意識の世界

2032年6月30日水曜日


10日前に高天原から追放された統太は下界に落とされた。


落とされた時は痛みで意識が保っていられた、下界に落とされた時は深夜で誰も道を歩いて居なかった。


自分の見た目が子供である事から警察に見つかると面倒だと思った統太は、素そ月げつの中を歩き、森の中に身を潜めた。




島根県出雲市市役所から県道276号線を渡り、少し歩いた先にある駄菓子屋に統太は居た、両手には重度の火傷を負い、包帯のから微かに見える肌は黒く焼けている。


黒縄を直接触った事による影響は本人が思っている以上に酷く、既に一週間以上経つが未だに目覚めない。




「店長?なんでこんな奴の面倒を見てんの?」


駄菓子屋の二階で寝ている統太、その横でイージーチェアに足を組みながら座る少年、鼻に絆創膏を貼り、左頬には小さな傷が残っている。




「見捨てる訳にもいかないでしょ?あの状況じゃあ!」


部屋の扉の近くに立っている男、何処か辛そうにしている。


腹部を抑え、呼吸も荒い、額からは脂汗を掻いている。




「だからってわざわざ連れて帰って来なくても良いのに、病院でも良かったじゃん。てか店長なんで辛そうなの?」


少年は徐々に青ざめていく男を見ながら話す。心配をしている、と言うよりも何度も繰り返されて来た事に飽きれた。そんな表情を浮かべている。


窓に吊るされた風鈴が薫風に揺られ音色を奏でる、碧落が初夏を思い出させる風を運んで来た。仲夏の終わりが近づいて来ていた。




「僕は大丈夫だよ!昨日少し飲み過ぎてね、この歳になってから次の日にお腹を壊す事が分かった。人生は死ぬまで勉強。まさに今勉強中だね」




「店長そんな事を勉強しないでよ。またあの人と飲んだの?飲んでも良いけど、毎回二日酔いになるのは仕事に支障が出るよ」




「だってアイツら誘って来るんだもん!旧知の仲だから断れないし?」




「分かりました、でコイツどうするつもりですか?」




「うーん?分からない!でも起きるまで寝かしておいて良いでしょ?」




「マジで言っているの!もう何日意識戻って無いと思っているんですか!このまま死んだら、店長が誘拐と監禁の容疑で捕まるんですよ!良いんすか!」




「えっ!誘拐に監禁になるの!僕は倒れていた子供を助けたんだよ!」




「現行犯だよ!こんな包帯までしているのを警官に見られたら暴行罪までオプション付いてきますよ!もう諦めて自首しましょう、大丈夫ですよ!少し集団生活してくれば出て来れますから?」




「なんで僕が捕まる前提で話をしているの!それに僕は野郎との集団生活なんて耐えられない!せめて女の子との同部屋が良い!」




「そんな事言っていると久田さんにボコられますよ?大丈夫ですか?」




「大丈夫!大丈夫!僕たちは愛し合っているし、彼女も僕の性格は理解しているよ!それに僕は野郎とは話す事が無いから集団生活したく無いの?女の子なら話をしたくなるでしょ?だけど浮気は良くないよ?僕は愛する彼女の笑顔が見ていたいからバカな男を演じている訳?分かるかい僕の頑張りが!」




「いや?理解出来ませんでしたが、自分の行動を正当化しようとする情けない大人がどんな人か、それは分かった気がしました」




「そうか?それはどんな人物だった?」




「アンタだよ・・・」




「えっ!」




統太はそれから数日後の7月7日木曜日に意識を取り戻した。


皐月の花は君を思う、根を張り一人で立ち上がれる事を信じて。






統太は意識の世界を彷徨っていた、暗いが時折見える明かりが何かを思い出せようとして来る。




僕はどうしたんだ?ここは何処だ?




「ここは世界だよ」


誰の声だ?聞いた事が無い、でも・・・懐かしい。世界ってどういう事なんだ?




