目連の決断

天上の国・高天原


八百万の神々の中から選ばれた二十五人の神達による会議が開かれていた。




神の中から選ばれた神々は年に一度、定例会議を開いている。定例会議の内容は特別何かを決めたりする訳でも無く、井戸端会議と化していたが、今回は緊急招集が掛けられ集まっていた。




「おい!目連、お前自分の立場を分かっているのか!俺らを呼び出すとはどういうつもりだ?」




「申し訳ありません。熱田あつたの大神おおかみ様」


熱田大神、大柄な体格に神々が着ている羽織を肩から切り捨て着ている。




「そんなにイジメるな熱田?大した内容じゃ無かったらコイツを殺せば良いだろ?」




「おぉ!そうだな!天之あめの御影みかげ!」




「目連早く言わねーか!」


熱田大神は腕から炎を出しながら机を強く叩く、余りの破壊力に机は粉砕し、机は燃え尽きた。周囲の神々は呆れた様子で、目連と熱田大神を見る者、目を閉じ静かにしている者。




「熱田大神!貴殿もいい加減にしないか!」


見かねたのか、正面に座る一人の神が声を出した。その声に反応し遮る物が無くなった、熱田大神は前に歩みだした。


肩まで炎を出しながら近づいて行く、足を踏み出す度に床は黒く焦げていく、熱田大神が中央まで来た時に止める声が響き渡った。




「何をしている貴様ら!主宰神様の前だぞ!」




八百万の神々の頂点に君臨する天照大御神、そしてこの会議の最終決定権を握る神。


高天原全てを自分一人で決めるのには荷が重い。


本人の提案により発足されたこの会議、次官である神が円滑に進む様にしていた。




熱田大神は炎を消すと、体を反転させ自分の席に戻って行った。素直に戻る姿を見た天之御影は退屈しのぎに面白いものが見られる、そんな風に思っていたのに邪魔をされた事に苛立った。下唇を噛みながら視線を向けた、頭の後ろに手を回し椅子の背凭れに体を預けた。




「思兼おもい神かね、お前なに水差し点だよ?これから面白いのが見られそうだったのに?」




「天之御影?貴様のその性格少しは治した方が良いぞ、他者を焚き付ける様な姑息な真似」


椅子に深く座っていた体を起こし、机の上に体を乗り出す。




「あぁ?何が言いたい?答え次第で俺の刀で切り捨てるぞ?」




「そのままだ?それも分からない様なら自分の鍛冶工房にでも籠っている事だな?」




「そうか?思兼おま神えが刀コイツの試し切りの相手をしてくれるのか!」


天之御影は腰に差している刀に手を掛けた。




「やはり貴様に言葉を理解しろと言う方が酷なようだな?」


思兼神は眼鏡をクイッと動かし軽蔑した眼差しを向けた。




「お二人とも、もう止めましょう?」


二人の言い争いに割って入った女性が居た。にこやかに笑う・・・・。




「佐保さほ神がみさんでもこの思兼メガ神ネが喧嘩売って来たんですよ!」




「天之くん?」


佐保神の威圧感が凄まじく、笑顔を向けているが、その笑顔が逆に怖さを引き立てている。




「ご・・ごめんなさい」




「良いですよ!思兼神さん、熱田大神さん?後で2人は私の部屋に来て下さいね?」




「俺は暇じゃないんだ!」




「俺も忙しいから無理だ」




「来て下さいね?分かりました?」




「はい」×2


佐保神の笑顔の下に隠れている鬼の形相がその場にいた全員に見えた。背筋が凍り付いたが、すぐに心が穏やかになり春の温かい日差しに差されながら、草原でゆっくりと1人過ごしている様な不思議な感覚にさせた。




「さ、さっ、佐保神、あ、ありがとう」




「良いんですよ!主宰神様」




「あ、あと、これの、つ、続き、かし、貸してほしい」




「気に入って貰えて良かったです、今度下界に下りたら続編買って来ますね!」




「あのー、どうでも良いですけど早く始めましょうよ?僕はずっと帰りたい気分ですよ?」




「天迦あめの久かくの神かみ、そうだな。では始めよう。目連、お前の今回の要請は通常は容認する事は出来ないが、主宰神様の寛大なお心により実現した事に感謝せよ。」




「はい、ありがとうございます」




「では、お前が我らに伝えたい事を述べよ」




「はい、先日私は下界に下りていました。そこで私はある寺に行き、「鍵」を守護している人間に会ってきました、ですが、その人間は自分で守護していた鍵をあろう事か使い、私と戦闘になりました。そこで私は一つ疑問を感じ、ここで聞いて頂きたく、この様な機会を頂きました。」




