第五ルポ 水晶の都 その2 人変花と大戦鬼

日の光で目が覚める。

良い朝だ。

天幕の下で、ぐっ、と伸びをする。


その瞬間、それに気付いた。


野営のために張った結界の外、合成獣キマイラの死骸に何かが寄ってきている。

数えると3体、どうも人型のように見える。

まだ目がしっかり開いていないせいで上手く認識できない。

皮の水筒から少し水を手に受け、ぱしゃり、と顔にかけて洗う。


人変花アルラウネだ。


私が打ち倒した合成獣を食べようと寄ってきたのだろう。


人間のような姿だが膝から下は花になっている。

正確には花が本体で、上部の人間のような部分は疑似餌ぎじえのようなもの。

話すことも出来る魔獣だが、意思疎通ができるとは限らない。

挨拶をしてきた次の瞬間に根で突き刺されて養分を吸われる可能性もある。


女性の姿をしているのは、おそらくそれを吸収した個体が繁殖したからだろう。

つまり、人間の女性を捕獲、吸収する機会があったという事だ。

帝国史にある通り、ここに送り込まれたのは300名の精兵、おそらく全て男性だ。

将軍ならともかく、部隊長や兵士で女性はいなかっただろう。

つまり、それ以外に人間の女性を吸収する機会があったという事。

それは水晶の都がある、という事の証明ではないだろうか。


だが、いつまでも観察している場合じゃない。

このままでは野営地から出発できない。

仕方がない、排除しよう。


結界の中から外に出る。

その瞬間、人変花たちが一斉にこちらを振り返った。

椿つばきの花に幼い少女、薔薇バラの花に妙齢の若い女子、

そして毒々しい模様の大きな花に成熟した大人の女性、の、姿をとった魔獣だ。


「あ~、こんにちは?」


試みに声をかける。

大きな花の人変花がニコリと笑いながら近づいてきた。


「あラ、にんゲんナんテ、メずら、しイ。」


何だか不安になる発音で挨拶に応えてくれる。

次の瞬間―――


ズドンッ


足元から太い植物の根が、私の腹部目掛けて突然突き出される。

咄嗟とっさに後方に飛び退いてそれをかわす。

警戒していた事で難なく反応できた。


3体の人変花たちは、微笑みをたたえながら、近づいてくる。

これはもうやるしかない。

指をポキポキと鳴らし、手足をプラプラと振る。

朝の運動に丁度良さそうだ。



―――およそ四半刻しはんときの半分位。

殴られ蹴られ、ボコボコにされた人変花たちはぐったりとしている。

さて、そろそろトドメを刺すか。

人変花たちに近づいていく。

その時、ふと気づいた。

足元の樹木から芽が出ている。

いや、芽などと言う小ささではない、既に30cm近く成長している。

この森の木は、見た感じ普通の木だ。

その芽があっという間に成長する、というのは考えにくい。

辺りを見ると、人変花に近い場所からその成長が促進されているようだ。

ここから考えられるのは、この森を大森林にしたのは、この花たち。

森は、この花たちの生きやすい環境だという事だ。

自分たちの生存圏を拡大するために森をより広く、より大きくしてきたのだ。


このまま人変花彼女たちを排除するのは容易い。

が、一応意思疎通が出来るかもしれない相手をそのまま排除するのは勿体もったいない。

この森の中の情報を聞き出す利用価値がある。


「ねえ、あなたたちは水晶の都―――

 ・・・ずっと昔に滅びた人間の住んでいた所を知らない?」


水晶の都、はあくまで人間側の呼称だ。

魔獣に言っても分からないと思い、言い換える。


「ワたシたち、ハ、しラ、なイで、ス。」

「シラナイ・・・。」


椿の花の少女はぶんぶんと首を横に振る。

人間っぽい部分と花の成長具合で扱える語彙ごいも違うようだ。

ふむ、流石にすぐに答えにはたどり着かないか。

じゃあ、別の事を聞こう。


「そっか。じゃあ、この辺りで水のいている場所は無い?」


