第7話 そもそもこのコ、爆弾娘だし……

「ちょっと勘違いしただけじゃないですか。それをネチネチと、あなたはお姑さんか何かですか?」


 あらぬ疑いを掛けられたアルデオレだというのに、なぜか文句を言われていた。


 なのでオレは、顔が引きつるのを自覚しながらも感情を押し殺して言った。


「素直に謝るなら、冤罪を掛けられたあげく爆死しそうになった状況を許してやろうってんだ。オレの心は、海よりも広いと思うが?」


「わたしに手を出さなければ爆死なんてしませんよ」


「爆弾抱えた人間と行動しているようなものだろ!?」


「わたしが作った魔具は、そんな危険なものではありません。誤作動なんて起こさないから大丈夫です」


 そう言いながらティスリは、左手を上げて指輪を見せる。


「この魔具は、わたしに危険が及んだときにのみ発現するよう厳密に設計をしたのですから。ああそれと、左手の薬指に付けているのは男避けのためで、わたしは別に既婚者ではありませんからね?」


「情報量が多すぎてついて行けないんだが……」


「やはりあなたはおバカさんなのですね」


「人を小馬鹿にする前に謝罪しろっつーの」


「はぁ……しつこい男ですね……」


 ティスリは、わざとらしく肩をすくめてから、棒読みまる出しで言ってきた。


「誤解して、すーみーまーせーんーでーしーたー」


「まるで謝意を感じられないのだが?」


「相手にどういう印象を持つかはあなた次第です。きっと、アルデの心が狭いんでしょうね」


「はぁ……もぅいいや……」


 ティスリは政商の娘なだけあって口は達者らしい。そんな人間相手に口論してもオレが勝てるわけないので諦めることにした。


「で、その指輪。本当に安全なんだろうな?」


「本当ですよ。一晩一緒にいても死んでないでしょ、あなた」


 そんな台詞に、オレは背筋が凍る思いがした。


「どんな条件で爆発魔法が発現されるんだよ?」


「わたしの体に傷を付けようとするのはもちろんですが、わたしの許可なく衣服を脱がせることもダメですし、唇を奪おうとすることでも死にますし、なんだったら同意なく手を繋ごうとしても吹き飛びますね」


「条件狭すぎだろ!?」


 あ、危なすぎるぞこのコ……つまりティスリにちょっとでも触ったら起爆するってことじゃないか!


「オレ……さっきお前を起こすときに背中を押したが……」


「あれは、わたしに害意を持っていなかったでしょう? だから大丈夫だったのです」


「害意って……その指輪、人の感情が読めるのか?」


「その通りです。すごいでしょう?」


 いや……すごいなんてもんじゃないんだが……


 オレは唖然としながらもさらに聞いた。


「ってか、お前が作ったとか言ってなかったか?」


「ええ、そうですよ。わたしは魔法士でもあると説明したでしょう?」


「まぢかよ……どれほどの名工だって、人の感情を読む魔具なんて作れないと思うが……どういう仕組みなんだ?」


「秘密です。というか説明したところで、アルデは理解できないと思いますが」


「まぁ……それもそうか……」


 そもそもオレは魔法が使えないから、ティスリとはレベルが違いすぎる。圧倒的な力の差があると、バカにされていたとしても腹立たしくもならないな。


 いずれにしても今後は、ティスリには触れないようにしよう……絶対に。


 ってか今後も何も、彼女とはこれでお別れだけどな。


「まぁいいや。それじゃあティスリ、この宿はもう一泊分取ってあるから、ここで養生してくれ」


「養生してくれって……どこかにいかれるのですか?」


「さてなぁ……とりあえず、冒険者ギルドにでも出向いてみようかとは思うが」


 戦う力しかないオレでは、今から商人や職人になることも出来ないし、農業だって大して知らない。となるとやっぱり、傭兵まがいのことでもして食い扶持を稼ぐしかないだろうな。


 衛士より実入りが少ないわ、不安定だわ、なのに危険だわでいいことないけど、今のところ、冒険者以外に稼ぐ手段は思いつかない。


 そんなことを考えていたら、ティスリが首を傾げて言ってくる。


「冒険者ギルドに出向くって……何か依頼でもあるんですか?」


「逆だよ。冒険者登録して、依頼を受けたいって話だ」


「依頼を受ける? なんのために?」


「なんのためって……仕事をしなくちゃ食っていけないだろう? 政商の娘さんには分からないかもしれないが」


「何を言っているのですか、あなたは」


 ティスリは盛大にため息をついてから、オレの目を見据えてハッキリと宣言する。


「あなたは、わたしが雇うと言ったではありませんか」


「……え? あれって、酔った勢いの冗談じゃなかったの?」


「冗談じゃありませんよ……まぁちょっとうろ覚えですが、給金も衛士の10倍は出すとも言いましたよね?」


「ま……まぢ……?」


 衛士の給金10倍って……一ヵ月分の給金で、ほぼ年収に達する金額なんだが……


 た、確かに、それだけあれば実家に仕送りしても有り余るし、両親の薬も買えるし、妹にも腹一杯食べさせられるし、愛くるしいわんこの毛並みも艶やかになるだろう。


 しかし……うまい話には裏があるというし、そもそもこのコ、爆弾娘だし……物理的にも、たぶん性格的にも。


 衛士の10倍稼げると言われても、衛士の10倍苦労するのでは意味がない。いや仕送りはたくさん出来て家族は喜ぶだろうが、オレの心身が持たず続けられなくなったら、またぞろぬか喜びだ。


