第70話 戦いのあと

 兵士達の応急処置が終わり、全ての兵士がリメルナまで戻った。

 兵士達は、まだ、エルフやドワーフ達を信じられない思いで見ていた。

 とくに、ドラゴン達は早々に、飛んで行ってしまったので、みな残念がっていた。いったい今までどこに居たのだろうかと不思議がった。



「兄貴は知ってたのか!」

 ミムが怒ったように、グレアムに詰め寄る。

「知ってたんだろう?一度解かれた封じの石をどうやって戻せるのか不思議だったんだ。ハヴィ達も何も言わなかったってことは、みんな知ってて俺だけ知らなかったんだな!」

 ミムは、ドラゴンが行ってしまったことが、本当に残念で、子供みたいにグレアムにずっと当たり散らしてる。


 子供達が知ったら、あの場所へ行き迷って帰ってこれなくなると父が心配のあまり、グレアムに口止させていた。

 とくに、兄のステアには、絶対言うなと言われていた。



 グレアムの家出は、洞窟の中で迷子になったのではなく、エルフ達が住まう異世界へ迷い込んだのだった。



「グレアム、またエールを頼む。」

 ドワーフのひとりが大声で声をかけると、ドワーフ達が盛り上がる。

 彼らは、疲れ知らずだ。


 エルフも、涼しげに手を上げて行ってしまった。


 妖精族は、少し疲れたのか、腰やら肩を擦りながら帰って行く。


「グレアム。」


 グレアムの前には、ハンナがまた手を広げている。

 今回は、素直にハグをした。

 感謝と子供達を巻き込んだことに謝罪をした。


「リカルドに言ってね。来ないのなら、行くわよって!」


「うん。伝えるよ。」

 父を良く分かってらっしゃる。父は、人を訪ねるのは好きだが、訪ねられるのは嫌いだった。


 もう一度、ハンナとハンスにハグをして別れた。

 子供達が笑顔で、手を振る。

 声を出さずに、口が動いている。

「またね。」


 イタズラ坊主らめ。

 グレアムは、笑顔で手を振った。





 やっと終わった。


 人間だけでは、到底勝てなかった。

 被害は相当なものだ。

 これからまだやる事が山ほどある。

 グレアムは、ため息をついた。


「可哀想に、苦労が絶えないわね。」

 ハヴィがグレアムの背中に手を当て、癒してくれる。


「ありがとう、助かるよ。」

 暖かい空気が体を覆い、グレアムは、心も体も軽くなった。


「楽になったところで、心配事を一つ。」

 ハヴィと向き合った。


「私は、世界最高峰の癒し手よ。」


「知ってる。」


「だけどね、神じゃない。叶い石やエルフの力がどれだけのものかは、知らない。フランも私も見解は同じ。あの坊やは、あの時、死んでいたはず。それを無理矢理、生かしたと同じ。」

 グレアムにも、ハヴィの言いたいことは分かった。


「ちゃんと話すよ。あの子にも、回りの者にも。」

 グレアムとハヴィは、歩き出した。




 クラウスは、救護班のテントで、医師や癒し手達が軽症の者の応急処置をしているのを座って見つめていた。


 リーセが、てきぱきと指示を出していた。


 クラウスは、自分がろくに動けないことを情けなく思って俯いた。



「クラウス?」

 リーセがいつの間にか、自分の前で膝をつき、クラウスの顔を覗き込んでいた。


「こんな姿で情けない。貴女みたいに動けなくて。……貴女は凄いな。」

 クラウスは、戦いで疲れ果てていた。

 自ら、何度も味方を助け、鼓舞し続けた。


「クラウス、何を言っているの。貴方は、癒し手から治療されてないでしょう。私は、先に治療しました。だから動けるのよ。みんなのために、貴方は自分を後回しにしたのでしょう。立派です。」

