第71話 誓いは続いていく

 翌日の朝、リカルドは、王宮でエルフと睨みあっていた。


 リカルドの息子、第一王子ステアは、エルフと共に行くことを伝えに来ていた。


 ステアは、子供の頃から皆と違うことを悩んでいた。

 自分は、人間とエルフの間に生まれた子供で、食生活や生き方まで、人間として、エルフとして、悩み考えてきた。

 本来なら、自分が今回の総大将とならなければならなかったし、リメルナの国王にもならなければならないが、子供の頃から、森で静かに暮らしたかった。

 人間として生きることに限界を感じていた。


 リカルドは、ステアを抱きしめた。

「いいか、エルフはとんでもねぇ嫌な奴らだ。いつでも戻ってこいよ。」


「父上、聞こえますよ。」

 ステアが、気まずそうに微笑んで、父を抱きしめた。


「聞こえているぞ。」

 エルフは、無表情で呟いた。


「盗人め。」

 リカルドは、エルフから娘を奪いながら、今度は、自分の息子が奪われる苦しみを味わっていた。


「出て行くのを許してくれて、ありがとう。愛してるよ、父上。」

 ステアは、父を強く抱きしめ、去って行った。




 ステアは、子供のころ、みんなで遊んだ王宮の裏側の森を見ながら、馬でゆっくり進む。


 前方に、グレアムが、待っていた。


 妹のレティと末弟のミムとは、別れの挨拶をしたが、グレアムは、忙しくて会えていなかった。


 ステアは、馬を降り、グレアムを抱きしめた。


「いい歳なんだから、泣くなよ。」

 グレアムは、笑いながら抱きしめた。

 ステアは、堪えきれず泣いていた。

 何もかも、グレアムに擦り付けて出て行くことを、ずっと申し訳なく思っていた。


「これを持っていけよ。エルフの女を追いかけ回すのに飽きたら、俺達のことを思い出せ。」


 グレアムは、丸めた画用紙を手渡した。

「ミムが、会いに行くかもな。」


「お前も来れるだろう。」

 ステアは、画用紙を広げた。


「女が、俺に暇を与えんよ。」

 グレアムは、ステアの肩を叩きながら笑った。


「すまない。何もかも……」


「本当だよ。何もかも。」

 グレアムは、もう一度ステアを強く抱きしめた。


「何もかも、気にぜず暮らせよ。こっちはなんとかなるさ!……爺さんに置いていかれる前に行けよ。」

 グレアムは、ステアの肩を叩きながら、森で一度だけ会ったことのあるエルフに会釈した。

 封じの石、叶い石の力を高めてくれたエルフだ。


 父は、エルフが子供らを拐うと言って警戒していたが、ただ、孫の様子を見に来ていただけだったのだろう。

 そこは人間と同じだ。

 なら、兄は大丈夫だろう。


 エルフ達のなかには、兄を人間として忌み嫌う者もいるだろうが、このエルフが、きっと兄を守ってくれるだろう。



 グレアムは、馬に乗り、ステアに笑顔で手を振ると帰り道をゆっくり進んで行った。


 ステアは、グレアムから手渡された画用紙を見た。


 子供のころには無かった赤いバツ印が2つある。ドラゴンがいる区域とドワーフが住まう区域だ。

 グレアムが知っている異世界への出入り口だろう。



「子供のころ書いた絵か。」

 エルフが覗き込んでいた。


 ステアは、思わず泣きながら笑った。


 それは、子供達が書いた絵ではなく、父リカルドが書いた異世界の地図だった。



 子供のころは、宝の地図と称して、みんなでどこに行くか語り合ったものだ。

 あの時は、本当にある世界とは思っていなかったが。


 ステアは、笑顔で顔をあげ、これから行く世界に向けて、足を踏み出した。






 フレール軍は、歓喜に沸く自国へたどり着いた。


 クラウスは、リーセを伴った。

 国王へ一報を入れていたため、王子が妻になる女性をも連れて、帰還するとあって王宮は、大変な騒ぎになり、そこから民衆に話がもれ、勝利と婚儀の話題で、さらに大きな歓喜となった。


