別添1 いつかの日の少女の物語
少女は村の入口でそれを待っていた。
待ちきれずに早朝からこの場所でウロウロしていたら、
村の大人たちに落ち着けと
それでも少女はその場所にいた。
彼女はルリア。コルネ村に住む少女である。
年の頃は10を少し過ぎたくらい。
自分はもう大人だ、と胸を張るが、村の
日頃は両親の木工細工を手伝っているが、今日は休みを貰ったのだ。
何のためか。
それは町の商人に頼んだものが届く日だからである。
先日、両親と共に露店市へ出店した際に依頼をしたのだ。
待ち遠しさから昨日はちょっと眠りにつくのに時間がかかってしまった。
そして今は村の入口で待ち人を待っている。
ガラガラと林の中を進む車輪の音が聞こえる。
二頭の馬に荷車を
港町ソレイスタに
行商は下の者に任せるのが通常だが、今回は王都や北部への大きな取引があり、
そのために自ら出向いたのだ。
配下の
この村でやることがあるためだ。
最近さらに売り上げが伸びているコルネ村の木工細工の買い付けである。
待ち続けた事でうつらうつらしていたルリアは近づいてくる音にハッとする。
ついに待っていた物が届くのだ。
林の中を曲がる道の先から商人の馬が見えた所で、たまらず手を振り声を上げる。
「おーい、おーい!」
そんなことをしなくても商人は来てくれるのだが、
今日のルリアはそれも待ちきれないのだ。
そんな少女の姿を見て商人は笑いながら馬を進ませる。
ルリアは両親から、村から1人で出ないように、ときつく言い含められていた。
それ故に、村の入口は彼女にとっては不可侵の結界である。
今もその結界から出ないように商人へ声を投げかけ、手を振っている。
村の入口に
「こんにちは、商人さん。それでそれで、頼んでいた物はありますか。私昨日からずっと楽しみであんまり寝られなかったんですけど、今日は朝から待ってたんです!今日はお父さんとお母さんにもお休みをもらって待ってたんです!商人さんに依頼するの初めてだったんですけど絶対に手に入れなきゃって思って、だから―――」
「おおう、分かった分かった。
それは分かったから、とりあえず村に入れてくれないかい。」
商人は苦笑いしながらルリアをなだめる。
ルリアも、あっ、と声を出して、謝罪してから商人を村の中へ迎え入れたのだった。
先般の港町での一件から両親の作る木工細工は港町ソレイスタどころか、
最近は王都でもちらほらと評判となっており、遠くは隣国からの注文まで来ている。
更に最近は弟子入り志願してくる者まで出始めた。
あの一件がルリアだけでなく、両親やひいては村そのものにまで影響していた。
商人を自宅に招き入れ、両親と共に応待し、テーブルにお茶が出される。
お茶が入っているカップも両親の作った物だ。
陶器製のコーヒーカップと同じ形を木製で作るなんて凄い、と、
肉親であるルリアも
「近頃は本当に良い商売をさせて頂いています。」
そう言って商人は深く頭を下げた。
実際、家に入るお金も以前と比べれば数倍になっている。
まだちゃんと家計の事を理解していないルリアでも分かるほどだ。
しかし両親はそれでも
せいぜいがソレイスタに行く時にちょっといいご飯を食べるようになったくらいだ。
「いえいえ、全てはダンさんのお陰ですよ。
売れない時期にも店頭に置いてもらえてて本当に助かりました。」
「ははは。昔からの付き合いでしたから。
正直を申しますと、物が良いのは以前から重々分かっておりましたが、
まさかここまで売れるとは思っておりませんでした。」
消耗品である食器類にお金をかける者はやはり少ない。
お屋敷などに住む豪商やお貴族様は陶器製などが基本であり、
宿屋や酒場では、どうせ壊されるので安価な作りの木製食器が好まれる。
木彫り細工はもっと需要が少ない。
そんな物が今は飛ぶように売れており、製作が全く追いついていない。
ルリアも両親の仕事を毎日手伝って過ごしている。
「あ、あの。」
ルリアはそんな話が行われてる中におずおずと商人に声をかけた。
「おお、そうだったそうだった。
ご注文の品はこちらでございますよ、お嬢様。」
商人はちょっとお
途端にルリアの目が、ぱあっ、と輝き、満面の笑みが咲いた。
「ありがとうございます!!!!!!」
この上なく元気にお礼を言い、頭が飛んでいくかと思うほどの勢いでお辞儀をする。
待ちに待ったその本を大事に大事に胸に抱える。
ルリアはそそくさと椅子に腰かけて、待望のその本を読み始める。
その様子を両親も商人も微笑ましく見ていた。
本には、この世界のどこかを紹介する文章と絵が溢れんばかりに記載されていた。
だが、ただの紹介ではない。
まるでその場に行ってその情景を見て、それを食べて、その危機に遭遇して、
そして
いや、著者は本当にその場に行って体験しているのだ。
だからこその生の臨場感あふれる文章が、絵が、そして情熱が飛び込んでくる。
中央大陸の北方に位置する、見た事もない龍の人が住む町。
美味しい料理やお菓子にお茶、それにとても気持ちがいい温泉という物があり、
信じられない事に吹雪の中でも暖かいという。
雪すらほとんど見た事が無い私にとってこれは別の世界のような話である。
