ナインテールの給仕達 ~冒険者に復讐を誓う少年、闇ギルドが経営する酒場の給仕になる。女装してお酒を運んだり、ダンジョンで違法な冒険者を抹殺したりする、楽しいお仕事です~

虎戸リア

第1話:〝跳ねる狐亭〟へようこそ!


 荒野を乾いた熱風が通り過ぎた。

 

 太陽によって作り出された陽炎ごしに、馬から降りたスキンヘッドの巨漢が僕へと怒鳴る。


「イオ! てめえ早くしろ! いつまでノロノロ歩いているんだ!? 走れ、このクソ犬!」


 乗っていた馬が可哀想になるぐらいに縦にも横にも分厚いその巨漢は、僕の雇い主であるAランク冒険者の〝剛拳のドノバン〟だ。


「全く……ようやく着きましたよ。これなら駄馬に荷物を乗せた方がよっぽど早かったですねえ」


 その隣にいる痩せぎすの魔術師――キロスが僕へと見下すような視線を送る。彼を含めた、ドノバンの部下達も同様に、蔑みの表情を浮かべている。


 その全員がこの灼熱の荒野を渡るのに馬を使ったのに対し、僕は彼ら全ての荷物を背負い、しかも徒歩だ。


「……すみません」


 そんな理不尽な対応にも、僕はそう謝るしかない。天下の冒険者様に、ただの荷物持ち件雑用係である僕が逆らえるわけもない。


 見れば、街が近いせいもあって、道沿いには他の通行人らしく姿もちらほら見掛けるが、誰も干渉してこようとはしない。冒険者が起こすトラブルに巻き込まれたくないという気持ちは、僕にも良く分かる。


「言っておくが、契約は宿に着くまでだからな。それまでに倒れたら……報酬はゼロだ」


 ドノバンがニヤニヤしながら、肩に食い込む大荷物を背負った僕へと近付いてくる。

 彼らの目的地はもう目の前だ。だから、僕の仕事も必然的にもうすぐ終わるのだが――


「だからよお……これぐらいでへばってるんじゃねえよ!」


 ドノバンが僕に向かって怒鳴りながら、ローキックを叩き込んでくる。


「……っ!」


 僕は一瞬迷った末に、キックがあまりに強力なのでバランスを崩した、――その通りに動く。僕が転ぶと同時に荷物がバラバラと地面へと落ちた。


「お前! 私の荷物を落とすな! 間抜け!」


 荷物を落とされたキロスが激怒し、持っている杖で僕の頭を殴ってくる。僕は致命傷にならないように頭を両手でガードするしかない。手の甲から生暖かい血が流れ出る。


「体力しか能がねえてめえを、荷物持ちとして使ってやってる俺に感謝の気持ちはねえのか? ああん!?」


 ドノバンが僕の腹を蹴り上げた。激痛と共に僕の身体が宙を舞い、そのすぐあとに地面へと激突。もはや痛くない箇所がないほど、全身が痛い。


「さっさと荷物を拾え! ほら、街はもう目の前だぞ!」


 地面に倒れた僕へと、そう吐き捨てた。


「きひひ、これで立ち上がれなかったら、契約は無効ですなあ……」


 キロスがニヤニヤしながら、僕の様子を窺っている。


 その行為が何を意味するかを僕はよく分かっている。なんせここまでの道中に何度もあったことだ。

 ある程度の場所まで僕に荷物を運ばせ、雑用を全て押し付けると、そこから急に暴力を振るうようになった。


 理由は単純明快。もしそれで僕が負傷、あるいは弱音を吐き荷物を運べなくなったら、契約違反として金を払わずに済むからだ。


 そんな横暴が、冒険者だからという理由でまかり通る。そんなクソみたいな世界だが、彼らによる恩恵は大きいのは確かだ。だからこそ、僕ら一般市民は我慢をする。


 我慢を強いられる。


「さてお前ら……まずは女のいる酒場でも探すか! なんでもこの街には美女揃いの店があるらしいぞ!」

「きひひ、良いですなあ。ここしばらく女っけが無かったですし。適当に飲ませて掠いましょうか」


 そんなゲスい会話をしながら、ドノバン達が遠ざかっていく。彼らは知っている。僕がこの程度でへこたれないことを。それが――異常であるということに気付かないぐらいに、こいつらが馬鹿なのが唯一の救いだ。