 そして、テオグラートも、体調を心配するキリウェルとごく数名の兵と一緒にフレールに来ていた。




 テオグラートは、リリアーナの部屋に通された。


「テオ!」

 リリアーナは、テオグラートに飛びついた。


「無事で、良かった!ずっと、ずっと祈っていたのよ!」


「ありがとう。リリアーナのおかげだよ。」

 テオグラートは、リリアーナの頬を両手で包んでキスをした。


 リリアーナの部屋には、気を利かせてくれたのか誰もいない。

 ふたりは、まるでダンスをしてるように揺れながら抱きしめ合い、キスをして、最高の笑顔で、また抱き合って喜んだ。




 翌日、テオグラート達は、ひっそりとフレールを出立した。


 テオグラートは、礼儀をもってフレール王にリリアーナを妻として迎えたいと申し出たが、当然、断られた。


 テオグラートが、国王になることは、現状難しい。

 コッツウォートの現国王は、若く、この先、世継も生まれるだろう。

 継承権は、有っても無いに等しい。


 しかし、クラウス王子がテオグラートを後押ししてくれた。



 もう、すでに我が国は、西側諸国と同盟を結んだも同じ。

 なんの脅威に対して、可愛い娘を取り引きに使われるのかと。

 新しい時が始まっています。

 どうか、妹が選んだ者と一緒にさせてあげてほしいと説得した。


 国王は、新しい時と言う言葉に動揺した。

 妹のことをクラウスに任せ、王は退出した。



 翌日、王は、国王の座をクラウスに譲ることを国民に知らしめた。




 クラウスのおかげで、テオグラートはリリアーナを連れて帰ることが出来た。

 リリアーナは、テオグラートと共に王宮を出るつもりだったので、荷物をすでに用意していた。

 侍女などは連れて行かないつもりだったが、どうしても一緒に行くと引かない1人を伴いコッツウォートへ向かった。





 グレアムは、ステアが去った後、すぐにリメルナの国王に即位した。


 即位後すぐに布告し、戦いが終わり、権力誇示のため、自国へと急ぎ帰らんとする者達に待ったをかけた。


 グレアムは、復興に時間のかかるキッセンベリに弟のミムを、勇者の国サンゼベリアにキャスを、ベリンガーの故郷グラノゼには、テオグラートを立てた。


 キッセンベリは、多くの民が亡くなり、どれだけの民が戻るかの問題と、よそ者が上に立つことが問題視された。

 グレアムは、ミム以外にレオ、イザベラ、ジギーも一緒に送り、まだ不気味な印象の残るこの国の建て直しを図った。


 ミムは、探し回っていた。

 敵の魔術師が、読んでいたはずの禁術が載った魔術書を、見つけられずにいた。



 最後まで戦い続けたサンゼベリアは、勇者アスリーの絵画が、キャスを受け入れるのに、大きく役に立つと思ったが、キャスも妻になるララも、所詮、よそ者、グレアムは、フレール王の弟に嫁いだ、クレメンス国王の妹に、しばらくサンゼベリアに滞在してもらうことにした。

 お姫様は、どの国でも人気があるものだ。



 そして厄介だったのは、コッツウォートの隣国イリヤとベリンガーの故郷グラノゼだ。


 イリヤは、多くの金持ちが他国へ逃げていたが、戦いが終わり戻って来た者と自警団となって自国に残った者で揉めていた。

 イリヤに関しては、揉め事が大きくならない限り、グレアムは口出しを避けた。

 自国の問題は、自国で片付けろとして、放っておくことにした。



 そして、もう一つの厄介な国、グラノゼ国は、国王ら多くの王族が亡くなっていたが、王妃が娘と孫を連れて、他国へ秘密裏に逃げていた。


 突然、戻って来た王妃から、即抗議が出されたが、西側を守った総大将として権限を行使したグレアムは、王妃らに権限を与えず、孫に対して10年後に即位を約束し、それまでは、テオグラートに全権を委ね、孫である王子は、その間テオグラートに学ぶよう命じた。