3体の人変花が互いに顔を見合わせる。

いや、植物なので意思疎通は別の方法で出来ているのだろうが、

こうした細かい所作しょさでも擬態ぎたいが徹底している。

大きな花の人変花が、そろり、と指をさした。


「モり、のナか、スこシいっタ、トこロ、ミず、わいテ、マす。」

「本当?」


椿の花の少女に鋭い目で投げかける。

少女は凄い勢いで首を何度も縦に振った。

こういう時は一番未熟な相手を攻めた方がやりやすい。

この反応は本当の様だ、ではこの少女に案内させよう。

万が一、不意を突いて襲い掛かられても、他の2体よりは危険性は低いだろう。


野営をしていた道具をしまい、リュックを背中に背負う。

人変花の少女を先に行かせ、その後をついていく。

さすが植物の魔獣、すいすいと何にも引っかかることなく進んでいく。

足元を見ると、人変花が進んだ場所の土が、ふかふかしている。

彼女達は森の中の土をかき混ぜ、生物の繁殖を手助けしている面もあるのだろう。

1体2体持ち帰って荒れ地に置けば、放っておくだけで耕作地が出来そうだな、

とも考えたが、それは難しいだろう。

言葉が理解出来て意思疎通も可能だとしても、そもそもが魔獣であり、

先程私がやったように教育する叩きのめす必要がある。

そして実力が下と見られたら、その教育も出来なくなる。

ご飯のための土地を作るはずが、自分が彼女達のご飯になるのがせきの山だろう。

前を行く小さな背中も、一般の人には凶悪な魔獣の背中なのだ。


少しばかり森の中を歩くと滾々こんこんと湧き出す水源にたどり着いた。

じわりと湧いている水源を予測していたが案外水量がある。

とぽとぽと流れる水を手ですくって口に運んでみる。

うん、この水なら問題なく飲めそうだ。

人変花の少女に礼を言う。

彼女はぶんぶんと元気よく手を振ると、そのまま森の中を引き返していった。

ご飯を姉たち―血縁のような物があるかは分からないが―に全部食べられてしまう、

そう思って急いでいるのだろう。

どんどん小さくなるその背中を見つつ、少しばかり口元が緩む。

どうしても外見に左右される。人間の感覚とは本当にいい加減なものだ。


湧き水を水筒に満タンまで汲んで栓をする。

さて、これで水を見つけた。

人間には必ず水が必要だ。

水は流れて川になる。

つまり、この流れを追っていけば水晶の都にたどり着くかもしれない。

流れる水を目で追いながら立ち上がった。


しばらく川を横目に歩いていると開けた場所に出た。


湖だ。


それもかなり大きな湖だ。

追ってきた川がたどり着いた湖の対岸にはどうやら下流に向かう川があるようだ。

あちらまで行ってみよう。


湖の周りをなぞるように歩いて対岸までたどり着く。

だが、何か妙だ。


ここは魔獣があふれる大森林の中の水瓶みずがめ

ある程度、魔獣がいるだろうと考えていたが、それが全くいない。

湖を眺めながらそんなことを考えていると、湖面が揺れた気がした。

気のせいかと思ったが、それは段々大きくなる。

次の瞬間、目の前で湖が起き上がった。


いや、起き上がったのは湖ではない。

その中から現れた巨大なザリガニのような魔獣だ。

青い甲殻こうかくに巨大なハサミ、頭部に突き出た目玉がぎょろりとこちらを見ている。

剣を抜き身構える。


ザリガニは威嚇いかくのためか、ハサミをガチンガチンと鳴らしながら、

八本の脚を動かして接近してきた。

振りかぶられた右のハサミが振り下ろされる。


ガドンッ!


飛び退いてかわしたが、さっきまでいた場所の地面に大きなクレーターが出来ている。

ハサミはかなりの重量があるようだ。

それが猛スピードで振り下ろされる。

破壊力はして知るべし、である。


ザリガニとにらみ合う。

ザリガニの攻撃はハサミだけだろうか、それとも―――


バシュッ!


