カフェに寄る女

惣山沙樹

カフェに寄る女

 その喫茶店は、一階が喫煙席、二階が禁煙席になっていた。私は一階の隅の席を選んだ。

 透明な灰皿が、机の上に置いてあった。それを使うこともないのに、私ったら、一体何をしているんだろう。

 理由は一つ。喫煙者の彼が、この喫茶店によく行っていると話していたからである。


「いらっしゃいませ」


 ほどなくして、白いシャツに黒いエプロンをした青年がやってきた。私はホットコーヒーを注文した。他に客はおらず、音楽もかかっていない店内はひどく静かだった。

 手持ち無沙汰な私は、とりあえずスマホを開いた。彼からの連絡は途絶えたきりだ。こちらからメッセージを送っても良いのだが、やめた。未練がましい女だと思われたくないからだ。

 特に面白みのないニュースサイトを見ていたら、一杯のホットコーヒーが運ばれてきた。


「どうぞごゆっくり」


 私はそれにすぐさま口をつけたが、熱い。私はミルクを入れた。これでいくぶん、冷めただろう。

 彼に告白してから、もう一週間が経つ。彼女にしてほしい。そう言ったが、彼はいつも通りの笑顔で断ってきた。お互い、身体だけの関係で十分だろう? そこまでは言われていないが、そんな風な雰囲気だった。

 ミルクを入れたコーヒーは、とても優しかった。こういうのも、失恋というのだろうか? もしそうなのなら、失恋の傷を癒すための一杯、というわけだ。やはり私はどうかしている。わざわざこの店まで足を運ぶなんてね。

 厨房の方を見ると、初老の男性が、忙しく作業をしていた。きっと、二階でフードを注文した人が居るのだろう。先ほど注文を取りに来た青年が、お盆を受け取り、二階へと運んで行った。そうして私も空腹に気付いたが、何か追加で注文する気は起きなかった。

 もしかしたら、今ここに、彼が来ないだろうか。そう考えてしまっている自分に気付き、内心苦笑した。彼とは最近、ホテルでしか会っていなかった。夕食を一緒に取ったり、バーに行ったりであるとか、そういった過程を飛ばされるようになった。

 だからといって、告白してしまった自分の浅はかさには、後悔せざるを得ない。彼は誰のものでもない。私のものにはできない。そんなことくらい分かっていて、関係を結んだはずなのに。

 カップを一気に傾け、コーヒーをすすった。砂糖は入れていないのに、ふんわりとした甘さを感じた。このコーヒー自体が持つ風味だろうか。こういうのが、彼の好みなのだろうか。それとも、喫煙のできる喫茶店がこの辺りでは少ないから、仕方なく来ているのだろうか。

 さあ、しんみりしていても仕方がない。明日も仕事だ。私は机の上に置かれていた伝票を取り、立ち上がった。


「ありがとうございました」

「美味しかったです。また来ます」


 ひとりでに、そう唇が動いていた。

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カフェに寄る女 惣山沙樹 @saki-souyama

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