「そのままさ?世界は世界だよ」


僕の問いに対してあやふやな答えを出すなら、世界はもう終わりだな?でも良い、ここは気持ちがいい。




「君に理解できる答えは無い」


それは残念だ、でも気にしなくて良いよ?僕は気分が良くなってきた。




「そうか・・・何がそんなに心を落ち着かせている?」


分からない、だけど安心できる、だから気分が良い。それが答えじゃないのか?




「今なら越えられるかもしれないな?」


何を言っているんだ?




「またあの家に行ったの!」


お母さん?どうしてそんな事を言うんだ?僕はおじいちゃんと遊びたかっただけなんだよ?お母さんは僕が嫌いなんだ!だから怒ってるんだ。


そんな目で僕を見ないでよ!僕はお母さんの事が好きなんだ!なんで僕の事を怒るの。


おじいちゃん聞いてよ?最近お母さんが変なんだよ?ここに来ると怒るんだよ?




「○○○○、○○○○○○○○○○○○」


本当に!でも僕が居ない時にしてよ?怖いもん!




「○○○○○、○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○?」


良いよ!僕はおじいちゃんが好きだもん!


止めてくれ!僕が悪かった!なんであの時にお母さんを守れなかったんだ。




「私が嫌いだった。それだけでしょ?」


違う!違うんだ!今でも母さんを忘れた事は無いし、あの笑顔をまた見られるなら僕は!




「じいちゃんとの約束はどうするんだ?あれは嘘だったのか?」


違う!でもじいちゃんが母さん殺したって!




「それは、お前が望んだ事じゃないか?それも違うのか?」


確かに望んだ事かも知れない、けど!本当にあんな事になるなんて思わないよ!




「アナタが望んだのね?」




「お前が望んだ事だろ?」


違う!違う!違う!僕は皆に笑っていて欲しかった。それだけなんだ!




「そんな事を言っても何も変わらないわよ?私を殺したのね?」


ごめんなさい、僕はお母さんが怒るのが嫌だった、それだけなんだ。




「ワシにあんな事をさせておいて、許しを請うのか?」


じいちゃんにも笑っていて欲しかった、なんで母さんを憎んだりした!




「お前に何が分かる?全てを失う、その絶望は明日を笑って迎えられる者達に理解出来るのか?」


分からないよ!でも恨みを残して、人を呪う必要は無かったはずだ!




「それが唯一、お前に会う方法だとしても?ワシは呪ってでもお前に会う方法導きを出した」




「私を殺しておいて、綺麗事を言うの!アナタは変わっていないわ」


そんな事を言わないでよ!僕は怖かったから・・・・。




「昔からそうよね?幼稚園でも嫌いな子が出来たから、行きたくないって我が儘を言って」




「自分の母親でさえ嫌いになれば、ワシに頼って来る」


だってしょうがないじゃないか!僕は・・・僕は。




「おい?お前なんで死んで無いんだよ?そうか?俺が神になる為にはお前の様な悪魔も救わないとダメなんだな?」


意味の分からない事を言うなよ?




「意味が分からない?それはお前が理解しよとしないからだろ?」


はぁ?それはお前の事を理解しろと?




「銃を降ろせ!早く降ろせ!」


ほら?警官も言っているよ?観念した方が良いよ?




「男性が若い男に銃を向けられている、至急応援を求む!」


えっ?なんで俺が銃を持っているんだ?




「あの時、実はお前が俺を殺したかもしれない、そして自殺した。その可能性は無いのか?」


そんな事ある訳無いだろ!あの時、俺はお間に銃で撃たれて殺された・・・はず。




「そう思い込んでいる可能性は無いのか?」




「早く銃を降ろせ!ダメだ!犯人は混乱している、発砲する!」


なんで俺が撃たれた?銃を持っているから?




