第4話:【超回復】
遺跡都市ガレイド――地下。
そこには、信じられない光景が広がっていた。
「これは……凄い」
僕はその絶景を見て、思わずそう言葉を漏らしてしまう。
街の深層にある階段は、地下とは思えないほど広大な空間へと繋がっていた。
「城が……天井から
僕はその景色を、そう形容するしかなかった。
その空間の天井に、逆さまになった巨大な城が建てられていた。どうやって建造したのか、どれほどの労力と時間を有してできたのか――それすらも想像つかないほどに巨大なそれは、見る者を圧倒させる。
その城の中心にある巨大な塔はこの空間を貫き、遥か下に見える地面にまで達していた、
「イオさん。あれがガレイド地下迷宮第一階層――〝ラムゼンの逆さ城〟ですよ」
給仕服ではなく動きやすさを優先した、やたらとぴっちりとした黒い服を纏ったレイナさんがそう僕へと説明してくれた。
彼女の装備はシンプルで腰のポーチ以外と言えば、両手に付けた手甲ぐらいだ。
その横に立つのが、レイナさんとお揃いの服を着たマキアさんだ。彼女は何やら金属性の鞄のような何かを背負っているが、それ以外に何かを持っている様子はない。
二人とも、色違いの狐の面(微妙にそれぞれデザインが違う)を被っている。
「ここに繋がる階段は無数にあるけど、どれもあの城へと続いていてね。第二階層に行くには、あの城を通って下るしかないの」
マキアさんがそう補足してくれた。なるほど、あの城自体がダンジョンと化しているのか。
なんというかスケールが違いすぎて眩暈がしてくる。
「それで、イオ君どう? ナインテール謹製の戦闘服は?」
マキアさんがそう聞いてくるので、僕は素直に答えた。
「女性っぽいデザインなのを除けば概ね満足です。身体が凄く軽いですし」
僕はと言うと……当然のようにレイナさん達と同じ衣装を纏っていた。
正直かなり恥ずかしい。他の装備については、アズサさんお手製のショートダガー(普通のもので、変な機能は付いていない)を腰に差しているだけ。
だけども、一番の驚きはやはり、クオンさんに貰ったこの狐面だろう。
「これ……どうなってるんですか」
思わずそう呟いてしまうほどに、この狐面は高性能だった。
顔を全て覆っているのに、どんな魔術が掛けられているのか、全く息苦しくないし、視界も良好だ。何ならいつもより遠くが見えるし、視角が広くなっている気がする。というか、ここは地下だから結構暗いはずなのに、はっきりと周囲の物が見える。
「凄いでしょ~。これはアズサさんと店長の合作なのよ。暗所にも対応して望遠機能もあって、装着時の不快感もなし。更に美肌効果も! 一晩付けて寝るだけで、モチモチのスベスベに!」
「最後のは嘘ですよ……信じないでくださいねイオさん」
「大丈夫です。だいぶマキアさんの性格は掴めてきましたから」
なんて僕が言うと、後ろからマキアさんが抱き付いてくる。この人、わざと胸を当てている節があるので、あえて気にならないフリをする。
「イオ君って案外ドライよねえ。さっきみたいに、〝せ、先輩! 先輩の柔らかおっぱいが背中に当たって……僕、僕はもう我慢できましぇーん!〟とか叫んでよ~」
「そんなこと一言も言ってねえ!」
いや、近しいことは思った気がする。
「はあ……二人とももっと緊張感を持ってください。仕事なんですから」
なぜか僕までレイナさんに怒られてしまった。理不尽だ。
「あーい。ターゲットは、地下二階だっけ? 結構広いよねえ」
「管理局の監視員と接触して最新の情報を得ましょうか。道中の魔物は極力無視して進みます。イオさんは無理せず私達についてきてください。体力に自信は?」
レイナさんがそう聞いてくるので、僕は狐面の下に笑みを浮かべつつ答えた。
「むしろそれしか自信はないです」
「ならば――任務開始します」
そんな言葉と共に――レイナさんとマキアさんが疾走を開始する。
「え? あ、ちょ、速っ」
恐ろしいほどの速度で、しかも音もなく進んでいく二人。僕は置いて行かれまいと本気で走る。
本気で走るの、いつぶりだろうか。
