第3話:仮面を被れ


「はい、というわけで明日からうちで給仕兼キッチン補助として働くことになったイオ君です! はい、拍手~」


 〝跳ねる狐亭〟の閉店後――そんなクオンさんの言葉と共に、僕は他の従業員の前に立たされた。


 なぜか、意味も無く支給された給仕服を既に着させられている。いや、仕事は明日からでしょうが。


 スカートのせいで股下がスースーして、落ち着かない。何より、僕の男としての尊厳が……なんて言って十分ほどゴネたが、当然クオンさんは聞く耳を持たなかった。理不尽だ。


「えっと……イオです。よろしくお願いしま――」


 僕が自己紹介を言い終わる前に――青髪をアップにした給仕、マキアさんが飛び付いてくる。


「かーわーいーいー! 君、新人だったんだ!? 道理で冷静だと思った!」

「ちょ、ちょっと!」


 胸が! 胸が当たってますが!


「可愛いねえ……給仕服も似合ってるねえ……」


 そんな風に彼女が耳元で囁いてきて、全身に鳥肌が立つ。


「あたしはマキアだよ。ふふふ……色々教えてあげるね……でもその前に……」

「そ、その前に……?」

「君……何の【御業】を持っているの? 魔術系だったらお姉さんに教えてほしいなあ……」


 その言葉と共にマキアさんが目をスッと細めたのを見て、僕は思わず彼女を突き飛ばそうとしてしまう。しかしそんな僕の行動すらも読んでいたのか、彼女はバックステップしてそれを軽やかに躱すと、何事もなかったかのように先ほどまで位置に戻っていた。


「マキア。後輩をからかうのは良くありませんよ」


 マキアさんをそうたしなめたのは、銀髪の少女――レイナさんだ。


「私はレイナ。同じ給仕なのでよろしくお願いしますね」


 そう言って彼女が微笑んだ。そのどこか儚く、可憐な笑顔を見ていると、とてもあのドノバンを圧倒した子だとは思えない。マジで、あれは何だったんだ……?


「この子、こんな感じだけど、うちでも一位二位を争う武闘派だから、気を付けなよ~? 手を出したら間違いなく痛い目に合うぜ~」


 マキアさんが意地悪そうに笑うと、すかさずレイナさんが彼女へとローキックを叩き込む。


「ぎゃあああ! 足が折れたあああああ!」

「そんなに力入れてないですって!」


 じゃれつく二人を見る限り、どうやらマキアさんとレイナさんは仲良しのようだ。そんな二人の様子を苦笑いしながら見ていたのは、背の高い、黒髪の凜とした佇まいの女性だった。調理用の白い服を纏っている姿からして、おそらく料理人だろう。


「料理長のアズサだ。君にはキッチン補助にも入ってもらうから色々とよろしく頼む」

「よろしくお願いします!」


 この人は、まともそうだ――なんて思っていたら。


「それで君は武器は何を使うんだい? 見たところ徒手空拳のようだが……そうだ、剣を使うのはどうだろう! なんとたまたまここに素晴らしい剣があってだな!」

「へ?」


 僕の目の前に音もなく寄ってきてアズサさんが、まるで魔法みたいにどこからともなく一本の剣を取り出して、僕へと見せ付けてくる。いや、今のどうやったの? 


「どうだ素晴らしいだろう!?」


 それは一見すると普通のロングソードに見えるが、何やら複雑な機構が柄に組み込まれている。


「これは私が趣味で作った〝試作型銃剣:虎吼ティガ・ハウル〟だ! 凄いだろ? 凄いよな!? 斬るだけでなく、専用の銃弾を装填することでなんと銃としての機能も併せ持っているんだ! 遠近両方に対応できる上に、弾を変えることで様々な状況に――」


 目を見開きながら、延々と説明しはじめるアズサさん。待ってくれ、何を言っているかサッパリ分からん。

 

 僕が助けを求めるべく視線をクオンさんへと送るが、光の速さで目を逸らされた。レイナさんとマキアさんにいたっては、既に話は終わったとばかりに、そそくさとここから離れようとする。


「あ、いや! 僕、武器とかその……使ったことないんで……遠慮しと――」

「なんと! ならば選び放題ではないか! ならば、これならどうだ!? レイナの為に作ったんだが、大不評でな。〝試作型爆手甲:竜爆爪ドラブレイズ〟というだが、なんと相手を殴りつつ仕込んだ火薬を爆散させることで破壊力が従来の――」


 今度は、金属性の手甲を取り出して僕の手へと嵌めようとしてくるので、丁重にお断りする。殴った際に爆発って、それ絶対使用者に反動あるやつじゃん!