「違うぞ?お前は銃を警官から奪い、逃亡した後に一般人に銃を向けた凶悪犯だからだ?」


待て待て!俺はあの時、買い物に行って帰り道で・・・




「本当にそうなのか?周りから見えている物が全部自分と一緒なんてありえるのか?」


違う事がありえないだろ!常識だぞ!




「常識は誰が決めた?本に書いてあるのか?辞書に纏めてあるのか?」


書いて無いけど・・・・でもみんな同じ認識で生きている筈じゃあ?




「常識なんて、その人物が育った環境で変わる。金持ちの子と貧乏な子の常識が一致するとでも?無いだろ?温厚な人と暴力的な人の常識が一致するか?一部は一致するだろう?だが根本的なコアな部分は両極端に位置する程に離れている。


戦場で育った子と平和な世界で育った子、常識が一致するか?しないだろ?明日死んでいるかも知れない世界と、何もしなくても明日を迎える事が出来る環境だぞ?」




だとしても、俺の記憶と違い過ぎる!




「記憶なんて本当にあった出来事を記憶しているのか?誰かに作られた可能性は無いのか?知識の共有、記憶の共有、意識の共有。それがお前の求める常識なのか?」




分かんねぇよ!でも俺はお前を撃って無い、それは警官が見ていた筈だ!




「そう、だがそれはお前の記憶でしかない。世界は違う。」


さっきから世界とか意味が分かんねぇよ!俺が撃っていないって言ってんだから撃って無いんだよ!




「そうか?まだ魂の覚醒には時間が掛かりそうだな?我々はまた待つ事になるのか?」




魂?覚醒?最初から意味が分からない事を言ってないで!




「焦るな?お前は受け皿、何千年もの間、繰り返しようやく訪れたこの機会、少しは待つ事も大事だ!そして時が満ちた時、私は・・・」






「暗い・・・足を踏み出そうにも前が見えないから歩けない」




ここは常闇だ、自分が何処に居るのかさえ分からない。


分かる事はここに来るまでの記憶が曖昧で最後に見たのは、先生が黒い紐で縛られている時に見せた顔、あんなにも寂しそうな顔をした先生を見たのは初めてだ。


先生を早く助けないと、そしてまた、つまらないボケを聞いてあげないと!




「ここは何処なんだよ!さっさと帰しやがれ!」




「煩い奴だな?帰しやがれ。とは面白い事を言うな?」




「えっ!誰!てか何処から出て来たの?」




統太の前に現れた人物は人の形をしているが、体は常夜であり、体中には星々が生きているかの様に動き回っている。




「俺か?俺は俺だよ?」


統太の前に現れた、不思議な存在が答えた。




「意味が分からないね?オレオレ詐欺じゃ無いんだからちゃんと名乗らないと人と仲良くなれないよ?その辺は小学校に入学した時に言われなかったの?」




何だよコイツ!全身星空って理解出来るかよ!超危険人物じゃん、でも星ほし月夜づきよ綺麗だな?




「名?そんな物無いが?」




「名前無いの!じゃあ僕が付けてあげようではないか!」




何言ってるの俺は!名前!こんな得体も知れない存在に名前なんて要らないでしょう!馬鹿なの僕は?あれ?でもこの存在って何?てか表情が読めないんだけど、えっ?今は怒っていらっしゃる?そうでも無いの?分かりにくいんだよ、糞野郎が!




「じゃあ糞ってどう?」




その瞬間、僕の前に居る存在の体中を回っている星々が赤く光りだしました。


って冷静に傍観していたら殺される!




「嘘、嘘だよ!冗談に決まっているじゃありませんか!本気にしないで下さいよ!」




気を付けろ僕、コイツは友達が居なかったみたいだから、冗談の一つも真に受ける、面倒くさい奴だ!地雷原の中心に立っているコイツと仲良くなるにはリスクが多い!だからコイツはボッチ。冷静に周りを見るんだ、勝ち筋がある筈。


見て見ろ周囲を、コイツと仲良くしようと挑んだ猛者達の殆どが、僕と同じスタートライン直後に倒れている。


こんなの死にゲーだろ?ステータスを運に振り切っても無理!詰んでるじゃん。


ん?待てよ!コイツの目の前まで行って倒れている奴がいる、そいつの軌跡を辿れば僕にもチャンスはまだある!