 また、テオグラートが何らかの理由で、亡くなった場合、グレアム自身が権限を持ち王制を廃止する可能性があるとし、それとなくテオグラートへの殺害の危機を無くした。


 テオグラートは、自身も子供であるために不安だったが、グラノゼの王子はまだ10歳。

 彼には、兄弟がいなかったので、テオグラートを兄のように慕ってくれた。

 おかげで、良い関係が築けそうだった。


 テオグラートは、国の復興に力を注いだ。

 街はかなり破壊されていたので、第三所領の兵を交代で、グラノゼに配置していた。




 テオグラートは、朝早くから部屋で、2人の訪問客を待っていた。



「ごめんね。……テオグラートの力になりたいけど、どうしても一緒に居たい人がいるの……。」

 ジルは、テオグラートに申し訳なく思っていた。復興を手伝いたいが、10年の復興期間は長すぎる。


「分かってるよ。リメルナに居ても、復興の手伝いはあるだろうし。グレアム王を支えてあげて。」

 テオグラートは、ジルを抱きしめた。


「コッツウォートに着いたら、マルクスから荷物を受け取ってから、リメルナに行ってね。」

 コッツウォートに戻る兵と一緒に、ジルは戻ることになっていた。


「……うん。分かった。」

 ジルは、前も思ったけど、テオグラートが何もかも分かっているようで不思議だった。荷物については、何か分からなかったが、素直に受けとることにした。

 それより、ジルはテオグラートを抱きしめながら驚いていた。


「ジル、絶対幸せになってね。絶対だよ。」

 テオグラートは、ジルの背中を優しく叩いた。


「ありがとう。テオグラートもよ。無理は絶対しないでね。リリアーナを悲しませたらダメよ。」

 ジルも、テオグラートの背中を優しく叩いた。

 驚いたな。テオグラートったら、いつの間にか私より背が高くなってる。


 テオグラートとジルは、お互い笑顔で手を振り合い別れた。




 テオグラートには、もう一人、コッツウォートに向かうために、別れを告げに来たレイラが待っていた。


 レイラは、運が良かった。

 軍医上がりのリメルナの医師フランが、戦場で治療に当たっていた。

 魔術師が起こした爆風の後、アーチ達の応急措置をして、ナギ、ガビとゴビを護衛にして、そのままコッツウォート兵を治療しながら前進していたので、いち早くレイラの応急措置が出来たのだ。



「殿下、もう戦うことが難しくなった私をまだ置いてくださり、ありがとうございます。トマス、いえ、大将から配置変えを聞いた時は、お断りしようかと思いましたが、殿下が強く要望されているとお聞きし、決めさせていただきました。」

 レイラは、膝から無くなった左腕を擦り、どこか申し訳なさげに頭をさげた。


「コッツウォートとグラノゼに兵を行ったり来たりさせるから、兵達のことを良く知っている人が適任だからね。」

 大将は、レイラに内勤を進め、兵達の配置や日程の管理を頼んだ。テオグラートも承諾した。


「でも、ふたりの邪魔しちゃったかなって思って。ふたり共、すごく忙しいだろうから。」


「いいえ、とんでもない。私もトマスもいい大人ですから……」

 レイラは、幸せそうに顔を赤らめた。


 テオグラートは、普段冷静なレイラがあたふたするのを見て、自分も幸せな気分になった。







 大将の姉達が切り盛りをするコッツウォートの酒場では、昨日、グラノゼから一時帰国したアディとサミーが久しぶりの休暇を過ごしていた。


「しかし、レイラさんは大変だな。自分が大変なのに大将の世話なんて。」

 サミーは、テオグラートがうぇーってなる果実酒を旨そうに飲んだ。


「本当だな。大将の奴、ずっとプロポーズしてたからな。何回、断られたことやら。カイとミッヒの奴らが、すぐみんなにバラしたから、レイラさんとの婚約が、面白おかしくみんなに広まって……」

