第2話:女狐とギフテッド
二人の給仕の言葉と共に――店が熱狂に包まれた。まるで、期待していた通りだとばかりに客達が沸く。
「君はこっちにおいで」
その状況に混乱したまま突っ立っていると、店主であるクオンさんがウインクしながら僕の手を引いて、店の奥へと連れ込んだ。
そこはちょっとした事務所になっていて、内装はやはりクオンさんの格好と同様に、龍華帝国の文化を取り入れたような感じだった。全体的に赤色の主張が強いその部屋の中央にあるソファへと僕は座らされた。
「君、あいつらの仲間じゃないでしょ? この街の警察士は厳しいから、あいつらが連行されるまでここに居た方がいい」
クオンさんが僕の対面に座り煙管を咥えると、白煙を吐き出しながらそう切り出した。
甘い香りが漂いはじめる。
「ドノバン達は捕まるんですか?」
酒場の給仕にちょっかいをかけた程度で、Aランク冒険者が捕縛されるとは思ってもみなかった。他の街であれば、警察士も含め、見て見ぬ振りをしていたはずだ。
「他の街と違って、ここはちょっとばかしルールが違うのよ。つよーい冒険者様ばかり集まるから……必然的にそういう輩に対抗するために、市民も組織も逞しくなる」
「なるほど……」
噂通り、この街はかなりヤバそうな気配がする。
「えっと……僕はドノバン達に雇われた、荷物持ちのイオです」
そう僕が自己紹介すると、クオンさんが不思議そうな顔をした。大人っぽい人なのに、その表情にはどこかまだ少女の面影を残している。
「荷物持ち? それだけの力を持っていながら? 護衛とかじゃなくて?」
その言葉に、僕は思わず警戒してしまう。何も言っていないのに、なぜ護衛だと勘違いした?
「ふふふ、そんな怖い顔をしないで。イオ君さ……君、
その問いに、僕は答えない。
「神より授かりし奇跡あるいは呪い――【
「なぜ……分かったんですか」
僕が慎重にそうクオンさんへと言葉を返す。
【御業】の話は……僕にとって、とても繊細な問題だ。その返答次第では、すぐにここから逃げなければならない。
「あたし達ぐらいになると、目を見れば分かるの。レイナとマキアだって多分気付いているわよ。それにギフテッドが本気を出せば、高ランク冒険者なんて
「目を見れば分かる……? 冗談ですよね」
「瞬殺できるって部分は否定しないんだね」
ケラケラとクオンさんが笑う。
いずれにしろ、目を見たら分かるなんてそんな話、僕は聞いたことがない。
となるとはクオンさんは僕のことを予め知っていた? つまり……アイツと繋がっている可能性がある?
分からない。だけども、ギフテッドだとバレたからには危険だ。
「信じるかどうかは君次第。でもね、
クオンさんがまっすぐに、その赤い瞳で僕を射貫く。その視線に込められた感情と言葉に、嘘はないように見えた。あるいは、そう思わされているだけなのかもしれない。だけども、なぜか僕は彼女なら信じてもいいような気がした。
僕は知らない間に握り締めていた拳を解いた。思わずため息が口から出る。
「はあ……確かに貴女の言うように、僕はギフテッドです。ですが高ランク冒険者を瞬殺できるって言うのは、僕に限っては当てはまらないですよ。僕は、力はあっても技術はないですから」
「そう。だから、あんなクズに従っていたの?」
「別に高ランク冒険者だったら誰でも良かったんです。あいつぐらい馬鹿な方がこちらを疑わないので、丁度良かっただけ。この街に来れた以上は……もう用無しです」
そう。
僕にとって、ドノバンはその程度の存在だ。この街――ガレイドは誰でも気軽に訪れることの出来る街ではない。基本的にこの街で生まれた者以外は、Cランク以上の冒険者あるいは商人ギルドや職人ギルドなどに所属している者でないと中にすら入れてくれない。
冒険者による、冒険者のための街なのだ。
実際、あの鉄の門に着いたときに全員が身分証明を求められた。僕は雇われ荷物持ちで冒険者ではないけども、ドノバンと同じパーティのメンバーということで入ることができた。
「なるほど。君はこの街に来たかったわけね。冒険者でもないのにどうして?」
「……とある冒険者を探しています。名前は知りません。顔も分かりません。でもそいつが高ランク冒険者で、とある異名で呼ばれていることだけは知っています――〝三ツ首〟、と」
僕の脳裏に、狼を模した兜を被った男の低い声が響いた。
〝お前の魂も……また美味そうだな〟
血塗れで倒れている母とリリス。暴れる僕を無理矢理連れて逃げる髭面の冒険者が叫ぶ。
