第5話:不要な感傷
何の問題もなく、僕達は地下二階へと到達した。
城が逆さになっている構造上、この第一階層は地下一階、地下二階が最も面積が広く、その後徐々に狭まっていき、最終的には外から見えていたあの巨大な塔をぐるぐると回りながら下っていく形になるそうだ。
なので地下二階は地下一階と同じく広大で、僕からするとなぜ先行する二人が迷わないのか不思議で仕方なかったが、仕事で何度も訪れているおかげだろうと納得する。
道中の魔物も無視して進んでいくと、とある廊下で二人が突然立ち止まり、シャンデリアの陰へと身を潜ませた。
「どうしたんですか?」
「――シッ」
僕が彼女達と同じようにその物陰へと飛び込みと、レイナさんに素早い動きで口を――正確に言えば狐面の上から、塞がれてしまう。
「ほら、見て」
マキアさんが小声で、前方を指差した。
「あれは……」
それは奇妙な光景だった。
まず冒険者らしき数名からなるパーティが、石像のような魔物――ガーゴイルと戦闘を行っている。ところが、そのガーゴイルをなぜか、援護するように動く男達が見えた。
誤射などではなく、明らかに悪意をもって冒険者達へと攻撃や魔術を放っている。
複数のパーティが協力しあって魔物を倒す――という光景はこれまでも見た事はあるが……魔物側に加担しているのは初めて見た。
更に狐面の望遠機能で拡大してみれば、その男達は共通して、とある紋章を防具に刻んでいた。
風とナイフの意匠が施された紋章。
「間違いない……あれがターゲットのギルドである〝疾風〟ですね。馬鹿正直に自分達のギルド印を防具に刻んでいます」
レイナさんの声が一段と低くなる。
ギルド印というのは、ギルドを設立する際に管理局に登録する、そのギルドであると証明する紋章のことだ。もちろん、あくまでその意匠や形を登録するだけので、偽装することは容易だ。だけどもわざわざ犯罪を行っているギルドを偽装する馬鹿はいないだろう。
となるとあの男達が〝疾風〟のギルドメンバーであることは確定だ。
「あーあー……ゲス共が」
マキアさんの言葉と共に、ついに冒険者達が全員倒れてしまう。すると男達がまだ息のあるその冒険者達を担ぎ始めた。おそらくこの地下二階のどこかにあるアジトへと連れ去る気だろう。
しかしなぜか、ガーゴイルは男達を襲うことすらせずに動きを止めてしまっている。
どう見ても、不自然だ。
「【テイム】のスキル、あるいはそれに類する御業を持つギフテッドがいるかもしれませんね」
【テイム】といえば、確か魔物を一定時間自分に従わせることができるスキルのはずだ。上位スキルになると、死ぬまで従わせられると聞いた事あるが、実際に見たことはない。
「【テイム】は習得するのが相当に難しいから、あんなチンケなギルドにいるとは思えないけどねえ。ギフテッドなら尚更だ」
なぜか妙に悠長な二人を見て、僕は思っていたことを口にしてしまう。
「いずれにせよ、あの人達を助けないと。連れて行かれた先で何されるか分かりませんよ」
装備や所持品を奪われるだけならまだいいだろう。だけどもあの冒険者の中に、女性がいたのを僕は見逃さなかった。あんなろくでもない連中に連れていかれて、このまま彼女が無事帰れるとは思えなかった。
なのでそう発言したのだけども――二人が同時に僕へと振り返った。
狐面のおかげで表情は見えないけど、何を言わんとするか良く分かった。
こいつは、何を言っているんだ? そう言いたげな雰囲気だ。
「……うん。そういう気持ちは大事だけども……今すぐは助けないかな」
マキアさんが苦々しい口調でそう僕へと告げた。
「私達は、決して誰かを救う為にこの仕事をしているわけではないですからね。むしろ、この状況は好都合です。彼らのあとを尾行してアジトまで行きましょう」
そうレイナさんが冷徹な言葉を放った。
「……なるほど」
確かに今、あの冒険者を助けるのは簡単かもしれない。でもそうなると、何かでそれに勘付いた〝疾風〟が警戒してアジトから離れる可能性がある。そうなると、依頼達成に支障がきたすだろう。
それは、僕らからすれば望むところではない。
その理屈は分かる。