「目連?その疑問とは何だ?」


思兼神が目連に聞いた、目連は思兼神とは目を合わせず答える。




「元々は八百年前「あの人間」を人神として利用したのが始まりです。肉体を各宗派に分け、その肉体を信仰の対象とした事で、確かに人間達の信仰心はより強くなり、皆様の存在は下界では絶対的な存在モノに変わりました」




「そんな事は皆知っている事だ!今更なんだ!」




「ですが、最近異国の協会絡みで不穏な動きが見えます。各宗派が管理している、肉体が目的は分かりませんが探している様なのです、疑問なのは数多ある神具の中からどうやって見分けているのか?と言う事なのです」




「と言うと?」




「皆様ご存じの通り肉体その物を人間に見せる事はせず、宝玉の中に秘し隠し仏像など様々な物の中に入れる事で人間の心を魅了してきました、にも関わらず既に幾つかの神具が破壊され、宝玉が奪われています。知っているのは皆様達と一部の者だけです」




「目連?口には気を付けろよ?」


思兼神は話途中だったが静かに割って入った。そして冷たい眼差し。




「あ、ああ、あの、思兼神、ど、どう、どういう意味?」 




「主宰神様、コイツは我々の中に裏で手引きしている者がいると言いたいのです」




「そ、それは本当ですか!目連」




「・・・・・」




「こ、答えなさい!」




「はい・・・でなければ不可解過ぎます」




「主宰神様?コイツの事、俺が今ここで殺しても良いよね?」


天之御影は抜刀の構えをして、目連を切り捨てる準備をしていた。




「そ、それは」




「なぁ?目連、お前の神仙の力は前から気になっていたんだ?殺してやるから来いよ?」




「天之御影!止めろ!ここを何処だと思っている!」




「思兼神止めんなよ?コイツは俺らを疑った、って事はコイツは死刑だ!」




「止めて下さい。わ、私の、私のとも」




「主宰神様、ありがとうございます。でも私情はダメですよ・・・」




「も・・目連。」




「じゃあ俺が殺してやるよ!」


天之御影が刀を抜いた、その時、扉が勢い良く開けられた。


そこに立っていたのは月読神と統太であった。天之御影も動きを止め2人の方を向いた。




「テメェら人の玩具に手出してタダで済むと思って無いよなァァ!」


ツクヨミが一歩前に出た瞬間、部屋の明かりが無くなり暗闇に包まれた。ツクヨミは室内に居る神々を見つめるが、その瞳は月の様に輝き、普段と雰囲気が違う事に神々は驚いた。




「月読神、お前が何でここに居る?ここは!」




「あぁ?天之御影?お前みたいなガキがしゃしゃり出て来るな?殺すぞ」




「天之御影止めなさい。アナタに月読神、いえ神殺しを倒せますか?」




「そんなの二千年以上前の話で今では俺の方が!」




「おいガキ?今では・・・何だ?」


ツクヨミは音も立てずに天之御影の前まで来ていた。月の光は美しく、人の心を満たして来たが、同時に人の心を乱す。照らされたくない心の闇までも照らす。そして、ツクヨミの瞳は人だけで無く、神だろうと感情がある生き物全てが、その瞳の前では偽れなくなる。




「やっ!ヤメロ!その眼で俺を見るな!」




「パンッ!」


手を叩く音が部屋に響いた。




「月読神様、お止め下さい」


佐保神がツクヨミに言うと、部屋に明かりが戻った。目連の横には統太が構えて立っている。




「佐保神、お前も俺を止めるのか?」




「えぇ、私は春の神です。生命を育む者が簡単に命を見捨てる訳がありません」




「なら、なぜさっき止めなかった?」




「部外者の月読神様には関係ありません」




「そうだ、月読神お前がここに来る事は遥か昔に禁止された。その事を忘れたのか?」




「思兼神、お前の事は昔から嫌いだったが、今も変わらない感情を持っているの確かめたかったんだ、まさか確認出来る日が来るとは思って無かったぜ」




「で?どうです?まだ嫌いですか?」




「お前を殺してから確認してやるよ!」




「次はちゃんと私を殺して下さいよ?前は私の盾しか殺せませんでしたからね?」




「やっぱり、アイツはお前に!」




「あの?僕は帰っても良いですか?神同士の殺し合いなら観戦しますが、参加はしたく無いし、本気で月読神様に勝ちたいなら僕達は須佐之男命、蛭子ひるこ神かみ、淡島あわしまの神かみ、誰かを呼ばないと相討ちで無駄死にするはめになるから、僕は辞退しますよ?」




