第16話 どうして定時連絡をしてこないのですか……?

 ティスリわたしは、村の方々が移転を決定した、との報告をラーフルから受けました。


 アルデからではなく、、、、、、、、、


 だからラーフルに向かって、わたしは極めて冷静に、執務室で書類作成をしながら心の中で言いました。


(そうですか。移転の段取りや詳細については、これから決めていくのですか?)


 すると、通信魔法越しにラーフルからの声が返ってきます。


(はい。明日にでも再び村会を開くとのことですが、村長殿の見立てだと、移転作業は一ヵ月もかからないだろうとのことです。必要な物資は、殿下が移転先ですべて用意していましたので)


(移転先を気に入ってもらえたのならいいのですが、どうでしたか?)


(気に入るどころか、みな仰天していたとのことですよ。わたしは同行しませんでしたが、話を聞く限り、王都の貴族屋敷より充実した設備のようですし)


(そうですか。であればいいのですが……)


(何か気掛かりなことでも?)


 ラーフルにそう問われ、わたしは、書類作成の手が止まっていたことに気づきます。


 気掛かりなことと言えば……


 この二日間、定時連絡をしてくるのはラーフルばかりで、なぜアルデが連絡をしてこないのか、つまりこれは職務怠慢ではないか──ということなのですが。


 それをラーフルに言っても仕方がありませんし……


 だからわたしは、別の懸念点について言いました。


(もちろん、四公領国の出方が気になっています。これほど大規模な移転は、今回が初めてのケースですし)


(ええ。後日、移転申請をしに町役場へと村長殿がいくそうですが、その際は護衛もかねてわたしも同行するつもりです。それに申請時も、貴族がいた方が何かと融通が利くと思いますので)


(そうですね。お願いします)


(はい。ただ移転申請をすることで、四公領国には情報が筒抜けでしょう。この村に、殿下が滞在していた情報も当然掴んでいるでしょうし)


(そうですね。最悪の場合を想定したほうがよさそうです)


 最悪の場合とは、四公領国の正規軍が村へと進軍することです。そうなった場合、正面衝突は避けられないでしょう。むしろ衝突しないと、村の皆さんにご迷惑どころか被害が出てしまいます。


 村への被害だけは絶対に避けねばなりません。だからわたしは命令書に手を伸ばしました。


(国境隊には即応待機命令を出しておきます。その出撃判断については、あなたに一任します)


(はっ。了解しました)


(それと、その出撃命令に合わせてわたしも出ます)


(殿下自ら、ですか?)


(ええ。そのほうが、正面衝突を回避できる可能性が高まりますから。それも踏まえて、出撃命令の判断をしてください)


(承知しました)


(もっとも、そうならないことを祈るばかりですが)


 わたしは、卓上カレンダーに視線を移します。


 四公領国が手を出してくるとしたら、おそらく、一ヵ月も掛からないはず。


 もしわたしが敵側だとしたら、村に軍を向けるのは、新法発布からちょうど一週間後──


 ──村が賦役に応じなかった、そのタイミングが適切でしょう。


 そしてそれは、移転申請をしていたとしても関係ないで押し通すはずです。移転するまでは賦役義務が生じる等で。


(ラーフル、敵が動くとしたら、おそらくは年内最終日です。少なくともそれまでは、警戒を厳にしてください)


(了解しました)


(もちろんこれは、アルデにも伝えておくように。どうもアルデは、抜けたところがありますからね……)


(はい。アルデの監督も怠らないよう肝に銘じます)


(お願いします。ところで……)


 アルデの話が出たところで、わたしは再び気掛かり、、、、を思い出してしまいます。


 気になるなら、やはりいっそ確かめるべきでしょうか……? いやでも、ここでアルデの話をしたところで……


 そんな逡巡をしている途中だったというのに、通信魔法の特性上、ラーフルに心の声が伝わってしまったようです……!


(アルデが……いやしかし……)


(殿下? アルデの事でさらに気掛かりなことが?)