「アズサ。彼はまだどういう方向に行くかは決まっていないから……それからにしなさい」


 キリがないと判断したのか、ようやくクオンさんが助け船を出してくれた。


「ふむ……そうか。しかし、細いわりに異常な筋肉の付き方をしているから、てっきり近接系だと……」


 アズサさんが僕の全身を見つめた。見ただけで……なぜそこまで分かるのか。


「ええ、間違いなく近接職向けの【御業】でしょうね」

「楽しみだな。武器に困ったらいつでも相談してくれよ! そうだ、今度私の武器工房に案内してやろう。最新型の銃からダンジョンから出てきたわけわからんレーザー兵器までよりどりみどりだぞ!」

「あ、はい……」


 僕が曖昧な返事に満足したのか、アズサさんが何度も頷く。美人だし、黙っていたら惚れそうなぐらいに素敵な女性なのに……。ここにまともな人はいないのか?


 それに答えるように、クオンさんが口を開く。


「ま、あと数人いるんだけど、基本的に〝ここ〟はこのメンバーで回しているから、仲良くね?」


 クオンさんの言葉に、僕は思わずため息をついてしまう。


「はあ。ちょっとやっていけるか自信をなくしましたよ……というか、ここ? 他にも店舗があるんですか?」


 なんて僕が聞くと、更衣室に向かっていたマキアさんとレイナさんがこちらへと振り向いた。更に、これまた手品のように先ほどの武器を仕舞ったアズサさんが、僕を睨む。


 その全員から、尋常でない量の殺気が放たれていた。


 肌が粟立つ。ヤバい。僕、多分死ぬ。


 そう思った瞬間――僕の背後にあった、店舗の入口である扉が開いた。


「おや? 取り込み中かい?」


 そんな軽い言葉と共に入ってきたのは――黒のスーツに身を包んだ、赤い髪を撫で付けたような髪型にした男性だった。その顔にはヘラヘラした表情を浮かべ、どこか浮ついたような、あるいは軽薄な印象を見る者に与えていた。


 彼が目敏く僕を見付けると、表情をだらしなく緩めた。


「……いいねえ、可愛いねえ。新人ちゃんかい? 俺はルーザー。よろしくね。君いくつ? スリーサイズは? 初恋はいつ? 今彼氏いる?」


 おお……なるほど。みんなが殺気を向けたのは僕ではなく、この人にか。納得。

 

「いや、そもそも僕、男なので」

「うんうん、そうかあ……男かあ……ってええええええ!? うっそ、その顔で!? むしろ、もっと良い!」

「いや、良くねえよ」


 思わず冷たく切り返してしまった。なんかこの人、妙にノリが軽いせいでこっちも引っぱられてしまう。


「それで……〝敗北者ルーザー〟、一体何の用? いつも言っているけど、閉店後は来ないでくれる? 夜は寝たいのよ、私達」


 クオンさんがこれまでで一番温度の低い、極寒のような言葉をルーザーさんへと投げつけた。


「ありゃ? そうだっけ? いやあ、この時間に来たら残り物でも食べられるかなあって……あはは。ほら、俺、ここ出禁じゃん? こういう時じゃないとアズサちゃんの料理を味わえないし~」

「次、私をちゃん付けした斬るからな」


 アズサさんが殺気をまき散らしながら、いつの間にか握っていた細い刃を持つ曲刀を抜きかける。しかしそんな殺気を浴びてなお、ルーザーさんは平然としていた。


 彼は肩をすくめると、こう言い放った。


「ま、冗談はこれぐらいにして――〝ナインテール〟に依頼が出た」


 ルーザーさんが軽薄な雰囲気を一変させると、洗練された所作でスーツの懐から封筒を取り出した。微かにそれから魔力を感じるので、おそらくは魔封蝋がされている。


 それをクオンさんが受け取ると、指でその魔封蝋を開けた。おそらくクオンさんにしか開けられないようになっていたはずだ。


「ギルド法に従い、ただちに行動をしたまえ。期限は明朝まで。記載されているターゲットは現在、第一層地下二階にいるのは確認済みだ」

「……だから、そういう依頼は朝に持ってきなさいって言っているでしょ?」

「闇ギルドが何を言うかと思えば。夜行性の女狐共には丁度いい時間帯だろうが」


 ルーザーさんが何が起きているか分からない僕を見て、微笑む。


「新人君……せいぜい頑張りなよ。だけども俺はさっさとこんなところ、辞めちまうことをお勧めするね。自分から……闇に近付く必要ないだろ? じゃ、俺はこれで。よろしくね~」