〝お前だけでも逃げねえと! お前の母ちゃんと妹の魂を救えるのはお前だけなんだぞ!〟
嫌な思い出がじわりと僕の背中を汗で湿らせる。
「ふーん……〝三ツ首〟、ね」
僕はその名前を発した時のクオンさんの反応を観察するも、そこからは何も読めない。
「この街にいるはずなんです。アイツは【御業】を求めていました。ならば……高ランク冒険者が、その中に潜むギフテッドが、大陸中から集まるこの街に来ないわけがない」
「それは道理ね。ここはおそらく大陸一ギフテッドが多い街だからね。それで、その〝三ツ首〟とやらに会ってどうするの? サインでも貰う?」
クオンさんがわざとからかうような口調でそう聞いてきた。僕が放つ殺気に気付かないフリをして。
馬鹿にしてる。
「もちろん――
「ふふふ……【御業】を取り戻す、か。面白い表現ね」
クオンさんがおかしそうに笑うと、ぷかりと煙を吐いた。
「だけども、矛盾している。君には力はあれど、それを振るう術がないと言った。それでどうやってそいつを殺すのかしら?」
「それは……」
僕は言葉に詰まる。もちろん、考えていなかったわけではない。でも、それに対する明確な答えはなかった。
「もし、何もないなら……提案があるのだけど」
「へ? 提案?」
「この店で――
その提案に、僕は一瞬思考が停止する。
はい? それは……どういう意味だ?
「あら、そんな的はずれなことを言っているつもりはないけども。ここは、この街でも指折りの冒険者が集う店よ。そして君やあのドノバンのように、噂を聞き付けてやってくる腕っぷしに自信がある冒険者も多い。つまり――」
その言葉の意味に気付き、僕は思わず口を開いてしまった。
「この街で強い冒険者を探すには……うってつけの場所ってことですか」
「その通り。それに、どうせ仕事も住む場所もアテがないのでしょ? うちで働けば、給料プラス毎日三食まかない付きで、さらに二階に部屋が一つ空いているからそこに住めるわよ?。まあ、レイナとマキアもここに住んでいるから騒がしいけども」
「……なぜそこまで」
僕はあまりに話が美味すぎるので警戒する。まだクオンさんが裏で〝三ツ首〟と繋がっているという疑いを捨ててはいない。
「先月、一人辞めちゃって困ってるのよ。うちはいつでも人手不足だから、給仕を募集しているのだけども、中々採用できそうな子が来なくてね」
「一応、言っておきますけど……僕、男ですよ?」
給仕は本来女性の仕事である。冒険者は女性給仕を求めて酒場にやってきている節もあるので、男の給仕を採用する店はない。
「イオ君、顔がとっても可愛いから平気よ。きっと給仕服も似合うわよ……うふふ……欲しかったのよねえ、中性黒髪僕っ子給仕……」
クオンさんがここで初めて顔に感情を滲ませた。どう見ても、悪いことを考えているようにしか見えないし、なぜか分からないが全身に鳥肌が立つ。
「ま、とにかく、そこに関してイオ君は問題ないとして――」
「いや、ありますよ! いくらなんでも男の給仕なんて」
「時代錯誤ねえ。男が給仕やって何が悪いのよ。女が鍛冶職人になる時代よ?」
「それは……でも、ほら」
「さらに君にとって大きなメリットがあるわ」
「メリット?」
僕がそう聞き返すと、クオンさんが目を細めてこう言った。
「ここで働けば、
クオンさんが絶対的な自信に満ちた笑顔を浮かべながら、僕へと手を差し出した。
その手を取っていいかどうか。そんなことを僕は一切迷わずに、その手を握り返す。
「さっきも言いましたけど……アイツに復讐する為ならなんでもやりますよ――給仕でもなんでも」
「それは頼もしい。でもね、この店での仕事をもし、〝たかが給仕〟だなんて思っているのなら、考え直した方がいい」
そんな言葉と共に、クオンさんが僕の視界から消えた。
「へ?」
いや違う。視界から消えたんじゃない。
僕が――
何をされたかすら理解できないが、いつの間にか僕はクオンさんによって床へと組み伏せられていた。信じられないほどの力で押さえ付けられていて、それなりに筋力には自信がある僕が一切身動きができないほどだ。
レイナさん同様、クオンさんもただの店主ではなさそうだった。
「いい? この店の給仕になる為の条件はただ一つ――高ランク冒険者だろうがギフテッドだろうが……等しくぶっ飛ばせる力を持つこと。だから君は……まずはそこから修業しないとね」
そう言ってクオンさんが僕の身体を起こしてくれると……にっこりと笑ったのだった。
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