 だからオレは、慎重になって確認する。


「ってか、お前だって家業から追放されたんだろう? 貯金はたくさんあるかもしれないが、収入がなければいつか底を突くぞ?」


「アルデの給金くらい、わたしの資産につく金利だけで支払えますよ、余裕で」


「ま、まぢか……!?」


 このコ……弱冠16歳にして不労所得まであるのかよ!? しかもそれでオレの年収分を毎月払えるとか!!


 大商人の娘、おそるべしだな……体を張って稼いでいるオレたち平民の労働が馬鹿らしく思えてくる。


 しかしまだ油断はできない。何しろ10倍もの給金を支払って、いったいオレに何をさせたいのかを聞いていないのだから。


「しかし……それだけの高額給金を支払うからには、何かとてつもない労働を強いるつもりだろう……?」


「まったく疑り深いですね。仕事内容は護衛で十分です」


「ご、ごえい……?」


「ええ、護衛です」


「いやだって、指輪の魔具があるなら護衛は必要ないんじゃ……」


「違いますよ。護衛対象はわたしではなく、わたしに言い寄ってくる不逞の輩です」


「……は?」


「言い寄られる度に爆殺していたのでは、憲兵に目を付けられるでしょう? 後味も悪いですし」


「……指輪、外せばいいじゃないか」


「イヤですよ。これ、お気に入りなんですから」


「さいですか……」


 触れただけで人を爆殺するとんでもない武器を、お気に入りの一言で片付ける神経……どうかしているな……


 とはいえ彼女の言った通り、優男だけを除外していればOKなんて都合のいい話、信じるわけにはいかない。


 例えば彼女が命を狙われていたりしたら、契約外のことだったとしても、オレは助けざるを得ないのだから。雇用主に死なれては困るという意味で。


「念のため聞いておくが……ティスリは誰かに命を狙われていたりするのか? 恨みを買っていたりとかは?」


「品行方正なわたしが、誰かの恨みを買うわけないでしょう?」


 本人が知らないだけで、恨みを買いまくっていそうだがなぁ……


 しかし自覚がないなら、例え命を狙われていたとしても気づかないだろうし。


 オレはさらに質問を重ねる。


「例えば、遠方から魔法で狙撃されたりしても、その指輪の魔法は発現するのか?」


「もちろんです。防御結界で完全に防げます」


「結界は、どのくらいの強度なんだ?」


「街一つ消し飛ばすような大量破壊魔法でもない限り、狙撃はもちろん、あらゆる攻勢魔法を防げます。ちなみに食事の毒検知、病原菌の撃退、疲れたときの回復魔法まで自動で発現されます」


「ほとんど無敵じゃんか……」


「わたしが作ったのだから当然です」


「二日酔いの割によくしゃべるのも、その指輪のおかげなのか?」


「そう言えばそうですね。回復魔法が効いてきたようです」


 であればまぁ……護衛役のオレが守り切れなくても、彼女の身に危害が加わることはなさそうだな。


 あとは、ティスリの性格に目をつぶることができれば……給金10倍か。


 衛士になってからの一年間、先輩衛士のイビリやイジメに耐えてきたオレにとっては、彼女の難あり性格なんて可愛らしく思えてきた。


 だからオレは、ついに決意する……!


「よし、分かった! その護衛役、引き受けよう!」


「そうですか。では謝罪してください」


「……はい?」


 護衛役を引き受けた途端に謝罪を求められ、オレは意味が分からず素っ頓狂な声を出していた。


 ティスリは、明らかに苛立っている雰囲気なのに笑顔だった……ちょっと怖い。


「さっき、大したことでもないのにわたしに謝罪させたことを、謝罪してくださいね?」


「……………………」


 オレが、痴漢の冤罪についてティスリに謝罪させたことを謝れ、と?


 ティスリは、あくまでもにこやかに言ってくる。


「謝罪しなければ、給金10倍のオイシイお仕事は、なかったことになりますが?」


 こ、こいつ……!


 しかしオレはぐっと堪えて、拳を握りしめながらも口を開く。


「も……もーしわけございませんでしたー」


「まるで謝意が感じられませんね。そんなことではこのお仕事を──」


「大変申し訳ございませんでした! ティスリ様!!」


 オレは立ち上がって直角になるほど頭を下げると、ティスリの偉そうな声が聞こえてくる。


「うむ、よろしい。今後はわたしを主人として崇め奉るように。あ、でも敬称や敬語はいりませんよ? 以前も言いましたが市井で恭しくされたら目立ってしまいますからね」


 …………。


 ……………………。


 ………………………………。


 オレは、早くもめげそうになっていた。

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