耳に残っている音
2032年7月7日
島根県出雲市にあるとある駄菓子屋。
統太は目を覚ました。
長い間、意識が戻らず、静かに眠っていたが意識が戻った。
うん?眩しいな?体・・・痛いし重たい。
僕は何をしているんだ?
意識の戻った統太が初めに感じたのは風だった。窓から入って来る風は7月とは思えない程に気持ちのいい、涼風が額を優しく撫でる。
蒼天の中、雲はゆっくりと流れ、夏の暑苦しさをひと時の間だけ忘れさせる、心地のいい天気。
統太の耳にはお昼の定時放送のチャイム音が聞こえて来た。
目を閉じているが、瞼の中に入って来る光が眩しく、目を開ける事を躊躇ためらわせる。
意識は戻ったが、頭痛は激しく、体中の痛みは今までに味わった事の無い。
目を閉じたまま、体を動かそうとするが、痛みが激しすぎ諦めた。
すると突然、襖ふすまが開く音がした、足音は統太に軽快に近づいて、頭の上を越えた、足音が止まるとカーテンを閉める音がした、あぁやっと眩しいのが終わった。統太はそう思い首を音のした方に向けると声を出した。
「ありがとうございます」
かすれ声で聞こえるか、分からない程に小さな声。
「うわっ!ビックリした!」
部屋に来たのは少年だった。急に声を出され驚いた様子だが、ようやく起きたのか?そう言いたそうに表情を浮かべながら、統太に声を掛けてきた。
「話せるのか?」
少年は椅子に座ると、足を組むながら統太に聞いて来た。
「少しは」
「はぁ?聞こえねぇよ!なんて!」
「・・・・・・」
「シカトかよ!まぁ良いや?なんでこうなったか覚えてるか?」
少年は組んでいる足に肘をつき、頬杖を付きながら聞いて来る。
「あまり思い出せない。けど、先生を助けないと」
「先生を助けるってお前の先生は警察に捕まったのか?」
「違う、けど捕まっているから助けに行かないと」
「警察に捕まって無いのか!誰に捕まってんだよ!まさか!お前の先生は悪い奴なのか?」
「違いますよ!ただ・・・信じて貰えないからこれ以上はもう良いですよ」
統太は強く否定した、が、それが体に響き、痛みから反論する事を諦めた。
少年も少し言い過ぎたと思い、黙ってしまう。2人が黙り込んでいると、下の階から声が聞えて来た。
「戻ったよーって誰も居ないの?」
大人の男の声が聞えて来た、少年は椅子から降りると駆け出した。
「起きましたよ!すぐ来て!」
「本当ですか?ちょっと待ってて、ラムネ飲ませて」
階段を上がって来る音がする、統太はそれに合わせて、少しづつ目を開けた。
初めは視界がぼやけてハッキリと見えなかったが、次第にボヤは消えハッキリと見えた。
開いたままの襖、そして廊下に立つ男の足が見えた。
視線を上にずらす、男は手にラムネの瓶を持っている、瓶の中の気泡は弾けようと上を目指し上っていく。ビー玉を落とすと「プシュー」と音を立てた。
聞き覚えのある音。
「ママ、この電車カッコいいね!」
「俊は電車さんが好きなのかな?」
忘れていた記憶、それを思い出させる音が耳に届いていた。
腰に手を当てラムネを一気に飲み干している、飲み終わったのか、男は「プッハー」と息を吐き、ラムネの瓶を下した。
ビー玉が瓶の中で転がる音がどこか懐かしい。
「おはよう、大丈夫かい?」
「店長、コイツの先生が捕まって助けに行くとか言ってんすよ?」
「捕まっている?」
「警察じゃないって言ってて、信じて貰えないから良いって教える気が無いみたいっす」
「そうですか?奏かな多た、少し下に行ってて貰っても良いかな?」
「全然良いですよ!飯もまだだし」
奏多は嬉しそうに階段を下りて行った、男は襖を閉めると統太の横に座った。
「アナタは?」
統太は少し声に張りが出て来たのか、声量も増えた。
「私はここで駄菓子をやっている、己おの須佐すさ琴こと美のみです。アナタが倒れていたので、ここで看病していました」
男は見るからに着古したシャツを着て、ボサボサの髪の毛を無理矢理、カチューシャで止めている。その飄々とした風貌とは裏腹に部屋は片付けられており、時折、風が吹くと男からフルーツの様な香りがしてきた。
「僕を助けてくれた?どうしてですか?」