 アディも、同じ果実酒を旨そうに飲んだ。


「そうそう、プロポーズの時に、渡そうとした花束が、震えで花びらがみんな飛び散ったとかだろ。レイラさんの花束、ちゃんと花びらついてたぞ。まったくあのふたりは。」

 サミーは、呆れながらも笑っていた。



「弟の話し?」

 大将のすぐ上の姉ミリーが、声をかけてきた。

 今日も、相変わらず美人だなぁとふたりは上機嫌で、彼女を見た。


「あの子なら大丈夫よ。うちは、早くに両親が亡くなったでしょう、だから昔から私達が店を切り盛りしてた時、家のことは、あの子がすべてやってくれてたの。洗濯も掃除も料理だって得意よ!」

 ミリーは、ウィンクしながら、サミーと肩を組んだ。


「「はぁっー!?」」

 ふたりは、同時に驚いた。


「あの野郎!なんにも出来ないふりしやがって!」

 アディが、果実酒をイッキ飲みした。


「ふふっ、あの子照れ屋さんなのよ。許してあげて。」

 アディに、長女のココが耳打ちし、豊満な胸が寄せられる。


「これは、私達からの奢りよ。」

 次女のシャルルが、2つの果実酒を置き、ウィンクしながら、カウンターにいる客のもとに行った。


「……別に怒ってないさ。なぁ、サミー。」


「あぁ、もちろんだよ。」


「ありがとう。これからも弟のことよろしくね。」

 ミリーに、頬っぺたにキスされて、サミーは上機嫌になった。




「まったく、ガキみたいにうるせーなぁ。お前らは。」



「「はっー!なんでお前がいるんだよ!」」

 ふたりは、同時に抗議の声をあげた。


 カウンター席で、足を組みふんぞり返ってギルがひとりで飲んでいた。


「リメルナとコッツウォートは、今や仲良しこよし。国境なき今、美人三姉妹がいる店にいつでも来れる訳さ。」

 ギルの隣に腰かけた次女のシャルルに、グラスをかかげウィンクした。


 三姉妹は、嬉しそうに果実酒を店の奢りとしてギルに振る舞い、ギルを囲んで楽しそうに話し始めた。



「あいつをどうにか、コッツウォートに入れないようにできないかな。」


「まったくだ、酒が不味くなる!」

 アディとサミーは、頭を抱えた。



 コッツウォート内は、すでに元の生活に戻りつつあった。

 破壊された第一所領や王宮も、美しく整備されていた。

 テオグラートからの要望で、敵の魔術師によって破壊された大通りに、たくさんの木々が植えられた。

 ニーナが亡くなった丘にあった、白い小さな花が咲く木だ。

 香りも良く、花も可憐だ。

 テオグラートは、第三所領やグラノゼにも植えることにしていた。



 リルは、引き続き第三所領をテオグラートに任せることにした。

 ヴァルは、異論はあったが、リルが国王であるかぎり問題無いとし、次のことに取りかかった。

 世継だ。

 ヴァルは、出来れば魔術を使える者をと考えていた。


「そろそろ民にも、まつりごとが必要かと思います。国王の婚儀であれば尚更喜ばれましょう。」


 リルは、渋い顔をした。

「まだ、早いのではないか?どこも復興を始めたばかりだろうに。」


「復興を待っていたら、いつになるか分かりませんし、楽しみがあるのは良いことです。各国と同盟は、結ばれておるも同然ですので、今回、花嫁選びは特に多くを求める必要はありません。」


