第六ルポ 水晶の都 その3 遺跡都市

群れのうち2体が案内のために先導してくれた。


湖から続く川に沿って下っていく。

道すがら話を聞くと、大戦鬼グロスオーガ達は本来は一所ひとところに定住するのが基本だそうだ。

水源や食料を確保できる場所に小さな集落を作り、狩猟採集しゅりょうさいしゅうで生活する。

今回は湖をザリガニに占拠された事で、魚や小型魔獣を狩ることが出来なくなった。

巨大魔獣を集団で狩る事もあるが、飢えている状態では返り討ちに合うのが関の山。

この森の中は合成獣キマイラのような強力な巨大魔獣も多く、

いかに大戦鬼と言えども、簡単には食料確保が出来なかったそうだ。


この情報から、大戦鬼はその見た目に反して凶暴な肉食種族ではなく、

魚や木の実を中心とする食習慣を持っており、季節や食料備蓄の状況によって、

大型魔獣を狩ることもある、という事が分かる。


人間を敵として認識した世界各地に生息する大戦鬼は、凶悪な敵である。

今、私の目の前にいる彼らは、多くの人が知る大戦鬼とは全く違う存在だ。

だが、これこそが本来の大戦鬼彼らなのだろう。

人と鬼の歴史の最初は、もしかしたらこんな平和なふれあいだったのかもしれない。

古い時代に大戦鬼を凶悪な魔獣としたのは間違いだったのかもしれない。

少しの寂しさを感じると共に、彼らにはこのまま平和に過ごしてほしいとも思う。


「うわっと!」


しばらく歩いていると何かに蹴躓つまづいて転びそうになる。

何に躓いたのかと思い足元を見ると、石のような物がそこにあった。

だが、何か変だ。

その石を掘り出してみる。


「これは、水晶だ・・・。」


親指大の小さな透き通った水晶だった。

両錐水晶りょうすいすいしょうと呼ばれる両方の突端が尖ったすい状になっている、珍しい形の水晶だ。

だが、この形の水晶は濁っている事が多く、綺麗に透明なのはかなり珍しい。

一先ず、この小さい水晶は持って行くとしよう。

大戦鬼達が指し示す先はすぐそこだ。


期待と不安を胸に、彼らについていく――――


「これは――――」


圧巻の光景だった。

都市はくぼんだ場所に作られていた。

木々に覆われた石造りの都市。

見えない部分は予測でしかないが、おそらくは1000人位は居住できる都市だろう。

建物はつたおおい、石畳いしだたみの隙間からは草木が伸びている。

都市の中心にはやはり大鐘楼が鎮座していた。

その大鐘楼も蔦に覆われ、緑の塔に姿を変えている。

なるほど、あの状態ならば遠くから見ても背の高い木にしか見えない。

あちらこちらの石造建築は崩落しており、悠久の時を過ごしてきた事が分かる。


そして何よりも、都市のあちらこちらに巨大な水晶が存在している。

だが、何かおかしく感じる。

より近くへ入って確認するべきだ。

意気揚々と都の中へ入ろうとすると大戦鬼達は立ち止まる。

一緒に行こうと声をかけても、水晶の都には近寄ろうとしない。

何故だろうか、と思ったがすぐに理由は分かった。


魔獣除けの結界だ。

ダルナトリアの龍人の町ニクシュバールに施されていた結界と似たものだ。

全くもって弱々しいが、悠久の時を経てもまだ、この都の結界は生きている。

彼らが入れない理由はこれだ。

仕方ない、彼らとはここで別れよう。


礼を言って彼らと別れ、一人で都の中へと歩みを進める。

既に人が居なくなって久しく、魔獣すら入って来られないその町並みは、

神代じんだいに滅びた、そのままの姿を残している。

そして、都のあらゆる場所に水晶が存在している。

だが、水晶は明らかに違和感のある配置がされている。


大鐘楼へ続く大通りのあらゆる所に一切の規則性を見せない形で配置されている。

大きさもバラバラ、5m以上ある巨大な水晶から腰高以下の大きさもある。

住居と思しき建物には、入口を塞ぐように設置された3m近くの水晶があり、

見上げれば天井に水晶の太さと同じ位の穴が開いている。

他の建物を見ると、一部が削り取られたように崩落しており、

崩れた瓦礫の先には水晶が地面に設置されている。


「・・・これ、水晶じゃない。」


大きな水晶に手を触れると違和感があった。

ほんの微かに、気のせいとも言えるほどの微弱な魔力の波動を感じる。

水晶は魔力を通さない。

内部から魔力が発されることなどありえないのだ。

つまりこの巨大な透明の塊は―――


「―――魔石。」


そう、魔石だ。

内部に蓄積された魔力が全て放出されきった魔石は無色透明になる。

魔石の種類によっては100年放出させ続けても透明にはならないものもある。

それだけの長い期間ここに存在しているのだろうか。

もしくは―――


「一瞬で魔石の力が解放されきった・・・?」


神話における都の記述は、初めから「水晶の都」である。

つまり、それよりも前からここにあるのは「水晶」だったことになる。

「魔石」ではなく。

神話の時代よりももっと過去からここに存在し続けて透明になった、

とも考えられるが、この都の状態を見るとそれよりも想像できる事がある。


「―――攻撃だ。」


無秩序な水晶、いや魔石の配置と崩れた建築物。

考えられるのは上空からの攻撃。

巨大な無数の魔石を降りそそがせる攻撃など、今の世界でも再現できない。

それこそ神の手によるものだ、とした方がまだ理解できる。


都の中を探索しながら大鐘楼へたどり着く。

30m近い四角錘しかくすい尖塔せんとうであるそれは、この都の全てを見下ろしている。

