天国と地獄

高天原には八百万の神々が住む、神々の多くは善とされる者が大半を占めるが、中には悪とされ、神々から嫌われる者達も居る。




そんな神々は高天原の外れ「通称・蜘蛛の巣」に住んで居る。


蜘蛛の巣は監視下に置かれているが、基本的に行動の制限は無く、不自由を感じる事はない。


そんな表向きは聞こえの良い環境だが、多くの神は本当の「蜘蛛の巣・穴倉」に隔離、収容されている、自由と不自由が混在する、各々が狭い部屋に入れられそこで暮らす。




暗く明かりも少ない穴倉、簡単に死ぬ事が出来ない神にとって、そこは地獄よりも地獄。


外の世界には出られないが、各々の部屋の行き来に制限は無い、たが規律はある。


死ぬ事は容易に出来ないが、生きる事は造作もない。




高天原の規律を犯した者、犯す恐れのある者が入れられているが。危険思想を持った者からすれば「蜘蛛の巣・穴倉」は不自由な世界かも知れない。




「ギャハハハ、おい!新入りだ!」




「お前は何をしたんだ?」




「お前!俺と協力してあの糞共を殺そうぜ!」




「うぅぅおぉぉぉ」


目連は蜘蛛の巣・穴倉の暗く狭い通路を歩かされ、これから暮らす部屋に放り込まれた。


目連は何度も神通力を使おうと試みてみたが使えない、それは、黒縄が拘束した者の力を全て封じ込め抵抗する力を奪っている、目連自身が黒縄の存在を聞いた事はあるが、現在存在する黒縄はたったの2本しか無い。




普段は天照大御神を警護している、白・黒の兄弟が黒縄を持っているが、現在は黒が持っていた黒縄を目連を拘束する為に使用している。




「とりあえず、もう黒縄は要らないから取るね?」




部屋に入れられた目連に黒が声を掛ける、拘束を解いた黒縄は黒の袖の中に戻った。


目連は声を出さず黙っている、木板に腰を掛け座ると黒が話し掛けた。




「なんであんな事をしたの?」




黒は疑問に思っていた。


目連は普段から冷静で周囲にも気が使える。2人が直接、話をする機会は無いが、天照大御神を気に掛け、普段から話し相手になっており、その弟であるツクヨミにも厳しくも、優しく接していた男が何故?感情だけで動いたと言うのは簡単だが、納得出来ずにいた。


暫くの静寂が続いた、天上から「ポチャン」と水滴が垂れた目連は薄暗い中、目を開け壁を見つめる。




追憶の思いが懐かしく巡り、壁に自分の今までの半生が見えた様な気がした。






「私には月読神が必要なんです、あの時から・・・」


覇気のない声は今にも消えてしまいそうな、蝋燭の火の様に弱く小さな物の様な気がした。




「白と僕には分からない、けど、あの人を笑顔に出来る人は君達だけ、だからあの人を悲しませないで欲しい」




「黒、見える世界だけが本物ではありません。アナタが見て来た世界は偽りです。」




黒を見ている目連の眼が変化している。黄色く輝く瞳はツクヨミの眼の様に美しい。


だが、徐々に黒い影が瞳にかかり始めた、黒は目連から目を外す事が出来ず見続ける。


瞳に黒い影が重なった。まるで皆既日食の様な怪しい瞳。




「僕には分からない、でもあの人の笑顔は本物だった」




「そうですね・・・・」


黒はそう言うと去って行った、足音が遠く離れ聞こえなくなった。


目連は一人壁を見つめていたが、その姿は普段の目連から遠く掛け離れていた。そんな姿を見た黒は失望してしまったのかもしれない。


黒の足音が聞えなくなった穴倉は静寂とはかけ離れた声が聞えて来た、その声は興奮に満ち、穴倉の隅々にまで響き渡った。




「ここに新入りが居るのか?」




「どんな奴なんだろうな?」




「最初に相手をするのは俺だからな!」




「最初は俺だって前の時に決めただろうが!」




「クックック、楽しませてくれる奴だと良いな?」


目連に数人の大男が襲い掛かった・・・・






視点変更・ツクヨミ




「オイ!ここには俺を満足させられる奴は居ないのか!」




地獄界・阿鼻地獄に落とされたツクヨミは亡者相手にストレス発散をしていた。


地獄では生前に悪事を働いた亡者に罰を与え、輪廻転生するまで反省させるのだが、阿鼻地獄は地獄の中でも一番厳しく、送られてくる亡者たちは永遠に思える時間をここで過ごす。


