第2話-暗黒騎士-
「アナタさぁ……彼をここに通しちゃダメって言ったよね?」
うんざりしながら、廊下で小声で使い魔を𠮟る私。
私がこの子を叱りつけたのは、廊下から見える応接間のソファにまたあの少年の姿を見つけたからだった。
私の存在に気付いた少年が、軽く会釈してくる。
仕方ないので、私は応接間に入り、彼に向き合う場所に置かれた革椅子に座した。
「あのねキミ? 私長年生きてて初めてよ、キミみたいに生きてる人間族が自分からあの世とこの世の狭間に出入りしてくるの」
「それよりもクローネの姐さん……聞くところによると、死神エリートの登龍門と言われる、対人間族の副首長に昇進されたそうで……おめでとうございます」
「……そういうのいいから」
この青年の言うとおり、私はクローネという名を持つ死神。
本来は、あの世とこの世の狭間で、死者の選別を行う存在である。
この部屋も人間向けの装飾を施してはいるが、地上界とは全く異なる霊界。
死んだ人間の次の転生先、転生後のステータスなどの選択肢を伝え、来世について話し合う場所だ―――本来は。
「……で? 何しに来たの今日は。まさか本当に死んだわけじゃないんでしょ」
場所が場所である以上、我々が相手にするのは死者のみ。
ただし、ごく稀に、生きてこの世にいる人間の相手をすることもある。
「はい、実は【暗黒騎士】として、もうちょっと力を貸してもらいたくて……」
「力って……ちょっと待って? キミたちのパーティーこないだ難関ダンジョンの最終層クリアしたっていってたよね」
この少年―――冒険者・クランツは、少々特別な
彼が国内最強になれたことには、我々死神が関係している。
「えぇ、それはそうなんですけども……」
「……
言い淀んでいるクランツを前に、私は先に答えを述べた。
「はい、まあちょっとね……」
「本っ当にもう、冒険者って人種は……」
彼が最強の冒険者になったのには、それなりの理由がある。
彼は貧民街の出で、富裕層出身の冒険者にいじめられた過去があり、最強の冒険者となって富裕層の連中を見返したい!という野望があった。
虐げられた過去故に、彼は強い力を人一倍欲していたのだ。
でも。
「あのさぁ、やめた方がいいってそれ。いくら勝ったってどうせ出禁食らうんだから」
「いやいや、次の国際剣闘大会では絶対に勝ちたいんです。ここで姐さんに強くしてもらって、国外にいる名だたる強豪を蹴散らしてやりたいんです」
ダチクア最強の冒険者となったクランツは、更に国外にもその名を轟かせる強さを得ようとしていたのだ。
だが【暗黒騎士】という禁断の
近年の
でも、彼は。
「やめときなさいったら……」
「いやいや、そこをなんとか。腎臓受け取ってくださいよ」
「ダメだって」
「いえいえ、姐さんの名にかけて絶対勝ちます! 文句なしで優勝して、【暗黒騎士】の存在を諸外国にも認めさせてやります。だから腎臓出しますから、強くしてください!」
「あのさ」
一拍間をおいて、私は彼に告げた。
「……
◆ ◆ ◆
ある者は剣士、ある者は魔法使いと言った風に自分の強みを生かした
これらの冒険者の中に、【暗黒騎士】という特異な
鎧をまとい、剣を手に戦う、という点は従来の剣士系統の
違うのは、彼らの鎧や兜や剣、そして身体自体も、呪いの力を得ている、ということ。
そして、その呪いの力を与えているのは、冥界に生きる我々死神だった。
数年前に目の前の少年・クランツも、王宮内の隠し部屋に忍び込んで禁呪を使い、私を召喚して【暗黒騎士】となった。
【暗黒騎士】は我々死神と契約して、大いなる呪いの力をその身や装備に宿す。
だが当然、死神の我々が無償でただの人間に力を貸す理由などない。
交換条件は、金でも武器でもなく、体の一部をささげること。
ある者は腕を。ある者は足を。ある者は片目を。
自分の一部を捧げられるか否かで、呪いの力を得るための覚悟を測るためだ。
その後どうなるかも計算できぬままに体の一部を差し出した挙句、二度と人間らしい生活が出来なくなり、死ぬまで後悔するハメになった【暗黒騎士】も数多く見てきた。