遥かに見上げる巨大なそれは、遠目では分からなかったが所々に風穴が開いている。

あれもおそらくは魔石による攻撃のあとだろう。


崩落の危険もあるが、警戒しつつ大鐘楼の内部に入ってみる。

風穴から日の光が内部に入ってきており、薄暗くはあるが十分内部を見渡せる。

螺旋らせん状の昇り階段があるが途中で崩落しており、上へは行けそうにない。

1階部分には上部から降り注いだ瓦礫があちらこちらに転がっている。

それほど広くない内部をぐるりと歩く。


「・・・ん?」


ふと瓦礫の中のそれが目に入った。

瓦礫となった石の上に、傷一つ無い綺麗な石の板が1つ。

他の石と比べると明らかに違う白さがこの空間では際立っている。

だからこそ、それ気付くことが出来た。

白い石板には傷のように見えるが規則性のある何かが彫られている。


「これは・・・文字?」


そう、文字だ。

表面の土埃つちぼこりを払いけるとより明確にそれが認識できた。

古代文字と特徴が一致する。

過去に学者の知人から古代語を叩き込まれたが、まさかこんな所で役に立つとは。

感謝・・・はしないが、ありがたく知識を使わせてもらおう。

座り込んで石板の文字を読み解く。


「なになに・・・。


 我々は神の怒りを買った。

 抵抗は無意味だった、ああ、人が燃えている。

 我々だけを滅ぼす炎が迫っている、どうあっても助かる事は無いだろう。

 これは傲慢ごうまんの結果だ。

 愚かにも神に戦いを挑んだ者の末路だ。

 後世こうせいに愚者として我々は伝えられるのだろう。

 いや、伝えられるならまだいい、存在すら伝わらない事もあるだろう。

 神を殺す存在として産み出したあの兵器も封じられてしまった。

 遠い未来に封印は解かれるだろう。

 その時にあれは何に仇なすだろうか。

 神であろうか、人であろうか。

 かの存在は、森羅万象しんらばんしょうの魔を操りし黒の王。

 もし先の世の者がこれを見ているならば謝罪したい。

 どうか、どうか、愚かな我々の残滓ざんしに滅ぼされないでくれ。

 どうか、どうか―――」


言葉に詰まる。

これは未来にてた謝罪文だ。

そして、彼らが作り上げた存在は、数年前に世界を滅ぼさんとした万象の悪魔。

おそらくそうなのだろう。

そして町中に溢れる水晶は、この石板が書かれた時代に都の人間を焼き尽くした

神からの攻撃の痕跡だ。

この石板の内容をそのまま見るならば、都の人間だけを焼く炎が魔石から発されて、

抵抗する事も出来ずに都は滅び去ったのだろう。

その証左に都の中には火災の痕跡は無かった。

人間だけを焼き尽くす魔法攻撃など、神にしかできないだろう。


石板を書いた過去の誰かに対して黙祷で哀悼の意を示す。

そして心の中で伝える。

我々はあなたたちが案じていた未来を乗り越えた、安心してくれ、と。


都の中をもう少し見て回ってみよう。

大鐘楼を出て正面は都の入口に続く大通り。

左手には小さめの建物が多い、住宅地だろうか。

右手には比較的大きい建物が多い、こちらが商業区や行政区だろうか。

住宅地側は多数の水晶が見える。

人を狙った攻撃ならば当然と言えば当然、だ。

右手の建物を探索しよう。


通りに面した、横に広い建物の中にはテーブルや椅子とみられる残骸があった。

ここは、酒場だろうか。

建物の中心に建物の中に納まらないほど巨大な水晶が突き刺さっている。

賑わっていた場所だったのだろう、と予測ができる。

酒場から出てさらに奥へと進んでいく。


道の突き当りに円形の建物があった。

瓦礫が無い事から屋根は崩れたのではなく、元々無かったようだ。

円に沿った形の階段状の段差と一番下の部分に円形の広場がある。

段差側から見て円形の広場の奥には円に沿った形で壁がある。

段差を座席とする闘技場にしては座席と広場に境界となる構造物が無い。

この建物は何なのだろうか。

ふと、足元を見ると石板の残骸が目についた。

表面の文字は欠けたり風化してしまって読むことが出来ない。

周りを見ると同じような石板の残骸がかなりあるようだ。

とすると、ここでは石板を使って何かをする場所だった、という事だ。


「・・・あ、そうか。議会。」


法案や問題を協議し、都市の運営を話し合う場所。

現代でも合議制の国や町もある。

この都も同じような運営方法だったのだろう。

この場所に水晶が無いのは、話し合う時間すらなく滅んだ、という事か。

先程の大鐘楼で見た石板の内容が、現在の都の状況と合致していく。


その後も都を調べたが、完全に崩落した建物が多く、これ以上の収穫は無かった。

都の入口に戻り、振り返って大鐘楼を見上げる。

誰もいない水晶の都の中に風が吹き抜けた。

物悲しい風景だが、この都に住んでいた住人たちは最期の時に何を想ったのだろう。


人生への後悔だろうか、

家族への心配だろうか、

仲間への嘆願たんがんだろうか、

世界への祈りだろうか、

神への懺悔だろうか。


今となっては最早、誰にも分からない。


この水晶の都が我々に伝えているのは、人のごうは計り知れないという事と

傲慢はいずれ自身に還ってくるという事、そして何かが崩れ去るのは一瞬という事。

そしてもう一つ、大切な事を教えてくれている。

それは――――


――――かけがえのないを大切にする事。

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