様になったの!凄いな!こんな夜中にどうしたんだい?」


琴美はテレビを消して統太に体を向けた。


机に肘をつき、ツマミの枝豆を口に入れた。




「ここは?」




「昼間、言ったけど流石に忘れたか?ここは駄菓子屋だよ?そう言えば君の名前は?」




「僕は統太って言います。駄菓子屋?どうして僕を助けたの?」


統太は階段を降りきると壁にもたれる様に立っている。




「うーん?使命感って奴かな?なんてね!冗談だよ、あの状況で放置も出来ないと思ったんだ」


統太は覚えていないが、琴美が森を散策していた時に森の中で、倒れている所を偶然・・見つけた(・・・・)のだ。




「そうなんですね?僕はここに来てから何日ぐらい寝ていたんですか?」




「えぅ!あれって何日だったかな?たぶん十日ぐらいは経つんじゃない?」


琴美は曖昧な記憶を思い出すのに、頭を掻いていた。


琴美は立ち上がると冷蔵庫に向かいゼリーを手に取った、ついでに自分のツマミを探している。




「そう言えば君は何処から来たの?あんな怪我をしていたから普通の子じゃないね?」




メンマの瓶を手に取った琴美は、中身をお皿に移しゼリーと一緒に持って戻って来た。


ゼリーを机に置くと統太に視線を送る、統太はゆっくりと歩き椅子に座った。


置かれたスプーンを手に取りゼリーに入れる、力の入らない状態になって初めて感じる。


ゼリーの硬さ、普段気にも留めない事が今の自分には辛かった。




「僕は・・・・」


統太はまた口を閉じた。机を見つめたまま。




「君の手の火傷は普通じゃない、それは僕でも分かる?」


琴美はメンマを食べながら話す、何処となく言いにくそうにしている統太の姿に、初めこそ興味本位だったが事によっては警察に行かなくてはいけない、そんな事を考え始めていた。




「君が言いたく無いのは迷惑を掛けたくないのか?それとも信用されていないのか?


あまり深く考えなくて良いんだよ?僕はさっき枝豆とメンマどっちを食べるか悩んでいたが、メンマを選んだ、それはどうしてだと思う?」




琴美の唐突な質問に、机を見ていた統太は目線を上げた。




「心が振れた針の方を選んだ。それで良いんだよ?シンプルに生きよう」




言い終わると琴美はビールを一気に飲み干した、飲み終わった缶を潰すと琴美は振り返り、ゴミ箱にバスケットの3pの様に放った。


宙を舞う缶は中身を周囲に飛び散らしながら飛んでいく、琴美は叫んだ!




「入れ―!!!!」


リング(ゴミ箱)に当たったボール(缶)は無情にも外れ、床に落ちた。


琴美の突然の行動に驚いた。単純に驚いた。いきなり座りながらシュートをして、叫ぶ男に単純に驚くのが当然の反応なんだ、統太が驚いた顔をしているのを見た琴美は少し二ヤけ、床に落ちた感を拾いに行く。




「ゴミを拾う事は運を拾う事って誰かが言っていたよね?知っている?」




「それって有名な野球選手が球場でやっているのを、メディアが過剰反応したあれですか?」




「そうそう!僕はこれで運を拾い上げた!そう思えばゴミ拾いも苦じゃ無くなるからね?」


得意げに言う男に統太は冷めた表情で言う。




「初めからゴミ箱に入れれば拾う必要が無いと思いますけどね?」




「君はリアリストなのかな?もっと広い心で物事を楽しまないと?」




「いや?リアリストとは真逆だと思いますよ?」




「なるほど!君は人がやる事にケチを付けないと自己を維持できない、ヤバい奴だね?」




「なんですか?子供相手に言いますんね?」




「えっ?だって君、子供じゃ無いでしょ?」




琴美は笑顔で統太に言う、ゼリーを食べていた手は止まり琴美を見る。


その笑っている顔が不気味で何処となく恐怖すら感じる。




「なっ!何を言っているんですか?僕は子供ですよ?」




「どうだろうね?夜中に大怪我をして病院にも行かないのは理由があったはずだよね?」




「病院の場所が分からなかったから!」




「君が倒れていた場所からすぐ近くに大きい病院があったんだよ?」




「へっへぇーそうなんだ?一人で病院とか行った事無いから知らなかった」




「まぁ言いたくない事は誰にでもあるよね」


琴美は自分から聞き出そうと話を振ったが、腕を組み頷きながら話を終わろうとしている。




「えっ?結局何が言いたいの?」




「特に無いよ?口を滑らして言うかな?ぐらいの感じ。そうだ!明後日知り合いに頼まれた仕事があるんだけど、ここに泊めてあげた代金として付いてきなよ?てか一緒に行くよ?」