「……はあ」


 僕は顔をしかめながら地面から立つと服についた砂埃を払った。


「嫌になるね、ほんと」


 僕は誰に言うでもなくそう呟くと、散らばった荷物を集めてヒモで縛り、再び背負う。肩に激痛が走るが無視。


「お、おい、君、大丈夫か?」


 遠巻きに見ていた一人の通行人がそう問いかけてくるので、僕は笑顔を向ける。


「ええ。慣れていますから」

「だが……その荷物、あまりに多過ぎないか。それに君、手から血が……ってあれ」


 その人は不思議そうに僕を見つめた。それも仕方ないことだ。なんせ出血は既に止まっていて、手の甲の傷も既に塞がっていたからだ。痛みも殆ど引いてしまっている。


 全身に、静かに力が滾ってくるのを感じる。


「身体、丈夫なんですよ。それしか取り柄はないので。それでは」


 僕は自分の体重の三倍はある荷物を背負ったまま、ドノバン達の後を追う。


「あと少し……あと少しだ。あの街にきっと……アイツがいる」


 僕はそう自分に言い聞かせ――目の前に広がる光景を睨み付けた。


 それは、荒原のど真ん中にある巨大な遺跡を元に作られた巨大都市だった。茶色の尖塔がいくつも伸び、まるで青い空を掴もうとしているかのようだ。


 その街の唯一の入り口である巨大な鉄門の前には、商人達が屋台を並べている。街の外なのに、そこはまるで市場のような様子だ。だけども、その門では物々しい武器を所持した兵士によって厳しい検問を行なわれているという。冒険者とその仲間、あるいは商人ギルドや職人ギルドの所属でないと入ることすら許されない――そんな街。


 その街の名は――遺跡都市ガレイド。

 攻略難易度S級のダンジョンが地下に発見されたせいで、今この世界で最も危険な奴等が集まる街である。


 そんな冒険者の野望と欲望が渦巻く都市へと、僕は足を踏み入れたのだった。

 

***


 遺跡都市ガレイド表層――迷宮商店街内、〝跳ねる狐亭〟。


 そこは左右のみならず上下に入り組んだ、まさに迷宮と呼ぶに相応しい商店街の路地裏にあった。店前には、赤い光を放つランプが並んでいて、どこか異国情緒を感じさせる外観だ。


 テラス席では冒険者達が美味しそうな料理と酒を楽しんでいて、店内の喧騒と熱気が店の外にまで伝わってくる。


「ガハハ! ここが噂の店か! 確かに給仕は美女揃いだ! おい、そこの女! 席に案内しろ!」


 僕に対する嫌がらせなのか、宿に行かずに酒場へと直行したドノバンが店の中に入り、そう怒鳴った。その視線の先には、給仕服――胸元が無駄に開いていたり露出が多いものではなく、きっちりとしたもの――を纏った、細身で銀髪の少女が立っている。


「……? ああ、ご新規さんですか」


 給仕の少女がニコリと笑うと、なぜかそれまでは騒いでいた店内の客達が急に沈黙。ドノバンへと視線を集中させる。


「俺はレイジア帝国のドノバンだ! 剛拳のドノバンと言えば分かるだろ!? おい、さっさとVIP席へと案内しろ」

「……申し訳ございません。当店ではVIP席はご用意しておりません。あちらのテーブル席でもよろしいでしょうか?」


 少女がそう言って、壁際のテーブルを指し示した。


 あ、マズい。ドノバンは、自分の要望が通らないと――すぐに激怒する男だ。


「俺は――VIP、って言っただろうが! こんなクズ客共と同じ場所で飲めるか!」


 ドノバンが激昂し、少女の隣にあったテーブルへと拳を叩き込んだ。破砕音が響き、運悪くそのテーブル席に座っていた冒険者達が、目の前の砕けたテーブルを見て顔をしかめる。


 あのテーブル、かなり分厚そうのにそれを一発で砕くとは、流石はドノバン。腐ってもAランクだ。

 

 だけど、僕は何か違和感を覚えた。ここ数週間ほどドノバン達と共に行動したが、どこに行っても彼らはこんな感じだ。なので心の中では呆れ果てていたのだけど……ここは、これまでと何かが違う。


「あらあら……困った人ですね。あの席で我慢していただけないかしら? 強いのは分かりましたから」


 そんな言葉と共に、騒ぎを聞き付けて奥からやってきたのは――妖艶な笑みを浮かべた金髪の美女だった。東の果てにある大国――龍華帝国風の、身体にぴったりにフィットした筒のようにも見える真っ赤なドレスを纏い、片手には煙管と呼ばれる喫煙具が握られている。


 スリットから覗く太ももに、嫌でも目がいってしまう。


「良い女じゃねえか。てめえも店の女か」

「店主のクオンです。どうです? うちでもを席に付けますから――マキア」


 その美人店主――クオンさんに呼ばれ、一人の給仕がこちらへとやってくる。先ほどの銀髪の子と同じ給仕服を着ているが、その上からでも分かるぐらいに胸が大きく、綺麗な青髪をアップにし、少し大人びた雰囲気のある少女だ。なぜか彼女の右目だけ、色素が薄く、どこか人工めいた雰囲気を感じさせた。


「はいはーい、マキアでーす!」

「ほお……いいねえ」


 ドノバンが下卑た目でそのマキアと呼ばれた少女の大きな胸を見下ろした。


「ではどうぞこちらへ~」


 マキアさんがドノバン達を壁際のテーブルへと案内する。既に周りの客は興味を失ったとばかりにそれぞれの会話に戻っていた。


「とりあえず酒だ。ありったけの酒を持ってこい。あの店主もあとでここに呼べ」

「はーい! レイナ、よろしくね~」


 マキアさんが銀髪の少女――レイナという名前らしい――に笑顔を向けた。その間にクオンさんは砕けたテーブルへと手を翳すと、何かをブツブツと呟き、魔術でそれを元通りに修復していく。