 リーセは、クラウスの両頬を優しく手で包みキスをした。


 リーセは、頬を赤くしながら微笑んだ。


 急に大きな咳払いが、聞こえふたりは咳が聞こえた方を見た。


 ワルターが、フランの治療を受けていた。


「クラウス、父よ。」

 リーセが紹介すると、クラウスは、ワルターに礼を述べた。

 この戦いに、魔術師達がいなければ、勝てなかったに違いなかった。


「私も魔術が使えればいいのに。兄と私は父の実の子ではないの。こういうことは残念ね。」

 リーセは、クラウスの手を優しく撫でた。


 リーセと兄のユアンは、幼い頃にワルターに拾われた。

 ふたりは、人形のような容姿から悪い大人達に度々拐われかけ、エメラルの森に隠れるように住んでいた。

 この森の中に、小さな集落があり、食べものを盗みに来て、ワルターに拾われたのだ。


 ワルターは、自分の家族を東に捨ててきたことで、ただなんとなく、罪滅ぼしのつもりかふたりを家に住まわせてしまった。

 しかし面倒を見るつもりが、いつの間にかワルターのほうが、ふたりに、面倒を見られていた。

 ワルターは、家事が一切出来なかったし、子育ても妻に全て任せっきりで、当然ふたり

のことも、どう接すれば良いか分からず、ふたりが、勝手にワルターの面倒を見始めた。


 ワルターは、フランにクラウスの治療をしてやってくれと伝え、その場を去った。


 フランは、自分にも娘がいるので、将来を思うと切なくなり、幸せそうなふたりを見つめた。




 各国の兵士達は、戦いに疲れて、リメルナに戻ったが、徐々に勝利した喜びに顔が明るくなって来た。


 リメルナとコッツウォートの民は、一緒に果実酒や食事を準備して兵士を迎えた。

 リメルナ国の前は、夜営地が大きな祝宴会場となり、各国の兵が勝利の酒を味わっていた。


 みな、やっと肩の力を抜いて、生きている喜びを噛み締めた。





 夕暮れになると、王宮でも、リカルドが手配していた果実酒と食事が豪勢に振る舞われた。


 グレアムは、回りを見渡した。


 チコやジギー、イザベラが豪快に酒を飲み、それを楽しそうにワルター、ギル、レオやハヴィ、フランが果実酒を美味しそうに味わいながら見ている。

 その横で、ミムがなんでドラゴンのことを教えてくれなかったのかと、まだ言っていて、セーラがなだめている。



 コッツウォートの王宮に、戻ろうとするリルをマリーとキャリーが必死に止めている。

 その横で、レティとヴァルが話している。

 珍しくヴァルは、笑っていた。



 ナギが、果実酒を飲みながら笑っている。

 お前は、いつも重症だと、アーチを坊っちゃん呼ばわりしている。

 お前は、なんでいつも軽症なんだと、アーチが、不思議がっている。

 ナギは、子供のころから悪運なのさとガビとゴビが笑っている。



 キャスは、ララの手の甲に口づけをして、耳元で何かを囁いている。

 ララは、幸せそうに笑みを浮かべ、キャスに口づけをし、ふたりは、笑みを浮かべ見つめあっている。



 リカルドは、大きなソファにどしりと座り、その横には、久しぶりに戻ったアイーシャが、リカルドの肩に頭を寄せ、大きなソファに寝そべるようにして、リカルドに寄り添っている。

 ソファの上には、アイーシャのタイトなドレスのスリットからむき出しになった美しい両足が揃えられている。


 相変わらずベッタリだな。

 グレアムは、微笑むとふたりの前に行き報告をした。

 母に感謝をし、父には、交渉らしきことをしてくれた感謝とハンナの言付けをした。

 父は、心底嫌そうな顔をしたが、母から、「お礼を言いに、行ってください。」と言われ、渋々頷いた。

 グレアムは、ふたりの楽しそうな様子を見ながら立ち去った。



 王宮もリメルナ、コッツウォート内外も安堵の祝宴に酔いしれた。

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