本来、罰を与えるのは鬼の役割だが、鬼が亡者相手に手加減をしている様に見え、時間を持て余したツクヨミは代わりに罰を与えていた。




「オラオラ!こんなんでお前の罪が帳消しになると思うなよ!」




周りの鬼も顔を引きつらせ、引き気味で見ている。そこに一人の鬼が歩いて来た。


外見は人間と変わらず、その透き通る様な白い肌は美しく、黒い瞳、赤く染まった髪は地獄の業火の様に熱く燃えている。そう思わせた。


腰には日本刀を差しており、鍔つばに付いている2つの鈴を鳴らしながら歩いて来る。




「おいおい!月読神様ともあろう者がそこまで亡者相手に容赦ないんじゃ、おちおち閻魔がここに亡者を送れなくなるだろ?」




「あぁ?なんだ!酒呑童子か?」




「こりゃあ機嫌が悪いか?」




「お前の部下の仕事が生ぬるいから、見本を見せてやっただけだよ!」




「そりゃあどうも?」




「で?お前がわざわざ何だよ?」




「あぁ!そうだった!お前の所に居た坊主だが、人間界で治療しているらしいぞ?」「そうか・・・」




「あれ?もっと心配すると思ったのに?なんか拍子抜けだな?なんか、良かったぁーとか無いの?」




「無いな?お前もアイツの事は調べたんだろ?」




「ちゃんと調べたよ、最高に面白い事があったんだな!詳しい話聞きたいから来たのが本音だけどな!」




「それは今度だ!」




「おっ!嬉しいね!」




「酒呑童子?お前何を企んでいる?お前が興味を持つなんて珍しいからな?」




「何も企んでなんていない・・・かもね」




酒呑童子は軽く笑ってみせるが、何処か怪しげで何を考えているのか?ツクヨミは掴み切れない、酒呑童子の企みに神経を尖らせていた。


些細な変化も見逃さない様に注視するが、酒呑童子も自分が見られている事に気が付いているのか?特に怪しい動きを見せない。


その事がツクヨミからすれば余計に怪しく見え、酒吞童子という鬼に対しての警戒心が強くなる。




「月読神?俺の事を疑っているだろ?」


酒呑童子が切り出した。




「どうした?酒吞童子ともあろう者が傷ついた何て言うなよ?」




「案外傷ついているかもよ?」




「それは面白いから聞かせてくれよ?茨木童子に聞かせてやりたいからな!」




「ハハハ・・・殺すぞ?」


笑顔で笑っていた酒呑童子の表情が一転した、強面になった。




「なんだ?やっと鬼らしい顔になったな?」




「お前の事なんざ興味も無いが、俺はあの坊主が気になってな?お前あの坊主で何人目だ?」




「なんの話だ?あのガキは前世で糞みたいな生活をしていた、童貞ニートだが?」




「ほぉ?それは「普通の人間」の話をしているのか?それとも?」




「酒呑童子・・・お前どこまで知っている?」




「何の話だ?全部知っているかも知れないし、全く知らないかも知れない」




不敵な笑みを見せながら酒吞童子は歩いて行った。何処からともなく聞こえる亡者の悲鳴を鎮める様に鈴を鳴していく。




「アイツは何を考えているか分からんな」




酒呑童子か・・・アイツが率いている軍が本気になれば、地獄など簡単に手中に収める事が出来るだろう。


だが、アイツはそれをしない。反乱を起こせば天上の連中は参加して来る、そうなれば酒呑童子の軍にも相当な被害が出る。


だからこそ、高天原の連中は酒呑童子と戦い、少しでも戦力を減らしておかないとダメだったのに、アイツの軍は今や高天原にすら攻撃出来る状態じゃないか!

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