「……誰でも良いのか?」


「誰でもと言われましても。」



「クレアがいい……」

 リルは、小さな声で呟いた。


「あれは出が良くありませんので……」


 リルが何か言おうと前のめりになったのをヴァルが手を上げ止めた。


「ワルターに、養女とするよう伝えます。」

 ヴァルは、リルがクレア以外認めないような気がしていた。


「良いのか?」


「あの御仁に、文句を言う者などおりませんでしょう。」


 リルは、満面の笑みを浮かべた。




 ジルは、リメルナの王宮の前に来て深呼吸をした。

 荷物は、テオグラートから受け取った物と、戦いに着ていた、誰かの狩猟用の服と剣だけだ。

 ジルは、荷物を見て、受け取った時を思い出していた。



 マルクスから、テオグラートの言っていた荷物をレイラと共に受け取った。


 ふたりは、中身を見て驚いた。

 テオグラートの手紙には、お祝い事なのに、母のお下がりなのを申し訳なく思う旨が、書かれており、ふたりの幸せを願っていた。


 ジルには、装飾品とドレスが数着、レイラには、装飾品と花嫁衣装が入っていた。

 お下がりと言っても、物凄く高価なものばかりで、ふたりは、驚くばかりだった。


「殿下に感謝しろよ。それと俺にもな。まったく仕立て屋にドレスを直させたり、装飾品をみがかせたり、仕事を増やされたんだ。幸せになって殿下を喜ばせろ、まったく!」

 マルクスが、さっさと荷物持って出ていけとばかりに、しっしと猫を追い払うような手振りをした。


 ふたりは、幸せそうに笑いながら出ていった。




 テオグラートは、グラノゼで、忙しく生活していた。


 母キアラの両親、テオグラートにとっては祖父母にあたるふたりが、ベリンガーの妹家族とやって来た。


 祖父母は、少しでも孫と一緒にいたいと、テオグラートと共にグラノゼで暮らすことにした。


 ベリンガーの妹家族は、リメルナで暮らすことを許されていたが、友達や親族と一緒に、故郷で暮らすことを選んだ。

 逆に、マークとロゼは、リメルナに残ることにした。

 マークは、ベリンガーと同じ魔術の先生になると決め、ロゼは、フランの元で医師を目指すことにしたそうだ。



 テオグラートは、リリアーナにも、母のお気に入りのネックレスを渡した。

 小さく綺麗な宝石だったが、王宮の物としては、不釣り合いだったので、もしかしたら先生からのプレゼントだったのかもしれない。


 リリアーナは、そのネックレスを嬉しそうにパトリシア先生に見せていた。


 パトリシア先生は、テオグラートにグラノゼの歴史を教える先生で、慎ましくて綺麗なグラノゼの女性だ。

 最近、リリアーナは、キリウェルとパトリシア先生が良い雰囲気だと、なにやら画策しているようだった。





 テオグラートは、今、グラノゼの教会の扉へと続く階段に腰掛けていた。


 通りに大きな瓦礫があり、みんなが困っていたので、テオグラートは、魔術で大きな瓦礫を近くの野原に移動させ、粉々に砕いた。



 テオグラートは、疲れたので、こうやって階段に腰掛けて休んでいたのだ。


 グレアム王に、出来るだけ魔術を使わないように、忠告されていた。


 エルフが力を足したとはいえ、絵画では、人の手の拳ぐらいはあった叶い石が、指輪の小さな宝石ほどになっていたことを考えれば、あの叶い石は、たくさんの人の命を助け続けていたのかもしれない。


 あの女の人達の願いが、すべて叶えられたのか、分からない。

 勇者アスリーも、死にかけたのかも知れないな。


 エルフも、叶い石としての命を全うしろと、言っていたなら、力は弱まっていたかもしれないし、小さな力でも、人間には凄い力となるのかも知れないし、この先どうなるのだろう。