「!!」


いきなり口から放たれた何かに対して、咄嗟に左腕に魔力を凝縮して盾を作り、

受け流すように左方向に弾き飛ばす。

ズドンッ、と重たい衝撃音。

着弾した地面には底が見えない程の細い穴が開いた。


超圧縮された水の弾丸だ。

幸いにして魔力で盾を作ったが、もし鉄製の盾を持っていたなら、

それで受けようとして貫通して体に風穴が開いていた事だろう。


見上げるほどの巨体とハサミ、そしてさっきの水弾すいだん

このザリガニはおそらくこの湖の主だ。

この湖に近づく他の魔獣を狩って食べているのだろう。

だからこそ、この湖の周りに魔獣の姿が無い。

そう考えると納得できる。


ぶおん、と音を立てて振り下ろされるハサミを躱し、

その隙を埋めるように発射される水弾を弾き、間合いを詰める。

渾身の力を込めて剣を振る。


ガアァァァッン!


例えるなら金属の塊をぶん殴った時の衝撃。

剣を持った右手が衝撃にしびれ、手から剣がこぼれ落ちた。

ザリガニは私を弾き飛ばそうとその場で勢い良く横回転。

迫ってくる巨大な尻尾。

下はくぐれるような隙間は無い、ならば跳ぶしかない。

跳び上がって尾撃を躱す。

だが、そのタイミングでザリガニの顔が真正面に戻ってくる。


水弾が来る!!


ごぽり、とザリガニの口元が泡立つ。

空中では先ほどのように攻撃を逸らすことは困難だ。

であるなら、攻撃は最大の防御。

先手必勝だ。


魔力を込めて火焔を作り出し両手に纏い、そのまま腕を振り上げて、

下からバツの字を描く形で、勢いよく炎をザリガニへ撃ち出す!


ギシャァァァッ!


火焔がザリガニの口から、関節から、全身の隙間と言う隙間から体内に入り込み、

内側からザリガニを焼いていく。

最早、ザリガニは動く事も出来ず、その場で体中の隙間から炎を漏らしつつ、

がくがくと脚やハサミを震わせ、その場にどずん、と崩れ、絶命した。



・・・いい匂いがする。

甲殻類がいい感じに焼けた、港町で良く嗅ぐ匂いだ。

青かった外殻は焼けた事で赤くなり、見た感じ海老とか大鋏海老ロブスターの様だ。

自然と口の中によだれが出てくる。

昼には少し早いが、ちょうどいい。

ちょっと早めの昼食にしよう。


だが、この外殻をどうするか。

先程叩いたが、ほとんど鉄のような硬度だ。

もう一度、剣で軽く叩いてみるが歯が立たない。

ふぅむ、どうしようか、斧ならいけるだろうか。


ドンッ


斧を水平に振るいザリガニの甲殻に叩きつける。

やはり一撃で割る事は出来ない、だが、少し刃が食い込んだ。

これならいけそうだ。

魔力を斧の刃に伝わせて強化した状態で、もう一度斧を振るう。


ドゴッ


今度は外殻を破り割る事が出来た。

これを繰り返せば殻を外すことが出来るだろう。


―――およそ四半刻。

ようやく胴体から尻尾まで殻を割ってはぎ取る事が出来た。

中には綺麗なプリプリした身がぎっしりと詰まっていた。

頭の部分は外殻を割るついでに落とした。

ミソが入っているが、流石にこれを食べるのはよろしく無いだろう。

何が起きるか、分からない。


ざくざくと身を断ち切り、食べられるサイズに切り分けて塩をかける。

ここまで小さくなれば海老などと同じにしか見えない。

口に放り込む。


「お!これは美味びみ!」


素晴らしい。

海老とかは身の味そのものは淡白たんぱくだ。

だが、このザリガニの身は旨味が詰まっている感じがする。

プリプリとした身に口に広がる旨味。

思わずどんどん食べ進める。

が、流石にザリガニが大きすぎる。

胴体の身を10分の1ぐらいと脚1本、尾の身もいくらか。

流石に腹いっぱいだ。

これを持ち運ぶのは流石に無理だが、置いていくのが躊躇ためらわれるほどの美味しさだ。

非常に名残惜しいが、お別れするしかないか。


そう決断した時、左後方のやぶの奥で、がさり、と音が聞こえた。


何か来る。

ここは大森林の中、人間なわけが無い、100%魔獣だ。

短剣に手を伸ばし掴み取る。

いつでも剣を抜ける状態で、その藪を睨みつける。


がさ....