記憶が曖昧な統太は自分がどんな状態だったのか、覚えてはいないが目覚めてから体中が痛む、それだけで察する事が容易に出来た。
「それは子供をあんな場所に置いて帰れないでしょう?それに少し聞いてみたい事があったからね?」
琴美は物珍しい物を見つけた様な悪意のない目で見て来る。
「聞いてみたい事?それは何ですか?」
「君が負った、両手の火傷だけどそれは何処で負ったの?あとは助けたい先生は今は何処に居るのかな?」
「いえ・・・言えません」
統太は興味本位で聞いて来る男に苛立った、男に何が出来る訳でも無いのに聞こうとする態度、そして統太が言わなかった一番の理由は目だった。
心を見透かす様な目、視線を反らし、天井を見ていると男が話し出す。
「この地は歴史があるんだよ?遥か昔、一人の神が天上を追放されて舞い降りた地。
そして、この地で暴れていた者を倒して、妻となる人とも出会った。
この地は暮らすのに丁度良い、そう思えた。・・・んだろうね!」
琴美は立ち上がり、部屋を出て行ことして、襖を開け足を止めた。背中を統太に向けたまま統太に聞いて来た。
「夜ご飯いる?お粥食べられるなら作るから!」
「今日はまだ良いです」
「そう?」
襖が閉まり、統太は目覚めたばかりだが、また眠りについた。
「今は休んでいて良いよ!統・太・君」
統太は自分の意識の中で謎の存在と遭遇していた。
謎の存在は自身を世界、宇宙、真理と言う、統太は初めこそふざけて相手にもしていなかったが、自分が居る世界から出る為に行動を起こそうとしていた。
「意識の世界って言っていたよな?って事は精神世界何だよね?」
統太は腕を組みながら聞く、周囲は常闇に包まれたままの、統太と謎の存在だけは居る空間が何なのか気になった。
「ここの名前などどうでも良い!呼び方などお前の好きにするが良い」
「じゃあ本当にアンタには名前が無いんだ?」
「無いな?」
「じゃあさ、見た目から変わってよ?何か話をしていても容姿が気になり過ぎて話が入って来ない時があるんだよね?」
「そうか?ではお前と同じ見た目になるか?」
「まぁ・・・良いよ!まだマシだ!」
そう言うと、謎の存在の見た目が変わった、統太と瓜二つになった。
「では、これで話が出来るな?ここはお前の精神世界だ、現実のお前は高天原で黒縄に触れた事で寝込んでいる。
黒縄は拘束する道具でしかないが、お前みたいに弱い奴が触れると炎がその者を襲う。
どうだった?黒縄の炎を味わった気分は?」
「弱いって・・・覚えていませんよ!記憶も曖昧ですし!」
「そうか?それは惜しいな?聞きたかったのに」
「で?僕はどうしたらここから出られるの!」
「あぁ?それは簡単だよ?俺に勝つ!いや、自分に勝つ事。それだけだよ」
「え?それって無理じゃない?だって僕より明らかにアンタの方が強いよね?それで簡単って言われても、勝てる気がしないんだけど!」
「安心しろ!お前と同じ力にする!だから勝てるかもしれない」
「そうですか?ありがたいけど、なんか馬鹿にされてる気がさっきからするんですけど!」
統太は話し終わると同時に謎の存在に向かて行った、が謎の存在も統太と同じタイミングで動いた。
2人はお互いに右拳を出して攻撃をするが、ギリギリの所で避けた。
統太は今の一連の動きを見て気が付いたのか、口を開いた。
「これは勝てるんですか?本当に自分と同じじゃないですか!」
統太はこの意味の分からない世界から出る為に、早々に終わらせるつもりでいた。だがそれを簡単にはさせて貰えない。
構えて足に力を入れ、一直線に相手に向かって行き攻撃を繰り出す。
一連の動きがまるで鏡を見ている様な不思議な感覚、パンチを出したと思えば、蹴り技、その動きの一つ一つが同じタイミング、同じ角度、同じ力で放たれる。
一進一退、そんな攻防戦は起きていない。
統太と相手のどちらかが、優勢になる事も無ければ、劣勢に陥る事も無い、膠着状態が続いている。
攻撃が当たれば自分にも当たっている。避ければ相手も避けて、お互いに決め手に欠ける。
そんな戦いが誰も知らない、統太の中で繰り広げられていた。
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