 エルフも、叶い石の力がどれほどのものかは分からないそうだ。

 アスリーが、長生きをしたかは、分からない。子供が17歳で王に即位してすぐ、妻であるエルフと姿を消してしまっているからだ。


「はぁー。」

 テオグラートは、ため息をついた。



 凄い勢いで、キリウェルが走って来るのが見える。

 知らない人なら、誰しも走って逃げるほどの形相で走って来る。


「テオグラート様!あれほど……」

 話しが出来ないほど、全速力で来たらしい。


「ごめん。分かってるよ……」


「分かってません!」

 テオグラートが、言い訳けを言う前に遮られた。

 凄い勢いで、グレアム王の忠告の話しを始める。

 僕が魔術を使う度に、リリアーナやマルクス、大将、アディやサミー、カイやミッヒ、祖父母、リリアーナの侍女達さえもすらすらと暗唱するようにグレアム王の忠告を話し始める。


 気をつけようと思うけど、先ほどのように困っている姿を見るとつい魔術を使ってしまう。



 みんなが心配してくれている。


 階段に座るテオグラートに、屈んで説教するキリウェルを、テオグラートは抱きしめた。


「ありがとう、キリウェル。気をつける。」

 キリウェルは、驚いた。


「本当に、魔術は止めてください。みんなでなんとかしますから。」

 キリウェルは、テオグラートの背中を優しく撫でた。



「お体が大丈夫のようでしたら、帰りましょう。」


「もちろん、大丈夫だよ。ちょっと疲れただけさ。」

 テオグラートは、立ち上がり歩き始めた。


 キリウェルは、テオグラートの後ろ姿を注意深く見た。


 あの魔術を抑える腕輪を外してからは、魔術を使っても元気だった。

 今は、魔術を使うと疲れたと言って座り込む。

 グレアム王の忠告は、酷くキリウェルを悩ませていた。


 あの叶い石が、まだ有るなら手に入れたかった。

 叶い石も封じの石も、エルフが住まう所からもたらした物らしい。


 キリウェルは、テオグラートには内密に、グレアム王を訪ねていた。


 エルフのいる世界に行く、入り口を教えてほしいと。


 グレアム王は、エルフが聞き入れるとは思えないと言った。

 封じの石を妖精族の子供が、どかしたことで起きたことには手を貸したが、今後、人の寿命には、関知しないだろうと。


 それでも、キリウェルは引き下がらなかった。


 数年で、テオグラートが亡くなるのは許せなかった。

 自分でも分かっている。グレアム王の懸念も。

 自分は、テオグラートが事故にあっても、叶い石を求めるだろうと。


 グレアム王は、最後まで頑なに、首を縦に振らなかった。




「キリウェル?」

 テオグラートが、振り向いた。


「眉間にシワが寄ってるぞ。」

 テオグラートが、眉間を指して同じようにシワを寄せている。


 キリウェルは、テオグラートに笑顔を見せた。


「私は、テオグラート様が、この世に生を受けてからずっと眉間にシワを寄せているんですよ。」


「そんなに、僕は心配をかける主なのか?」

 テオグラートは、困った顔をした。


「ええ、本当に困ったものです。でもご心配なく、これが私の使命ですから。」

 キリウェルは、笑顔を見せた。


「えー、たまには自分の時間を作ってよ。……そうだ、リリアーナとパトリシア先生が、ナッツとドライフルーツと自家製ジャムを使った美味しいタルトを作るから、お茶の時間には急いで戻ってって言ってたんだ。早く帰ろう!」

 テオグラートは、キリウェルに、話し続ける。


 これからのことを。


 キリウェルも今は、眉間にシワを寄せず笑みを浮かべている。


 ふたりは満面の笑みを浮かべながら歩いて行く。


 明るい陽射しの中を。






 強い陽射しの中、一軒の本屋がドアにかかる小さな板をopenからcloseに変える。


「これだけの魔術書が揃ったんだ、整理するのも大変だな。最後は、命懸けだったが、凄い収穫だ。」

 店主は、楽しそうに店の奥に消えていった。


 海辺の町は、今日も活気に満ちている。

 店の前は、様々な国の様々な事情を持つ人々で賑わっていた。


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