だから召喚された我々が【力が欲しいなら、身体の一部を差し出して覚悟を見せよ……】と体の献上を要求すると、その時点で人間は怯むし、そこで諦める人間も多い。
だが目の前の最強の【暗黒騎士】は今、どうかというと。
「そこをなんとか……姐さん、腎臓受け取ってください」
「腎臓受け取ってくださいって、キミもう腎臓一個渡したじゃん」
「いやいや、でも腎臓ってもう一個あるでしょ? だからそのもう一個を」
「死ぬよ? 別の意味でここに来ることなるよキミ。ただでさえ今生きてるのわりと奇跡なのに」
「いやいや、そこをなんとか……」
「あのね、キミまず腎臓一個ないでしょ? 肺も一個ないよね? 膵臓もないでしょ? 肝臓も切ったでしょ? 両手両足も出して今
「膵臓? あれ? 膵臓出しましたっけ俺……?」
「出し過ぎてわけわからんくなってんじゃん……古本屋に死者の書の写本売ったっけ? みたいになってる」
クランツが国内最強の冒険者な理由は、鍛錬の結果でも持って生まれたチートスキルの結果でもない。
【暗黒騎士】として、体の部位を、根こそぎ死神の我々に差し出した結果に過ぎない。
何のためらいもなく手足や内臓を差し出せる彼のその意志は、ある意味で才能であり努力と言えるかもしれない。
だが間違いなく言えるのは、強さと引き換えに、彼は臓器と手足以上の何かを失っているということだ。
「そういえば言おうと思ってたんですが、膵臓の効果低すぎませんか?」
「低すぎるって……何が」
「腎臓差し出した時の攻撃付与効果って、【全体攻撃+8割毒効果】だったでしょ。肺出した時は【二回攻撃+8割麻痺効果】でしたよね。でも膵臓の効果は【3割防御力低下】だったじゃないですか。こりゃ低すぎますって」
「あのね、各部位には相場があって、膵臓は代償として安いもんなの。受け取っただけ感謝してほしいわね」
人間の立場からこんなクレームを入れてくるのも、長年死神やってて彼が初めてだ。
「実はちょっと前にね、大陸最難関のダンジョンの入り口が開放される、って噂があったんです。これはパワーアップしてでも行かねーと! って思って膵臓を別の死神に差し出して行ったらね、結局開放されずじまいだったんです。最悪っすよ」
「キミ膵臓そんな衝動的に捧げたんだ……」
「ほんと最悪。膵臓捧げた意味ねーじゃんか……」
「人間が【膵臓捧げた意味ない】とか言うの初めて見た……」
前にクランツが肺を差し出してきた時、臓器差し出す前に普通にモンスターを倒してレベリングすればいいでしょ、とやんわり断ろうとしたが、彼は頑なに臓器の献上を要求して引き下がろうとしなかった。
それ以降も更に衝動的に臓器を差し出すだなんて、お酒や特別な葉っぱと同じで、彼って臓器の献上が癖になってるんじゃないだろうか。
「……キミそのままだと、将来長くないと思うよ……」
「いやいや、まあ姐さん、俺の計画聞いて下さい。
「……抵当感覚……? 一応は取り戻そうとしてたんだ……?」
なお彼はぽっかり頭から抜け落ちているようだが、【暗黒騎士】を引退したからといって体が元通りになるとかそういうきまりはない。
「勝って部位を全部戻せば、俺のことを散々臓器なし、部位なしってバカにしてきたパーティーの奴らも見返せますから」
「……キミ普段そんないじられ方してるんだ……やーい、臓器なしー、って……」
ていうか、最強になった今ですら臓器なしっていじられてるんだったら、引退して取り戻したからってパーティーのみんなが彼を見返すことはないんじゃないのかな……
見返すなら、もっと人に誇れるようにならないと……
……あ、そうだ。
「あのー、実は私こう見えて顔広くてさ、天界の天使とかにも知り合い多いのよ、あなただったら私のコネで
咄嗟に彼に代替案を言ってみた。
「そんなのできませんよ」
「なんで?」
「人間族が天使の力借りるだなんて卑怯じゃないですか」
「どういう美学……?」
天使の力は借りられないのに、死神の力は借りるんだ。
手足や内臓差し出してでも。
「実はうちの親、貧乏ではありましたけど、美学があったんです。人外に力を借りて強くなるのは卑怯者のやることだって」