(え、あっ……! いえ、その……)


(非常時ですし、少しでも気掛かりなことはおっしゃってください。すべて対処して見せます)


(そ、それは大変頼もしいのですが……本当に些細なことですし……)


(それでも構いません)


 そう言い切るラーフルに、わたしは観念したかのように言いました。


(ではその……アルデは、どうして定時連絡をしてこないのですか……?)


(アルデからの定時連絡、ですか?)


(ええ……あなたの言うとおり非常時ですから、定時連絡は当然だと思うのですが……)


 ラーフルは、少し黙考したあと言ってきます。


(わたしが定時連絡をしているので必要ないと思い、アルデには、定時連絡を促していませんでした。そのためだと思われます。問題でしたか?)


(え? いえ……問題はないのでしょうけれども……)


(それとも、アルデに尋ねたいことがあるのでしょうか?)


(え、えっと……それはその……あるといえばあるわけでもないわけで……?)


(であれば、わたしが確認しましょう)


(で、でもそれだと……回りくどいというかなんというか……)


(そもそもあの男は言葉が拙いですし。今のこの非常時で、万が一にでも殿下に誤解を与えるようなことがあってはなりません)


(誤解と言うほどの情報交換をしたいわけでもないような……?)


(故に、わたしを介したほうが正確なご報告が出来ると具申する次第です)


(もちろん……それはその通りなのですが……)


(それで殿下、アルデに確認したいこととは?)


 などと、生真面目かつ真剣な口調でそう問われて。


 わたしの思考は、ぱったり止まります。


(……殿下?)


(え、あ、はい!? なんですか!?)


 気づけば数分は経っていたらしく、ラーフルの声が疑念に満ちていました。


(アルデに確認したい事とは?)


(い、いえ! どうやらわたしの思い過ごしだったようです!?)


(そうですか。であれば今後も、定時連絡はわたしが行いますので)


(え、ええ……そうしてください……)


(では連絡を終わります。以上)


 そうしてラーフルは、通信魔法を切りました。


 …………。


 ……………………。


 ………………………………。


「た、例えば!」


 そうしてわたしは、誰も相手がいないのに声に出して言っていました!


「移転先の見学で、村の方々がどのような反応をしていたかとかは、別に誤解が生じたとしても大した問題はないわけですし!? わたしはそういった生の反応を聞きたかったわけで!? だから現場に同行したアルデと話したかっただけで!?」


 するとなぜか、どこからともなくラーフルの「であれば通信をミア嬢に代わりましょう」などという声が聞こえてきた気がしますね!?


 いやもう通信は切られているので気のせいなのですが!


「で、でもほら! ミアさんだと不必要に緊張を強いてしまうでしょう!? 今のわたしは王女ですし! でももっと気軽な感じじゃないと生の反応は分からないわけで!? つまりこういうときこそ、恐縮という概念が存在しないほどに図太いアルデが最適なのですよ! ということで!!」


 そうしてわたしは、守護の指輪を見ます!


「わたしからアルデに通信したところで……なんら問題ないし、おかしなことでもありません!」


 なのにどうしてか、心臓がドキドキするのですが!?


「これは重要な定時連絡なのですから!!」


 そう言い聞かせて指輪を二回ほど叩き、あとはアルデの名前を念じるだけなのですが──


 ──どうしても、アルデの名前を念じられません!


 ならば呪文で──と思っても、最後の詠唱までたどり着けません!


「そ、そもそも!?」


 わたしはガバッと立ち上がると、執務室を行ったり来たりします!


「なんでアルデは、ぜんぜん連絡をしてこないのですか!」


 そうして送り出した日のことを思い出します!


「あれほど、あれっっっほど連絡の重要性を言って聞かせたのに、けっきょく理解してないじゃないですか!!」


 だいたい、これまでずっと一緒だったのに!


「離ればなれになるなんて、春からこっち初めてなんですよ!?」


 なのにアルデは、ぜんっぜん気にした様子もなくて!


「だというのに二日間も連絡をよこさないなんて!」


 アルデは──


 アルデはわたしと会えなくても──


 ──寂しくないんですか!?


「っていうか!? わたし、いま何を考えてましたか!?」


 と、そんな感じで……


 その日も、わたしはあまり仕事を片付けられないのでした……

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