統太は奇跡的に目の前まで進めた者の道を辿り、謎の存在との当たり障りのない会話を続け、とうとう目の前に立って見せた。




「じゃあそろそろ、僕が名前を付けてあげるね?君に似合う言葉があるんだ?光輝こうき燦爛




(さんらん)って知っているかな?光り輝いて、美しいって意味なんだよ?


後はね、光彩こうさい陸離りくり、これもきらきらと輝く美しさを表しているんだよ?」




「・・・・・・」


よし!体中の星々は青い色で平気そうだ!だって青だもん!




「じゃあ君の名前は・・・・」




「・・・・・」




「自分の殻に閉じ籠って周りに気を遣わせんな!糞が!略して、糞だぁぁぁぁぁぁ」




統太は謎の存在に殴りかかった・・・が。


その体をすり抜けた、何が起きたのか理解する先に統太は構えた。




「なかなかズルいチート技じゃない?」




「俺に殴りかかって来たのは、お前が初めてだ!面白い奴だな」




「それは体中に星を纏っている以上に面白いって事ですか?君も面白いけどね?」




「フフフ、確かにこの姿は奇妙で面白いだろ?」




「まぁ・・・でも奇妙って自分で言うと痛いですよ?なんか厨二臭い!」




「俺はお前が理解できる程、安い存在でも無いからな?」




「やっぱり匂うな?厨二臭い!もしかして自分だけは特別な存在とか思っていないですよね?まさかとは思いますが?」




「俺は特別な存在だ!神より尊い存在だ!」




「あぁぁ、痛いなぁー、誰か救急車呼んで!頭を怪我している人が居ます!大学病院じゃ手に負えないかもなんで、国立の研究施設にぶち込んで下さい!ついでに厨二臭いから防護服が必要です!」




「なっ!貴様!そこまで俺を馬鹿にするのか!俺は世界で宇宙、真理そのものだ!」




「あぁ、そうなんですね?ソクラテスとかプラトンが何か言っていましたね?厨二臭い奴の黒歴史は自分にも刺さるから気を付けろ?だっけ?」




「違うに決まっているだろうが!お前も見たであろう?俺の回りで倒れていた奴らを?その中に奴らも居るぞ?」




「何だって!じゃあアンタはソクラテスやプラトンが死ぬほどの黒歴史を持っているのか!確かこんな事も言っていたな!消しゴムに好きな相手の名前を書くな、友達に見られたら死にたくなる。って言っていたような、言っていないような気がする!」




「言う訳無いだろ!確かにバレたら残りの学生生活は地獄に様変わりだ!」




「あと、廊下を歩いている時に急に腰を引いて歩くと怪しいから、窓から外を見ているフリをしてやり過ごせ、時間が解決してくれる!」




「確かにアレは時間が欲しくなる!なんでお前は中学1・2年に良くある事を言うだよ!」




「要はアンタが厨二臭いって事だよ?でもいい加減ふざけるのは終わりにして、この意味の分からない世界から出して貰いたいですね?」




「俺はお前ともっと楽しみたいけどな?折角だからお前に教えてやる、ここはお前の意識の中だ!」




「また意味の分からない事を」




「まぁ、そうなるのはしょうがない。聞いた事が無いもんな?意識の中に入り込むなんて?」


確かに聞いた事も無ければ、見た事も無い。だけど、僕自身が一番理解している。


ありえないと思っていた世界は実在するって事、僕があの時撃たれてから。




「どうしたら、ここから出られる!」




「あぁ、楽しませろよ!」

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