段々近づいてくる。


がさがさ...


もうすぐそこだ。


ざざざ


大きな影が藪から現れた。

3m以上ある二足歩行の筋骨隆々な体躯。

薄い赤銅色しゃくどういろの肌。

口元から覗く白い牙。

額から伸びる二本の短い角。


大戦鬼グロスオーガだ。


それも1体だけじゃない。

森の中から藪をかき分けてぞろぞろと出てくる。

3体...4体...5体。

合計5体の大戦鬼が目の前に立ちはだかる。

これはちょっとよろしくない。

大戦鬼は高い知性のある魔獣だ。

緑肌の戦鬼オーガとは分類上は同じだが、全く違う生態の魔獣。

獲物を連携して狩り、簡易な社会性を持った群れを作る。

1体だけならともかく、5体もいたらかなりの強敵だ。


掴んだ短剣の鞘を握る手に力がこもる。

互いの視線がかち合い、空気が張り詰める。

風が流れ、太陽光が降り注ぎ、汗が頬を伝う。

緊張が最高潮に達し、その時が訪れる―――



―――おおよそ、半刻の後。

湖畔に声が響いていた。


ガハハ、わははと笑い声が。


大戦鬼彼らは案外話の分かる相手だった。

この湖は彼らにとって貴重な食料源だったが、あのザリガニによって仲間が喰われ、

何度も倒そうと戦ったが、強固な甲殻を破ることが出来ずに手も足も出せなかった。

それ以来、近寄る事すらできず、木の実などでかろうじて食料を確保したが、

森の中を放浪することになり、それ故に飢えていた。

彼ら曰く、ザリガニを倒してくれた事で元の生活に戻れる、ありがとう、との事。

彼らへの警戒を完全に解くべきではないとは思うが、

万全の状態でかなわなかった相手を倒した者と戦おうとは思わないだろう。


置いていくしかないか、と思っていたザリガニも役に立った。

この食料を渡すから森の中の事を教えてほしい、と伝えると、

大戦鬼達は目を輝かせた。

それはそうだ、食料を求めているときに巨大な食料がポンと転がり込んだのだから。


それ以降は早かった。

その場で座り、大戦鬼達はザリガニにかぶりつき、

1体が森の中へ消えたかと思ったら、ぞろぞろと10体ほど連れ立って戻ってきた。

今まで対話していたのはオス達だったが、新たに現れたのはメスと幼体。

幼体は見慣れぬ生物―まあ、私の事だろう―を警戒して、

母親と思しきメスの陰に隠れてこちらをうかがっている。

メスも少々不安そうだが、つがいと思しきオスに色々と説明されて、

ホッとした表情を浮かべて近づいてきた。


それからは最早、うたげの様だった。

ザリガニを貪る大戦鬼達と彼ら秘蔵の果実酒を振舞われてあおる私。

果実酒はそこまで酒精しゅせいは強くないが、果物の風味が柔らかく広がる。

とても美味しいお酒だ。


これは製造方法を聞くべきだと思って彼らに聞いてみる。

すると、驚いた。

食用には向かない渋みのある果実を叩いて砕き、薬草をいくつか混ぜて寝かすと、

甘みが強くなり、いい感じにお酒になるそうだ。

この作り方は別添で記載しよう。


彼らにも水晶の都について聞いてみた。

そうすると、彼らはそれらしい建築物を見た事がある、と言うのだ。

ようやく在り処ありかの手がかりを見つけた。

彼らに案内を頼むと、快諾してくれた。


遂に水晶の都にたどり着けるのだろうか――――

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