浮気な夫と最後のコーヒー

秋雨千尋

愛しているから許さない

「ねえ、あなた」


「な、なんだい。そんなに怖い顔をして」


「どうしてお財布にコンドームが入っているの?」


「やだなあ、金運アップのおまじないだよ!」


「ラブホテルの割引券もあったわ」


「最近のラブホテルは備品の質がいいし安くて静か。リモート会議にうってつけなんだよ」


「寝ている間にSNSの通知が来ていたわ。“早く結婚したい。子供を産みたい”って」


「恋愛に悩んでる後輩の相談に乗っているのさ」


「続けて“いつ奥さんと別れてくれるの?”とも書いてあったわ」


「彼女、ヒドイ男と不倫していてね」


「留守電に“しねメス豚”ってメッセージが」


「君は知らないだろうけど、ネット◯リックスで豚の婚活番組が流行っているんだよ。そこでよく出てくる決め台詞さ」


「私のSNSに事実無根の誹謗中傷が書かれているの。ホスト狂いの性病持ちで殺人の前科があって犬を虐待してるって」


「最近、訴えられるかギリギリのチキンレースをやる若者が多くて社会問題になってるんだよね。他の人のSNSもそうなっていると思うよ」


「……まだ、私を愛している?」


「当然じゃないか! ん、何をやっているのかな。カメラを仕込んでいたの?」


「ええ。あなたが浮気を白状した時のために。でも誤解だったみたいね」


「信じてくれたんだね!」


「安心したら喉が乾いちゃった。お水でも」


「不安にさせたお詫びにコーヒーを淹れるよ。変わらぬ愛を込めてね」


「おいしい……」


「この苦味を共有できるのは君だけさ」


「去年のクリスマス、仕事でどうしても帰れないって言っていたのに、五つ星ホテルに泊まっていたのね」


「……はっ?」


「クレジットカードの明細を見たの」


「ああ、取引先の人との会食だよ。君には分からないだろうけど、それも営業の一環でね。今日のコーヒーちょっと苦いな。砂糖を入れよう」


「取引先の方は女性?」


「ゴッツイ男だよ」


「ふーん、ティ◯ァニーで買い物した履歴もあるけど、それも取引先の人に?」


「そうそう、彼女にあげるんだって!」


「車の座席からピアスが出てきたの」


「帰りが遅くなった後輩を乗せた事があるからね! 本当に苦いな。砂糖を追加しよう」


「……わたしね、あなたを愛しているの。だから誰にも渡したくない」


「ゴクン。仕事柄、いろいろ疑われるのは仕方ないけど、信じて欲しい。ぼくは──がはっ!」


「どうしたの、あなた、あなた! 大変。早く救急車を呼ばなくちゃ!」


 110番を終えた私は、一度止めてから再度動かしていたカメラを止めた。

 これで彼が自分で毒入り砂糖を入れている映像が手に入った。毒は彼のスマホから通販したものだ。

 

 誹謗中傷の犯人はもう弁護士をつけて見つけてある。彼の職場の後輩だ。

 不倫の分も併せて多額の慰謝料を支払ってもらう。


 喉を押さえて、のたうち回る彼を見つめる。

 出会った日、告白された日、初めての夜。

 たくさんの思い出を振り返りながら、困惑した目を向ける彼に最後の証拠を突きつけた。


「ドライブレコーダーは室内の音声も録音するのに、カーセックスをするなんて馬鹿なの?」


 彼は絶望に満ちた表情を浮かべて絶命した。



 終わり。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

浮気な夫と最後のコーヒー 秋雨千尋 @akisamechihiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