 彼はくるりと背を僕達に向けると片手をサッと挙げて、そのまま扉の向こうに広がる夜の闇へと消えていった。


「……残業だねえ」

「今日は寝たかったです」


 そんな言葉と共に、マキアさんとレイナさんが何事もなかったかのように更衣室へと入っていった。


「私はどうする?」

 

 アズサさんの言葉に、クオンさんが首を振って否定する。


「この程度のターゲットならあの二人で十分。明日、朝から仕込みあるから今日はもう休んで」

「了解だ。イオはどうする?」

「運が良いのか、悪いのか。入ったその日に依頼とはねえ。これも何かの縁だし、連れていかせるつもりよ」

「ふむ。是非とも、どういう方向に行くかを決めてほしいところだ」


 二人のそんな会話を聞いても、僕はそれが何を意味するかはサッパリ分からない。


 特務ギルドナインテール? 闇ギルド? 依頼? なんなんだそれ。


「イオ君。この〝跳ねる狐亭〟は私達の表の姿に過ぎないのよ」


 クオンさんがそう言って、一枚の狐面を取り出した。


「へ?」

「冒険者ってさ、君も知っての通り、横暴で野蛮で粗暴でどうしようもない連中でしょ? でも彼らのおかげでダンジョンの恩恵を街は得られる。だからと言ってあまり野放しにするのも良くない」

「どういうことですか」


 僕は少し躊躇いながらそう聞いた。なんだか、凄く嫌な予感がする。


「冒険者の中でも、過度の暴力や犯罪、違法な行為を繰り返すどうしようもない連中――〝違法者イレギュラー〟。そういう輩を、法の及ばないダンジョン内で特殊なギルドがこの街にはあるのよ。それをギルド管理局は、特務ギルドと呼称しているの。まあその仕事内容から、冒険者の間では闇ギルド、なんて呼ばれているけどね」

「闇ギルドか……それが、クオンさん達の正体ってことですか」

「その通り。特務ギルド〝ナインテール〟――その本拠地がここよ。当然、私を含め従業員全員がギルドメンバー。つまり、君も」


 そう言って、クオンさんが狐面を僕へと差し出した。


「それは……聞いていません」


 つまり、クオンさん達は――……あるいは処理人ということになる。


 だからか。

 全てが線で繋がった。だから、ただの給仕であるはずのレイナさんやマキアさん、それにクオンさんまでもが異常に強かったんだ。きっと、アズサさんも強いのだろう。


 僕は改めて思った。とんでもないところに来てしまった――、と。


「それでどうする? 冒険者へ復讐したい君は、ここの裏の顔を知って、どう動く?」


 ああ。クオンさんは短期間ながら僕という人間を良く理解している。答えを分かっているくせに――言葉にさせたがる。まるで――僕がその使命を、目的を……忘れないように日々呟いている言葉を。


「――辞めませんよ。言ったはずです。アイツを見付けて殺す為なら……なんでもするって」

「君の復讐とは何の関係もない人を殺すことになるけど? 当然、依頼中は命の保証がないし、酷い目に合うことなんてザラだけども」

「構いません。むしろ好都合だ。危険であればあるほど、……僕は多分強くなれる」


 それが――僕の【御業】だからだ。


 僕は狐面を受け取った。これを被るということは――つまりそういうことなのだろう。


「よろしい。じゃあ、イオ君に早速依頼を与えるわ。マキアとレイナと共に、ダンジョンに赴き……このクソ冒険者を抹殺してきなさい」


 そう言って僕に渡された依頼書には、こう書かれていた。


**

 ターゲット:冒険者ギルド〝疾風〟のリーダー、アズラ。彼およびそのギルドメンバーも討伐対象とする。

 ターゲットの冒険者ランク:C

 冒険者ランクは低いながら、一般市民の誘拐及び殺害多数。更に最近はダンジョン内で魔物と戦闘中の他冒険者を襲撃し、装備や所持品を強奪といった蛮行も目立つ。現在はダンジョン内に潜伏している為、警察士も手が出せない模様なので、これ以上被害が広がる前に速やかに討伐すべし。

**


 結果として――僕の初仕事は給仕ではなく、冒険者の抹殺という、何とも僕らしいものになったのだった。


 

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