 彼女が笑顔をそのテーブルの客へと向けた。


「ごめんねえ。今日の分はうちが持つから、ゆっくり楽しんでいってね」

「くくく……気にしないでくれ、金もちゃんと払うよクオンさん。いやあ今日はラッキーだ。なんせ久々にが見れるかもしれない」


 ドノバン達は魅力的な表情を浮かべるマキアさんに夢中になっているが、僕にはクオンさんとその客の会話が気になって仕方がない。

 

 そこで気付く。


 ああ、そうか。

 客も店側も――全くドノバン達を


 ドノバンはAランクで見た目も厳つい。中身はクズだが、その戦闘力は確かだ。


 僕は妙な胸騒ぎを覚えながら、ドノバンの後ろに立つ。そこが僕のいつものポジションだ。


「あら? 君は座らないの?」


 マキアさんが笑顔を僕へと向けた。だけども僕は無言で首を横に振る。


「そいつは雑用の犬だから無視していい。それよりマキアその服脱いで、ちょっと胸を見せろよ」

「ええ~、ドノバンさん展開早くなーい? もしかして……<束縛>するタイプ~?」

「ガハハ! 束縛プレイも好きだな!」

「筋肉も凄ーい。まるで<鉄>みたい!」


 マキアさんがわざとらしく、ドノバンの二の腕に触れた。


「そうだろう? その辺りのクソ雑魚冒険者より強いぜ?」


 その挑発的な言葉に対し、なぜか周囲の冒険者達は一切反応しない。むしろ、なぜかニヤニヤしているようにさえ感じる。


「じゃあ、ジャイアントパイソンとかも倒せちゃう? 私、<蛇>は苦手なの! あいつら本当に<害悪>」


 会話が盛り上がっているなか、レイナさんがそれぞれの手に持ったトレーに酒を載せて運んでくる。見ただけで片手に軽く十杯以上は載せていて、しかもどれもなみなみに注がれている。なのに、その水面は揺れすらしていない。


 どんなバランス感覚だ?


「お待たせしました」

「おー、来たか! 胸はないが顔は好みだぞ。さ、お前も座れ」


 気を良くしたドノバンがレイナさんへとそう話しかけるが、レイナさんは仕事中ですので、と軽く断りながらマキアさんの手を借りて、酒を配っていく。

 

 僕もそれを手伝うことにした。


「ありがとうございます。君は……へえ」

 

 なぜかレイナさんが僕の顔をまじまじと見つめた。


「あの、何か?」

「いいえ、何も」


 レイナさんが含みのあるような笑みを浮かべた。それは……同性でも惚れてしまいそうなほど、可愛らしい笑顔だった。


 しかし、そんな会話していると――ドノバンが顔を真っ赤にしながらレイナさんの腕を掴んだ。


「俺が座れと言ったら――座れ! それとも俺の膝の上に座るか!?」


 ドノバンがイレナの腕を引っぱって抱き締めようとした、その瞬間。


 僕は危ないと思って、ドノバンの手を離させようとその腕へと手を伸ばす。


 ……レイナさんが危ない。


 だけども僕の手は、結局届くことはなかった。


「へ?」


 それが誰の声かは分からない。だけども、僕の目の前で――


「〝跳ねる狐亭〟の規則その三――【給仕に無許可で触れた者は客に非ず】。覚えておいてね~」


 マキアさんが楽しそうにそう告げると同時に、レイナさんがまだ宙にいるドノバンの顔をわしづかみにして――そのままテーブルへと叩き付けた。


 轟音。衝撃。驚愕。


 砕けたテーブルと共に、ドノバンが床へと沈む。


 起き上がってくる気配は……ない。


 今のは……なんだ? だってレイナさんは僕と同じぐらいの背丈しかないし、腕も身体も細い。なのに倍以上の体格差のあるドノバンを――Aランク冒険者を圧倒し、一撃で倒した。


「てめえ!」

「ドノバンさん!」

「きききき、貴様ああああああ!! <我が内に眠る炎よ、敵悉くを灼せ――」


 ドノバンの部下達が武器を抜き、キロスが魔術の詠唱を開始する。しかし――


「<縛れ>」


 マキアさんのそのたった一言で、彼女の手元から生成された鉄の鎖が、キロスを含めた僕以外の全員をまるで蛇のように一瞬で縛り上げた。


「ぎゃああ!」

「魔術だと!?」

「ありえん! 詠唱は確かに私の方が早かったのに!」


 気絶したドノバン、鎖に縛られて床に転がるキロス達。


「魔術には、絶対に詠唱が必要なはずなのに……どうやって」


 僕は思わずそう零してしまう。マキアさんは今、明らかに詠唱をしないで魔術を放った。それは、魔術理論的に不可能な所業のはずだ。


 そうして僕が混乱している間に――二人の給仕がそれぞれ、ドノバンとキロスへと足を乗せると、満面の笑みでこう言い放ったのだった。


「「跳ねる狐亭へようこそ、クソ野郎!!」」


 僕は……とんでもないところに来てしまったのかもしれない。

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