蹴った地面が爆発したように割れるも、気にせずぐんぐんと加速していく。かなりの速度が出ていると思っても、なぜか前の二人との差が縮まらない。
「嘘だろ……馬より速い自信あるのに」
僕は【御業】の効果で、この身体に見た目以上の筋力を有している。走るとはすなわち全身運動であり、筋力によるものだ。なのでかなりの速さで走れるのだけども――それでも追い付けないとなると、あの二人が異常すぎる。
崖沿いの道の先は、城へと繋がる吊り橋になっていた。橋を流石に壊すわけにはいかないので少しペースを落として渡り終えると、その先で平然とした顔の二人が待っていた。
息すら切れていない。
「まあまあ速いんじゃない? 無駄が多いけど」
マキアさんの言葉を、レイナさんが首を横に振って否定する。
「無駄だらけです。あんな勢いで地面を割ってたら煩くて仕方ありません」
「す、すみません……。いや、というかなんでそんな速いんですか」
僕は思わずそう聞いてしまう。
「技術。また、今度教えてあげます」
レイナさんがそう言って、城の中へと入っていく。
「ふふふ、レイナは技術の鬼だからねえ。スキルマスターって呼んでいいぜ~」
「スキルですか……なるほど」
先天的に身に付いたものが【御業】だとすれば、後天的に努力や経験によって得られるのが、技術や技能――通称【スキル】だ。つまり、レイナさんはとんでもない努力家ということだろう。
ただ生まれ持った力を無理矢理使っているだけの僕とは大違いだ。
学ぶべきことは多そうだ。
「ふふふ、イオ君、ワクワクしているでしょ~? 顔に書いてあるよ、〝オラ、楽しくなってきたぞ!〟って」
「いや、口調変わってますし、そもそも狐面被ってますからね。でも、本音を言えばそうです」
「うん。でもね、これは仕事だからね。今日は教えるとかそういうのは出来ないから――見て学ぶといいさ」
マキアさんがそう言って、ポンと手を僕の肩に置いた。
「――はい!」
そんな僕達を見ていたレイナさんが小さく頷くと、声を出した。
「じゃ、行きますよ。とりあえずさっさと地下二階へと降りましょう。その後、東のボールルームを目指します。マキアは室内戦用魔術装備に換装してください」
「あいあい」
マキアさんがそう言って何やらブツブツ呟くと、背中の鞄へと右手を回した。すると鞄が変形し、一部が右手にくっついてまるで手甲のようになり、残りはまるで翼のように左側に展開される。
翼の部分と手甲はケーブルで接続されているが、それを何に使うのか、そもそも武器なのかすらもさっぱり分からない。
「ははーん、さてはマキアさんの装備が気になるかにゃあ?」
「ええ。まあ」
素直にそこは頷いておく。
「あれは、魔術師専用の補助魔導具です。予め言霊を専用弾に封じておくことで、詠唱を短縮して魔術を放つことが可能となっています。更に弾倉となっている翼甲の表面には、周囲から各種属性のマナを吸収する効果が付与されていて、術者が放つ魔術の威力と精度を増大させます」
「あー! それあたしが説明したかったのに!」
「なんか分からないですけど、凄いってことですね」
そういえばキロス達を捕縛した時もマキアさんは詠唱なしで魔術を放っていたっけ。あれもこの魔導具のおかげなんだろうか? だけどもあの時、彼女は何も身に付けていなかった気がする。
「じゃ、行こっか!」
僕は頷くと、再び疾走を開始した二人へと必死についていく。
城の中はやはり逆さで、僕達は床となった天井部分を走っていく。目の前にある豪奢なシャンデリアも、逆さにみると、謎のオブジェにしか見えない。上を見れば、どういう理屈か分からないが明らかに重力に逆らっている形で、調度品や金属製の全身鎧が沢山飾られていた。
「ここ〝伽藍の廊下〟は、上からリビングアーマーが振ってくるから注意ね~」
そんなマキアさんの言葉と同時に――頭上から気配。
「うわあ!?」
それは上から襲ってきた、重力に逆らっていたはずのあの金属鎧だ。その強襲に僕は反応できず、身体が固まってしまう。
その手にある槍が、僕へと突き出された。
「世話が焼けるねえ」
そんな言葉と共に、マキアさんが僕の横に滑り込みつつあの右手の手甲を、槍とその先の金属鎧――リビングアーマーへと向けた。
