星屑さがしとおかしな家

香久山 ゆみ

星屑さがしとおかしな家

 いつの間にか、すっかり迷子。

 ユマとカグの姉妹は、森の奥深くで行く道も帰る道も分からない。星屑さがしのためにずっと足元ばかり見ていたせいだ。

 昨夜、彗星が上空を通り、あまたの流れ星を散らした。その中で一際輝く星が森に落ちていくのを、はっきりと見たのだ。流れ星はなんでも願いを叶えてくれるという。それで、小さな姉妹は朝になってからふたりきりで森に入った。

「ユマちゃんどうしよう、帰り道がわからないよう」

 妹が困り顔を上げ、姉を見つめる。小さい鼻がピクピク動く。姉はしゃがんで妹の頭をなでた。

「大丈夫だよ」

 お姉ちゃんに任せて。ユマは自信満々に微笑む。こんなこともあろうかと、歩いた道にてんてんと目印を置いてきたのだ。おやつに持ってきたパンを道すがら少しずつちぎって落としながらここまで来た。だから、目印のパンくずを逆に辿っていけばうちに帰れる。

 ユマは最後に足元に落としたパンくずを確認する。そして、その一つ前に落としたパンくずを。……あれ?

 ない。

 きょろきょろ見回す。地面は土で覆われていて見通しはいい。なのに、ない。ここまで置いてきたはずのパンくずが、全然。

 ど、どうしよう……。

 ユマは妹を振り返った。小さなおしりがふりふり揺れている。

「カ、カグっ?!」

 思わず大声を出す。カグはびっくりして、慌てて口の中の物を飲み込んだ。

「カグ、パンくず食べちゃったの? 全部?」

 カグが気まずそうに目を逸らす。ユマはため息を吐いた。小さな妹はずっと姉の後をついて歩いていた。ユマがパンくずを撒いたはしから、ぱくぱく残らず食べてきたのだろう。カグは食いしん坊だから。

 ユマはその場にしゃがみ込んだ。カグがおずおずと体をすり寄せてくる。ふわふわの毛並みが温かい。

「よしっ」

 ユマは自分を励まして、それからカグの頭をなでた。カグがしっぽを振る。仕方ない、だってカグは犬なのだもの。ユマは人間で、カグは犬。けど、幼い頃からともに育った仲良し姉妹。ふたり一緒なら何も怖くない。

「行こう!」

 ユマが立ち上がる。カグもざっざと土を蹴る。

 たぶんこっちから来たと思う。当てずっぽうで森を進む。周囲の景色は見たことがあるようなないような、木々が茂る様子はどこも似たような景色で判別がつかない。それでもユマは大丈夫だと声を掛けながら道を行く。お姉ちゃんだもの。

 と、急にカグが立ち止まって顔を上げた。クンクン鼻を動かしている。

「どうしたの?」

「ユマちゃん、こっち!」

 カグが駆け出す。きっと知ってる匂いを見つけたんだ! ユマもあとを追いかける。

 木々の間を通り、草むらを抜ける。こんなところ通ったかしら。ユマはふと不安になるが、カグの足には迷いがない。森はいっそう深くなる。

 しばらく夢中で走って、カグはようやく足を止めた。追いついたユマも息を切らせて顔を上げる。カグはどや顔でしっぽをぶんぶん振っている。目の前に、家がある。

 ユマはがっくり肩を落とした。だって、ここはユマとカグの家じゃない。

 誰の家?

 けど、ここの人に尋ねれば帰り道も分かるかもしれない。気を取り直して、ユマはその家に近づいていった。そしてすぐに気づく。なんだかとっても甘い匂いがする。さらに近づいて、驚いた。その家は全体おかしで出来ているのだ。ビスケットの壁に、チョコレートの屋根。窓は飴で出来ているし、それからそれから。

 ユマが呆然とおかしの家を見上げる間に、カグはクッキーの柱をペロペロしている。

「あっ、こら、カグ。だめだよ!」

「ヴぅぅ~」

 かわいいカグだけど、食事を邪魔した時だけは鬼の形相で怒るのだ。こうなるともう手が付けられない。こら。ヴぅー。だめだってば。やいのやいのしていると、ガチャリと煎餅の扉が開いた。

「どなた?」

 フリフリのエプロンを付けたおばあさんがこちらを覗く。

「大きな鼻!」

 カグが無邪気な声を上げる。なんて失礼! ユマは気が気じゃない。が、おばあさんは怒りもせずに言う。

「そういうお前さんはとっても足が短いね」

「うふふ。ユマちゃんとおそろいなの!」

 カグとおばあさんは妙に意気投合している。ミニチュアダックスフントのカグの足が短いのは当然だが、ユマもおそろいってのは、複雑な気分!

