秋と妖怪と神経衰弱
藤泉都理
鮭おにぎりと栗ぜんざい
((ふっふっふ、この勝負勝ったぜ))
烏天狗と九尾の妖狐は相手に見えないように、手で口元を隠しながらほくそ笑んだ。
暇潰しに、と。
妖怪の村長である座敷童が人間界で流行っているという神経衰弱なる競技をやろうと満面の笑みで言い出したが、最初はどの妖怪も相手にはしなかった。
今は秋。食べ物の秋。どの妖怪よりも時に素早く、時に巧妙に動いて、より多く、より美味しい食べ物の捕獲に目の色を変えていたからだ。
しかし、座敷童もそんな妖怪たちの思考も織り込み済みだったのだろう。
景品をつける、と言ったのだ。
勝者には鮭おむすびと栗ぜんざいを進呈する、と。
その瞬間。妖怪たちはこぞって座敷童の前に跪いたのであった。
そうこうして、現在。
村がお日様に代わって狐火で照らされる時刻になって漸く。
全員参加で勝ち抜き形式の試合方法で行われた神経衰弱の勝者四体が、決勝戦に突き進む事ができたのであった。
烏天狗、九尾の妖狐、子泣き爺、そして、座敷童だ。
((子泣き爺と座敷童か。確かに強敵だが。今の俺は無敵だ))
何故なら俺は一時的に或る能力を手にしたんだからな。
共に物を透視する能力を一時的に得た烏天狗と九尾の妖狐は勝利を確信していた。
のだが。
「子泣き爺。重くするのはおまえの体重だけにしてくれませんかね」
「ひょっひょっひょ。せいぜい己の非力さを嘆いておれ」
一番手である烏天狗は数字を楽々と透視、涼しい顔でトランプをめくろうとしたのだが、できなかった。
大岩よりも遥かに重かったのだ。
「ぬぅぅぅぅぅぅ」
「ひょっひょっひょ。めくれぬならば一巡目は棄権と言う事で。次はわしの番じゃの」
二番手である子泣き爺は適当にトランプをめくった。
トランプは重くしたままだったが、子泣き爺にとっては木の葉と同じ重さであった。
「ひょっひょっひょ。当たりじゃ当たりじゃ」
一組二組三組と。
次から次へと同じ数字を当てて行く子泣き爺を見て歯ぎしりをする烏天狗と九尾の妖狐。早く外れろと念が通じたのか。八組目で快進撃を停止した。
「おりゃりゃ。次は座敷童じゃの」
「うん」
三番手の座敷童は常に閉じている目を少しだけ開いて、迷いなく二枚トランプをめくったが、数字は違うものだった。
「あれれ。外れた」
「残念だったなあ」
黒い笑みを発した九尾の妖狐はトランプをちらとだけ一瞥すると、ボキボキと指を鳴らしてから、おりゃおりゃと目にも止まらぬ速さで次から次へとトランプをめくっていった。
一組二組三組と。
トランプの重さにめげずにめくり続け、当たりを出し続ける。
どの妖怪も思った。
九尾の妖狐の優勝だと。
烏天狗が漆黒の翼で以て、トランプを吹き飛ばさなければ。
「すみません。ちょっと窮屈だったので翼を広げようとしたら。ああ。これは丸見えだ。いけないいけない。さあさあ。途中からやり直しましょうか」
「てめえ。烏天狗。わざとやりやがったな」
「いえいえ、不慮の事故です。ほら。九尾の妖狐の番のままでいいですから」
嘘をつけ。
どの妖怪も思った。
息も荒く顔も真っ赤だったのだ。
力を入れて翼を吹き上げたのが丸分かりだった。
「ほらほら。早くしないと日が過ぎてしまいますよ」
「っち」
決勝戦に勝ち進んでいない妖怪たちが並べ直し、九尾の妖狐はもう動かすなよと烏天狗に念を押して、トランプめくりを再開しようとした、ら。
(み、見えない、だと!?)
どうやら能力が失われたようだ。
九尾の妖狐は愕然とするも、すぐに気を取り直した。
運はいい方だ自分自分を信じるんだ。と。励ましもした。
結果。
言い出しっぺである座敷童が優勝。
鮭おにぎりと栗ぜんざいは見事座敷童の腹に収まったのである。
「ごめんねえ。みんなに食べてもらいたくて張り切って作ったのにねえ。あーあ。残念残念。またしようか」
「「「「「「「「「もう当分いいです」」」」」」」」」
妖怪として生まれて初めてこんなに頭を使ったかも。
どの妖怪もぐったりと地に伏せながら、美味しそうな鮭おにぎりと栗ぜんざいの残り香を必死に吸い取ったのであった。
(2022.9.22)
秋と妖怪と神経衰弱 藤泉都理 @fujitori
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