「ですが……今すぐに治療が必要かもしれない。あとで助けて手遅れだったら……」
「うん。でも、悪いのは〝疾風〟であり、そして負けてしまった冒険者本人達の責任でもある。それをあたし達が背負う必要はないんだよ」
……そうだった。
冒険者というのは、他と比べ多大な報酬が得られる代わりに常に命の危険に晒されている仕事だ。
不測の事態だったから。油断していたから。そんな言い訳が通用しない世界だ。
要するに、僕が甘いだけだった。きっとあの冒険者達だってとっくの昔にこうなる覚悟はしていたはずだ。
「すみません、いらない口出しをしました」
「君は間違っていませんよ。でも、この依頼中に限っては不要な感傷です。我々がすべきことは、これ以上、〝疾風〟による被害を出さないことです。それを……忘れないで」
そのレイナさんの最後の言葉にだけ、なぜか感情が強くこもっているような気がした。
僕が頷くのを見て、二人が行動を開始する。
「ちょい待ってね。〝日陰を歩く者よ、天睨の音を消し、這い寄る闇となれ〟――<サイレントウォーカー>」
マキアさんが詠唱し、魔術を僕達全員に掛けた。
「これで、私達の視認性が大幅に下がって、物音も消えたから。よっぽど近付かない限りバレることはないよ。ま、魔物には効かないんだけどね~」
なるほど、隠密魔術の類いか。マキアさん、攻撃魔術からこういう魔術まで色々使えるのか……凄いな。
「行きましょう」
僕達はなるべく物陰に潜みながら、男達の後を追う。やはりテイムのスキルだったのか、停止していたガーゴイルがのそのそと、元々いた位置であろう台座の上へと戻っていく。隠密魔術は魔物には効かないのだが、幸い、ガーゴイルがこちらに気付いた様子はない。
そうやってソッとその部屋を抜けて、男達のあとを追っていると――
「あれ、消えた」
僕がそう言ってしまうほど、男達の姿が突然視界から消えた。
「隠し通路ですね。壁を見てください」
レイナさんの言う通り、男達が消えた辺りの壁を見ると、何か妙な違和感を覚える。
「ただの幻影だね」
マキアさんが躊躇いなくその壁へと進むと、まるで壁がなかったかのようにそのまま向こう側へとすり抜けた。
「こういった隠し通路はこのダンジョンに無数にあります。おそらく隠し部屋に繋がっているのでしょう」
「まあアジトには最適だよねえ。しかしこれはラッキー。尾行じゃなかったら見付からなかった」
「色々と理解できました。だから、あえてあそこで助けずに、泳がせたんですね」
「そういう事です。さあ、そろそろ近いですよ」
隠し通路は、逆さになっていない普通の通路だった。これが普通なはずなのに、ここまでずっと逆さに見ていたせいで、妙に感じる。
その通路を慎重に進んでいくと――その先には少し広めの空間があった。元は倉庫か何かだろうが、様々な物資が運び込まれていて、如何にもアジトって感じの空間になりつつあった。ただ天井が妙に高く、暗視と望遠機能があっても、なぜか天井が見えず、暗黒が広がっているだけだ。
なぜだろう、なんだか嫌な感じがする。
見れば、〝疾風〟のギルドメンバーらしき男達が十人ほどいて、酒を飲んだり、カードで遊んでいたりと思い思いの方法で寛いでいた。
そんなアジトへと帰還した、僕達が尾行していた男達へと声が掛かる。
「お、仕事が早いじゃねえか」
そう声を掛けたのは、中央のソファにふんぞり返る、一人の小男だった。
頭にバンダナを巻いていて、動きやすそうな軽鎧を纏っているその小男の手の甲を見れば、やはり〝疾風〟のギルド印が刻まれている。その顔は依頼書に貼り付けられていた、ターゲットの顔写真と全く同じだった。
つまりあれが、今回の討伐対象であるアズラで間違いない。
ついに僕達は、ターゲットを見付けたのだった。
ナインテールの給仕達 ~冒険者に復讐を誓う少年、闇ギルドが経営する酒場の給仕になる。女装してお酒を運んだり、ダンジョンで違法な冒険者を抹殺したりする、楽しいお仕事です~ 虎戸リア @kcmoon1125
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