「――<サンダーブレイズ>」
そんな言葉と共に、紫電纏った砲弾が手甲から発射された。それは金属製の槍をいとも容易く焼き切り、更にリビングアーマーへと命中。
轟音と紫電をまき散らしながら、リビングアーマーを吹っ飛ばした。
「あ、ありがとうございます」
「お礼にはまだ早いね。一体起動すると――ほら」
彼女の言葉で僕が見上げると――天井にあった全ての金属鎧が降ってくる。
「駆け抜けますよ!!」
レイナさんが、上から斬撃を放つリビングアーマーを、まるで紙か何かのように軽く投げ飛ばし、投げた先にいた複数のリビングアーマーを一度にスクラップにする。
廊下に、耳をつんざくような金属音が鳴り響いた。
既に、廊下の先はリビングアーマーで埋め尽くされていた。
「かー、面倒臭いねえ」
「飛び越えますよ」
二人が地面を蹴って飛翔。リビングアーマーの群れを軽く飛び越えて、廊下の先にある出口へと辿り付く。いやいや、その距離を飛ぶって無理だってば。
「早くおいで~」
「そんな鳥みたいに飛べませんって」
いくら脚力に自信があっても、あの距離を飛ぶ自信はない。
なら――
「少しは先輩に良いところを見せないとね」
そう僕が呟いた瞬間――リビングアーマー達が僕へと殺到する。
「っ! 気を付けて! 仕方ありません、援護しますよ!」
なんてレイナさんの声が聞こえた。
「……変だねえ。レイナ、ちょい待った」
マキアさんがそれを止めたのも見えた。
そう、それでいいんだ。
リビングアーマーの槍が、僕の腹部を貫通する。
リビングアーマーの剣が、僕の右腕を切断する。
リビングアーマーの槌が、僕の右足を潰す。
リビングアーマーの拳が、僕の顔面を狐面ごと破壊しようとする。
「それ……は……ダメだ!」
その拳を――僕は
「頭は流石にマズいんだ。それに、この狐面はクオンさんに貰ったものだからね。初仕事で壊したなんて言ったら……多分怒られる」
「ギギギ!?」
リビングアーマーから困惑したような金属音が発せられた。
そりゃあそうだ。槍が貫通したはずの腹部には傷ひとつなく、切断したはずの右腕は既に再生していて、右足はピンピンしている。
「ありがとう。凄く痛かったけども……それも僕の力になる」
僕は受け止めた拳を握ると同時に、そのリビングアーマーを身体ごと、ハンマーのように振り回した。
リビングアーマー同士がぶつかる悲鳴のような金属音が響き渡り、周囲にいたリビングアーマーが全て吹き飛ぶ。更に、地面を蹴って加速。僕は目の前に迫る一体へと、思いっきり勢いを乗せて拳を叩き込んだ。
何の技術もセンスもない、まるで子供のようなパンチ。
それでも、そこに異常な筋力があれば――それは暴力となる。
「……うっそ」
僕の一撃を食らったリビングアーマーがまっすぐに、レイナさん達がいる出口へと飛んでいき、その途中にいた全ての鎧を巻き込み、破壊していく。
飛んできたリビングアーマー
「やっと道が出来た」
僕はそう言って、そこを悠々と走っていく。この程度の敵なら、何の問題もない。
「……ひゅー、やるねえ」
「ありえません。イオさんは明らかに致命傷を受けていました。それにあのリビングアーマーは、片手で振り回せるほど軽くはありません。ここまで殴り飛ばすには、相当な力が必要です」
レイナさんが信じられないと言った顔で、出口へと辿り付いた僕を見つめた。
「これが僕の御業……【
僕はそう言って、落ちていたリビングアーマーの剣を片手でへし折った。
「でもそれってさ……イオ君、君はこれまでにどれだけ……」
マキアさんが察して、何かを言おうとするけども、僕は首を振ってそれを否定した。
「僕のことは気にしないでください。さあ、行きましょう」
「……そうですね。でも二度と私の前で、わざと攻撃を受けるような無茶な真似はしないでください。そのやり方は……いつか死にますよ」
そうレイナさんが言って、僕に背を向けた。
彼女が狐面を被っていた良かった。きっと……とても怖い顔をしていただろうから。
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