「迷子なら、お入り」

 お腹が空いているだろう? おばあさんはおかしの家の扉を大きく開く。カグはしっぽをふりふり入っていく。ユマも慌ててあとを追う。背後で、バタンと扉は閉ざされた。

 待っておいで、と暖炉の前に座らされたふたりの前に、おばあさんはせっせと料理やおかしを運んだ。それは夢のようにたくさん! カグは瞳をキラキラ輝かせて今にもごちそうに飛びつきそう。まだ不安げな顔のユマに、「ここの食材だけど、しっかり調理してるから大丈夫だよ」ホッホとおばあさんが言う。

「さあ。たんとお食べ。たらふくお食べ。まるまる太っていた方がかわいらしいからねぇ。ホッホッホ」

 はっ。妹を、守らなくちゃ。皿が並べられたテーブルを見た瞬間、ユマの体は反応した。片手でカグの体を制しながら、テーブルに飛び込むようにかぶりついた。クリームシチュー、コロッケ、チョコレートケーキ。ばくばくとユマは一心不乱に口の中に放り込む。ワン! カグがようやくテーブルの上に顔を出した時にはすでにほとんど何にも残っていない。ク~ン。悔しそうに残ったササミを食べるカグを横目に、ユマは満足げにお腹をさする。ふう、危なかった。ネギやチョコは、犬には毒なのだ。食いしん坊の妹が食べちゃわなくてよかった。

「ホッホッホ。そんなに急いで食べなくたってまだまだあるよ。今日はもう遅いから泊まっておいき。明日また作ってあげましょう」

 ふたりはおばあさんの言葉に甘えて泊まっていくことにした。

 翌日も朝からおばあさんはたくさんのごちそうを出してくれた。押しあいへしあい、姉妹はぺろりと平らげる。まあ、大半は姉のお腹におさまるのだが。だって、よそのおうちの料理って何が入っているか分からないし、小型犬が体重増やすのは良くないし、それに何よりとってもおいしいんだもの!

 朝昼晩におやつまで、その日もふたりはたらふく食べて、うーんもう動けない。

「あらあら。もう一日泊まっておいきなさいな、かわいい姉妹さん。食べちゃいたいくらいだわ。もっともっとたくさん食べてころころ丸くおなりなさい」

 そうしてふたりはまた泊まって。食べて。泊まって。食べて。

 幾日かが過ぎた。

「ホッホッホ。ふたりともずいぶん馴染んできたわね。いっそうちの子になりなさいな。そうすれば毎日おいしいごちそうよ」

 それに、妹ちゃんはまだあまり丸こくないわね、もっとたくさん食べなくちゃ。ユマがカグを押しのけてたくさん食べるせい。

「そうだよ。カグもユマちゃんみたいに丸こくなるまで食べる!」

「えっ?!」

 慌てて鏡を見たユマは、振り返って言った。

「私たち、帰ります!」

 えーなんで? ユマちゃんのバカ! カグは憤慨。そうよ、もっとゆっくりしていきなさないな。まだまだ食材はたくさんあるし、ふかふかのお布団だってあるわ。おばあさんも詰め寄ります。

 けれどユマの決意は変わりません。それに、よく考えればおかしな家だもの。おばあさんは不自然なほどふたりに親切、まるで魔法みたいにたくさんの料理やほっぺの落ちそうなおかしを、ただで食べさせてくれる。そのくせこの数日間、私たちは一歩もこの家から外に出してもらっていない。食べて、おしゃべりして、食べて、昼寝して、食べて、トランプして、食べて、眠って。……だから私はこんな姿に。早くここから出なきゃ。

 鼻の頭にしわを寄せテーブルの脚にしがみつくカグを引っぺがし、ユマは出発の準備を整えた。なのに、おばあさんは扉の前に立ちはだかって通してくれそうにない。

「どうしておばあさんは、そんなにも私たちにここにいてほしいの?」

 ユマが訊ねると、おばあさんは絞り出すように言った。

「……寂しいのよ……」

 うつむいたおばあさんから一粒の涙がこぼれた。カグがユマの手をすり抜け、そっとおばあさんの足元に寄り添う。

「ずっと、寂しかったの」

 おばあさんは今よりずっと若い時に自ら望んでこの場所に越してきた。町での暮らしは苦しいことも多かったから。誰かが誰かの悪口を言ったり、それに愛想笑いをしたり、女だからとか、まだ結婚しないのかとか子どもはとか、独りでかわいそうだとか。どれだけ懸命に真面目に生きても、町ではしんから心静かに暮らせなかった。