「なら死神に力借りる方が親泣くでしょ……」
というか、彼の親のその発言って美学とかじゃなくて、単なるエリートへの僻みじゃないのか。
「とにかく! キミが親を泣かせたくないなら、腎臓はなおさら受け取れない。わかった?」
「……じゃあわかりました、腎臓はいいです。その代わり小腸を差し出しますから、なんとかなりませんか」
「いや、小腸なんか譲渡の対象に入ってないから」
「2
「長く差し出せば強くなれるとかもないから!」
「んー、じゃあ尿道差し出します」
「尿道需要ないから
「じゃあもういい、尿買ってくれ」
「何言ってんのキミ……?」
「俺の聖水買ってくれ」
「聖水って言うな!! 風俗じゃねーから」
顔が良いから需要がないではないな、と一瞬でも思ってしまった自分を呪った。
「じゃあ、鼓膜は? 鼓膜」
「戦闘じゃ鼓膜なかったらそっちの方が不利でしょ……ていうか、もうはっきり言ってあげる。キミ、真っ当な
こう言ったのは別に彼のことを思っているわけではない。
鬱陶しいから縁を切りたかっただけだ。
「親?」
しかし、今の私の発言は、彼におかしなひらめきを与えてしまった。
「そうだ……例えばこれ、親の臓器差し出したら、もっと強くなれるんじゃ……?」
「…………腐ってるねキミ…………死神がこんなドン引きするってなかなかないよ……? キミ間違いなく腐ってる……」
「……あ、ダメだ。両親もほとんど臓器無かったです」
「あ、親ごと腐ってたのね……」
なお後で調べたが、彼の両親の臓器がない理由は、借金漬けであり、何度か高利貸しに捕まっていたからだった。
「死神の私が言うのもなんだけど、もうキミ怖いよ。キミにはこれ以上、部位献上は受け取れないし、今ある力でなんとかしなさい」
「えっ……そんな、姐さん!!」
もう平行線をたどるだけなので、会話を打ち切って部屋を立ち去ろうとしたその時であった。
「てめェ!!」
怒声が聞こえたと思って振り向くと、そこには装飾として飾ってあった両手鎌をもってこちらを睨みつけてくるクランツの姿があった。
「こっちが下手に出りゃつけあがりやがって……さっさと腎臓受け取りやがれ!!!」
(ええぇぇぇ、どういう状況……?)
狂ったように鎌を振り回すクランツ。
彼は剣士なので当然鎌の使い方は専門ではないし、そもそも彼が持ってる鎌は死神用の武器なので地上界のものとは重心が違うので、人間には使いこなせない。
私の目には、技術もへちまもなく、ただ鎌を振り回しているだけにしか見えないし、脅威でも何でもない。
戦闘力とは別の意味で、今怖いけど。
「なんで腎臓を受け取らねェんだアアアァァァ!!!」
そう言うと彼は霊界の小さな部屋を、激情の赴くままに暴れ回った。
この部屋は我々の呪いの力で創られた結界なので、彼がいくら感情のはけ口を破壊に求めようとも何も壊されない。
むしろ、壊れるとしたら。
「キミ、その体だったら無闇に暴れまわるのは止めた方がいいと思うよ……本当に体壊すよ?」
特に飛び跳ねて、身体が縦に揺れる瞬間。
でもこんな状況じゃ、私が頼みを断っても応じてくれそうもない。
もう面倒くさいし、こうなったらいっそ、本当の死人としてあの世へ送ってやろうか。
そう思っていると。
「うっ、おえっ……!!」
「ほら、動くなって言ったでしょう……!? 言わないことじゃない……どこが痛いの」
彼が倒れ込んだ瞬間、そう言ってかけよる自分に少し冷めた。
「ちょっと胃が口から出そうで……腎臓だけじゃなく俺も買ってくれって言ってます」
「何言ってるのキミ……? まあいいや、今日はもうそんな感じだから、
「あーそれなら、もし万が一何かあったら姐さん、その時はこれだけお願いします……!!」
そう言って彼は、一枚のカードを差し出してきた。
最初私は、身分証明書として海外でも使用できるダチクアのギルドカードかと思った。
でも、違った。
「
さらば転生の光~某お笑いコンビ風異世界小説~ 八木耳木兎(やぎ みみずく) @soshina2012
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