第4話 旅立つ私と死なない相棒
呪いは祓われた。
もはや、庵は清浄な気に満ちている。
私は、おずおずと奏に聞いた。頭が混乱している。
「あの、さっきの、呪いとの話なんですけど……、いや、それよりも龍笛についてた紋様。あーっ! 龍笛、駄目になってしまったんですが、これ大事なものだったのでは⁉︎」
奏は、朗らかに笑って応える。
「龍笛は構わん。それなりに大事にしてはいたが命には変えられん。紋様は皇家のものだな。大体推察はついたのだろう?」
「300年前の呪いという事は、先程のは建国の八英雄と戦った伝説の妖魔ということで……」
「そうだな。鈴水花、お前の先祖が浄化により封じたが、滅する事はできなかった。それが、300年で封印が緩んで出てきたという訳だ。ヤツが最初だったが、後7体、おそらくそろそろ封印が解ける」
「大変じゃないですか!」
「そう、だから、お前の力が要る。八英雄鈴水花ですら滅することのできなかった妖魔を滅した、今代の『浄化の巫女』鈴翠蓮。約定通り、力を貸してもらう」
「それは、構わないんですが、貴方は……、その……」
「俺は、興奏雅。初代皇帝だな。不死の呪いを受けて320年程生きている。俺の受けた呪いが最も強い。水花ですら封ずることができなかった。おそらく、八体の妖魔を全員滅するまで呪いは解けん。だから、鈴翠蓮。力を貸せ」
「たっ、太祖様! やはり!」
会話の流れで薄々気が付いてはいたが、はっきりと言われるとやはり驚く。だって、物語では礼儀正しくて、理知的で正義感が強い可愛い少年なんだよ!
「考えている事が顔に出ているぞ。まあ、320年も生きていれば、物語のように可愛く無垢な少年というわけにもいくまいよ」
「失礼いたしました」
「なに、構わん。太祖と言っても今はなんの権力があるわけでもない風来坊だ」
「えー、失礼ですが不老不死なのであれば、名君の誉の高い陛下が政治を行えばいいのでは……」
「馬鹿をいうな、定命の者の政を不死の化け物が行えば必ず歪みが起こる。朝の新陳代謝も起こらん。大体俺がトチ狂って悪政を行えばどうなる? 不老不死の悪虐皇帝なぞ悪夢だぞ。そもそもそれでは呪いが解けんだろう」
「はあ」
それはそうか。
「だから、俺は朝の交代時に挨拶のみ顔を出している。それくらいで良い。まあ、8代は酔狂なヤツだったから、隠密もどきのことなどもさせられたがな。基本的には俺はもう政治には関わらん。それこそ妖魔が攻めてくるようなことでもなければな。まあ、そうは言ってもある程度は朝に顔は効く」
8代皇帝興凛星様は、中興の祖と呼ばれる名君だ。独自の諜報機関を持ち、州侯や郡吏の不正行為を随分と暴いたらしい。陛下本人が市政に出て町人のふりをして事件を解決する隠密皇帝・興凛星は、劇場でも定番の人気演目だ。あれ、そんな事情があったんですね……。
「まあ、というわけだ。身分のことはあまり気にするな。それよりこれからのことだ。鈴翠蓮、お前にはふたつの道がある」
「一つは、このまま、俺と呪いを解く旅に出ること。おそらく八家にかけられた呪いの封印が次々と解き放たれる。これを放置することはできん。その場合、面倒を避けるためにお前は死んだこととして、俺の部下になってもらう。俺の存在自体表には出せないからな。もう一つは、鈴家に戻ること。浄化の力は貸してもらうかもしれんが、基本的には今まで通りの生活ができる。呪いのことに関してはどちらでも皇家から口添えしよう」
「約定は、かまわないのですか?」
「俺は、建国の八英雄を仲間と思っている。子孫を望まぬ道に引き摺り込みたくはない。今回存分に働いてくれたしな」
父と母の顔が頭をよぎる。随分迷惑をかけてしまった。返し尽くせない恩がある。家に帰れば、喜んでくれるだろう。
だが、答えはもう決まっていた。
「呪いに関する鈴家の悪名に関しては晴らしていただけるのでしょうか?」
「もともと、誰が悪いわけでもない話だ。当代の帝より手厚い慰問とお前を惜しむ文を送るよう計らう。それで、少なくとも朝において表だって何かいうものはあるまい。呪い自体が消えてしまえば市井の噂もそう続くまいよ」
「では、鈴翠蓮の名にかけて! この身に賜った当代の「浄化の巫女」の名にかけて! 鈴翠蓮、興奏雅様の矛として妖魔と戦い、諒国の繁栄の礎となること誓約いたします。我は君の矛、我は君の盾、約定に従いこの命尽きるまで、妖魔と戦い、勅旨を果たし、君の呪いの解呪に尽力致します」
誓いと共に御前に跪く。
思えば、この4日は太祖にこの身の世話をさせていたのだ。恥ずかしくて顔から火が出そうだ。それどころか、内衣姿で脚やら背中やらを……。
「よろしく頼む。と言いたいが、お前、顔が真っ赤だぞ。なんだ、今更恥ずかしくなったのか? まあ、解呪を急がねばならぬ状況だったのだ、あまり気にするな」
そうは言われても、そういうわけにもいかない。
こちらは15の乙女なのだ。ああ、いっそ初対面の時のようにずけずけと話してくれた方がよほど気が楽なのだが!
「あまり揶揄ってはいかんな。さて、俺の不老不死の呪い、鈴家の腐敗の呪い。残りの六家も呪いは受けている。後はいつ封印が解けて発動するかになる。『万夫不当』陸嵐戒への眠りの呪いや、『羅刹』羅盤尋への生命力を吸収する呪いなどわかっているものもあるが、発動してみないとわからないものもある」
「当座は、旅をして八家に異変がないか様子を見ながら浄化の力を磨くこととなる。よいか?」
「はいっ!」
不謹慎なのだろうが、私は、少しワクワクしていた。幼い頃、夢に見ていた高祖・水花様と同じように、冒険の旅に出られるのだ。しかも相棒が太祖・興奏雅様。
「まあ、先も言ったが、俺自体は権力があるわけではない風来坊だ。かしこまられても困る。今まで通り、奏で構わない。俺もお前のことは翠蓮と呼ぶ」
「わかりました、よろしくお願いします。奏……様」
「旅をする時にそう丁寧に扱われると身分を疑われる。あくまで対等な相棒として接してくれ」
「わかりました、奏」
「そういえば先程の歌は見事だった。鈴水花の『旅立ちの歌』だったな。水花はよくあの歌を歌っていた。人の生は苦しい事も悲しい事も多い。だからこそ、嬉しい時楽しい時は精一杯、人生を楽しめと。宴の時にはいつも、歌っていたものだった」
そうだ。私も大好きな歌だ。
『辛い事、苦しい事があっても、諦めず前を見て進もう。隣には友が居て、貴方を支えてくれるだろう。いずれ日が昇る、歩んできた道は、そのまま歓びになるだろう。友と歌い、踊り、酒を酌み交わし、大いに楽しもう。明日また闇が訪れたとしても、その思い出と希望は前に進む力となる。さあ、いかん、未知なる旅へ。今日を楽しみ、明日の困難を超えて、私達はきっと希望を手にする。』
そんな歌だった。
奏をまっすぐに見つめる。
「では、旅立ちましょう、明日の困難を超えて」
面白そうな顔で、彼も答える。
「そうだな、希望を手にしに行こうか」
そうして、私の冒険は始まった。
腐敗する私と死なない貴方 津尾尋華 @tuojinka
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