 だから、思い立ってたった一人で森の奥深くで生活することにした。自分でいちから家を建てた。太陽とともに起き、星空の下で眠る。聞こえるのは木々のさわめきや小川のせせらぎ、鳥のさえずり。静かで穏やかな生活に、ずっと満足していた。

 けれど、年を取ったせいかしら、最近寂しく思うようになった。私はこのまま死んでしまうのかしら。誰にも気づかれずに、一人ぼっちで、まるで存在なんてなかったみたいに。そう思うと、寂しくて。一人でいることが、怖くなってしまったの。

 だから、つい、かわいいふたりを引き留めてしまったのだという。

「なら、また町に住めばいいよ」

 カグがさらりと言う。

 おばあさんは首を横に振る。だめよ、今さら。自分で町を捨ててこの森の奥を選んだんだもの。もう町に私の居場所なんてないわ。こわいの。

 カグはおばあさんを見上げた。どうして人間はこんなに大きくて、こんなに長く生きたのに、まだこわいものなんてあるのだろう。分からないから、ただ温かな体を寄せることしかできない。ユマちゃんどうしよう。

 ユマは、じっと考えていた。どうすればおばあさんの心に届くだろうか。握りしめたおばあさんのしわしわの手は小さくて温かい。おばあさんが作ってくれたスープと同じくらい、あたたかい。

「おばあさんは彗星に似ている」

 ユマはおばあさんの手をぎゅっと握ったまま言った。

「彗星はね、太陽系の果てからずっと長い旅をしている。一人ぼっちで。だけど、何年かに一度地球に近づいて、美しい流星群を降らせるの。それでまたそのまま離れていってしまうんだけど……」

 伝えたい思い、一人じゃ上手く言葉にできない。

「そうやって遠くからたった一人で旅してきた彗星が、地球の生命を宇宙から運んできたっていう説もあってね。だから、ええと」

 カグがぱっと顔を上げる。

「ほんとだ。おばあさんの料理でカグもユマちゃんも元気になったもん。おばあさん彗星みたい! カグたちね、流れ星の欠片を探してここに辿りついたんだよ。だから、迷子じゃなかったね」

 カグがしっぽを振る。すうっと息を吸いユマが続ける。

「そう。私たち、おばあさんに会えてとても幸せなの。おばあさんがそうすることを選んだから。そんなふうに、選んでいいんだよ。また町で暮らすことも。それで嫌になったらまたここに帰ってくればいいんだよ」

 ユマとカグが見上げると、おばあさんはふたりをぎゅうっと抱きしめてうんうんと何度も頷いた。

 それじゃあ町に新しい家を建てなきゃね。ユマが知り合いの大工を呼ぶ。すぐに子ぶたの三兄弟が飛んで来た。

「久しぶりー」

「ありゃ? お前ずいぶん太ったなあ!」

 ブヒブヒブー。真ん丸くなったユマの姿を見た三兄弟が笑い転げる。ブタに笑われるなんてしゃくだが、実はブタの体脂肪率は十パーセント程で意外と筋肉質なのだ。

「カグちゃんは今日もかわいいな~」

 三兄弟が競うように色とりどりの花を差し出すも、カグはどこ吹く風。食べられないものにはあまり興味ないの。

 おおー、これはすごい。大工の三兄弟は感嘆の息を漏らす。様々な建築材を扱う彼らだが、おかしの家ははじめて。さんざん眺めて、記録を取ったあと、ようやく仕事に取りかかる。彼らの仕事は早い早い。あっという間に、おかしの家そっくりの家を町に建てた。

 町の家は森の家より一回り大きく作られ、おばあさんはカフェを始めた。手料理はたちまち評判になり、大繁盛。もう寂しいと思う暇などないくらい賑やかな毎日となった。ノイズが新たな発見に繋がることもある。が、時々は森の奥の家に帰り、そこで一人静かに過ごしたり、カグたちに手料理を振舞ったりする。

 おばあさんは新しい生活に満足している。今のところは。いつかまた不安になるかもしれない。けれど、その時には一人自由に旅に出ればいいさ。そんなふうに考えて、満天の星空の下でくうくうと眠った。

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