年1回開催される龍の闘いは激しく、それを龍の神様が見るらしい。
いつも祈りを捧げている神様とは違うけど、会う事が出来る神様もいるのか、
と世界の広さを感じる。
中央大陸にあるオーベルグ帝国。私も帝国の話は聞いたことがある。
私が住んでいるレント王国よりも、とても、とても、大きな国で、
公爵様が治める領地だけでもレント王国よりもずっと大きいという。
私にとっては港町ソレイスタですら大きい町なのに信じられない話だ。
そんな帝国の南西の山脈に囲われた場所にとても大きな森があって、
そこに幻の都がある、というおとぎ話。
このおとぎ話は私も聞いたことがある。
なんとその話が本当かどうか確かめに行くというのだ。
その道中は困難が一杯。
山脈の間の谷を抜け、森に入ると
前に村に来た騎士様が倒した魔獣よりももっともっと怖い魔獣。
そんな魔獣と戦って、なんと勝ってしまう。
それだけでも驚きなのに、試しに食べてみた、という事が書かれている。
ビックリしたが、一部のお肉は渋くて食べられないという事が面白く描かれており、
何だか笑えてきてしまった。
人間と同じような姿をした
私たちと同じように言葉を話す魔獣らしい。
お話が出来るならお友達になれないかな、と思っていたが、
普通の人にとってはとても危険な魔獣という事で少し残念。
大きな湖ではザリガニに襲われたけど倒して、その後は
楽しく一緒に食べた、なんて信じられない。
ソレイスタで旅の人に聞いた大戦鬼は、騎士様でも敵わないものすごく怖い魔獣で、
私みたいな子供は頭からバリバリ食べられてしまうという。
その日は一人で眠れずにお母さんにしがみついて寝た覚えがある。
ちょっと恥ずかしい。
そしてついに水晶の都にたどり着く。
でも、おとぎ話で聞いていた都とは全然違った。
町中の大通りや酒場に家。
人が居そうなところを中心に水晶が町を破壊していて、その原因は、
かつてその都に住んでいた人たちが神様に戦いを挑んだから、という。
そして数年前、自分が今よりも小さかったころ。
世界中に
それを作ったのがこの都に住んでいた人たちだと、石板に書かれていた。
その石板には昔の人からの謝罪が書かれていて、私たちに願いを送ってくれていた。
本に書かれたそれを読んで、何だか胸の奥が、きゅっ、とする。
他にも砂漠の国や魔法科学の国、獣人が住んでいる国や沢山の島が集まっている国、
この世界中の色々な国や町、場所に食べ物、あらゆることについて書かれていた。
そして、ソレイスタと私の事も。
慣れない露店市で必死になって両親の作った木工細工を売ろうと頑張る少女のお話。
色々な町の人に協力してもらって、最終的に全ての商品を売り切る物語。
そう、物語。
他のお話は多分真実だろうけど、このお話は物語だと断言できる。
だって、この本を書いた人が、ハルカさんがいなければあの結果にはならなかった。
それに今、目の前で交わされている話と両親の笑顔は無かった。
何だか悔しかった。
この本を読んだ多くの人がそれを知らない事が。
でも、納得していた。
あの人は自分の事ではなく、世界の事を知らせたいのだ、と分かっていたから。
ソレイスタの話の最後にはあの人の言葉が書かれていた。
『―――あの少女が、未来でどんな物語を描くか、私は楽しみである。』
私の未来。
私だけの、物語。
だったら・・・。
ガタン!
勢い良く立ち上がって、椅子の上に立つ。
突然の
私は、すうっ、と息を吸って、口を開く。
「私、世界のいろんなところを巡る商人になる!!!」
3人とも驚いた顔をしている。
「る、ルリア?突然何を・・・。」
「そうよ?商人になるなんて簡単な事じゃないのよ?
そうでしょう?ダンさん。」
お父さんとお母さんは私の突然な宣言に困った顔をしている。
話を振られたダンさんは腕を組んで、うーん、と何かを考えている。
「・・・ルリア嬢ちゃん。その宣言は本気かい?」
「ダンさん!?」
「まあまあ、奥さん。
正直申しますと、ルリア嬢ちゃんの商才は前から気になっていたんですよ。
この歳で計算も出来て、こないだウチの店に来た時もいい目利きをしてた。
流行を
ちょっと驚いた。
商人であるダンさんに認めてもらっているなんて。
これなら―――
「だが、ダメだ。」
「えぇ・・・。」
肩を落とす。
「今すぐには、な。」
「え?」
ダンさんは人差し指を、ぴっ、と立てて、悪戯っぽくそう言う。
「まだ若すぎる。
15になってもその気持ちが変わらないならウチを訪ねてきな。」
「・・・はい!!」
お父さんとお母さんはやれやれといった顔だが、少し笑っているようだった。
私は憧れのハルカさんにはなれない。
でも、私は私になれる。
じゃあ、憧れに少しでも近づこうとするのは勝手だよね。
私の物語は私で書いてみせる!
少女の腕の中に抱えられている本は、世界中の人に多くの想いを作っただろう。
彼女のように自分の物語を作る決意をした者。
遠い世界のどこかに行くことを決めた者。
かつて訪問した場所に思いを
その本の表紙の金の文字にはこう書かれていた。
―――
別天地ルポルタージュ 和扇 @wasen
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