「天迦あめの久かくの神かみ、お前はどちらの味方なんだ!」




「僕は僕の味方ですよ?誰かの為に生きるなんてカッコいい事は誰かに任せます」




「熱田大神?お前は戦うのが好きだろ?思兼神と挑んで来いよ?お前の炎なら俺の闇の中でも多少は灯せるかも知れないぞ?」




「今日は止めておく!興が醒めた」




「おい?思兼神どうする?お前1人でも相手してやるぞ?」




「フッ!お前の様な神殺しを平気で出来る奴と戦う訳が無いだろ?お前は自分が正しいと思っているかも知れないが、お前の存在自体が悪なのだ!」


思兼神の発言を聞いた目連が神足通を使い、天之御影が持っていた刀を取り、思兼神の背後に回ると首元に刀を当てた。




「その言葉は言い過ぎです、我が神に言われた言葉だとしたら私はアナタを殺す事に躊躇する事はありません」




「流石、神殺しが近くに置くだけの事はあるな?神仙の目連。だが、貴様は何をしたのか理解出来ない様だな?」




「いえ?理解などしています。ですが私が認めたお方を侮辱されて見す見す見逃す程、私は大人じゃありません、アナタの幼稚な考えなど分かっています。」




「ほぉ?なら覚悟は出来ているのだな?クロ、シロ!コイツを連れて行け!」


思兼神が言うと目連の体を黒縄が拘束した。統太は目連を拘束している黒縄を取ろうと触れるが、手を赤黒い炎が襲う、肉を焼き、骨にまで達する激痛に耐え、目連を助ける。統太は考えるよりも先に体が動いていた。




「先生!大丈夫ですよ!僕が助けますから!」




「坊!止めなさい!」




「先生にはまだ稽古つけて貰わないと僕が困りますから!」




「止めなさい!それ以上触れると手が無くなりますよ!」




「手なんて要りませんよ!僕は先生と居たいんだ!もっと一緒に居て、先生のつまらない話を聞いて、ふざける先生を見ていたいんだ」


10年という月日が短く、手を伸ばしてもっと沢山の時間を共に過ごしたい。


ほんの数秒でも良い、その目に優しく、勇敢で立派に育った弟子の姿を焼き付ける。


止めろと強く怒鳴り、止めさせないといけない・・・そう思っても言えなかった。


ただただ嬉しかった。




「ありがとう。・・・・」


目連は統太を蹴り飛ばし自分から離した、その時、目連が天之御影から奪っていた刀を思兼神が握り持っていた。




「月読神、良く見ていろよ?」


思兼神が刀を振り下ろそうとした。




「もう止めて!」


天照大御神が叫んだ、目連をあと少しの所で切れそうだったのに止められた思兼神は天照大御神を睨むが目を合わせず、自分の立場を理解もせず、優柔不断な天照大御神に苛立ちつつも、態勢を戻すと天照大御神を見ながら、天之御影の鞘に刀を投げ入れた。




「主宰神様どうしました?」




「・・・・・・・」




「何か言って貰わないと私共は分かりません?」




「・・・・・・」




「お前の口が臭いから口が開けられないってよ?」




「月読神は黙っていろ」




「主宰神様?いい加減何か言って下さいよ?」




「・・・・・・」




「チっ!目連を幽閉したのち裁判に掛ける。そこのガキは下界送り!これより高天原に足を踏み入れる事を禁ずる!月読神には阿鼻地獄にでも行って貰うか?あそこは辛いらしいからな?」




「地獄の観光とはお前も気が利く様になったな?」




「それはどうも?せいぜい楽しんで来い」




「先・・生・・・・僕は」


統太は薄れる意識の中で目連が連れて行かれる後ろ姿を見ていた、自分がもっと早く動いていたら、もっと力があれば目連を助けられたのに、統太は自分を恨みながら気を失った。

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