「なんですか!泊めて下さいってお願いしていない子供にそんな事言うんですか!」




「まぁ良いじゃん!」




ダメだ!コイツが何を考えているのか分からない、そもそも何も考えていないだろ


もう疲れたな、コイツが良い人なのかも分からない。事情を聞こうとしたり、興味を急に無くして遊びだしたり。


なんか、あのツクヨミ(バカ神)と似ている様な気がするな。適当で自由奔放、我が儘な所が本当に似ているな。


でも良いか、軽い手伝いぐらいならすぐに終わるだろうし。


それよりもこの人は僕の正体に・・・・気が付いているのか?


火傷が普通じゃない!それは僕でも思うし、覚えていないが夜中に子供が倒れて居たら、普通は救急車を呼ぶ!この人の正体も知っておかないと危ない!




「分かりました!何を手伝うんですか?」




「海外から遊びに来ている人を楽しませる!要は・・・オ・モ・テ・ナ・シ!オモテナシ!」




「古いですよ!何十年前のネタですか!」


「統太君は物知りだねぇ!まぁー見たらきっと僕の仕事を手伝いたくなるよ?」




琴美は新しいビールを開けると一気に飲んでいく、2回3回と飲み喉を動かすと、高い声を出しながら息を吐いた。




「やっぱりお酒を飲む前はビールに限るね!準備運動に丁度良いもんね!」




何かを察知した、酒飲みは色々な種類に分かれる、泣き上戸、笑い上戸、自慢話、説教、とりあえず暴れる奴、歌い人、寝る人、統太は高天原で色々と経験した。


その結果・天目一箇あめのまひとつの神かみと言う神が一番良い印象を持てた。それはなぜか?それは自分のペースで飲み、何も語らず、静かに去っていく。統太の酒の席での経験値は社会人の比ではない。


毎日やる事の無い神々は酒を飲み、遭遇した神も酒を飲む!酔っ払いが酔っ払いを生成する錬金術を幾度も、目の当たりにしてきた。


絡み酒を憎み、笑えない話を聞いて来た統太には一つの処世術が身に付いた。それは酒の席には参加しない、近寄らない!飲むなら一人で宅飲みしてろ!




だが、どうだ?琴美は一人で宅飲みをしていた、誰かに迷惑を掛ける訳でも無く一人で。


そこに現れてしまった自分を統太は後悔していた。もっと冷静に、極めて冷静なつもりで居たが、やはり判断力が落ちている様だ、心の中で絡み酒だけは止めてくれ!


そんな事を考えていると、琴美が統太に向かって声を出した、その瞬間、統太は色々なパターンを脳内で予測し、適当な人間はどんなタイプが多いか?そんな事を刹那の速さで思考を巡らせた。




「食べ終わったなら、子供は早く寝ろよ?大人のお酒の時間を奪うのはダメだぞ?」




意外だった、自分を普通の子として見ていないから、バレたと思っていたがそうでも無い?


拍子抜け?と言うのが良いのか?統太は立ち上がり階段に向かい手すりに手を掛けた。




「おっおやすみ」


「あいよー」




適当に返事をする琴美、統太が階段を上り終わると丁度誰かが来たのか、人の声が増えたそれに合わせる様に琴美の声量も増えた。




「山地に姫!二人とも遅いから先に始めちゃったよ!」




「アンタ!私が買っておいたメンマ食べたの!マジでないんだけど!」




「あれ!俺の日本酒も口空いてんじゃん!ふざけんなよ!」




山地という男は筋骨隆々な大柄な男で、裾の無いシャツを着ている、首元と腕に蛇のタトゥーが入っている。もう1人の琴美に姫と呼ばれていた女性は上下を黒のレザーを着こなし、カッコよさすら見せる魅力的な2人が来た。




三人は朝まで酒を飲み続けた、その声は大きく、二階に行った統太は下から聞こえる声、声量が大き過ぎて衝撃波の様に体の芯にまで響き渡った。寝ようとしている時に周囲から聞こえる、騒音で寝られなくなる経験を初めてした。統太は枕で頭を隠したが意味は無かった。


結局、統太が寝れたのは日が昇り、静けさが戻り平和になってからだった。

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